第64話 君がいるから(7)
雪乃が驚いて振り返ると、アラサラウスが丸焦げになっている。
「え……!? レンレン……? 見えないんじゃ……」
「そう……だったんだけど」
アラサラウスが元の熊の姿に戻ってからは、蓮には何も見えていなかった。
急に姿を消したようにしか見えなかったのだ。
氷柱や雪は見えたのだが、なにかが動いているのがなんとなくわかるくらいで、もちろん雪女になっていた雪乃の姿も見えていなかった。
それがまた突然見えて、しかも声まで聞こえる。
雪乃は試しに雪女に変化してみる。
「あれ……? 見える……」
雪女の姿も、足元にいた雪兎の姿も、フキの葉に隠れながらこちらを見ているコロポックルの姿も————全部見えている。
「どうして……?」
何が起きたかわからずに、首をかしげる蓮と雪乃。
「オラたちが見えるのかい?」
「おお! なんでだー!? あんなに見えなかったのに、おかしいべ!!」
コロポックルたちも蓮と目があってびっくりしている。
「雪乃様、もしかして、今回初めて蓮殿と口と口でキッスしました?」
「雪兎!? ちょ……見てたの?」
雪兎はやれやれ……と両手を上に向けて首を振る。
「見てたのもなにも、ずっとお側にいましたので……。で、初めてなんですよね? 口と口でのキッスは」
「そ……そんな何度も言わないでよ!! 恥ずかしいじゃない!」
雪乃と蓮は顔を真っ赤にして、今更ものすごく恥ずかしがってる。
確かに、ちょっと盛りあってしまったとはいえ、初めてだった。
「おそらく、それが原因ですね。以前見えるようになった時は、目に金花猫の唾が入ったと聞きました。蓮殿の体は妖怪の唾が体内に入ると、見えるようになる体質なのでは?」
(なにそれ、そんな体質初めて聞いたんだけど……)
「じゃぁ、俺って、見えなくなったらゆきのんとキスすれば見えるようになるの?」
「ちょ……レンレン? 何言ってるの?」
蓮はじっと雪乃の唇を見ながらそう言ったが、自分の発言が急に恥ずかしくなって、耳まで真っ赤になって目をそらした。
「その可能性は、確かにあるかもしれん」
木の陰から様子を見ていた鏡明は、浅見と一緒に雪乃たちの前へ出た。
「じいちゃん! じいちゃんも見てたの!?」
まさか祖父が見てる前で、初めてのキスをしていたなんて、恥ずかしくてたまらない。
蓮は頭を抱えた。
「祓い屋の中には、そういうものもいたと聞いたことがある。確か、子を産んで、一度見えなくなった祓い屋の娘が妖怪と結ばれたことで、また見えるようになったと」
雪乃と蓮は顔を見合わせた。
「それなら、俺はゆきのんと結婚すれば、ずっと見えるようになる!?」
「え!? 結婚!? レンレンと結婚!?」
「いや、それはまだ早いだろう! 蓮、お前……どれだけその子に惚れとるんだ」
鏡明は思わず笑ってしまった。
妖怪と結ばれる。
それはかつて、自分が一度憧れたことだった。
まさか孫がそれを望むとは…………
* * *
帰りの車の中で、蓮はコロポックルたちにアラサラウスを倒したお礼にもらった木の実を食べていた。
とにかく空腹で、一番近いコンビニに着くまで我慢できずに口いっぱいに頬張っていると、まるでリスみたいだと雪乃は笑った。
「あの山で起きた神隠しはアラサラウスの仕業だったのはわかったが、コロポックルたちの話によれば、奴は冥雲会の顧客だったようだな……さすがにわしも、当時の北海道の様子までは知らなかった」
助手席の鏡明はそう言って、坂道を下る車の窓から見える街の夜景を見つめる。
「そうですね、霊道を作ったハシヒメも、それを見越して北海道に作ったのか……それとも、師匠が北海道にいることを知って、あえて作ったのか……」
色々な考えが巡る中、ようやくコンビニを見つけ、雪乃、蓮、浅見の3人が店内に入って行った。
駐車場に停められた車の中で、鏡明は後部座席にいる雪兎に声をかける。
「雪女は、あれから元気にしていたか?」
「元気……? まぁ、初めは塞ぎ込んで大変だった。けど、あの男に……雪乃様の父親に出会ってからは、元気になったよ。特に、雪乃様が生まれてからは、毎日幸せそうだ」
「そうか……それは良かった」
時刻はもう、夜の11時を過ぎていた。
鏡明は蓮が無事に見つかったことに安堵して、目を閉じて少し眠ってしまった。
その後、お腹いっぱいご飯を食べた蓮は、道場に戻るなり速攻で風呂に入り、客間に通された雪乃は浅見お手製の苺のアイスに舌鼓。
雪兎もその美味しさに感動していた。
「ところで、雪乃様……一体いつ、家にお帰りになるんですか?」
「えっ!?」
(しまった……忘れてた!)
時間も時間だし、絶対に怒られる。
約束を破って、外に出た上、のんきに祓い屋の家にいるなんて、絶対怒られる。
雪乃は恐る恐る、スマホをポケットから取り出した。
しかし、画面が真っ暗だ。
いつの間にか電源が切れてしまっていたようだ。
(あ、そうだ……暇で一日中スマホで漫画読んでたから————)
これでは母からの着信があったことにも気づかないだろう。
雪乃は浅見から充電器を借りて、ようやく電源が入る。
その瞬間だった、門の外で、誰かが騒いでいる声がする。
「こんな時間に、近所迷惑ね……何があったのかしら?」
「様子を見てこよう。雪乃ちゃんはここにいて」
浅見が様子を見に行くとそこにいたのは————
「雪乃は……うちの娘はここにいませんか!!!!?」
雪乃の父、智だった。
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