第28話 帰れないふたり(7)
「見つけた! 見つけた! ババ様に報告!! 報告!!」
蓮が雪乃に駆け寄ろうとした時、背後から烏の鳴き声が聞こえてきた。
相変わらず、烏が何を言っているのかはわからなかったが、蓮はとっさに紫の巾着をポケットから出して烏めがけて投げつけて、運よく命中する。
巾着の中から謎の粉がこぼれ出て、烏の眼にふりかかった。
「アガガガガーーーーっ」
烏は廊下にぼとりと落ちると、苦しそうにバタバタと羽を動かしてもがき苦しんでいる。
あの雷が来る前に投げたおかげか、この烏はまだババ様にはなっていない為、妖力は弱かった。
「やっぱり効いてる!! この烏、悪い妖怪だったんだな————」
蓮の持っている粉は、悪霊や悪い妖怪に効くように調合された浄化の砂である。
紫の巾着自体にも、魔除けの力があるのだが、妖怪や悪霊が見えない蓮が間違えて悪くないものまで祓ってしまう可能性を危惧し、鏡明が常に蓮に持っているように指示していたものだ。
蓮はポケットから数珠を取り出すと、効果があるかどうかわからないが、雪乃の前に守るように立ち、もがいている烏に向かってお経を唱える。
「
シンとした廊下に、響き渡るたどたどしいが、毎朝練習してきたお経が響き渡る。
今回は、さすがにスマホを確認することもなく、きちんと唱えることができた。
すると烏はまるで眠ったかのように、固まって動かなくなった。
「やった!!」
烏を自分一人の力で倒せたことに喜びながら、蓮は振り返って廊下に倒れている雪乃の状態を確かめる為、膝をついて今朝自分が傷を綺麗に消した頬に触れる。
「冷たい……」
薄暗い中、しかも、誘導灯の緑の明かりの下ということもあり、雪乃の顔色はわからないが、雪乃の体は異様に冷たかった。
毎朝、化粧のため雪乃の頬に触れてきた。
その時は、自分より少し体温が低いくらいで、もともと平熱が自分より低いのだと、蓮は思っていた。
しかし、この冷たさは異常だ。
試しに廊下で倒れている他の生徒や先生たちの体に触れるが、気を失っているだけのようで、体温は普通にある。
雪乃だけが異様に冷たくて、蓮は雪乃が死んでしまったのかと思い、脈を確認しようと雪乃の手首や首に触れた。
だが、本当に死んでいたらどうしようという恐怖から、手が震えてしまいうまくその動きを感じることができなかった。
それに、そのどちらも、まるで血の気を感じず、冷え切っている。
蓮は不安と恐怖で泣きそうになりながら、雪乃の制服のブレザーのボタンを外すと、胸に耳を当て、目を閉じた。
————ドクン……ドクン………
心音が聞こえる。
体は冷たいが、生きていることがわかり、蓮はほっと一安心すると、雪乃の胸に耳を当てたまま、意識を失った。
烏に向かって、投げたあの魔除けの力がある巾着のおかげで、今まで妖気にやられずにいたのだ。
あの巾着を烏に投げてから、蓮は雪乃を助けたいという気力だけで、なんとか持ちこたえていた。
再び、廊下に静寂が訪れる。
そして、また、烏が鳴いた。
赤い瞳の烏が、雪乃めがけて飛んで来る。
「雪女め!! 雪女め!! 許さぬ!! 許さぬ!!」
二人は動けない。
「雪乃!!!」
「蓮!!!」
二人を呼ぶ声が、ほぼ同時に左右から廊下に響き渡る。
その刹那、赤い瞳の烏の体に、左側から先端が鋭利な
「グヘッ……——」
烏はぼとりと床に落ちて、ただの黒い肉の塊になる。
娘を助けに来た雪子と孫を助けに来た鏡明は対峙したまま、お互いの姿を見て目を見開く。
「祓い屋……?」
「雪女……?」
それは、約半世紀ぶりの再会だった。
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