第38話 君がいない夏(7)
1年1組の男女逆転コスプレ喫茶は、大盛況だった。
中でも、ピンクのセーラー服を着た蓮の姿があまりにも美少女すぎるということで、話題を呼び、学校では影の薄い地味キャラだった蓮が一躍スターに。
小泉雪乃のいう高嶺の花を失って、ブスしかいないと嘆いていた一部の男子たちも、蓮のその可愛さの虜になっていた。
蓮が超人気コスプレーヤーのレンレンであるということには、もしかしたら気がついた生徒もいるかもしれない。
客寄せの宣伝に、看板を持って校舎内を回っているが、眼鏡を外してしまっているため、視力が落ちている蓮は人と話す時少し目を細める。
しかめっ面になってしまうのだが、それがイイと言い出すドM野郎もいたりした。
いつの間にかその可愛さに魅了された人たちが、蓮の後をついて来ている。
一通り回ったあと、その大勢の客を連れて教室へ入る手前で、蓮はやけに筋肉質な人物と正面からぶつかってしまった。
「すみません……大丈夫ですか?——って、浅見さん!?」
「え、その声、まさか蓮か!?」
今朝登校して行った時と別人になっていたため、浅見はこのぶつかった美少女の声を聞くまで、蓮だとは気がつかなかった。
「そうです……来てたんですね」
「あぁ、こういう人が大勢集まる祭りなんかでは、人の中によくないモノが紛れ込むことが多いからな。念のため、見回りだ」
見回りだという割には、他のクラスでやっている屋台の焼き鳥や焼きそばの入ったパックを事前に用意して来たのか、スーパーのレジ袋に入れて持ち歩いているし、食べかけのクレープを左手に持っている。
さらに、美術部が売っている謎のクマのキャラクターが描かれたTシャツを着て、どこでもらったのか、派手なうちわを腰のベルトに刺していた。
どう見ても、浅見は学校祭を楽しんいる。
「見回り……そうですか。もう1組には入りました?」
「いや、これから入ろうとしていたところだ」
浅見も、蓮が連れてきた客と一緒に教室の中に入った。
しかし、一気に人が増え、ウエイター役の女子たちが忙しそうにしている様子を見て、これは可哀想だと思った浅見は
「大変そうだから、俺はもう一周してからくるよ」
と、言って、すぐに教室から出て行った。
その瞬間だった。
————パンッ
教室内で、誰かが両手を叩いたような音がして、廊下に両足がすでに出ていた浅見が振り返る。
「は?」
1年1組の教室から、人が消えた。
* * *
注文したパンケーキセットが雪乃とエリカの席に届いた時、教室の中に入ってきた美少女がいた。
彼女が引き連れて来た客のおかげで、教室の中がとても賑やかになった。
(嘘!? あれって……レンレン!?)
雪乃はピンクのセーラー服を着たその人が、蓮であることにすぐに気がついた。
しかし、眼鏡がなく良く見えてはいないし、エリカの手によりギャルと化した雪乃の姿が視界に入っても、蓮は雪乃だとは気がつかなかった。
そもそも、ここにいるとは思っていないのだ。
(やっばい!! 可愛い!!! 可愛い!!! 生で見たの初めて!!!)
雪乃は興奮しすぎて、水が入ったグラスを倒してしまう。
「あっ!」
————パンッ
誰かが、両手を叩く音がして、水浸しになるはずだったテーブルが消えた。
倒したグラスも消えた。
まだ手をつけていないパンケーキセットも、座っていたはずの椅子も、男女逆転コスプレ喫茶と書かれた黒板も消えた。
窓も消えて、床も、何もかも消えて、そのかわり、先ほど雪乃が見た、畳の部屋が現れる。
仄暗い、行灯の明かりしかない、窓のない和室の部屋になった。
「え……?」
「なに? これ……」
向かい合って座っていた雪乃とエリカは、驚いてお互いの顔を見る。
教室内にいた他の生徒や、一般の客も、みんな驚いて固まっている。
「うーん、これはちょっと多すぎね。管理するの面倒」
————パンッ
聞き覚えのない子供の声がしたと思ったら、また、パンッと両手を叩く音がして、和室の中にいた若い女と子供以外が消え、人がまばらになる。
「うん、これくらいでいい」
皆、一斉に声が聞こえた方を見る。
白銀のおかっぱ頭に、赤い着物を着た幼稚園か低学年くらいの小さな女の子が、本来黒板があったであろう場所の前に一人、立っていて————
「さぁ、値踏みを始めよう、人間ども」
その幼い顔に似合わない、不気味な笑みを浮かべていた。
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