第70話 君がいるから(13)



「レンレン!!」

「蓮殿!!」


 雪乃が吹雪を起こして岩を避け、倒れている蓮の体を揺すった。


「雪乃様! こういう時は揺すっては————」

「だって、レンレンが!!」


 泣きながら雪兎と言い争っていると、雪乃の手をぎゅっと蓮が握る。


「大丈夫、俺は大丈夫だから……泣かないでゆきのん。ゆきのんは、どこも怪我してない?」


 蓮は体を起こすと、雪乃に傷がないか確認するように見回した。


「レンレン、私は大丈夫。レンレンの方が……」


 雪乃は蓮の体をぎゅっと抱きしめて、怪我をしている部分に触れると、凍らせて止血する。


(絶対許さない!! あのババ!!)


 雪乃と蓮は再び雪子がいる場所を目指して、奥へ進んだ。




 * * *



 檻の前にうつ伏せで倒れていた女の手が、ピクリと動く。

 顔だけ雪子の方を向いた状態だったため、カッと目を開くと、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて檻の中にいる雪子を見据えた。


「お前の娘、男と一緒に死んだぞ。全く、雪女というのはことごとく男には弱い妖怪だなぁ……だからこそ、利用しやすいが————」


「そう……雪乃を————なら、貴様にはやはり今度こそ消えてもらわなければならないようね」


 ババは体を起こそうとしたが、何かがおかしいことに気がついた。

 娘は死んだと言ったのに、檻の中の雪女は動揺する素振りがない。


 そして、体が重い。

 先ほどまで動かしていた肉体。

 もっとも自分に適している女の体が、動かない。


「またその体に戻って来るなんて、お気に入りのようね。残念だけど、このままだと、その体……死ぬわよ?」


「は……?」


 ババは首から下が動かず、眼球を動かして自分の体を見た。

 藍色の小袖を地面に縫い付けるように、氷柱が刺さっている。

 さらに体の所々が氷で固められ始めている。


「どういうことだ……お前はそこから動けない————出られないはず!!」


 檻の中に入れられた妖怪は、何もできないはずだ。

 それに、雪子はエリカが施した術によって、温度が高いこの状況で本来の力を発揮できない。


「気がつかない? 温度が下がっていることに?」


「そんな……まさか!!」



 ババが烏の中に入っている間、雪子の檻にかけられたエリカの術が突然消えたのだ。

 もともとこの洞窟は涼しいところ。

 暑さに弱い雪女はクーラーが普及する前まで、夏は洞窟で過ごしていることが多かった。

 暑さが消えた雪子に、本来の力が戻ったのだ。


「あの頃の私とは違うのよ! 私は絶対に貴様を許さない!!」


 雪子は檻の格子の間から先端の鋭い氷柱を投げる。

 身の危険を感じたババは、とっさに監視役に置いていた別の烏の中に入った。


「あの頃とは違う!? なら、なぜそこにいる!? 出ることはできぬのだろう?」


 確かに出ることはできない。

 でも、格子の隙間から攻撃することは可能だ。

 檻の外にさえ出ることができれば、もっと力を発揮できる。

 内側から攻撃するのにも限度がある。


 その時だった。



「ママ!!」


 雪乃と蓮が雪子がいる檻の前へたどり着いた。


「雪乃ちゃん!!」


 ババは烏の体から妖気を放って、雪子が地面に食い止めていた氷柱を吹き飛ばすと、すぐに藍色の小袖の女の中にまた戻る。

 この女の体でなければ、できないことがあるのだ。


「生きていたのか……!!」


 ババはエリカと同じように、左手の小指を噛むと下唇にそれを当てて、息を吹きかけた。

 無数の棘が、雪乃と蓮に向かって飛んで来る。


 檻の中にいる雪子を見て、雪乃は怒った。


「これ以上、誰も傷つけないで!!」



 雪乃の怒りがこれまでにないほどの吹雪を巻き起こし、棘は全て払いのけられた。

 そればかりか、大量の氷柱が、ババに向かって飛んでいく。



「お嬢様! おさがりください!!」


 雪乃がババと戦っている間に、蓮は首からかけていた紫の巾着を雪兎に投げ渡し、雪兎は雪子が閉じ込められている檻に袋ごとそれをふりかけた。


 浄化の砂によって、雪子を閉じ込めていた檻が朽ち始める。


「蓮殿!! ババを止めるには、おそらく祓い屋の浄化の力が必要です!! ババは人間でも妖怪でもなく、悪霊なのです……!!」


 雪兎がそう叫び、巾着を蓮に戻した。

 巾着の中には浄化の砂はまだ残っている。


 これをかけて、お経を唱えれば、ババはその肉体に取り憑くことができなくなるはずだ。

 しかし、ババは巧みに女と残っている3羽の烏の中を行き来して、攻撃して来る。

 砂の量からして、あと1回分くらいしか残っていない。


「レンレン! 後ろは私が守るから、ババが抜けた後の烏を焼き払って!!」

「わかった!!」


 雪乃が蓮の後ろから来る攻撃を避け、蓮は正面にいる烏と対峙する。


「炎舞!!」


 そして、ババが抜ける瞬間を狙って、烏を燃やした。

 ババからただの喋る烏に戻る瞬間、動きが止まるタイミングがある。

 そこを狙った。


 1羽、2羽と焼かれた烏がぼとりと地面に落ちる。


「小癪な!!」


 ババがまた女の方に戻り、蓮が残り1羽を燃やしたタイミングで、別の烏が3羽、通路を通ってやってきてしまった。


「ワタシの子供達はまだ、たくさんいるんだよ!!」


 烏の数がどんどん増えて、雪乃と蓮の方めがけて飛んで来た。

 しかし……


氷破ひょうは!!」


 その前に全ての烏は凍り、粉々に砕け散る。

 ダイヤモンドダストのように、キラキラと輝きながら消えていく。


「なっ!!」


 檻が朽ち果て、雪子はたったの1撃で烏を全て氷の粉に変えてしまった。

 あまりの威力に、蓮は驚いて目を見開く。


「ゆきのんのお母さん……すごい————!!」


 氷の粉が消えて、視界が晴れたかと思うと、紫の巾着が蓮の目の前に飛んできた。


「感心してる場合か!!」


 反射的にキャッチすると、ずっしりと重い。


「じ、じいちゃん!?」


 いつの間にかこちら側に来ていた鏡明が、新しい浄化の砂が入った巾着を蓮に投げて渡したのだ。


「早くそれであの女を浄化しろ!!」



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