第23話 帰れないふたり(2)
「それで、その時浅見さんが————」
いつの間にか隣を歩いていた雪乃の足音も、声も聞こえなくなった。
蓮は後ろを振り返ったが、そこに雪乃の姿はない。
話に夢中になって、いなくなったことに気がつかなかった……というわけではない。
本当に、ほんのわずかな時間だった。
「小泉さん?」
来た道を少し戻ったが、それでも雪乃の姿を蓮は見つけることができなかった。
電話をかけても出ないし、メッセージを送っても既読がつかない。
一度雪乃の家に戻ってチャイムをならしたが、誰もいないようだった。
雪子は、蓮と雪乃を見送った後、すぐに近所のスーパーに買い物に出てしまった為、小泉家には誰もいない。
「どこに……行ったんだろう?」
首を傾げながら、いなくなったと気がついた場所あたりで待ってみるが、雪乃からは何の連絡も返っては来なかった。
このままでは遅刻する。
連絡がつかないので、何かあったか、または、自分が何か雪乃の気分を害するようなことでもしてしまっただろうかと、不安になりながらも、蓮はギリギリまで待ってから、自転車に乗って学校へ向かった。
「…………?」
背中に謎の冷たさを感じながら。
* * *
雪女に変化すると、雪乃の身につけていたものはその間どこかへ消えてしまう。
変化する直前まで着ていた制服も、鞄も、もちろんスマホも。
目の前から消えた雪乃に、蓮は何度も連絡を取ろうと電話をかけようが、メッセージを送ろうが、スマホ自体が消えたのだからどうしようもない。
(ごめん……レンレン、突然いなくなって)
すぐ近くにいるのに、雪乃の姿が見えない蓮はずっと心配そうな顔で、雪乃からの連絡を待っている。
(もういいよ、レンレン。遅刻しちゃうよ、私のことはほっといて……)
雪乃自身、何故こうなったのかわからない。
完全にコントロールできるようになっていた切り替えができない。
(感情が乱れているわけでもないのに、一体どうして————?)
考えてもわからず、一旦家に戻って、相談しようとしても雪子は家にいなかった。
「どこに……行ったんだろう?」
蓮は、わざわざ雪乃の家に一度戻ってくれて、遅刻ギリギリまで自分を待っていてくれる。
雪乃は自分をこんなに心配している蓮のそばを離れるのが嫌になった。
それに、蓮は放課後、祓い屋の仕事に行くと言っていた。
今、実は目の前にる雪乃を見ることができない、声も聞こえていない蓮が心配でならない。
目の前で手を振って見ても、少しだけ蓮の男子にしてはやけに綺麗な肌をつついて見ても、なんの反応もないのだ。
(あの時の、レンレンのおじいさんくらいの強い祓い屋と一緒だったら、すぐに帰ればいいだけよ……)
その内、雪乃からの連絡を諦めたのか、蓮は自転車に乗り、学校に向かって漕ぎ始めた。
雪乃は、自転車の荷台に乗ると、落ちないようにぎゅっと蓮の背中に抱きつく。
(レンレンの匂いがする————)
コツンと蓮の背中に頭をつけて、少し罪悪感を感じながらも、雪乃はそのまま目を閉じた。
蓮は後ろに雪乃が乗っていることに気づかずに、そのまま自転車で学校までの道を走る。
なんとなく、背中に冷たいものが触れているような気がして、少しぞくっとしたが、それでもすぐに慣れてしまって、そのままいつもの通学路を通った。
(人間の二人乗りは交通違反だけど、妖怪が乗ってるのは、違反にならないよね?)
交番の前を通る時、そんなことを思った雪乃。
(それにしても……なんでだろう? さっきからちょっと、寒いような気がする————頭もぼーっとするし、ふわふわしてる気がする。あぁ……レンレンの匂い……酔ってるのかな?)
雪乃はまだ未成年の為、もちろん飲酒はしたことがないが、酒に弱い。
少しでもアルコールの入ったお菓子を食べたらすぐに酔っ払ってしまう。
以前、知らずに食べたチョコレートに酒が入っていて、酒が抜けるまでずっと、支離滅裂な言動をくりかえして、大変だっことがある。
(あの時も確かこんな感じで、ふわふわしてて————それから……あぁ、学校についたら、どうしよう…………あぁ……レンレンの背中……)
だんだんと、支離滅裂になっていく思考。
雪乃は気がついていなかった。
自分の体温が、急激に上がっていることに。
風邪を引いていたのは、エリカだけではなかった————
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