第33話 君がいない夏(2)
深夜1時過ぎ、流石に職員たちが夜通し後片付けをしている中で姿を見せるわけにもいかず、体育館の裏側で雪乃はスマホを片手に立っていた。
着の身着のまま家を出て来たため、淡いパステルピンクのタオル生地の部屋着の上に、セットで買ったパーカーを羽織っただけだが、半妖の雪女である雪乃は寒さをそこまで感じていなかった。
5月末とはいえ、夜の北海道は内地とは比べものにならないくらい冷える。
(体育館裏って書いたけど……わかるかな?)
蓮にメッセージを送ってから、そんなに時間は経っていないのだが、なんだかそれがものすごく長いように感じて、雪乃は結局体育館の周りを一周し始める。
最初に立っていた場所が丁度死角になった頃、蓮が来た。
「あれ? ここじゃないのかな……?」
蓮も蓮で、その場でしばらく待てばいいものを、すぐに雪乃を探して雪乃が歩いていった方向へ行き、同じ場所を歩く。
じっとしていればすぐに出会えたのに、お互いに動き回るし、今が夜である上、眼鏡がないため視力が下がっている蓮。
二人の距離はなかなか縮まらない。
【体育館裏に着いたけど、どこにいるの?】
蓮は歩きながら雪乃にメッセージを送ると、角を曲がったところですぐに既読がついて、立ち止まってスマホの画面をみていた雪乃の姿がやっと見えた。
「小泉さん!」
名前を呼ばれて、振り向くと必死にこちらに駆け寄る蓮の姿があった。
「れ……氷川くん!」
またいつもの癖で、レンレンと呼んでしまいそうになったのを抑え、雪乃も蓮に近づこうと、一歩前へ踏み出した時にはすでに雪乃の体は蓮の腕の中だった。
ぎゅっと抱き寄せられて、雪乃は思わず持っていたスマホを地面に落とす。
(れれれれれれれれれれんれんがあああああああああああ!!)
まさか抱きしめられるとは思わなくて、雪乃の脳内は大変なことになっていた。
幸せすぎて、顔がにやけるのが我慢できないが、緩みっぱなしに雪乃の顔は、蓮の肩の位置にある。
蓮からは見えていないのがせめてもの救いだ。
こんなだらしのない顔を見たら、きっと引かれるだろう。
「よかった……無事でよかった」
蓮の泣きそうな声が聞こえて、雪乃はハッとする。
雪乃からも蓮の顔は見えないが、本当に自分を心配してくれていたのだと伝わって来て、今度は涙が出そうになった。
朝突然何も言わずに消えて、とても心配をかけたことを謝ろうと思った雪乃。
雪乃は自分が倒れている間に、蓮が助けたことを知らない。
異常な冷たさで倒れていた雪乃を見て、蓮がどれだけ肝を冷やしたかなんて、知らなかった。
「ごめんね……今朝、何も言わずに、いなくなって」
「いいんだ、それはもう。よかった……本当に、よかった」
思わず抱きしめた雪乃の体に、体温が戻っていて蓮は安心した。
どうしていなくなったとか、あそこに倒れていたのかなんて、どうでもいい。
いつもの雪乃がそこに立っていて、それが何よりも嬉しかった。
「あの……氷川くん……」
「なに? 小泉さん」
しばらくそのまま抱き合っていたが、だんだん蓮の抱きしめる力が強くなっていく。
そして、蓮の体温が雪乃より高いせいか、なんとなく身の危険を感じ始める。
(私、このまま溶けそう……————)
雪女の姿ではないのに、不思議な感覚だった。
「ちょっと、そろそろ苦しいかも……」
「……あ、ごめん!!!」
普通に、女子に抱きついてしまったことに今更動揺して、蓮は顔を真っ赤にしながらパッと雪乃を放すと、一歩後ろへ下がった。
蓮の頬骨あたりにある2つの黒子がはっきり見えて、雪乃はついじっと蓮の顔を覗き込む。
「あれ? 眼鏡は?」
「あぁ、その、レンズが外れちゃって…………」
「そっか……」
少しだけ、二人の間に沈黙が流れる。
(今、言わないと、ダメだよね)
雪乃はぐっと手に力を入れて、決意すると、泣きたくなるのを我慢しながら、できる限りの笑顔を作る。
「氷川くん、私、もう会えないからお別れを言いに来たの」
「えっ……?」
「ありがとう。短い間だったけど、本当に……一緒にいられて、楽しかった。でも、もうダメなんだ。だから、一方的に、こんなこと、言うのもずるいとは思うんだけど————」
驚く蓮の手を引いて引き寄せると、2つの黒子の下にほんの一瞬、キスをした。
「ずっと、好きだったの。ごめんね————」
それは本当に一瞬の出来事で、蓮が自分の頬に触れた柔らかなものが何か把握する頃には、すでに雪乃は今にも泣き出しそうな笑顔で手を振って、その場から走り去って行った。
「……待って!」
追いかけようとしても、もう遅い。
夜の闇に紛れ、雪乃は雪女の姿へ変化して、蓮の前から姿を消した。
本当はまだ目の前にいるのに、半妖の彼女の姿は、蓮の目には映らない。
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