第36話 君がいない夏(5)


 学校が休みの土日の2日間、人が変わったように修行に励み、浅見の話もいつにもなく真剣に聞いて、急に覚えも早くなった。

 たった1日でこんなに人が変わるなんて、きっとあの夜学校で危険な目にあって、ようやく霊や妖怪の存在を理解し、後継者としての自覚を持ったのだろうと浅見は思った。


 ところが、月曜日の朝、日課である念仏を唱えながらも、蓮はなんだかどこかソワソワしている。


「蓮、何かあったのか?」


 朝食を心そこにあらずな感じで食べていた蓮に、浅見はそう尋ねた。


「別に、何も……今日から、また学校だな……って、それだけ」


 それだけという割には、浅見が作った甘い卵焼きも、絶妙なタイミングで焼いた鮭にもほとんど箸をつけていない。

 豆腐とわかめの味噌汁の入ったお椀を両手で持って、汁だけをすすっているようだ。


 何かの病気かとも思ったが、登校時間には颯爽と歩いて行った。

 奇妙な蓮の様子を、浅見は首を傾げながら見送ると、ちょうど散歩のため玄関で靴を履いて、外に出ようとしていた鏡明に尋ねてみる。


「師匠、何があったのか、知ってます?」

「さぁな……わしは知らん」


 鏡明は、口ではそう言っていたが、明らかに何か知っているようで、機嫌が悪い。

 これ以上詮索して、怒鳴られるのは嫌だなと思った浅見。

 だが、何があったのかわからず、仲間外れにされているような感じがして、年甲斐もなく拗ねた子供のように口を尖らせながら門の外へ歩いて行った鏡明の後ろ姿を眺めた。

 すると、近所の奥様方が手にゴミ袋を持っているのを見て、今日が資源ごみの日であることを思い出す。


「あ、いけない忘れるところだった。今日は月曜日だったな!」


 慌ててゴミステーションへゴミを捨てに行った。

 そこで近所の奥様方と混ざって、話をしているうちに、蓮と同じぐらいの年頃の子供がいる奥様に、蓮の様子が変であることを相談すると、返ってきた答えが


「好きな子でも、できたんじゃないの?」


 だった。


「なるほど、恋ですか……」


 自分の学生時代を思い出し、きっと学校に好きな女の子がいるから、会うのが楽しみなのだろう、と思った。

 帰ってきたらどんな子か聞いてみよう、とも。


 しかし、いざ学校から帰ってきた蓮の表情は今朝とは違い、暗くなっていて……


「どうしたんだ? 好きな子にフラれたか?」


「……いや、そうなのかな? なんの連絡も取れないし…………でも、多分、違う。そうだよ……俺が、早く一人前の祓い屋になれば……そうすれば、きっと————」


 浅見の問いには答えずに、ブツブツと自問自答を繰り返す。

 そして、急になにか決意を固めたようで、浅見に言った。


「浅見さん、俺、早く立派な祓い屋になります!! なので、指導をお願いします!!」

「あ、ああ……」


 瞳の奥に、ギラギラとした熱いものを感じ、浅見は蓮がやる気をだしてくれて嬉しかった。



 * * *




「いや、待って! だから、祓い屋の修行をやる気になったなら、それでいいじゃない。どこがおかしいのよ」


(レンレン……好きな人いたんだ…………)


 そこには少しショックを受けながら、エリカの話にツッコミを入れる雪乃。

 何がそんなに心配なのか、ここまで聞いてもわからなかった。


「だーかーらぁ、そこまではいいの。問題は、この後ぉ……学校以外はずっとアサミンか鏡明じいちゃんと一緒に除霊現場とか、妖怪退治についてきてたらしいんだけどぉ————才能がなさすぎて」


「え?」


「やっぱり見えないからさぁ、悪霊とか妖怪とかうようよいるところに、自ら突っ込んで行っちゃって、余計な仕事は増やすは、大事な除霊道具も壊しちゃったし、今度は気持ちだけが焦ってるみたいで————」


(レンレン……!!! もう本当に、才能ないのに、どうして祓い屋なの!?)



「それでね、アサミンが蓮に聞いたんだって、なんで急にそんなにやる気になったのか。そしたらね……早く立派な祓い屋になって、またコスプレーヤーとして活動したいんだって。待ってくれてるはずだから……て」



(それって————まさか……)


「やっぱり、あの祓い屋見習いは、雪乃様のスマホの中身を見たのでは?」


 何処からともなく、突然現れた雪兎がエリカの前で余計なことを言った。


「わっ! ちょっと、雪兎、どこから聞いてたの?」

「初めからですよ。って、あっ……やめてください!!」

「何これ、ウサギの妖怪? ちょーかわいいじゃん」


 エリカは雪兎のもふもふの体をこれでもかと撫で回しながら、話を続けた。


「でさぁ、それって、雪乃のことでしょ? って、エリは思ったわけよ。だからね、明日一緒に、学祭に来て欲しいの」

「……お願いってそれ? どうして? 私はもう転校してるし、それに、もう、レンレンとは————」


「それで、止めて欲しいの。蓮が祓い屋になること……」

「え?」


 エリカは雪兎のもふもふの体に頬ずりしながら、笑顔で雪乃の方を見る。


「祓い屋は、エリが継ぐから————だから、協力して?」


 その瞬間、それまでの空気が一変する。

 エリカが、本気で祓い屋の後継者になろうとしていると、雪乃は悟った。



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