第44話 君がいない夏(13)

 猫が宙に浮いている。


 銀花の首根っこを掴んでいる雪女の姿は相変わらず見えないため、蓮にはそう見えて、雪女が檻から無事に出られたのだと確信した。


 これで安心だと思ったのと同時に、一つの疑問が生まれてくる。

 金花の手を掴んだのはいいが、これからどうしたらいいのか、どう祓うなり、攻撃したらいいのかわからない。

 見える妖怪と対峙したのはこれが初めてで、とりあえず手が使えないようにしようとして、今この状況だが、ここから先どうしたらいいかわからない。



「放せっ!! 人間なんかに、祓い屋なんかに…………このキンがやられる筈がない————!!」


 金花はそう叫んで、唾を吐いた。

 それが蓮の顔にかかる。


「うっ!!」


 運悪く、目に入ったようで、蓮が一瞬怯む。


 目に入った異物のせいで、蓮は目を開けることができない。

 じわじわと痛みが襲ってくる。


 その瞬間、いつの間にか能面の女が蓮の後ろに立っていた。

 先ほどまでその細い指で筆を走らせていた手に、なたを持ち、蓮の頭に振り下ろそうとしている。


「レンレン!! 後ろ!!」


 雪乃は叫んだ。


 それと同時に、蓮の後ろ側の襖が開いた。





 * * *




「レンレン!! 後ろ!!」


 襖を開いたら、エリカと浅見の目の前に信じられない光景が広がっていた。


 能面の女が、ピンクのセーラー服に向かって鉈を振り上げている。


 雪女になっている雪乃が叫んでも、その声は蓮には届くはずがない。

 このままでは、回避できない。


 エリカと浅見が状況を把握するまでにかかっている。

 このままでは、蓮は助からない————



 ————ズシャッ




「にゃああああああああああああ!!!」



 鉈が、金花の手首を切り落とした。




 雪乃の声が聞こえていないはずの蓮が、瞬時に振りかざされた鉈をかわしたのだ。



 掴んでいた金花の手を放して、蓮は後ろからの攻撃をかわした。


 金花の手首が、畳の上に転がり落ちて、人間の子供の手だったものが、猫の小さな手に変わる。



「アサミン!! 今の内に!!」


「あ、ああ!!」


 浅見は能面の女を捕まえ、蛇のように動く縄で女を縛り付ける。


 エリカは雪乃に駆け寄ると、手を掴んで誘導する。



「エリカ!! 無事だったの!?」

「エリを誰だと思ってるのよ!! この使えない祓い屋見習いと一緒にしないでくれる? 危ないから、一旦こっちに来て」


 雪乃は捕まえていた銀花を手放し、前足が凍っていて使えない猫はゴロゴロと床に転がって、切り落とされた金花の手首から出た血の上に倒れていた。


「蓮、あんたも早くこっちに下がって!!」


 エリカは蓮にも下がるようにと指示するが、聞こえているのかいないのか、蓮は何度も何度も瞬きをしている。

 そして、目を見開いて、エリカの方を向いてはいるが、視線が合わない。

 異物が入ったせいで、眼球が赤くなっている。


「蓮? どうしたの!? 早くよけて、後はアサミンにまかせておけば————」


 エリカは目が見えづらくなっているのかとも思った。

 だが、いつまでも金花の近くにいては、浅見の祓いの術の邪魔になる。


 雪乃を安全な方へ誘導し、エリカは蓮に駆け寄った。

 しかし、蓮の口から出て来た言葉は、予想外で……


「雪……女……?」



「え!?」



 蓮が目を見開いて、見ているのは、突然助けに現れた浅見でもエリカでもない。


 見えないはずだった、妖怪の姿だ。



 今までずっと、どんなに懸命に修行をしても、ちっとも見えなかったその姿だ。


 水色の長い髪に白い着物————


 見えないと思っていたものが、突然見えるようになっていた。


 そして、蓮は気がついた。





 何度も自分を助けてくれていた、その雪女が



「小泉さん…………?」




 あの日、自分の前からいなくなった、雪乃と同じ顔をしていることに——————


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