第40話 君がいない夏(9)



 ————パンッ


 銀花がまた手を叩くと、一瞬でギンの部屋にいる人間がそれぞれの場所から移動して、小学生以下の子供5人が横並びで1列目に、それ以外の女子生徒や若い一般客の女性5人もずつ2列、3列目と並べられ、4列目に残り4人。

 合計19人が綺麗に整列されている。


 雪乃とエリカは最後列の4列目、蓮は3列目で、雪乃の右斜め前だった。


「さぁ、値踏みをはじめよう」


 銀花は舌なめずりをしながら、一切瞬きをしない大きな目で1列目の子供たちを頭からつま先までじーっと見つめる。


「ふん……多少ブサイクだけど、子供ってだけで価値はある。65ってところだな。次は……70」


 銀花は次々と子供達の値段を決めると、いつの間にか現れた顔を能面で隠し、藍色の小袖を着た長髪の女が筆を走らせ、帳簿をつけていく。


(何が起きてるの……?)


 銀花が値踏みをしている間に、雪乃は自分の左隣にいるエリカに視線でどうするか訴える。

 エリカもエリカで、雪乃を横目でチラチラと見ながら、どう動くか悩んでいた。


(値段を決めてどうするつもりなの? 私たち、どこかに売られるの?)


 このなんとも言えない、不穏な雰囲気に気圧されて、いつも騒がしいエリカでさえ押し黙って様子を見ている状況だ。

 下手に動けば、また誰かが殺されるかもしれないし、雪乃がここにいることが、蓮にバレてしまうかもしれない。



「お前も70、お前は…………ん?」



 そのうち、蓮の順番が来て、銀花は蓮の顔をじーっと見て、体を見て、また顔を見た。

 そして、初めて瞬きをした。


 それも、首を傾げながら、何度も、何度も。


 それまで順調に値踏みをしていたのに、銀花は蓮の前でピタリと止まっている。

 すでに値段をつけられた女たちも、何があったかと振り向き、蓮に注目が集まった。



「うーん?」


 値段が決まらないのか、左右どちらからも何度も蓮を見る。


 それでも、やっぱり何か決められないようで、ずっと唸っている。


「うーん? なんだ? こんなに若くて、よい顔をしているのに…………なんだ? 匂いが————」


 そのうち、クンクンと蓮の匂いを嗅ぎ始める。


 銀花は混乱しているようだ。

 見た目はどこからどう見ても、女なのだが、匂いが他の女と違うのだ。

 違和感の正体がわからずに何度も匂いを嗅いで、首を傾げる銀花。


「なんだ……うん? なんだ? お前、この匂い男————? ミャッ!?」


 銀花はスカートの中に手を……入れようとした瞬間、急に猫のよな鳴き声をあげる。


 蓮が、銀花の手を掴んだ。


「そこはダメに決まってるでしょ?」


 笑顔だったが、美少女とは思えない低い声で蓮がそう言ったものだから、最初からわかっていたクラスメイト以外の一般と一緒に、銀花も驚く。


「おとおとおと男おおおおおお!?」


 顔と声が合わなすぎる、蓮の姿に明らかに動揺する銀花。


(レンレン、そんな低い声もでるのね……!! すごい!!)


 感動している雪乃の横で、エリカが動く。


「蓮! あんたそいつの手、捕まえてな!! 絶対に放すんじゃないよ!!」


「エリカ……!? わかった!!」


「ミヤッ!?」


 銀花が手を叩かなければ、誰も瞬間移動できない。

 蓮が銀花の両手を掴んで止めている間に、エリカはもう一人の能面の女を捉えようと走り出した。


 しかし、



 ————パンッ



 また手を叩く音がして、能面の女とエリカの位置が入れ替わる。


「えっ」


 そのせいで、走り出したエリカは止まることができず



 ————パンッ



 開いた襖の向こう側



 闇へ引き込まれて行った。




「エリカっ!!!!」



 雪乃は雪女に変化して、エリカを助けようとしたが一足遅かった。

 襖がピシャリと閉まる。



(そんな……どうして……)




 蓮は銀花の手を放していない。

 銀花は手を叩いていない。


 それでも、確かに音は鳴った。


「全く……何をしているのギン。このキンの手を煩わせないでくれる?」


金花きんかねぇさま!!」



 いつの間にか、赤い着物の女の子がまた一人……いや、妖怪が一匹。




 ————パンッ




 金花が手を叩くと、蓮に手を掴まれていた銀花が消えて、一瞬で銀花の横に移動し、銀花は金花に抱きついた。


 金花は銀花の頭を撫でながら、その銀花と全く同じ猫のような大きな目で雪乃を捉える。


「まさか、人ではないものが紛れていたとは————それも、雪女だ。こいつは高く売れるよ」



 そして、その銀花と同じ幼い顔に似合わない、不気味な笑みを浮かべていた。


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