最終話 君がいるから(完)


 蓮が退院して1週間後、お盆真っ只中。

 祓い屋としては一番忙しいこの時期、今年は特に忙しかった。


「だから、法律が変わったので、結婚できるのは男女とも18歳になってからなんですってば師匠!!」

「法律!? そんなものは知らん、他所様の大事な娘さんに手を出したんだぞ? 男なら、責任をとって当たり前じゃないか!!」


 鏡明が、蓮と雪乃をさっさと結婚させようとしているのだ。

 しかも、今まで鏡明のことを恨んでいた雪子も、真実を知り乗り気で、式場はどこがいいか、和装と洋装どちっもするべきじゃないか……とまで言い始めている。


 冥雲会がまたいつ雪乃を狙ってくるかもわからないし、氷川家としても、雪乃と蓮が結婚してくれれば、妖怪が見えるようになって万々歳だ。

 蓮が入院している間に、話はどんどん進み、なにもこの時期に両家揃って話し合いをすることはないと思うのだが、本人たちそっちのけで、氷川家の客間ではそんな話が繰り広げられていた。


「責任て……ねぇ、師匠! ちょっとキスしてたくらいで大げさな……!! そんなに急がなくても、少しずつ仲を深めていけばいいでしょう? まだ未成年なんですよ?」


 浅見は見守った方がいいと諭すも、古風な考えの鏡明は決して譲らない。


「キス!? うううううううウチの大事な娘と、キス!?」


 智はショックを受けて卒倒しそうになる。


「パパ、ちょっと黙ってて。いいじゃない、キスくらい。可愛いものよ」

「何がキスぐらいだ!! 雪乃が、俺の大事な娘が!!」


 雪子はうるさいと言って、智の口に浅見が用意したお手製のシフォンケーキを突っ込んで黙らせる。

 長年のわだかまりはどこへ言ったのか、鏡明と雪子はもう完全に二人の結婚をいつにするかしか考えていない。


 一方、客間の隣にある蓮の部屋では、当の本人たちが丸聞こえの会話を聞きながら、笑っていた。



「まったく、じいちゃんには本当に困るね、機械だけじゃなくて法律もよくわかってないんだから……」

「まぁ、うちのママも、雪女だから法律関係ないと思ってるんだろうけど……一応ね」



 蓮がベッドの上に座り、前に座っている雪乃の長い髪を櫛で梳いていた。

 慣れた手つきで、ヘアゴムとピンを使って、髪を結い上げ、あっという間にお団子を作る。


「どう? ゆきのん、こんな感じで」

「わぁ! さすがレンレン!! 上手!!」


 鏡を覗いて、雪乃は嬉しそうに笑っている。

 最後に刺した白い花のかんざしが、雪乃が着ている青を基調とした浴衣に似合っている。


「じゃぁ、次は俺の番ね」


 今度は蓮が前で、雪乃がベッドの上から蓮の髪を櫛で梳いた。

 と言っても、本物の髪ではない。


 怪我で数針縫っているため、被っているウィッグだ。

 今日は近所で盆踊りがある。


 入院していたため、3日間ある大きな夏祭りに参加することはできなかったが、屋台も出るし、二人で行く約束をしていた。


「全部あげちゃうとカツラだってわかっちゃうから、うまくやってみてね」


「はーい!」


 肩ほどある長さのウィッグに、雪乃なりにアレンジを施して行く。

 その間、蓮は鏡を見ながら流石の腕前で自分の顔にメイクを施し、すっかりどこからどう見ても女の子になって行く。


 盆踊りは2日間あるので、1日目は二人で浴衣を着ることにした。

 どうせならと色違いの白い浴衣を着た蓮。


「わー上手! ゆきのん器用だね」

「へへ……そうかなぁ?」


(レンレンに褒められちゃった……)


 二人で仲良く記念にスマホで写真を撮ってから、手を繋いで、


「じゃぁ行こうか」


 言い争ってる大人たちがいる方の襖を開けた。

 蓮の部屋から外に出るには、この客間をどうしても通らなければならないのだ。


 二人の姿を見て、大人たちはピタリと動きを止める。


「……かわいい!!! かわいいわよ!! 二人とも最高!!」


 大喜びで拍手する雪子。

 浅見も二人の可愛さにびっくりして、思わず拍手を送る。


 鏡明は初めて間近で見た孫の女装クオリティに驚き、口をあんぐりと開けている。


 そして、智は二人が仲良く手を繋いでいるのをみて、発狂。


「ああああああああああ!!!!!」



 美少女二人は、笑顔で


「行ってきまーす!」


 と言って、大人たちに手を振り、仲睦まじく近所の公園へ歩いて行った。


「雪乃が!! 雪乃がぁぁああああ!!」

「パパ、うるさい!!」



 * * *



「なぁ知ってるか?」

「あの祓い屋の次の当主だよ!」

「ああ、知ってるぞ? あの祓い屋見習いの女だろう?」

「違うよ!! あれでも男だそうだ!!」

「な、なんだって!?」


 噂好きの妖怪たちが、騒ぎ始めた黄昏時、二人の美少女は仲良く手を繋いで公園に向かって歩いていた。


「いや、おらが聞いた話だと、雪女に取り憑かれてるって聞いたぞ?」

「雪女だって? もしかして、あの半妖の娘か?」

「半妖?」

「いやいや、結婚するって聞いたぞ?」

「ええー!?」

「祓い屋見習いと半妖の雪女が!?」


 その噂の二人が、まさか今目の前を歩いているこの美少女だなんて、思わずに妖怪たちは盛り上がっている。


 雪乃はそれが面白くて、くすくすと笑う。


「ほんと、妖怪たちってなんでも知ってるんだね……どこで見られてるかわからないや」


 雪乃のおかげですっかり妖怪たちのそんな噂話も聞こえるようになった蓮は、妖怪たちの情報網に驚きながら、笑ってる雪乃の方を見た。

 それがあまりに可愛くて、見惚れてしまう。

 盆踊りの会場となってる公園の入り口で、蓮は思わず足を止めて、まじまじと雪乃の顔を見つめた。


「どうしたの? レンレン?」


(なんか、すっごく見られてる……?)


 あまりに真剣な眼差しで見つめてくるから、雪乃の心臓がどんどん早くなって行く。


(なに? なに? なに?)


 ちゅっと音を立てて、雪乃の頬にキスをする蓮。


「俺やっぱり、ゆきのんが好きだなって、思って……可愛い」


 たくさんの人が見てる前で、不意にそんなことを言われてさらに頬にキス。

 しかも、とびっきりの笑顔を向けられた。


(か、可愛いいのは、レンレンの方だよおおおおおおおお!!!!)


「あ……!! ゆきのん! 雪女になってる!!」

「え、やっば!! せっかくお揃いの浴衣だったのに!!」

「まぁ、どっちでもゆきのんは可愛いよ」


(んんんんんっ!!! レンレンの方が可愛いってば!!)





 そんな祓い屋見習いと半妖の雪女の姿を、遠くから見つめるウサギが一羽。


「まったく、こんな人前で雪女になっちゃだめじゃないですか……お盆とはいえ、突然人が消えたら心霊現象ですよ? ————まぁ、二人が幸せなら、それで、いいか」


雪兎はそう呟いて、鳴り響いている祭囃子に耳を傾けた————



 —— END ——


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