第39話 君がいない夏(8)


「値踏み……? 何言ってるの、お嬢ちゃん」



 突然現れたこの赤い着物の女の子の姿は、その場にいる全員に見えている。

 教室から一変して、壁一面襖のこの畳の部屋に連れてこられた、男女逆転コスプレ喫茶の客だった若い女は、相手の姿が子供だったからだろう、自分の子供を注意するかのような口調でその子に近づいた。


 だが、雪乃やエリカの目から見たら、それは普通の人間の子供ではない。

 そもそも、人間ではないだろう。

 その子は、瞬きを一切せずに、猫に似た大きな両目でジロリと自分に近づいてくる女を見上げる。


「お嬢ちゃん? 誰に向かって口を聞いている?」



 ————パンッ



 その子が両手を叩くと、女は一瞬で皆の視界から消えて、その子とは反対側の襖の前に移動している。


「えっ!?」


 そして、女の背後の襖が開く。


 襖の向こうは、真っ黒な闇。

 その中から、人間の手のような形をした影が無数に伸びて、女の腕、足、腹を掴み、ズルズルと闇の中へ女を引き入れた。


「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁ…………————」



 女は悲鳴とともに闇の中へ消えて、襖がピシャリと音を立てて閉まる。



「たかが20年や30年しか生きていないくせに、子供扱いするな。ギンには銀花ぎんかっていう立派な名前があるのよ」



 ————パンッ


 銀花がまた手を叩くと、今度は先ほど闇に消えていった女の首が空中に現れ、ごろんと畳の上に転がり落ちた。


「きゃあああああ!!」


 その首を見て、悲鳴が上がる。

 身の危険を感じた他の女たちは、逃げようと先ほど開いた闇につながっている襖と違う襖を開ける。


 しかし、不思議なことに、どこを開けても、何度開けても、同じ部屋に戻って来てしまう。


 生首が転がった畳の部屋に戻って来てしまう。



「な……何なのよ……一体どうなってるの?」


「無駄よ。このギンの部屋からは、出ることはできない」


 ————パンッ



 また、銀花が手を叩いた。

 畳の上にあった生首が、銀花の手の上に瞬間移動する。

 銀花はその首の髪を掴んで、逃げようとしている女たちによく見えるよう、自分の顔の位置まで上げる。


「こうなりたくなかったら、大人しくギンの言うことを聞くことね」



 死の恐怖が、この部屋にいる全員を支配した————




 * * *




 ————パンッ



 浅見が慌てて人が消えた教室の中に戻ると、もう一度手を叩く音が聞こえて、誰もいなくなった1年1組の教室に、また人が現れた。


「な……なんだったんだ? 今のは……」

「どうなってるんだ?」


 しかし、先ほどより人数が少ない。


「娘が、娘がいない!!」

「みんな、どこにいったの!?」


 教室に現れた人は、男と年配の者だけで、若い女と子供は消えたままだった。


「さっきの、あの暗い部屋に残ってるんじゃ?」

「やっぱり、そうだよな……きっと、そうだ!! 畳の部屋だ」


 戻って来た男たちが口々にそう言う。

 これは妖怪の仕業に違いないと、浅見は男たちに何があったのか尋ねた。


「急に、テーブルも椅子も何もかも消えて、全然違う暗い和室みたいになったんだ」

「瞬間移動ってやつか? よくわからない。でも、一緒に来てた娘たちがいなくなってる」

「そうだ、俺の彼女もいない!」

「女子がみんないなくなってる!!」


 話を聞き、若い女と子供だけを狙った犯行であることはわかった。

 しかし、一瞬の出来事だったため、情報が少ない。


「そうだ……蓮!! お前はどう思った?」


 蓮は妖怪や怪奇現象に免疫のない一般人と違い、一応祓い屋の仕事で何度も怪奇現象には遭遇している。

 才能はないが、何か気づいたことはないかと浅見は蓮の名前を呼んだ。


 だが、返事が返ってこない。


「……蓮?」


 教室中見渡しても、蓮の姿がどこにもない。

 いなくなったのは、若い女と子供だけのはずだ。


 他の男子生徒たちも、格好こそ女装はしているが、みなここにいる。


「————まさか!!!」




 蓮は、若い女と子供と一緒に、畳の部屋にいる。

 ピンクのセーラー服を着た美少女は、妖怪の銀花にも、女と判断されたのだった。




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