第72話 君がいるから(15)


 蓮が倒れた後、鏡明と浅見、そして、正気を取り戻したエリカによってババは完全にこの世から消え去り、檻に閉じ込められていた他の妖怪や人間は解放された。


 浅見がババによって洗脳されていたエリカと対峙した時、実はちょうど鏡明が小泉家に現れ、エリカを正気に戻したのだ。

 鏡明はあの時、雪子は自分には会いたくないだろうと、固定電話の前でじっと浅見からの結果報告を待っていたのだが、電話が来たのは、浅見ではなく祓い屋協会からだった。


「もしもし? なに? わしのケータイに、何を送ったって??」


 使い方がわからないが、とりあえず固定電話の横においてあった携帯電話に触れると、画像が一枚送られていると言うのだ。

 よくわからないが、適当に触っているうちにとどうにか画像を見ることができて、その画像に写っている人物が、例の今井に霊道を作らせたハシヒメだという。


 鏡明は老眼のため、ピントが合うまでしばらくかかったが、なんとか焦点があって顔を見ると驚いて携帯を床に落とした。


「姉さん……」


 しばらく音信不通となっていたが、数年前に亡くなったことを知らされた鏡明の姉・明子にそっくりな女の写真だ。

 孫のエリカを見るたびに、明子に似ているとは思っていたが、それ以上にこの写真の女は明子に似ていた。


 ハシヒメこと、橋本はしもと姫花ひめかは、明子の孫だった。



 * * *


 幼い頃に母親に捨てられ、明子に育てられた姫花は高校を卒業し、必死に働きながら情報系の専門学校へ進学した。

 その後、しばらくして明子も亡くなり、その遺品を整理していた時、姫花は明子が書いた手記を発見する。


 そこに書かれていたのは、冥雲会が霊界へ封印されたあとのことだった。

 明子は嫁いでいた関西の祓い屋協会に所属する家の者たちから虐げられた。

 それまで、名家である氷川家から嫁いだ自慢の嫁で、姑も夫もみな優しかったが、非道な冥雲会と関わりがあったことが判明したせいで、一気に状況が変わったのだ。

 明子は離婚され、その時妊娠していた子供が、姫花の母親だった。


 北海道で忙しく過ごしていた鏡明は、姉がそんな目にあっているなんて知らずにいた。

 最初は、明子も鏡明は正しいことをしたのであって、鏡明は何も悪くないからと、そのことを明子は言わなかった。

 だが、辛い日々が気丈で明るかった明子の心を蝕み、だんだんと鏡明と雪女に対する恨みが増していく。


 それを見た姫花は、怒りに震えた。

 姫花はその明子の手記に残された怨念に共感してしまい、それが良くないものを引き寄せた。


 冥雲会の残党であった妖怪が、姫花に目をつけたのだ。

 姫花はその妖怪にそそのかされ、得意のインターネットを利用し、裏サイトで繋がった今井を使って、霊道を開いた。

 その後、霊道からこちらへ戻って来たババに会いに来た姫花の体に、ババは入った。

 ババの体はすでに朽ちていたため、自分が入りやすい器を探していたのにちょうどよかったのだ。


 実はババは霊界に封印される前から、すでに人間ではなくなっていた。

 女性のため、高い能力を持っていたにも関わらず氷川家の当主にはなれなかったババは、結婚しても子供ができずにいたとされているが、事実は異なる。

 ババにはすぐに死んでしまったが、一人子供がいた。

 絶大な能力を持っていたババは、言い伝え通り妖怪や幽霊を見る力が失われ始めていく。

 力を失いたくなかったババは、妖怪と交わると力が戻るという話を聞き、妖怪の子供を買って食べた。

 するとみるみる力が戻ってくる。

 これが、ババと冥雲会の始まりだった。



 * * *



「妖怪を……食べた?」


 その話を聞いてゾッとする蓮。

 雪乃が口ごもったのも納得がいく。


 妖怪が人間を……という話は昔話でよく聞くが、まさか人間が妖怪を食べただなんて————

 人間の欲というのは、とても恐ろしいものに思えた。


「それで、冥雲会は、ババが消えたからもう大丈夫なの?」

「いえ、そうとも言い切れません。確かにババは冥雲会の幹部の一人でしたが、もしかしたら、他にもこちら側に戻って来ているものがいる可能性があります。現に、残党がいたので……油断はできません」


 雪兎は全てを語り終えると、じーっと蓮の顔を見つめる。


「ところで、蓮殿————」

「な……なに?」


 急に見つめられたので、まだ何かあるのかと、蓮は身構えた。


「雪乃様とは、いつ頃祝言をあげるおつもりですか?」


 予想外の発言に、唖然とする。


「しゅ……祝言!?」


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