最終章 君がいるから

第58話 君がいるから(1)


「夏祭りかぁ……」


 8月に開催される大きな夏祭りのチラシが、小泉家に投函されていた。

 毎年3日間開催されるこの夏祭り、去年までは学校の友達と雪乃も必ず参加していたし、今年も中学時代の友達から一緒に行こうという誘いが来ている。


「行きたいけど、この状況じゃぁね……」


 冥雲会のせいで外出ができない雪乃は、今のところ5日間は一度も外に出ていない。

 夏休みの課題もすでに終わらせてしまい、特にやることもなく、初めはゲームをしていたのだが飽きてしまって、今度は少女漫画を読みあさっていた。


 夏祭りといえば、少女漫画の定番イベント。

 意中の彼とドキドキ初デート!なんてのが、よくあるパターンなのだが、雪乃の意中の人は、祓い屋の仕事が忙しいのか、こちらから連絡してもここ2、3日は既読すらつかない。



「冥雲会のことさえなければ、レンレンと一緒に行きたかったなぁ……二人で浴衣着て…………あ、3日あるから、1日ぐらいはレンレンとお揃いの浴衣でもいいなぁ。絶対似合う」


 レンレンの去年発売された写真集の中に、大きなひまわり柄の浴衣を着ているのがあったのを思い出し、雪乃はパラパラとページをめくり、その写真を探した。


「あったー! あぁ、かわいいいいいい! もう本当に、どこからどう見ても女の子にしか見えない…………尊い……神!!」


(これが発売された時は、まさか本物に会えるなんて思ってもいなかったな……それに、今じゃ、私と————)



 突然、色々恥ずかしくなって、ベッドの上に仰向けにダイブ。

 そして足をばたつかせる雪乃の姿が謎すぎて、ベッドの端にちょこんと座っていた雪兎はびっくりする。


「どうしたんですか雪乃様! ついに壊れましたか?」

「失礼ね! 私が壊れてるのはいつものことよ!!」


 雪乃はヒョイっと雪兎の体を持ち上げて、ぬいぐるみ代わりにぎゅーっと抱きしめて、そのもふもふしてる白い体を撫で回した。


「あっ! ちょっと! 雪乃様!! 放してくださいよ!! くすぐったいですぅう」


「……レンレン、どうしてるかなぁ」


 寂しそうな雪乃の声が聞こえて、雪兎を撫でる手が止まる。

 涙をこらえているのか、ぎゅっと目を閉じて、雪乃はそのまま眠ってしまった。


 雪兎は力の抜けた雪乃の腕からするりと抜け出すと、気づかれないようにそっと頭を撫でる。


「まったく、あの祓い屋見習いめ……雪乃様に寂しい思いをさせるとは……

 ……連絡ぐらいすぐにすればいいものを」


 雪兎はヒョイとベッドから飛び降りると、そのまま壁を通り抜けて家の

 外へ。

 蓮の様子を探ろうと、祓い屋道場へ向かった。





 * * *




「なぁ、知ってるか?」

「ああ、冥雲会の話だろう?」

「恐ろしい……俺たち妖怪を人間に売るんだろう? なんて奴らだ……」


 氷川家の祓い屋道場で会合があった日、噂好きの妖怪たちの声を聞きながら、エリカは祓い屋道場から家に向かって歩いていた。


「まったく、祓い屋協会の奴ら……勝手なんだから! どうしてエリは会合に参加しちゃいけないのよ!! エリだって、立派な祓い屋なんだからね!! 蓮なんかよりよっぽど強いんだから!!」


 エリカは、まだレンが霊や妖怪を見ることができなかった頃に、祓い屋協会にとある訴えを起こしていた。

 それは、女は祓い屋の後継にはなれないということに対してのものだ。


 見えない上に才能のかけらもない蓮と、見える上に才能の塊のようなエリカ。

 さすがの祓い屋協会も、それが事実であるならば、今の時代性別で差別するのはおかしいという者が多くいたのだ。

 蓮が無能であることが証明されればと、実はあの学校祭に密かに協会理事たちを呼んでいた。

 学校にいる妖怪たちに全く気がつかない様子を、見せようと思っていたのだ。


 しかし、運悪く蓮はその日から見えるようになってしまって、エリカが祓い屋を継ぐべきという話はまるまるなくなってしまい、会合にさえ参加させてもらえなかった。


「雪乃はエリのだけど、だけど……蓮が好きだから、仕方がなく譲ってやったのに……! 両方持っていくなんて……」


 恋は諦めるから、せめて夢だけはと思っていたエリカの作戦は、失敗に終わったのだ。


「それに、あの能面女!! なんで逃げるわけ!? せめてあれを捕まえたって功績だけでもあれば、氷川家は継げなくても、祓い屋として結構いいポジにつける可能性があったのに————」



 悔しくてぼやきながら歩いていたエリカ。

 その姿を、影から見ている者がいた。


「ん……?」


 言いたいことを口に出した為、少し落ち着いたのか周りが見えていなかったエリカは、家につく直前で、やっとその気配に気がつき、振り返って後ろを見ると————



「やっと気がついたのね……かわいいお嬢さん」



 いつからそこにいたのか、能面をつけ、藍色の小袖を着た長髪の女が、目の前に立っていた。


「能面……女!?」


 いつの間に背後を取られていたのか、エリカは驚いて大きく目を見開いた。

 そして、瞬時に危険だと判断し、術を使おうと体を動かそうとした。


 しかし————


 女は顔を隠していた能面を外す。


 その顔に、エリカはさらに驚いて、言葉を失った。





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