第四章 君がいない夏
第32話 君がいない夏(1)
やっと気温が高くなり始め、相変わらず、朝と夜では気温の差が激しいが、そろそろ上着を持たずに出歩いても大丈夫なくらいにはなるであろう6月下旬、この高校の高嶺の花であった小泉雪乃が家庭の都合で転校した。
先月の終わり頃の金曜日、体調不良で休み始めてから、ずっと、窓際の一番後ろにあった彼女の席は空席で、最初の数日はみな心配していたが、担任が転校の話をした頃には、誰もその空席を気にすることはなかった。
たった一人を除いては。
「えーと、それじゃぁ来月の学校祭ですが、何か意見はありますか?」
学級委員長を務めていた彼女の代わりに、新たに委員長となった副委員長が教壇にたち、クラスの意見をまとめる中、蓮はただ、隣の空席を眺める。
1ヶ月にも満たない期間であったが、その容姿だけではなく、人当たりも良くて、あまり目立たない存在である蓮にも普通に接してくれた彼女の席には窓から入る太陽の光が当たっている。
彼女と最後にあったのは自分だという事実が、余計にその記憶を色濃く残していた。
あの日、あの時に今にも泣き出しそうな顔をしながら笑顔で手を振る姿が、未だに頭から離れない。
「何がいいかなー?」
「お化け屋敷とか?」
「いや、ここはやっぱりコスプレ喫茶だろう!」
「駄菓子屋なんてどう?」
「フルーツサンドとかは?」
学校祭が終われば、夏休みが始まる。
浮かれ気分のクラスメイトの意見なんて、蓮の耳には届いていなくて、気がついた時に黒板に書かれていたのは、“男女逆転喫茶”の文字。
「それじゃあ、1年1組のクラス展示は、男女逆転コスプレ喫茶で! 氷川くん、メイク頼むね!!」
「え!?」
知らぬ間にメイク担当にされた蓮。
拒否する暇もなく、次々と他の役職や、日程が決まり慌ただしく時は過ぎて行く。
空席だったあの席も、学校祭前に行われた席替えで、今では他の生徒が座っている。
そして、学校祭当日の朝、何人ものクラスメイトのメイクをしながら、やはり蓮は小泉雪乃のことを思い出す————
* * *
「絶対に、惚れてはならん。死ぬぞ」
5月末、荒れた校舎の後片付けを手伝っていた蓮に、鏡明はそれだけ告げて、なぜ死ぬのか、理由は語らなかった。
理由がわからないまま、廊下中にある溶けた雪や氷の水を拭き取っていると、ポロリと眼鏡のレンズが床に転げ落ちる。
「あっ!!」
実は妖気によって気を失っている間、胸の上にあった蓮の頭を気にせずに雪子が雪乃の体を引き抜いた為に蓮は頭をぶつけており、眼鏡のフレームにもその衝撃が。
さらに、その後、鏡明に叩き起こされた時にも頭をぶつけていた為、またレンズがずれて、限界が来ていたのだ。
綺麗に片方だけ外れたレンズを拾い、左右で視界が違うというのも気持ちが悪い為、蓮は眼鏡を外してポケットに突っ込んだ。
そのとき、ポケットに入っていたスマホに触れて、ふと今が何時なのか確認しようと画面を開く。
時刻は深夜1時。
ついでに少し休憩しようと、なんとなく開いたトーク画面に、次々と既読マークがつき始める。
今朝、何度送っても既読にもならなかったメッセージを、今雪乃が読んでいることが嬉しくて、蓮は思わず深夜1時だというのに新たにメッセージを送ってしまった。
【起きてる?】
すぐに既読マークがついて、返事が来る。
何度かやり取りをした後、最後に届いたのは
【体育館裏に来て】
というメッセージだった。
蓮は走った。
深夜1時過ぎ、今日散々走った長い廊下を。
「蓮? どうした?」
途中ですれ違った鏡明の言葉は、蓮に届いていない。
雪乃に会いたい。
それだけだった。
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