第45話 君がいない夏(完)


 浅見とエリカによって、2匹の猫妖怪は退治され、銀花が作った畳の部屋は消え、闇だけが残った。

 エリカが闇の中を斬り、その切れ目から捕まっていた子供と若い女たちは元の1年1組の教室へと戻った。


 ただ、一番最初に銀花によって殺されたあの女性は、あまりに無残な姿となってしまった為、殺人事件として処理され、学校祭で起こった集団行方不明事件は、その日の夜に、単なる事故としてマスコミに取り上げられる。


 浅見は能面の女を連れて、祓い屋協会が管理してい怪異事件専門の部署へ連行していった。


 事情聴取や現場検証等で、すっかり日が暮れ、今回の事件に関わっていない生徒たちは通常通りに学校祭が終わり、校庭では生徒会主催のキャンプファイヤーが行われている。



「この後、花火もあるんだってさ……」

「そう……」


 二人は屋上からその様子を見下ろしていた。

 ピンクのセーラー服を着た美少女から、いつもの制服と眼鏡に黒髪の姿に戻った蓮。

 その隣に、雪女の姿のままの雪乃。


 蓮は、校庭を眺めている雪乃の横顔をじっと見つめる。

 雪乃は雪女の姿を蓮に見られているのが気恥ずかしいのと、これまで見えないのをいい事に、後を付け回していたことへの罪悪感からか、向けられた視線には気がついているが、まともに蓮の顔が見れないでいた。


 蓮はそっと手を伸ばして、雪乃の冷たい手に自分の指を絡める。

 今、この手を離したら、また会えなくなってしまう気がして、ぎゅっと力を入れながら、雪乃がいない間、聞けなかったことを聞いてみた。


「いつから、俺のこと見てたの?」

「……あの日、初めて話した日よ。私、あの時初めて、雪女になったの」

「そっか……それで、急にいなくなったんだね」


(本当は、もっとずっと前から……だけど、そんなこと、口が裂けても言えないわ————)


「あぁ、違うね。本当はずっとそこにいたのに、俺が見えなかっただけか……エリカの言う通り、俺には祓い屋の才能がないみたいだから」

「そうね……祓い屋なのに、私が見えないなんて、大丈夫?って、すっごく心配だった。でも、今は、もう見えているのよね?」


 蓮の目に金花の唾がかかった事による、後遺症なのだろうか、蓮の目は数時間経った今でも眼球が赤くなっている。


「うん、どうしてこうなってるのかは、後でじいちゃんに見てもらわないとわからない。でも赤いのが治ったら、また見えなくなるかもしれないって、浅見さんが言ってた」

「そう……」


 蓮の綺麗な目が、赤くなっている姿はあまりに痛々しい。


(はやく、元に戻って欲しい……そしたら、きっと、私の姿がまた見えなくなる。そしたら、この手を放さなきゃ————私は、レンレンと一緒にいることはできない)


「小泉さん、また俺が、君の姿が見えなくなっても、いなくなったりしないで欲しい」

「え……?」


 蓮の雪乃の考えがわかっているかのような言葉に、雪乃は驚いて蓮の方を向いた。


「前に、ここで言っていたよね? 応援してくれるって……————」


 確かに、ここ屋上で蓮にどうして祓い屋を継ごうと思ったのか聞いた時、理由を聞いて、雪乃は蓮が立派な祓い屋になるように支えようと決意した。


 自分が祓われてしまうかもしれないということは、どうでもよくて、それよりも、何よりも、早く蓮に立派な祓い屋になってもらって、レンレンとして自由に活動できるようになって欲しいと、戻って来て欲しいと思っていた。


 最初は純粋に、ファンとしてそう思っていた。

 でも、今は————



「そうね。確かにそう言ったわ。でも、私は半妖の雪女で、氷川くんは祓い屋の後継者なんだよ? それでも、いいの?」


「それがなんだっていうの? そんなの関係ないよ……祓い屋の後継者である以前に、俺はね————ずっと、君を探してたんだよ? 



(ん? 今なんて言った?)



「ちゃんと応援してよ。ゆきのんがいるから、もっと頑張ろうって、早く立派な祓い屋になって、本当にやりたいことができるようになりたいと思えるようになったんだ」


(ゆきのん!? ゆゆゆゆゆゆゆゆゆきのんんんん!?)


 ゆきのんとは、雪乃のハンドルネームである。


「待って!! 待って!! どうして、えっ!? なんで、その名前…………えっ!?」



 顔を真っ青にして、慌てる雪乃とは正反対に、蓮はにっこりと笑っている。


「小泉さんがゆきのんなんでしょ? スマホのロック画面……あれ、君にしか送ってない特別なやつだよ?」


 雪乃は顔を真っ赤にして、膝から崩れ落ちた。


(バレてた……!!! バレてたあああああああああああ!!!!)




 * * *



「やれやれ……困ったものですね、雪乃様にも……」


 雪兎は屋上の二人の様子をこっそり覗き見しながら、ため息をつく。


「バレたくないのなら、ちゃんと徹底的に隠さないと……そういう間の抜けたところは、きっと父親である智様に似たのでしょうねぇ、顔はお嬢様にそっくりですが」


 今回も密かに雪兎は雪乃の後をつけるはずだった。

 でも、エリカがいるから大丈夫だろうと、雪兎は雪子から命じられた別の指令を果たしに行っていたため、不在だったのだ。


「しかし、やっかいですね。まさか冥雲会が復活していたなんて————」




 雪兎はそう呟いて、打ち上げられた花火が夜空に咲くのを見上げた————






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