第59話 君がいるから(2)


「は? えすえあんと?……なんだって?」

「SNSのアカウントです、師匠……」


 鏡明は、祓い屋としては最強だが、横文字にめっぽう弱くインターネットがなんなのかもよくわかっていない。

 そんな、祓い屋協会名誉会長は、会合で出てきた言葉が全然理解できずにいた。


「だからね、じいちゃん、匿名で書き込めるうーんと、掲示板みたいなやつがあって……」


 蓮が鏡明にもわかりやすいように解説をするが、要するに、こういう話である。


 50年前の事件で、霊界に封印されていた冥雲会の連中が、今年の3月ぐらいにできた霊道を通って、こちらの世界へ戻ってきた。

 その霊道は、あの坂崎家の庭に埋められていた呪符によってできたものだ。


 坂崎家に呪いをかけた本人である今井が死に、その後鏡明が呪符の存在に気がついて霊道は閉じられたが、問題は、その呪符はどこからきたのか……だ。


 祓い屋協会が改めて、今井や坂崎の当時の行動などを調べたところ、埋めたのは今井であることは確定だった。

 坂崎家の近くに住んでいた妖怪たちから、今井が埋めていたという証言が取れている。


 しかし、霊道を作るような呪符だ。

 一般人である今井が、実際に人を殺せる呪いの方法をなぜ知っていたのか。

 今井がやっていたブログや、検索履歴等から、呪符を渡したと思われる一人の人物が浮上する。


 アカウント名は@hashihimeハシヒメ

 今井が使っていた匿名のSNSでは、そのハシヒメとのやりとりが残されており、ハシヒメは人の呪い方や、呪符の埋め方を事細かに指示を出していたのだ。


「なるほどな……確かに橋姫はしひめは、丑の刻参りの元となった儀式を行なっていたとされている。あの家にかけられていた呪いも、藁人形を使った丑の刻参りだった」


 鏡明はこれまでの調査報告を聞きながら、やっと合点がいったようで、うんうんと頷いた。


「しかし、このハシヒメを名乗っている人物が誰かまでは、わかっておりません。この人物の特定については、警視庁のサイバー班に頼んではいるのですが、海外のサーバーを複数経由しているため、現状では不可能とされています」


「さーばー? 鯖?」


「サイバー班とサーバーだよ、じいちゃん……」



 会合では、この報告に加え、ここ数日の間で多発している神隠しの話もあった。

 先日の学校祭の時と同じように、突然人がいなくなる事件が、能面女が逃げた頃辺りから報告が増えている。



 事件が起きたとされる場所が数カ所あるため、蓮は浅見とともに翌日から現場に残った手がかりを探すことになった。


 この時はまだ、蓮は妖怪を見ることも、声を聞くこともできていた。

 しかし、徐々に、その力はまた失われていく。



 * * *




「雪兎? どこいったの?」


 雪乃が目を覚ますと、抱きしめていたはずの雪兎がいなくなっていた。

 閉めっぱなしの遮光カーテンの隙間から漏れているのは月明かりなのか、太陽なのか……

 ずっと家にいるせいで、雪乃の時間感覚もずれ始めている。


「2時間くらいは、寝たかしらね……」


 スマホで時間を確認すると、午後7時前。

 まだ、蓮からは何の連絡もこない。

 3日前に送ったメッセージにも、既読はまだつかないでいた。


「あぁ……お腹すいた」


(今日の晩御飯なんだろう…………)


 寝起きでボサボサの髪を指で梳かしながら、雪乃は1階へ行こうとベッドから降りた。

 ちょうどその時、下の方から雪子が「ごはんよー!」と、大きな声で呼んでいるのが聞こえる。


 それと同時に、窓とカーテンをすり抜けて、雪兎が慌てて戻ってきた。



「大変です! 雪乃様!!」

「どうしたの?」


「それが……祓い屋見習い————蓮殿が、消えました!!」


「……は?」


「行方不明のようです」



 雪乃は雪兎からの報告を聞いて、ドアノブをひねりかけていた手を止める。





「雪乃? どうしたの? 今日は雪乃の好きなハンバーグよ?」


 2階から降りてこない娘を心配して、雪子が部屋に来た時には、もう遅かった。

 雪乃は雪女に変化して、壁をすり抜け、家の外へ出た後だ。

 あれだけ危険だと言われ、雪子が大変な目にあったことも、全て知っていたのに、雪乃は母との約束を破った。



 真夏の夜、それも、熱帯夜の夜に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る