第48話 青い果実(3)
急いでいるとはいえ、今の家まで蓮が雪乃を送ることはできない。
雪兎も、雪子には雪乃の監視を念のため続けるように任されてはいるが、流石に蓮とあっていることは報告していないのだ。
近所の公園で自転車から降ろしてもらおうとした時、蓮の方にも、電話がきてすぐに道場へ戻るようにと浅見から連絡があった。
まだ冥雲会について、雪兎から全てを聞けてはいなかったが、仕方がなく蓮は雪乃と別れて、道場へ戻って行った。
(レンレンの方でも、冥雲会のことが問題になっているようね……ひょっとして————)
雪乃は雪子が祓い屋に恨みを持っているのは、自分が妖怪だからだと思っていた。
しかし、妖怪だからというただそれだけの理由で祓い屋に祓われるようなことはないことを、雪乃は浅見やエリカの行動から知った。
子供の頃、祓い屋には近づくなと言われていたものの、理由が別にあるのではないかと思った。
「雪兎、もしかして、ママとレンレンのおじいさんの間に何があったか、知ってる?」
「そうですね……これは、僕が見てきたものと、聞いてきた話を合わせたものになりますが————」
雪兎は、雪乃に雪子と鏡明、そして、過去に起きた冥雲会の事件を語り始めた————
「あぁ、僕が話したってことは、内密にお願いしますね」
という、前置きをしてから————
* * *
————約50年前、春。
祓い屋の家に生まれ育った少年にとって、妖怪や幽霊が見えるのは、なんの変哲も無い、日常だった。
しかも、父曰く、数ある祓い屋協会に所属している中でも、氷川家は御三家と呼ばれるほど歴史と力のある祓い屋なのだという。
大きな屋敷の庭にある桜の木の上に、何かいるなぁ……と見上げたその時だった。
「キョウちゃーん!」
5歳上の姉が、後ろからおぶさるように抱きついてくる。
「姉さん、もうそろそろ、その呼び方はやめてくれませんか?」
「いいじゃない、キョウちゃんはいくつになっても、キョウちゃんなの。私の可愛い可愛い弟なんだから」
童顔な上、顔も姉に似て女顔であるため、男らしくありたいと思う当時15歳の鏡明は、少しむすっとした顔をしながら、数日ぶりにあった姉にいいようにおもちゃにされている。
20歳ですでに2人の子供がいる姉の方は、すっかり妖怪や幽霊を見ることはできなくなった。
嫁に行ってから普通の人間になってしまった姉には、きっと、今桜の木の上にいる何かの姿は見えないのだろうと思いながら、桜の木をもう一度見つめる。
「鏡明、雪女を見なかったか?」
「雪女?」
今度は7歳上の兄が、縁側から鏡明に向かって声をかける。
「ああ、どこに行ったんだか……見つけたら教えてくれ。水色の髪に、白い着物の色の白い女だ」
兄の方は、氷川家の跡継ぎとして立派な人で、頭もいい。
いまだに子供扱いされるところは気に食わないが、それだけ祓い屋としても男としても、能力の高い男で、鏡明の憧れだった。
「わかった。見つけたら知らせるよ」
鏡明が首の後ろを掻きながら兄にそう返事をすると、兄は頼んだぞーと言いながら、雪女を探しにどこかへ行ってしまった。
「雪女かぁ……見て見たかったなぁ……意外と有名どころの妖怪って、出会うことないのよね。まだ見えていた頃に出会いたかったわ」
姉が少し寂しそうに、そう呟いた。
「確かに珍しいですね。雪女なんて、そこらへんにいるものじゃないと思うんですが……」
(兄さんが探しているということは、近くにいるのだろうか? だったら、見て見たいなぁ……)
なんて、ぼんやり思っていると、桜の木の上から、何かが落ちた。
バサバサ、ガサガサと音を立てて、せっかく綺麗に咲いていた桜の花が散っていく。
「いたたたた……」
先ほど兄が言っていた、水色の髪に白い着物の色の白い女だった。
「ゆ、雪女!?」
驚いて素っ頓狂な声が出た鏡明とは違い、姉の方は嬉しそうに言った。
「え、本当にいるの!? どこ!? どのあたり!?」
姉には見えていない、痛そうに腰をさすっていた雪女が顔を上げて、こちらを見る。
ひらひらと舞う桜も相まって、そのあまりの美しさに、鏡明は一瞬で心を奪われた。
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