第49話 青い果実(4)
「どこに行っていたんだ! 突然いなくなるから、心配しただろう?」
落ちる時の物音と、鏡明の素っ頓狂な声が聞こえたのだろう、雪女を探していた鏡明の兄は、雪女の美しさに見惚れ動けない鏡明の横をささっと走り抜けて、雪女に手を伸ばした。
雪女は兄の手を掴むと、少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうに立ち上がる。
「ごめんなさい……桜の花が綺麗で————つい、近くで見たくなったの」
「桜は下から見るのが一番綺麗なんだ。知らないのか?」
「うん、でも、普段と違う角度から見るのもたまには大切じゃない? 一方だけを見続けても、その裏側がどうなっているかわからないもの」
(あぁ、そうか……)
鏡明は二人の様子を見てすぐに気がついた。
(まったく、妖怪までも虜にするとは……兄さんには叶わないな)
鏡明の兄・
相手が人間であろうと、なかろうと、聡明に惚れない女なんて、この世に存在しないのではないだろうか。
鏡明は、淡い恋心を隠しながら仲良くともに歩いていった兄と雪女の後ろ姿を見て、ため息をついた。
「こーら! キョウちゃん! また眉間にシワよってる!! 将来シワになるわよ!」
姉・
「痛いよ! やめろよ姉さん!!」
「あ、やーっと敬語じゃなくなった! もう、キョウちゃんたら、私が結婚してからずっと敬語なのはなんなの? いじめなの? お姉ちゃんは寂しかったぞ!」
(あ、しまった!)
「いや、だって……その、姉さんはもう嫁いで、氷川家の人間ではなくなったのだから……。いつまでも姉だと思って気安く話しかけてはいけないと、おババ様に言われてますし————」
「またそんなこと真に受けて……時代錯誤よ。いつの時代の話をしているの? それに、私はあの人のこと好きじゃないって言ったでしょ? だから早めに家を出たのに……」
おババ様とは、氷川家で一番長寿の女性である。
子宝に恵まれなかったため、明子のように力を失わず、女性ながらその力は70を過ぎた今でも健在。
歴代の氷川家の当主はこのおババ様に、祓い屋としての教育を受けて来ていた。
鏡明は次男で、そこまで密な関わりはないのだが、兄である聡明が慕っている人物の為、自然と鏡明も影響を受けている。
「ところで、キョウちゃん! 雪女は、どうだったの? 文献の通り、綺麗だった? 可愛かった?」
「ええ、まぁ……その……美人でしたよ」
「あーもう! また敬語になってる! やめてってば!」
(あんな美人な妖怪、初めて見た————)
この日以降、たまに兄と一緒に雪女が歩いているのを、鏡明はよく目にするようになった。
雪女と会話することもあった。
でも、聡明のことは名前で呼ぶのに、鏡明のことはいつまで経っても“祓い屋くん”と呼ぶのだ。
それが少し不服ではあったが、雪女が自分のことを呼ぶその声が聞けるだけで、鏡明は十分幸せだった。
きっと、雪女はこの兄と結ばれる。
祓い屋の中には、妖怪と契りを結ぶ者も数は少ないがいる。
だから鏡明は雪女への想いを打ち消すように、これまで以上に祓い屋の仕事に打ち込んでいた。
それから、2年の時が過ぎた頃、聡明に縁談の話が来た。
相手は、氷川家と同じく、祓い屋協会に所属している家柄の娘だった。
鏡明は、当然兄は断るだろうと思っていた。
雪女がいるのだからと、そう思っていた。
しかし、聡明はあっさりとその娘と結婚してしまう。
雪女の知らぬ間に、トントン拍子にことが進み、式の当日、事件は起きる。
鏡明は知ってしまったのだ。
氷川家の、裏側を——————
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