第55話 青い果実(10)


「おい、祓い屋!! 祓い屋起きろ!!」


 おババの部屋へ行った後、鏡明の記憶は曖昧だった。

 誰かに声をかけられ、気がついたら、鏡明はいつの間にか自分の部屋の布団で寝ていた。

 聡明の結婚式当日の早朝だ。


「大変だぞ!」

「雪女が連れて行かれた!」

「冥雲会の奴らに!」


 手のひらサイズの鼠が3匹、鏡明の腹の上を走りながら、口々にそう告げる。

 鏡明に冥雲会の情報を話してくれた妖怪だ。


「雪女が……? 何を言ってるんだ? そんなはずは……おババ様が————」


 そこまで言いかけて、鏡明は頭痛がして、頭をかかえる。


「おババ様?」

「あれだろう、氷川家の年寄りだ!」

「ああ、そうだ! そのおババと、お前の兄が冥雲会の奴らと一緒に雪女を連れて行ったのを見た!」

「そうだそうだ! 連れて行った!」


(何を言っているんだ? そんなわけないだろう。おババ様は、あの人が雪女を助けるって——そう約束して……それで俺は…………)


 鏡明の顔から、一気に血の気が引く。


「まさか……そんな…………!」



 鏡明は飛び起きて、急いで雪女が待っているはずの小屋へ向かった。

 しかし、そこにはすでに雪女の姿はない。

 その代わり、そこには白いウサギがいて、


「お前のせいで、お嬢様がまた奴らに捕まった。なぜ裏切った? お嬢様は、お前を信じて、待っていたのに!!」


 そう告げられた。



 そして、その後昨日話を聞いて回った妖怪たちが新たに見つけて来た目撃者の証言により、鏡明は氷川家の裏の顔を知った。


 冥雲会と関わりがあったのは、聡明だけではない。

 おババも、父親も……氷川家そのものが、冥雲会と関わりの深い家だったのだ。


(知らなかったのは、俺だけだったんだ————)



 鏡明は、祓い屋協会の門を叩いた。

 そして、祓い屋協会の会長たちに、これまでに集めた証拠を持って、全てを告げる。


(氷川家の当主の座なんて、いらない。こんなに穢らわしい、汚れた家の当主になんて、誰がなるものか……!!)



 * * *



 鏡明は祓い屋協会と、被害にあったものたちと協力して、冥雲会に関わりのあるもの達を次々と摘発していった。


 もちろん、それは鏡明の家族も例外ではない。


 おババは、鏡明を言いくるめるために嘘をついていた。

 鏡明の方が聡明より優れているなんて、思っていなかった。

 まさか本当に、弟の方が兄の数倍も祓い屋として優れた力を持っていたなんて、知らなかった。


「なぜ……お前が!! 裏切るのか!! このワタシを!!」


 今まで、兄に遠慮して、全力を出さなかった弟は、冥雲会を壊滅へと追い込み、氷川家の名は地に落ちた。

 協会から除名され、現当主の父と兄は被害にあった妖怪達の報復によって命を落とし、母は自ら命を落とした。


 おババは最後まで雪女さえ確保していれば、またやり直せると逃げていたが、鏡明に捕まり、冥雲会に属していた妖怪達とともに、大罪人として、冥界へ封印される。




「おい、ウサギ!」


 鏡明は雪兎を見つけると、鍵を投げて渡した。


「これは?」

「雪女が閉じ込められている檻の鍵だ。他にも閉じ込められてる妖怪がいるはずだ。出してやってくれ」


 雪兎は首をかしげながら、鏡明の顔をじっと見る。


「お前が助けに行かないのか? これだけたくさんのものを犠牲にしたんだ。お嬢様に、そのことを告げれば、きっと許してくれるぞ?」


 鏡明は首を振った。


「俺がこの騒動を起こしたことは、雪女には言わなくていい。あの女の言葉に、心が揺らいだのも事実だ。これは当然の罰だ。ただ————」

「ただ?」


「————祓い屋には決して近づくなと、伝えてくれ。俺からだとは、言わずに」



 そして、この後雪兎は鏡明から受け取った鍵で雪子や他に捕らえられていた妖怪たちを解放した。

 妖怪は人間と歳の取り方が違うとはいえ、まだ若く、初めての恋に身を焦がした雪子は、それ以来、心を閉ざしてしまい、鏡明が雪子を救ったことを知らずに過ごし、雪乃の父である智と出会い結婚。


 一方、祓い屋協会で功績を認められた鏡明は、新しく北海道に建設予定の祓い屋や陰陽師などの妖怪や悪霊退治の専門家が通う大学の講師として赴任することになった。

 東京にあった氷川家が代々受け継いで来た土地は売り払い、冥雲会のために被害にあった人々へ慰謝料として金を渡した。

 それでも、氷川家の莫大な財産はまだ残っていたため、30代の頃、寺の跡地を改装して、今の祓い屋道場を開いた。


 まさか、同じ北海道の大地に、あの時の雪女がいるとは思わずに。





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