第65話 君がいるから(8)
「よかった……雪乃は無事だったか」
「どういうこと? どうしてパパがここに?」
雪乃がいる客間に通され、智は娘の姿を見て少しホッとした。
だが、まだ問題は解決されていない。
「お前がいなくなったって、ママから連絡があって————」
雪乃が蓮を探しに家を出た時、智は残業でまだ会社に残っていた。
そして、やっとひと段落ついて、これから帰ろうという時に、雪子から雪乃がいなくなったと連絡が入る。
冥雲会が雪乃を狙っている可能性があり、守るために家から出さないようにしていたことは、智も知っていたことだ。
退屈しないように、雪乃が欲しいものがあれば智が代わりに買い物に行ったりもしていた。
すぐに退勤して、家の近くまで来たのだがどうも様子がおかしいことに智は気がついた。
「ウチだけ、明かりが一つもついていなかったんだ」
自動で開くはずの車庫のシャッターも、夜になると人感センサーが反応して光るはずの街灯も作動しない。
小泉家だけ真っ暗で、近所の他の家は普通に明かりがついてるため、停電しているわけではない。
智が確認すると、ブレーカーが壊されていた。
半妖の雪乃とは違い、正真正銘の雪女である雪子は、夏の暑さにめっぽう弱い。
クーラーがあるから、なんとか夏の暑さを乗り越えることができていた雪子。
それが、この熱帯夜に電気を止められては、いくら雪子でも本来の力を使い続けることはできないだろう。
智は雪子を探したが、家のどこにも雪子はいないし、それどころか、何かと争ったような跡もあった。
さらに…………
「玄関に、これが落ちていて————」
智が雪乃に見せたのは、割れた能面だった。
「これって——!!」
あの能面女がつけていたものに似ていた。
「まさか、ママが拐われた……?」
「あぁ、おそらく。でも、おかしいんだ……近所の妖怪たちは、お前が家を出て行ったところは見ているが、雪子が連れ去られたところは見ていないらしい。俺がここへ来たのも、妖怪たちの目撃情報を辿ってなんだ……」
智は妖怪が見える。
そして今は妖怪たちが活動的になっている夜だ。
噂好きの妖怪たちは、蓮が祓い屋の跡取りであることまで知っていた。
だが、雪子が拐われたところを、見たという妖怪が一匹もいない。
「それじゃぁ……ママは一体どこにいるの!?」
* * *
雪子が目を覚ますと、見覚えのある空間の中にいた。
仄暗い洞窟のような場所に、檻がいくつも並び、その中には珍しい妖怪や、人間が捕らえられている。
ここは冥雲会が作った異空間。
雪乃や蓮が学校祭で連れて行かれたのと同じく、妖怪が作り出した場所で、人間の目からは上手に隠されていて、そこに存在していることすら誰も気がつかない。
もとの世界に戻るには、エリカがやったようにこの空間を切り裂くか、この空間への入り方を知っているものでなければ決して戻ることはできないのだ。
藍色の小袖を着た髪の長い女は、目を覚ました雪子の姿を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「目が覚めたようだね……雪女。もう、このワタシからは逃げられない。二度と逃してなるものか」
まさか、自分が冥雲会に捕まるとは、さすがに雪子も盲点だった。
それにこの女のこの口調は、明らかにババと同じ。
あの時のババの姿は年老いた老婆であったが、女は当時のババより若く、20代後半から30代前半といったところ。
顔もどこか似ているような気もする。
そして何より驚いたのが、この女にもっと似ている人物の存在だ。
「そうですよぉ……エリが絶対に、逃がしませんからね」
娘の、雪乃の友達だと思っていたエリカが、女の隣で笑っているのだ。
あの日、蓮と一緒に雪乃を訪ねてきた時と変わらぬ明るい笑顔で。
エリカと能面女の顔は、年齢が違うだけで、とてもよく似ていた——————
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