第42話 君がいない夏(11)


 ————パンッ



 また銀花が手を叩いた。


 蓮たちが見えないために状況が把握できず、こそこそと話し合っていたのが銀花にバレたのだ。


 銀花は乱れた列を一瞬で並べ直した。


 ————パンッ


 今度は金花が手を叩いて、銀花が一瞬で蓮の前へ移動する。


「おい、この女男おんなおとこ、これでわかっただろう? このギンを止めたところで意味はない。金花姐さまがいるのだから!! 大人しくしないと、お前もあの襖の向こうへ行くことになるよ?」


「わかった。大人しくするよ。でも、その前に教えてくれないか? 君達はここにいる人たちに値段をつけて、一体どうするつもりなの?」

「ふん……そんなこと、決まってるだろう。売るのだよ」

「売る? 一体誰に?」


 銀花はやれやれと、両手を上げて首を振る。


「妖怪に決まってるだろう。本当、何十年経とうと、人間とはなんともバカな生き物さ。そんなことも知らずにのうのうと生きているのだから……お前たち人間は妖怪の慰み者、買い手によっては食料になるのさ。その逆もまた然り……人間に妖怪を売る。ギンたちはそういう仕事をしているのよ」



 銀花は銀色の檻の方を向いて、ニヤリと笑った。


「誰でも知っているような妖怪は、特にコレクターに人気でね。買い手は山ほどいるが、その存在が稀なんだ。あそこにいる雪女もそう。美しいものを好むのは人間も妖怪も同じさ。さぁ、それではお前にも値段をつけなきゃね」



 銀花は改めてじっくりと蓮を頭からつま先までその大きな目で見る。


「やっぱり……あそこにいるんだね。雪女が……」


 蓮はそうぼそりと呟くと、銀花はまたニヤニヤと笑った。


「見えぬのか? これは滑稽な。あちらはお前が見えていて、ずっとお前の方ばかり見ているぞ? お前、あの雪女に取り憑かれていたのではないか? 雪女は元来、若い色男が————」


 そこまで話して、銀花の動きが止まる。

 蓮の顔をよくよく見ていると、どこかで見たような気がしてきた。


 そして、なぜだかわからないが、怖いという感情が湧き上がってくる。

 妖怪なのに、怖いものなんて、あるはずがないと思うのだが、こちらを睨みつける蓮の目が、いつかの記憶を蘇らせた。



「———— そんな……お前、まさか…………祓い屋……!?」


 気がついた時にはもう遅かった。


 蘇った記憶による恐怖で、銀花は動けず、ガタガタと震え出す。


「いや、そんなはずは……だって、あれはもう、何十年も前で————人間が、人間があの時の姿のまま生きていられるはずなど…………」


 銀花はかつて、鏡明によって祓われたことがある。

 その際、負った傷は長い年月をかけて癒えてはいるが、その恐怖は何物にも変えられない。

 完全にトラウマになっていた。



 急に震え出し、ぺたりと畳の上に尻餅をついた銀花は、本来の姿である日本猫の姿へ戻ってしまう。

 銀花は猫の妖怪だった。


「銀花!?」



 銀色の檻の前で銀花の様子を見ていた金花は、急に妹が猫の姿に戻ってしまった為、驚いて声をあげた。


 ————パンッ


 金花は手を叩いて、銀花を自分の手の中に移動させ、抱きしめる。


「どうしたの? 銀花!! 一体なにがあったの!?」


 ガクガクと震えたまま、銀花は何も言わずただ震えている。

 金花は蓮を睨みつけた。



「お前、銀花に何をした!!」



 もちろん、蓮は何もしていない。


 ただ睨みつけただけだ。

 妖怪が人間を売るということも、妖怪が妖怪を売るという事実を知って、こみ上げた怒りで睨みつけただけだ。


 その顔が、かつての自分の祖父と瓜二つだなんて、知る由もない。


 しかし、そのおかげで、この絶対絶命だった状況に光が見えた。



 猫に戻ってしまった銀花は、手を叩くことはできない。

 金花の動きさえ止めてしまえば、この状況を変えられる。


 蓮は女装する際にいつもポケットに入れていたあの紫の巾着袋に紐をつけて首から下げ、セーラー服の下に隠していた。

 これだけは肌身離さず持っているようにと、あの烏の一件以来きつく言われていたからだ。

 今数珠は持っていない。

 それでも、何かしなければと、自分の胸元に手を突っ込んで、巾着袋をスカーフの上に出す。


 中に入っている浄化の砂を一掴みすると、金花と銀花に向かって投げた。



「何をっ!!」


 浄化の砂は反射的に避けられたため、金花の頬を少し掠めただけで、あとは全部後ろにある銀色の檻にかかる。


 砂がかかった金花の頬の表面は溶け、左側だけ猫のヒゲが現れた。


 そして————


 浄化の砂がかかった銀色の檻は、錆びたように変色して、朽ち果てていく。



「ニャッ!?」


 その刹那、銀花を抱いたままの金花の足元が凍り始めた。



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