第25話 帰れないふたり(4)
烏が鳴いた。
つい数分まで、快晴だった空に暗雲が立ち込め、一気に校舎の周辺一帯が闇に包まれる。
「見ぃつけた! 見ぃつけた!!」
翼を広げたまま、烏はグラウンドの上空、1年1組の教室の窓の前を旋回し、誰かにその場所を示すかのように何度も不気味な声を上げる。
教室の中からその烏を見た雪乃は、ソレがいったい何者かわからずに困惑するしかない。
背後では当番のため残っていた生徒たちが、掃除途中の床の上で気を失っている。
この烏が放つ妖気にやられたのだ。
「みんな、どうしたの!? 大丈夫!!?」
雪乃と蓮を除いて、教室に残っていた生徒も教師も、皆が気を失っている状態だった。
雪乃の姿が見えていない蓮は、自分以外が皆倒れたこの現象に、どうしたらいいのかわからず、一度教室を出て、助けを呼ぼうとしたが、廊下にも人が倒れていて、誰も助けてはくれそうにない。
「どうして、一体何が起きたんだ!?」
蓮にあの烏の姿は見えてはいる。
だが、その声はただの烏の鳴き声にしか聞こえない。
そのため蓮が窓の外で烏が不審な動きをしている事に気が付いたのも、雪乃よりかなり遅れてのことだった。
「見ぃつけた! 見ぃつけた! 報告! 報告! ババ様に報告!」
(ババ様って何!? 何を言ってるの!?)
やがて窓の前を旋回していた烏に向かって、雷が落ちる。
「カーーーーーッ カーーーーーーッ ……————」
雷を全身に浴びた烏は、苦しそうに鳴いたあと、急にピタリと動きを止め、大人しくなった。
(え、なに? もしかして、死んだ?)
しかし、烏は宙に浮いたままだ。
そして、真っ黒だった瞳が、怪しく赤く光り始める。
烏はその赤い瞳でキッと、雪乃を睨み付けると、先ほどの烏とは別の口調と声を発した。
「見つけたぞ、雪女。よくも、よくもこのワタシから逃げたな————」
教室の窓が砕け落ちて、破片が
雪兎がとっさに放った氷の幕で、雪乃は守られた。
だが、避けきれなかったガラスの破片の一部が、雪兎の腹に刺さり、白い毛皮を赤く染めた。
「雪兎!!」
「……っ、お逃げください、僕は大丈夫です!! 雪乃様、あれは……あれは危険です————!」
「で、でも……!!」
「早くっ!!」
怪我をしながらも、雪兎は雪乃めがけて襲ってくる烏を防ごうと戦う。
あの烏しか見えていない蓮からすると、突然窓ガラスが割れ、烏が教室内で不審な動きをしているようにしか見えない。
雪乃の姿も、雪乃を守るために烏と格闘する雪兎の姿も、彼には見えていない。
だが、その烏の動きを見て、何か見えないものと戦っているということは、日頃見えないものと戦う祖父の姿を見てきた為、容易に察することができた。
「誰か……そこにいるの?」
姿は見えない。
けれど、冷たい風が、烏の動きに合わせて動く。
(レンレン……!)
雪乃は雪兎が烏を止めている間に、蓮の手を掴んで教室を出た。
蓮に雪乃の姿は見えない。
けれど、それが危険なものではないように感じて、自分を引っ張る力に素直にしたがい、蓮は人が倒れている廊下を懸命に走った。
(せめて、レンレンだけでも、校舎の外に!! あの烏が狙っているのは、どうしてか分からないけど、私だわ)
しかし、雪乃の願いも虚しく、それは叶わなかった。
烏は、1羽ではなかったのだ。
正面入り口も、裏口も、体育館へ向かう通路も、あの烏の手が回っていた。
真っ黒な烏が、雪乃と蓮を外に出すことを許さない。
「見っけた!! 見っけた!! こっちにきた!! ババ様に報告!! 報告!!」
正面入り口の烏がそう鳴くと、また雷が烏に落ちて、その瞳を赤く光らせる。
そして、またあの口調と声になる。
「このワタシから、2度も逃げられると思うなよ————雪女!!」
そう簡単に、二人は帰れない————
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