第53話 青い果実(8)


 早朝から鏡明は走り回った。

 兄の結婚式まで、残り1日しかない。


 妖怪達の噂が本当ならば、嫁となる祓い屋の家は冥雲会に関係のある家だ。

 兄が冥雲会と関わるようになったのが先か、それとも、婚約者のせいなのか、鏡明にはわからなかった。

 だが、どちらにせよ、冥雲会なんて道理に背く組織に兄が関わっているのなら、この結婚は破談にしなければ、氷川家の長い歴史の汚点になるに違いない。



「おい、そこの妖怪!!」


 早朝ということもあり、夜と比べると外に出ている数は少ないが、噂をしていた妖怪たちを見つけては、鏡明は話を聞いて回った。

 冥雲会と彫られた南京錠はあるのだが、これだけでは現当主である父はきっと鏡明の話を信じてはくれないだろう。


 鏡明は1日かけて目撃者や被害にあった者たちからの証言を集めて周り、冥雲会とはなんであるのかをできるだけ調べ上げた。

 その中で聞いたとある妖怪の話によると、冥雲会にはどうも人間だけではなく、妖怪も加担しているということだった。



「猫について行った子供たちが行方不明になった?」

「ええ、そうなのです。先週、子供達が猫を捕まえようと後を追って、あの山に入ったきり戻ってこなかったのです」


「私の息子は、お友達ができたと言って、遊びに出かけてそのまま…………神隠しに」


 鏡明の住むこの街だけでも、ここ数ヶ月で多くの子供や若い女性たちが被害にあっていることを、この時鏡明は初めて知った。

 その中には、聡明の婚約者の家が関わっているという話もいくつかあったし、聡明が冥雲会のアジトではないかと噂されている場所から出てくるのを見たという証言も。



「父上!!」


 夕方、屋敷に戻った鏡明は、現当主である父にその話をした。


 しかし、冥雲会のことを話しても


「人間を妖怪に売る? 妖怪を人間に売る? バカなことを言うな。氷川家は代々続く祓い屋の名家だ。その時期当主が、そんなことをするわけがないだろう!」


 鏡明の話を何一つ信じてはくれなかった。

 頭ごなしに怒られ、今はそんな話を聞いているほど暇じゃない、明日の結婚式の準備で忙しいとまで言われてしまう。


(おかしい……どうして、俺の話を信じてくれないんだ!)


 神隠しが起こっていることは、祓い屋協会のにいた祓い屋も知っていたし、冥雲会のことも聞いたことがあると言った祓い屋だっていた。

 しかし、御三家である氷川家の現当主の耳に、その話が入っていないらしい。



「まぁまぁ父上、俺が後で叱っておきますから……」


 いつの間にか鏡明の後ろに立っていた聡明は、笑顔で父親をなだめると、弟を連れて中庭へ出た。


「兄さん! 一体何を……」

「何って、弟が怒られているのを助けただけじゃないか? それに、お前どこに行っていたんだ?」

「それは……!!」


(あぁ……俺はこんなに長い間、弟としてこの人のこの笑顔を見ていたはずなのに、どうして気がつかなかったんだろう)


 いつも見ていたはずの聡明の笑顔。

 だが、それは今改めて見ると、目の奥が笑っていない。

 偽物の笑顔だった。


「それは……?」


 黙ってしまった弟の顔を、聡明は覗き込む。

 そして鏡明はそんな兄の肩に、猫の毛がついているのを見つける。


(猫の毛……!!)


「兄さん、俺はもう……あんたを兄だなんて思えない。思いたくない……! 兄さんは冥雲会に————」

「全く……突然何を言い出すかと思えば、そんな話か。それがどうしたと言うんだ?」

「どうしたって……人間を、妖怪を商品として扱うなんて!! そんなの間違ってる!! 氷川家の跡継ぎに、兄さんはふさわしくない!!」



 鏡明がそう言い放った時、鏡明の視界に、こちらへ杖をつきながら歩いてくる藍色の着物の老婆が見えた。


「何を揉めているんだい?」


「おババ様!!」


(父さんが俺の話を信じてくれないなら……もっと上の、おババ様なら、きっと————)


 鏡明はおババに駆け寄ると、冥雲会の話をした。


「なるほど……なるほど……鏡明、詳しい話はワタシの部屋で聞こう。ついておいで」

「は、はい!!」


 おババは聡明をその場に残し、鏡明だけを連れて自分の部屋に連れて行った。




 * * *



「それで、その冥雲会というものに、聡明が関わっていると気づいたのは、一体どうしてだい?」


 おババは部屋の奥にある椅子に腰掛けると、杖を短く持ったまま、鏡明を正面の畳の上に座らせ、話を聞いた。


「兄が妖怪を奥の蔵に監禁していたのです。そこに、この鍵が……」


 鏡明は一度立って、南京錠をババに手渡すと、元の位置に戻った。



「なるほど……では、雪女を逃したのは、お前か?」


「え?」


 もう直ぐ日が暮れる。

 窓から差し込む夕日は鏡明だけを照らし、右の頬が熱い。


 日陰にいるおババの表情は、部屋が暗くて鏡明にはよく見えなかった。

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