第34話 君がいない夏(3)


「ない!! ない!! どうしよう!!?」


 泣きながら家に帰った雪乃は、朝になって、自分のスマホがないことに気がついた。

 雪女の姿で帰宅したせいで、蓮に抱きしめられた時に落としたスマホのことをすっかり忘れている。

 必死にパーカーのポケットの中を探っていた。


 早く気がついて回収すれば良かったものの、姿を消した自分を必死に追いかけようとしていた蓮を見ていられなくなって、そのまま帰って来てしまったのだ。


「雪乃様、落ち着いてください。何がないのですか?」



 いつの間にか現れた雪兎が声をかけるが、雪乃は雪兎の方を見ずに


「スマホ!! 私のスマホがどこにもないの!!」


 そう叫んで、ベッドの掛け布団を床に放り投げたり、枕を持ち上げたりしていた。

 そのうち、脱ぎ捨てられたパーカーが雪兎の頭を覆う。


「雪乃様、落ち着いてください……ここにありますよ」


「へ!?」


 くぐもった声で雪兎がそう言って初めて、雪乃は雪兎の方を見た。

 顔にパーカーを被ったまま、雪兎は小さな手でスマホを上に掲げて、雪乃が手に取るのを待つ。


「どこに、あったの?」

「玄関の……風除室の台の上にありましたよ。あのレンレンとやらが今朝置いていったのを見ました」

「ええ!?」


(レンレンが……届けてくれたの!?)


 蓮は、雪乃の姿が見えなくなってから、追いかけるのを諦めて、電話をかけた。

 しかし、雪乃のスマホはすぐそばの地面に落ちたままだった。

 こんな夜中に小泉家のチャイムを鳴らすわけにもいかず、風除室に置いてからまた学校へ戻ったのだ。


 その様子を雪兎は偶然見ていた。


「待って、レンレンが持って来たってことは…………ヤバい」

「どうしてですか? 手元に戻って来たなら、良かったではないですか?」

「だって、ロック画面の画像————」


 雪乃は雪兎に時計が表示されているロック画面を見せる。


「誰ですか、これは?」


 時計の背景に、魔法少女のコスプレをしている超美少女。


「レンレンよ……!!」


「えええっ!?」


 雪兎は驚きすぎて耳をピンと立てる。


「どこからどう見ても、女子おなごじゃないですか!! なんですかこれは……詐欺だ!! 噂には聞いていましたがここまでとは…………それで、なにがヤバいのですか?」

「ヤバいに決まってるじゃない!! もしこれを本人が見てたら、私がレンレンのファンだってバレちゃう!! それに、もしもロックを解除されて中を見られてたら————」

「ロックって確か、解除するのにパスワードとやらが必要ではなかったですか? そんな簡単に、見られるわけが————」


「レンレンの誕生日なの」


「そ……それは、簡単に解除できますね」

「そう、だよね……いや、でも、レンレンはきっとそんなことしない…………はず。それに、今更もう、会えないし」


(もう、会えないんだから、バレたって仕方ないよね)



 そう、雪乃はもう、蓮に会うことはない。

 どうせ転校させられるのだ。


 雪乃が小学生の頃、なんども経験した。

 雪子や雪乃が普通の人間ではないと、近所にバレそうになる度に、何度も転校したのだ。

 高学年になって、やっと落ち着いたのだが、また離れなければならなくなった。



 そしてその日から数週間後、雪乃は隣町にある第一志望だった進学校の編入試験に合格し、家も引っ越すことになった。

 学校に来ないことを心配して、何度か蓮が小泉家を訪ねて来たことがあったが、雪子はそれを阻止していた。


 こうして、祓い屋見習いと半妖の雪女の恋は、終わりを迎えるものと誰もが思っていた。


 しかし、事態はすぐに急変する。

 7月中旬、雪乃の新しい家に、来訪者があった。




「やっほー! エリカだよー!! 雪乃元気だったぁ?」


「エリカ……!!?」



 春に会った頃よりも、さらに露出の多い夏服で、エリカは半ば無理やり家に入ると、ぎゅっと、両手で雪乃の手を握る。


「雪乃、エリのお願い、聞いてくれない?」




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