第35話 君がいない夏(4)
「アサミンがさぁ……蓮の様子が変だっていうの」
「待って、アサミンって誰?」
勝手に家の中に押し入ったと思ったら、さらに雪乃の部屋にまで押し入り、勝手に雪乃のベッドの上にダイブしたエリカ。
さらに、雪乃が知らない人物の話までしだして、もう雪乃は呆れるしかなかった。
「アサミンはアサミンだよ。知らない? 祓い屋道場の門下生で、めっちゃいい体格しててさぁ元ラグビー部らしいんだけど、実はゲ……——まぁ、とりあえず聞いてよ」
「……いいわ。で、レンレ……氷川くんがどうしたって?」
(ゲ……?)
「うん、それがさぁ————蓮がね、急に人が変わったみたいに、やる気になってるんだってさ、祓い屋の修行」
雪乃は、エリカの話に首を傾げる。
「やる気になってるなら、いいことなんじゃないの? 跡取りなんだし……」
「いや、それがね、どうも、今までのと違いすぎてさぁ……アサミンがすごく心配してるわけよ。蓮はさ、見えないじゃん? だから、多分本当に祓い屋の修行もさ、最初は興味がないのか、お経も覚えらんなくて酷かったんだって……」
(レンレン、だからスマホでお経見てたのね…………)
エリカはアサミンこと、門下生の浅見
* * *
あの烏襲撃事件があったその日、浅見小太郎(38歳独身)は、除霊の依頼があった現場に一足先に来ていた。
ところが、待てど暮らせど、授業が終わり次第、浅見の除霊現場の手伝い……というか、見学をする予定だった祓い屋見習いは姿を現さない。
何度電話をかけても繋がらないし、仕方がなく、先に1件目の除霊を済ませ、2件目の現場へ向かっている途中にもう一度連絡すると、そこでやっと電話に出た。
「蓮! どうしたんだ!? 何かあったのか!?」
浅見は師匠である鏡明に蓮を紹介された時から、蓮が気に入らなかった。
以前写真を見せてもらったことのある、若かりし頃の師匠の姿に確かに似ているが、祓い屋の才能もないし、やる気もあるのかないのか、いつまでたってもスマホ画面を見ないと覚えられない。
教えた除霊の方法なども、メモではなく、動画を撮るし——そもそも、霊や妖怪の存在すら、信じていないようだった。
悪い子ではないのだろうが、最近の若者はこうなのかと、そのジェネレーションギャップに戸惑い、扱いに困っていた。
大事な道場の跡取りだからこそ、下手に叱りつけて、これ以上やる気を無くされても困るし、パワハラだなんて言われてしまったらどうしようと、毎日ハラハラしていたのだ。
そんな矢先に、現場に来ないし、連絡もないとは、浅見の常識では考えられないことだった。
今回は流石に怒ってやろうと思ったら、やっと電話に出た蓮から、予想外の事態を告げられる。
『浅見さん…………ごめん、行けそうにない。帰れそうにないんだ』
「……どういうことだ?」
今起きていることを、自分の見える範囲で、感じ取れた範囲で蓮は正確に浅見に伝えた。
本当はすぐに助けに行くべき状況であったが、学校から2件目の現場は離れており、浅見はすぐに道場にいる鏡明にその状況を伝え、現場に向かった。
「まったく、そんな緊急事態なら、もっと早くに連絡をすればいいものを……」
怒りながらも、蓮の様子を心配し、さっさとその鍛え抜かれた肉体で2件目の現場の妖怪退治を終える。
そして、全てが終わった朝、帰って来た師匠と蓮が休めるようにと朝食と風呂を沸かして寝ずに待っていた。
やる気も体力もない蓮のことだから、このままその日は一日中寝て過ごすのではないかと思った浅見。
しかし、そんな予想を裏切り、蓮はこの日少し横になっただけで、いつもの修行メニューをこなし始めた。
それも、真剣に。
いつにもなく真面目に。
本当に、人が変わったように、一生懸命に。
浅見はその変わりように驚いた。
そしてたまに、蓮は何かを思い出したかのように自分の右頬を抑えて、顔を赤くしていた。
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