第61話 君がいるから(4)


「蓮くん、ちょっと太りすぎじゃない?」

「お前さぁ、いい加減痩せろよ。っていうか、食い過ぎじゃね?」

「中学入ったら相撲部とかいけよ」


 ランドセルが背中に食い込んで、小学4年の冬から蓮は一人、ほかの友達と違って大人用のリュックを背負って学校に通っていた。

 食べたものが身長に行けばいいのに、全部横にばっかり伸びて、全校集会では前の子が風邪で休んだ時には、一番前だった。


 学年があがり、体の変化とともに思春期が始まった頃、それまで気にしていなかったみんなが、蓮の見た目を揶揄し始める。

 男子より成長の早い女子からは、チビだのデブだの馬鹿にされて、直接いじめられているというわけではないけど、イジられているという実感はあった。


 卒業までのこり1年になった頃には、蓮はもう学校へ行くのが嫌になって、ほとんど学校へ行かずに、漫画やアニメを見たり、ゲームをして現実から逃げるように過ごしていた。

 しかし、親戚の葬式のため北海道のいとこの家に行ったその日、膝に激痛が走る。


「痛い……!!」


 痛くて泣いていた蓮に、思ったことはすぐに口にするエリカが言った。


「太りすぎてるから、膝に負担がかかってるんじゃない? 痩せたらぁ?」


(ひどい……今日初めて会ったのに!!)


 存在は知っていたが、距離が離れているため、この日初めてあったエリカにそんなことを言われて、蓮はまた泣いた。


(痛いから、痛いって言っただけなのに……!!)


 それから数日後、蓮の身長は一気に伸び始める。

 同時に、それまでの姿が嘘のようにみるみる痩せていった。


 そして、中学の制服を仕立てに行った日、店員がなぜか男子の制服ではなく女子用のセーラー服を持ってきたのだ。



「え、あの……俺、男なんですけど?」


「えっ!? あらやだ、ごめんなさい! 女の子かと思ったわ」


 店員さんは本当に蓮を女の子と間違えたようで、何度も謝罪された。

 試着室で改めて鏡に映った自分を見て、蓮は思う。


「この体型なら、コスプレとか……」


 これがきっかけで、蓮の才能は開花する。

 勇気を出してアップしたコスプレ写真が好評で、中学入学とともにネット上での活動を開始する。

 最初は、本当に少しのフォロワーだったが、徐々にそのクオリティの高さが評判になっていったことで、蓮は小学生の頃に受けた心無い言葉によって失っていた自信を取り戻していった。


 ファンも増え、その分、アンチも増える。


 そのアンチからの心無い書き込みに傷つき、また自信を失って、現実から逃げてしまいそうになった蓮の心を救ったのは、ある一人のフォロワーだった。


「あ、ゆきのんからメッセージ来てる!」


 実際に会ったことはない。

 それでも、彼女のSNSのつぶやきから、好きなものや、価値観が同じような気がしていた。

 熱心に応援してくれる反応が嬉しくて、たくさん元気と勇気をもらった。


(いつか、ゆきのんに会うことができたらいいな……君がいるから、俺は頑張れるんだ)


 そう思いながら、蓮はゆきのんにいつも応援してくれている感謝を込めて、1枚の画像を送った。

 どこにも公開していない、特別な1枚の写真。


 2年後、その時の1枚を雪乃がスマホのロック画面に設定していたのを見て、本当に驚いたし、嬉しかった。

 もうこれは運命だと思った。


(せっかく会えたのに、やっと会えたのに……どうして、俺は——————)




 木にもたれかかって、気を失っていた蓮の頬に、涙が一筋伝う。

 そして、その涙を、誰かが指で拭った。


 頬に触れられた感触に、気がついて、蓮は目を開ける。


 かけていたはずの眼鏡は外されていて、視界がぼやけている。

 髪の長い人物が目の前にいるのがわかって、一瞬、雪乃かと思った。


 しかし、眉間にシワを寄せて、目を細めてよく見ると、雪乃とは全然違う女の顔が目の前にあった。

 20代後半ぐらいだろうか……美人であることに間違いはない。

 だが、どこか作り物のような顔をしている。

 少し垂れ気味の大きな目に、厚めの化粧。


 じーっと、蓮の顔を見つめながら、その真っ赤なリップの唇をなめて、怪しげにニヤリと笑った。


「お前、ずいぶん美味そうな顔をしているな……」


 女は蓮の首元に顔を近づけると、匂いを嗅ぎ始めた。


(体が……動かない…………!!)



 逃げた方がいいと、蓮は本能的に感じているのに、金縛りにあっているかのように、思うように体が動かない————




「大変だぁ……!! アラサラウス様が帰ってきたぁ……!!」


 小人たちはフキの葉の影に身を隠し、アラサラウスに品定めされている蓮の様子を、見ていることしかできなかった。



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