第71話 君がいるから(14)
ババが呆気にとられている間に、蓮は浄化の砂を女に向かってかけると、数珠を持って手を合わせ、お経を唱える。
「
毎日欠かさず唱えて来た。
覚えるので精一杯で、たどたどしく、最初はスマホの画面を見ないと唱えられなくて、ようやくどんな状況でもしっかりと読めるようになったお経を唱える蓮の姿を見て、雪乃は感動する。
(レンレン!! お経、上手!!)
「くそ……こんなところで————」
最後まで抵抗を続けたが、浄化の砂をかけられた女の体から、次第にババの悪霊となってしまった魂が離れていく。
(なに……あれ——)
雪乃は初めて、本当に邪悪な悪霊の魂を見た。
真っ黒な影のように汚れたそれは、先ほどまでなんども襲って来た烏のようだった。
本来なら、人間の魂はこんな姿をしていない。
生前の姿をしている場合が多く、悪霊でなければ、何よりも美しく、白い光を放つ。
己の欲を満たすため、数々の悪行を働いて来たババの魂は、黒く汚れていた。
「ここまで汚れた魂は初めて見ました」
雪兎も驚いて、その赤い瞳でじーっと浄化されていく魂を見つめる。
「ワタシは……ワタシは……こんなところで————」
蓮が唱えるお経によって、真っ黒だったものが徐々に消えていく。
しかし……
「レンレン……?」
蓮の様子がおかしい。
お経を唱える蓮の呂律がだんだん回らなくなっていく。
雪乃が止血した頭の傷が開いてる。
岩に頭をぶつけたせいだ。
雪乃はそのことに気がついて、倒れそうになりながらも、懸命にお経を唱えようとする蓮を後ろから支え、もう一度止血のため蓮の傷口を凍らせる。
(レンレン、しっかりして!!)
それでもやはり、もう少しのところで蓮は立っていられなくなり、雪乃に支えられながら、ズルズルと倒れていった。
「全く……やっぱりまだまだ未熟だな————」
鏡明が蓮の続きからお経を唱え、ババの魂は消えてなくなった。
* * *
蓮が目を覚ましたのは、それから3日後のことだった。
運び込まれた病院のベッド、見覚えのない天井に驚いた。
そして、右手に冷たさを感じて、視線を向けるが……そこには誰もいない。
「あれ……?」
手を握られているような感覚があるのに、姿が見えない。
雪乃がそこにいるような気がするのに、また姿が見えない。
「ゆきのん……ここにいるよね?」
やっと目が覚めたのに、蓮が倒れてしまったことで、心配で感情がぐちゃぐちゃになってしまった雪乃は、力がコントロールできずに雪女に変化したり、人間に戻ったりを繰り返していて、今は雪女の状態だった。
冷たい感触が、蓮の唇に触れて、すぐに真っ赤に目を腫らした雪乃の顔が見えてくる。
「見える? レンレン?」
「うん……見えるよ」
蓮は雪乃の涙を指で拭うと、顔を離して座っていた椅子に座りなおそうとしている雪乃を引き止める。
「また見えなくなったらいやだから、もう一回……」
「ん……っ」
そう言って、何度も何度も、キスをした。
「あの……いい加減にしてもらえます? 僕もいるんですけど」
雪兎はあまりに見ていられなくなって、流石に声をかける。
「ゆ……雪兎!! いつの間に!!!」
また見られていた恥ずかしさで、雪乃は顔を真っ赤にして蓮から離れた。
「さっきからいますよ……あと、ドアの隙間からも見られてますよ?」
「えっ!?」
ドアの方を見ると、気まずそうにしている浅見と目があった。
そして、もう一人……
「エリカ!?」
すっかり忘れていたが、エリカが泣きそう……というか、もうすでに泣きながら蓮と雪乃を見ていた。
「ひどいよおおおおお!! エリのなのに……エリの雪乃なのにいいいい!!」
静かな病室に、エリカの大きな泣き声が響き渡る。
「こら、エリちゃん、静かに!! ここ、病院だから!! あと、いい加減にあきらめなさい」
「いやだぁ!! 雪乃はエリのだもん!! 蓮になんかあげないもん!!」
まるで駄々っ子のようにエリカは泣きじゃくり、ギャルメイクが崩れていく。
廊下で騒がれても迷惑なので、とにかく雪乃は浅見とエリカを病室に入れて、ピシャリとドアを閉める。
エリカがわんわん泣きながら、雪乃にひっついてるのを見て、蓮はホッとする。
あのババとエリカが一緒にいると聞いたときには、一体なにがあったのか、エリカが裏切ったのかと思ったが、どうもそうじゃなかったようなのが、見て取れたからだ。
「ねぇ、ゆきのん……結局、冥雲会はどうなったの? ババは?」
「それは……」
「それは、この僕が詳しくお話ししましょう!! どこから聞きます? ババの過去から行きますか? それとも、あの能面女の話から?」
「えーと、わかりやすいように教えてくれれば、それでいいよ」
口ごもる雪乃に変わって、雪兎がことの真相を蓮に話し始めた————
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