第21話 ギャルと悪霊とかくしごと(完)
蓮は祓い屋見習いとして北海道に来てから、一切コスプレもメイクもできなかった。
漫画と、程々であればゲームはしてもバレなかったが、新しいものや概念に抵抗がある鏡明は、特に女装に関しては男がするものではないと、固く禁じている。
その為、持っていた化粧道具も衣装も全て実家に置いて来ていて、今住んでいる道場には女性がいない為、化粧道具に触れる機会もなくなっていた。
だからこそ、傷を隠すというのが目的ではあるが、化粧道具に触ることができて、蓮は嬉しかった。
家の為で仕方がないと腹をくくったが、好きなことができないというのは、やはりかなりのストレスになっていたのだ。
それも、才能がないことだから余計だった。
「あらあら……本当に上手なのね」
リビングのソファーで、蓮にメイクされている雪乃が、うっかり雪女になってしまわないかと心配しながら見学していたら、そのプロ級の腕前に雪子は感嘆する。
「いえ、そんなことは……」
雪乃はそっと目を開けて、謙遜はしているけど、本当に嬉しそうに手を動かす蓮を盗み見る。
蓮の指が雪乃の頬を撫でる度、心臓が飛び出そうだ。
(レンレン……まつげ長い……綺麗…………っていうか、肌も綺麗なのよね)
思わず触ってみたくなって、雪乃の手が引き寄せられるように動く。
「雪乃の部屋って2階? エリ見てきてもいい?」
エリカのその発言に正気を取り戻した雪乃は、パッと手を戻した。
「「ダメ!!! 絶対ダメ!!!」」
雪乃と雪子の声が被る。
「えー少しぐらいいいじゃん……ってか、お母さんまで止めるって————もしかして、超汚いとかぁ? へーきへーき! エリの部屋の方がひどいからぁ」
そう笑いながら、リビングを出て2階へ行こうとするエリカ。
止めようと雪乃は立ち上がろうとしたが、蓮が雪乃の手をぎゅっと掴んで、引っ張って止める。
「動かないで」
「は、はい——」
蓮の真剣な表情に、雪乃はおとなしくなった。
(何今の!! めっちゃいい!! 素敵!! かっこいいいいいいいいいいいい!! そして、手ええええ!!! 手ぇ握られたぁぁぁあへうこわひえふぁw)
心は荒ぶっているが、ピタリと動くのをやめた。
一方で、娘の代わりに雪子がエリカを止める。
「エリカちゃん、それは今度にしましょう。そろそろ家を出ないと、遅刻しちゃうわよ?」
笑顔だが、怒っているようなそんな怖い空気を察して、エリカは大人しくリビングに戻った。
* * *
「いってきまーす!!」
「いってらしゃい」
玄関から出て、3人仲良く登校していった娘たちに手を振りながらやっと一息つく。
「朝から騒がしかったですね」
3人の姿が見えなくなるまで眺めていると、雪兎がいつの間にか姿を現して、雪子に声をかけた。
「そうね。まさかあのレンレンが家に来る日が来るなんて————雪兎、あんた雪乃の様子みてたんでしょう? どうして何も報告がないわけ?」
「とくに変わったことはなかったもので。中学の頃と変わらない感じでした。いじめられている様子もないですし、お友達が家に来るなんて、普通のことかと」
「そう……」
確かに、友達が家に来るくらい、別に大したことではない。
相手がレンレンでなければ、いたって普通の出来事だろう。
レンレンの話を毎日聞かされていた雪子とは違い、雪兎がそれが普通ではないことに気がつくわけもない。
顔の傷と学校は関係ないのかもしれないと、雪子は思い始めた。
しかし————
「あえて言うなら、あの男子の方ですが……どこかで見たことがある気がするのですよね」
少し首を傾げながら、雪兎がそう言った。
「どこかで……って、レンレンだからでしょう?」
「レンレン? レンレンとはなんですか?」
雪兎は、レンレンを知らなかった。
「雪乃が好きなコスプレイヤーで……女装を————」
そこまで雪兎に説明するが、学校に向かって歩いていく蓮の後ろ姿を見て、雪子の脳裏に、過去の映像が浮かぶ。
首の後ろを掻きながら、いつもどこか恥ずかしそうにしていた青年の姿が、今の蓮の姿と重なる。
「……そんな、まさか————まさか……ね」
それはもう何十年も前だ。
雪子の記憶の中にずっと隠していた彼が、今も当時のまま生きているはずがない。
妖怪と違い、人間の寿命は短いのだから。
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