第31話 帰れないふたり(完)


「お嬢様!!」


 雪子が雪乃の異変に気付き、学校へ向かう途中、雪兎が姿を現した。

 いつも綺麗に手入れをして、白くて雪のように綺麗なその体が、血と泥ですっかり汚れてしまっている。


「雪兎!! いったい何が……」



 雪兎が戦っていた最初の烏の体から雷のようなものが飛んで行き、雪乃を発見した別の烏の体に入っていった。

 赤い瞳……つまりは、あの雷が入っていない烏は単なる器。

 強い妖力が入っていない状態だったため、傷を負った雪兎でも倒すことができた。

 雪兎は力を振り絞って、雪子に報告に来たのだ。


「お嬢様……!! 雪乃様が襲われているのです————あれはおそらく、例の組織のものではないかと」

「例の組織?」

「ええ、ババ様と……確かにそう言っていました」


 雪子はババ様と呼ばれ、自分を捕まえようとしていた女を思い出した。


「そんな、まさか……あいつらは、当の昔に霊界に封印してあるわ————どうして、今頃」


 かつて、まだ今より人間と妖怪の距離が近かった頃、とある組織があった。

 その組織は、人間を妖怪に売っていた。

 また、その逆も然り。


 いまだに行方が分かっていない、神隠しにあった多くの人間は、その組織によって妖怪に売られたのである。

 逆に、妖怪をコレクションしている趣味の悪い人間もいて、有名な妖怪ほど、その価値が高い。

 雪女はその中でもトップクラスだった。


 だが、その組織はもう何十年も前に霊界に封じられている。

 そう簡単に、この世に戻ってくることはできないはずだ。


「それが……ただの噂だと思っていたのですが、つい最近、何者かによって霊道が開かれたと聞いています。そこを通って来たのではないでしょうか?」

「いったい誰が、そんなことを————」


 もし、本当にそれがあの組織の女ならば、雪乃が危険だ。

 当時の自分と瓜二つの雪乃に、何をするかわからない。


 雪子は雪兎を抱えたまま、吹雪を起こし、風に乗って空を飛んだ。


 まさかそこに、かつて自分を裏切った祓い屋がいるなんて、思いもせずに————



 * * *




「祓い屋に、近づいてはいけないの。あなたは、半妖なのだから————」


 雪子がそう告げると、雪乃は泣きもせずに全てを理解したのか、こくんと頷くと


「……わかった。まだ少し調子悪いから、寝るね」


 と言って、またベッドに壁の方を向いて横になり、真冬でもないのに、掛け布団をかぶるように頭までもぐった。


 その姿に、雪子は胸が痛んだが、それでも、あの祓い屋の孫である蓮に2度と関わって欲しくなかった。

 それが、母親として、娘を守るための手段だった。


 雪子が雪乃の部屋を出た後、入れ替わるようにそっと気づかれないように雪兎が中に入る。


 声を押し殺して泣いている雪乃のもぐった布団をジーっと見つめていると、小学生の時から使っている学習机の上に置かれたスマホの通知音が小さく鳴った。


 雪兎は雪乃の代わりにスマホをとって、そっと手渡す。


「ありがとう……」


 真っ赤に目を腫らしたまま、雪乃は雪兎のもふもふした背中を撫で、もう片方の手で画面を開くと、自分が雪女になって消失していた時のメッセージと着信履歴が表示される。


 今朝蓮から送られたものが、今更届いたようだった。


【どこにいるの?】

【先に行ってるね】

【体調不良で休むって、先生がいってたよ、大丈夫?】


 返信できなかったメッセージを読んで、保健室で見た夢を思い出す。


(あんな風に、みんなに祝福されながら、レンレンと一緒にいたかった)



 枕元にスマホを置いて、涙を拭うと、また通知音が鳴った。


【起きてる?】


「あじゃぱいぉあ!」


 もう深夜1時だというのに、蓮から届いたそのメッセージに驚いて、思わず変な声がでる。

 その変な声にさらに雪兎が驚いた。


「どうしました? 雪乃様」


「な、なんでもないわ!」


 しばらく蓮とやりとりしたあと、雪乃は家を出た。

 雪子に気づかれないように、一度雪女の姿になり、壁を抜けて。


 今行かなければ、蓮にはもう会えないと思った。





 そんな雪女の姿を、遠くから見ている一団がいる。


「いたいた。あれが例の?」

「そう、ババ様が探してた」

「まさかこんなに近くにいたなんてね」



 それは雪兎が噂で聞いた通り、霊道を通って、この世に舞い戻ってきた、例の組織のものだということを、この時はまだ誰も知らない。






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