第24話 帰れないふたり(3)
「ほら、ちゃんとつかまって、雪乃。行くよ?」
荷台の雪乃が、恥ずかしそうに腕を回して、蓮の背中に顔を埋める。
蓮は雪乃の手の位置を心地よい位置に少しずらすと、優しく撫でてから自転車のペダルを漕いだ。
そろそろ太陽が沈み始めた放課後の通学路を、まるで世界に二人だけしかいないような、甘い雰囲気で進んで行く。
幸せそうに微笑みながら、そんな二人の様子を通行人たちは、紙吹雪を降らせながら、祝福した。
「おめでとー!!」
「まぁ、お似合いのカップルね」
「いいなぁ、俺もあんな風に彼女と二人乗りで帰りてぇ」
向かい風が吹き、制服のスカートと、少し明るめの茶色の髪が風に揺れる。
二人だけの幸せな下校時間。
(はぁ……幸せ————夢みたい————)
そう、これは夢だ。
「フフ…………ザンギと……からあげは別ものだよ……」
「何の夢を見てるんだ、この娘は……————大丈夫ですかー?」
「ふぇっ!?」
雪乃が目を覚ますと、目の前に白いもふもふした何かがいた。
「ウサギ……?」
蓮の背中も、自転車もなくて、なぜか保健室のベッドの上で雪乃はいつの間にか寝ていた。
そして、この白くてもふもふした何か……喋るウサギが声をかけたのである。
「やっと目が覚めたようですね……まったく」
白いウサギは小さな手で雪乃の額に触れると、ため息をつく。
「熱は下がったようですね。どうですか? 体調の方は……」
雪乃はこのウサギを見たことがあるような、ないような……まだ少しはっきりとしない頭で記憶を辿るも、思い出せなかった。
「だ、だれ? ていうか、何?」
「誰とは……まぁ、いいでしょう。僕は雪兎と申します。とある方に命じられて、あなたを見守っておりました」
(とある方?)
雪兎はペコリと雪乃に頭を下げると、赤い瞳でじーっと雪乃を見つめる。
「雪乃様、何が起きたのか、ご自覚されてますか?」
雪乃が大きく首を振ると、雪兎はやれやれとため息をつき、気を失っている間に何が起きたのか説明し始めた。
「雪乃様は今、風邪をひいておられるのです。半妖とはいえ、あなたは雪女なのです。急な体温の上昇は、とても危険です。なので、体が自らを冷やそうと、ご自分の意思などとは関係なく、雪女に変化したのでしょう。しかし、高熱で意識が朦朧としていたのに学校へ来てしまうとは————あきれて僕が後をつけてみれば、職員室に入って担任の机の上に欠席すると付箋にメモを残しましたね? 雪乃様が文字を書いている間、職員室にいた教頭先生が宙に浮く付箋とボールペンを見て腰を抜かしていましたよ? もう少し自分は周りから見えていないのだという自覚を持って行動していただかないと困りますよ」
雪兎はその可愛らしい見た目に反して、低い声で早口でしゃべり続けて、雪乃に口を挟む隙を与えない。
(何このウサギ、めちゃくちゃ喋る……っていうか、私職員室でそんなことしたの?)
「今だって、僕がこうして薬を飲まさなければ、どうなっていたことか! この保健室のドアだって、通り抜ければいいものを、わざわざ開けるから、中にいた女性が顔を真っ青にして出て行ってしまいましたよ!! 怪奇現象になるようなことは、できるだけ起こさないようにしていただかないと————って、なんです? その顔は? 僕何かおかしなことを言いましたか? え?」
このうるさいウサギは、自分が喋りすぎていると自覚がないようで、雪乃がなんとも言えない表情になっているのを見てようやく話すのをやめた。
(もふもふしてて可愛いけど、うるさいわね……このウサギ)
「……要するに、あなたが私に薬を飲ませてくれて、今は熱が下がったってことね? ありがとう」
「へ……!?」
雪兎は久しぶりにお礼を言われて、一瞬ドキッとする。
人使いならぬ、妖怪使いの荒い雪子からは、久しくありがとうだなんて、感謝されたことがない。
「じゃあ、私、人間にもどれるのね?」
「……ええ、でもまだ病み上がりでしょうから、家に帰るまでは、雪女の姿のままの方がよろしいかと。今人間にもどって、誰かに見られると厄介ですよ?」
「そうね……」
この時、ちょうどチャイムがなり、雪乃は保健室の壁にかけられた時計を見た。
「ちょっと! なんでもっと早く起こしてくれなかったの!? もう放課後じゃない!!」
帰りのホームルームが終わっている時間だ。
雪乃はベッドから飛び降りて、1年1組の教室へ走った。
「帰らないんですか!? 病み上がりなのですよ!?」
雪兎はぴょんぴょんとウサギらしく跳ねながら、雪乃の後をついてくる。
「あなたは帰って! 私にはまだ用事があるの!!」
早々に身支度を済ませて、ぞろぞろと教室から出て行く生徒たちとは反対に廊下を進み、雪乃が1組の教室に着くと、運良く蓮は掃除当番だったようで、まだ教室に残っていた。
(よかった……間に合った。)
一安心して、蓮の様子を見守りつつ教室の中をうろうろしていると、外が段々と暗くなっていく。
雨でも降るのかと、雪乃は窓の外を見た。
その瞬間、一羽の烏がこちらをめがけて飛んで来て、窓の前でピタリと止まる。
「見ぃつけた」
烏がそう言うと、雪乃の後ろで、バタバタと複数の何かが倒れる音がする。
振り返ると、先ほどまで蓮と一緒に掃除をしていた生徒たちが、床に倒れていた。
「え……?」
そして、真っ暗な空に、雷鳴が鳴り響く————
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