第41話 君がいない夏(10)
「ねぇ、金花姐さま……あれって、ババ様が探していた雪女じゃない?」
(ババ様……!?)
雪乃は銀花の口から出た、ババ様という言葉に、あの突然襲ってきた烏を思い出した。
何度も何度もしつこく自分を追ってきた烏の……おそらく中身のことだ。
一体どうやって倒したのかは知らないが、雪子が助けに来てくれたことは雪乃もわかっている。
(そういえば、あの烏は私のことを雪女と呼んでいた……。それに、2度も逃げられると思うな……とも)
「そうね、銀花。これは運がいい。もうこの土地からは去ってしまったと思っていたのに、まだいたなんて」
金花、銀花、そして、帳簿をつけていた能面の女は、あの夜、雪女の姿で家を抜け出した雪乃を遠くから眺めていた一団の中にいた。
「あの時用意しておいた檻は、まだ残っている? 銀花」
「ええ、ちゃんと用意してあるわ。金花姐さま」
————パンッ
金花と銀花が同時に手を叩いた。
驚く雪乃の頭上に人がちょうど一人入るぐらいの銀色の檻が現れ、ストンと落ちる。
「な……なによこれ!!」
雪女の姿なのに、雪乃はその銀色の檻から通り抜けることができない。
「きゃっ!!」
檻に触れた手に、電流のような妖気が流れ、バチっと大きな音を立てて光った。
「そこで大人しくしていなさい雪女。あんたは大事な商品なのだから、傷をつけるわけにはいかないのよ」
「そうよ、このギンが作った檻から逃げることはできないわ。お前のような高価な妖怪は決して……ね」
妖怪と戦える祓い屋の才能を持つエリカは闇の中へ消え、雪女である雪乃も捕まってしまった。
(どうしよう……!! このままじゃ、なにもできない————!!)
唯一の希望の蓮は、祓い屋の才能がない。
絶体絶命の危機だというのに——————
* * *
「雪女……? なにを言っているの?」
「いったい誰と話しているの……? 怖い……」
すでに値段をつけられた他の女たちが、金花と銀花の会話に戸惑い、こそこそと小さな声で話す。
金花と銀花、そして、能面の女の姿は、みんなに見えているのだが、二人と対峙してる雪女の姿は、誰にも見えてはいないのだ。
もちろん、蓮にもやはり雪女の姿になった雪乃の姿は見えない。
しかし、エリカが消えてしまった襖の前に突然銀色の檻が落ちて来て、中で何かが光った。
何より、雪女という言葉で、自分には見えない何かが、そこにいるのだと蓮は思った。
あの日、自分の手を引いて、逃がそうとしてくれていた見えない何かの手は冷たくて、ドアを凍らせていた。
それが、この子供の妖怪たちが言っている雪女だというのなら、全てが納得できる。
姿形は見えないけど、そこに、確かに何かいる。
「ねぇ、さっきあの襖の向こうにいったギャル……6組のエリカだよね?」
「そうそう……って、さっき一緒に来てたもう一人のギャルいなくなってない?」
「え、うそ……!!」
先ほど並べられたのは19人。
5人、5人、5人、4人と並べられていて、一番後列にいた執事の姿にコスプレしていた女子がそのことに気がついた。
エリカを抜いて18人いるはずなのに、17人しかいないことに。
「もう一人のギャル……?」
蓮が尋ねると、その女子が小さな声でこそこそと教えてくれた。
「氷川くんたちが戻って来る前に、エリカと一緒に来てたのよ……ギャルが二人いるって、ちょっとみんな注目してたの」
彼女はずっと案内係をしていたため、どんな客が何人教室にいたか把握していた。
蓮がたくさん引き連れて来て、新しく来た人たちは把握し切れていないが、エリカと雪乃を席へ案内したのも、注文を受けたのも彼女なのだ。
「どこに行ったのかしら……この状況で、逃げられるとは思えないんだけど…………」
「エリカと一緒にいたんだよね……?」
蓮はエリカの家で怪奇現象に遭遇した後、初めてエリカが自分とは違って幽霊や妖怪が見えていることを浅見から聞いていた。
それに、エリカの家で棚が倒れて下敷きになった時も、目が覚めたらあたりは溶けた雪で濡れていたことを思い出す。
「まさか————あの時から……?」
蓮は視線を銀色の檻へ向ける。
彼には見えない。
だけど、確実にそこにいる。
なんども自分を助けた雪女が、そこにいると確信した————
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