第69話 君がいるから(12)


 エリカが雪乃を迎えに行ったあと、すぐに別の烏が飛んできた。


「報告!! ババ様に報告!!」

「なんだい? どうした?」

「雪女!! 祓い屋と一緒に来る!! 祓い屋と来る!!」

「祓い屋と来る?」


 エリカが迎えに行ったはずなのに、何を言っているのかわからず、ババは小首を傾げた。


「大変!! 祓い屋!! 祓い屋来る!!」


 あまりに烏が慌てているため、ババは直接自分の目で見ようと、このエリカにそっくりな女の体から抜けて、一番近くにいる烏の中へ移動していった。

 中に入っていたババが抜けたことで、女の体からは力が抜け、檻の前でうつ伏せでバタリと倒れる。

 顔だけはこちらを向いているが、意識がなく目が閉じられていた。


 檻の中からその様子を見ていた雪子は驚いた。


「この女が、ババの本体というわけではないの……か?」


 雪子はてっきり、ババはこの本体から烏たちを操っているものと思っていた。

 雪兎からの報告は断片的なものだったせいか、雪子はババが実は取り憑く器を変えている能力を使っていることには気づいていなかった。


 檻の前に倒れている女は、ババ本人の肉体ではない。

 あの当時で70を超える年齢だった。

 霊界に封印されていたとはいえ、50年も経っている。

 人間の肉体は朽ち果て、その魂だけが霊道を通って、こちら側へ戻ってきたのである。


 意識もなく倒れている女の姿を見て、雪子は思う。



「この人間————……一体、誰?」



 * * *



 暗闇の中にぼんやりと見える洞窟の入り口を目指して、雪乃と蓮は進んでいた。


「雪乃様! あの洞窟……50年前に見たものとよく似ています。おそらくあの中に雪子様がいることは間違いないでしょう。檻の鍵がないなら、妖怪は開けることができません。祓い屋の浄化の力が必要です。しかし、祓い屋見習いの蓮殿一人で、大丈夫でしょうか?」

「え? 何言ってるの? アサミンがいるでしょ?」


 雪乃が振り返ると、当然後ろからついて来ていると思っていた浅見の姿がない。


「ちょっ……どうしていないの!?」


 いくら蓮がまた妖怪の姿が見えるようになって、前よりはマシになっているとはいえ、相手は冥雲会だ。

 祓い屋見習いの蓮が一人で、どうにかなるとは思えない。


「……大丈夫!! ゆきのん、俺、頑張るから!! ゆきのんがいるから、俺は見えるし……まだ頼りないかもしれないけど、強くなって来てる……はずだから!!」


 やはりまだ少し頼りないが、現段階で祓い屋として動けるのは蓮しかいない。


「そう、ね……!! レンレン、頑張って!! 私が全力でサポートするから!!」



(雪女になっている私の姿も、雪兎の姿も見えているし、きっと大丈夫————!!)


 やっと洞窟の入り口に足を踏み入れた瞬間、烏が鳴いた。


「報告! 報告!! ババ様に報告!!」


(ババ様!? あの時と、同じだわ————)


 一方、蓮は初めて烏の声を聞いて、戸惑う。


「気持ち悪い……何この声、烏が喋っている」



 あの日学校で襲って来た時と同じ状況だ。

 ただ、今回は蓮が全て見えているし聞こえている。


炎舞えんぶ!!」


 内部への侵入を拒むように邪魔をして来る烏たちを、二人で次々と払いのけ、丸焦げの烏と、氷漬けの烏が地面に落ちて行く。



「なんだ、祓い屋とは、お前のことか……小僧。てっきり、鏡明が来たのかと思ったではないか————」


 先ほどの烏たちとは違う声が奥から響いた。


(ババ!!!)


 赤い瞳の烏が、二人の前に現れた。


「————全く、才能のないお前が、氷川家の跡取りなどと、情けない」



 ババが入った烏は嘴を大きく開くと、不気味なその声とともに妖気を放った。


 大きな爆発音が洞窟中に響き渡る。

 その音は、雪子の耳にも届いていた。



 ババの放った妖気によって、洞窟内が崩れ始め、岩が雪乃と蓮に向かって落ちて来る。


「ゆきのん!!」

「レンレン!!」


 蓮は反射的に雪乃を抱き寄せて、岩が雪乃に当たらないように覆いかぶさった。

 雪兎がその衝撃を軽減さよせうと、さらにその上に雪のクッションを作る。


「ふんっ! 所詮この程度。術を使わず己の体で娘を守るとは、情けない……あの鏡明の孫とは思えん」


 避けきれなかった岩が蓮の頭にぶつかり、血が……


「雪女は生きているか? まぁ、半妖だが雪女は高額で売れるからねぇ……少しもったいないが、仕方がない。あとでその死体を回収してやろう」


 ババは二人が岩の下敷きになって死んだと思い、烏の中から抜け出て、また雪子のいる檻の前で倒れている女の体へ戻って行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る