第56話 青い果実(11)
「————ということが、あったのです」
雪乃は雪兎から過去に起きた事件の話を聞いて、号泣した。
「ママ……そんなことが……っ」
そして、走りながら話を聞いていたため、涙を拭う暇もなく、家に着いた雪乃は、玄関で靴を蹴るように脱ぎ捨て、クーラーでキンキンに冷えていたリビングへ一直線。
「あ、ちょっと……雪乃様!!?」
止めようとする雪兎の言葉も聞かず、そのままリビングにいた母親の胸に飛び込んだ。
「ママああああ!!」
「雪乃ちゃん!? 一体どうしたの!?」
よしよしと落ち着かせるように雪乃の頭を撫でながら、一体何があったのだと、雪子は雪兎を睨みつけた。
「ぼ、僕のせいじゃないですから!!」
雪子から逃げるように、雪兎は姿を消す。
雪乃に一体何があったのかわからないが、とりあえず泣き止むまで待つしかなかった。
* * *
一方、祓い屋道場までの間、蓮も泣きながら自転車を漕いでいた。
雪兎が雪乃にした話を、蓮も聞いていたのだ。
雪乃が蓮も知りたいだろうと、スマホで通話状態のままにしていたが、完全に切るのを忘れている。
家に着いた雪乃と、それを受け止める雪子の優しい声がしたところで、雪乃のスマホはプツリときれた。
雪女に変化してしまったのだ。
雪女に変化してしまうと、身につけているものの一切がどこかへ消えてしまう。
「あれ? ゆきのん? 切れちゃった……」
そのことは知らない蓮は、首を傾げながら道場へ急いだ。
道場へ着くと、門の前に見覚えのない黒い車が止まっている。
「あ、駐車場がいっぱいになってる」
珍しく道場の中にある駐車スペースが車で埋まっていた。
普段なら、浅見の車と他の門下生の車が2、3台あるくらいだが、今日は見たことのない車でいっぱいだった。
「蓮!! 早く、道場の方へ!」
浅見に連れられて、中に入ると黒い紋付袴の人や、黒いスーツの見たことのない人たちが整列していて、まるで葬式か……それか、任侠映画のヤクザの集まりのような光景だった。
知らない大人たちが、こそこそと話しながら、中央の空いたスペースを進む浅見の後について歩く蓮を見ている。
「あの子が、氷川家の後継か?」
「噂だと、アレが見えないらしいぞ?」
「見えないだって? そんな跡取りで、大丈夫なのか?」
こそこそ、ひそひそと、話す内容は、時折蓮の耳にも届いて、居心地が悪く、蓮は少し下を向く。
「ここで少し待ってて」
大人たちと向かい合う形で、入口から一番奥に蓮を立たせると、浅見はどこかへ行ってしまい、蓮は注目の的だ。
視線に耐え切れず、やはりまた下を向いていると、ざわついていた場内が、急に一斉に静かになった。
驚いて顔を上げると、先ほどまで蓮を見てこそこそと話していた人たちが、蓮のいる方へ歩いてくる鏡明に向かって、頭を下げている。
鏡明は大学の講師を引退した後も、その絶大な祓い屋としての力、そして、その功績から、祓い屋協会に復帰した上、現在では名誉会長になっていたのだ。
蓮はこの日、初めて自分がいかにすごい人物の孫であるかを、実感した。
北海道へ来る前までは、幽霊だの妖怪だの信じていなかった。
祓い屋だなんて、怪しい職業だと思っていた蓮。
鏡明のことだって、古風な考えのただの変わったおじいさんだと思っていた。
その祖父が、実は家族も、地位も、名誉も一度全て失い、一から氷川家を立て直したすごい男だった。
どれだけ苦しい思いをしたことだろう……蓮は祖父の苦労を思うと、自然と涙がこぼれ落ちる。
「こら、蓮、何を泣いておる。しっかりせんか、お前はわしの後継なんだ。これから皆に紹介しようというのに……全く…………未熟者め」
蓮の頭を無造作に撫でると、鏡明は整列している祓い屋協会の面々の方に向き直り、場内に響き渡るよう、腹から声を出して言い放った。
「会合を始める」
蓮が鏡明に頭を撫でられたのは、北海道に来てからこの日が初めてだった————
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