第20話 ギャルと悪霊とかくしごと(9)
翌朝、珍しく早朝から小泉家に来訪者が。
それがちょうど出勤して行った夫を玄関で見送ってすぐ後のことだったので、雪子はてっきり何か忘れ物をして戻ってきたのかと、インターホンで相手を確認せずにドアを開けた。
「あの……おはようございます」
ドアの前に立っていたのは、娘が通う高校の制服を着た黒髪にメガネで、地味な雰囲気の男子だった。
雪子はその顔にどこか見覚えがあったのだが、一体誰だったか思い出せずに首を傾げる。
「どちら様?」
娘を訪ねて来たことは明らかなのだが、雪子は雪乃からなにも聞いていなかった。
こんな朝から可愛い可愛いうちの雪乃に一体何の用だと思いながら、頭から靴の先までまじまじと見回していると、彼の後ろからひょっこりと、彼とは対照的に明るい雰囲気————というか、明らかなギャルが顔を出した。
「おはようございまーす! お久しぶりですっ!!」
これまた、どこか見覚えがある気がする。
雪乃と同じ学校の制服だが、スカートが短すぎて、ほとんどカーディガンしか見えない。
雪子が誰っだったかしら?という顔をしていると、すかさずギャルは明るく元気に言った。
「エリカです! 小学生の時、雪乃と同じクラスだった」
名前を聞いた瞬間に、記憶と顔が一致した。
娘と一番仲の良かった女の子だ。
「……あぁ、エリカちゃん! 思い出したわ……こんなに大きくなって————で、あなたは?」
エリカのせいで名乗り遅れたが、男子の方はまだ緊張気味に自分の名前を口にする。
「同じクラスの、氷川蓮です。あの……小泉さんと、約束があって来たんですけど————」
「氷川蓮くん? 蓮くん? れん……————レンレン!?」
雪子はうっかり口から出てしまった娘がいつも呼んでいる名前に、まずいと思ってバッと両手で口を抑えたが、もう遅い。
「レンレン?……————どうして、それを?」
自分のネット上での名前が出て来て、驚いた蓮が聞き返すも、雪子はごまかすように笑ったまま、玄関のドアを閉めた。
「ちょっと、確認してくるから、待っててね」
そう言って、のんきにリビングで朝食を食べている娘のもとへ走る。
* * *
「雪乃ちゃん!! レンレンが……レンレンが来てるのだけど!! どういうこと!?」
「えっ!? もう来たの!? 意外と早起きなのね」
雪乃は傷が消えるまで蓮が毎朝メイクをしに来てくれると言っていたので、毎朝蓮に会えることが嬉しすぎて、昨日からずっと気が気じゃなかった。
鏡を見るたびにニヤニヤして、フフフっ……と、思い出し笑いを繰り返し、蓮が家に来ることを雪子に伝え忘れていたのだ。
「もう来たの? じゃないわよ……雪乃ちゃん、あの子は雪乃ちゃんがファンだってこと、知ってるの?」
「え、知ってるわけないでしょ? そんなの言えるわけ————」
「じゃあ、どうするの? この家のそこら中にあるレンレングッズの数々は? 本人が来てるのよ!?」
雪子に言われて、そこでハッと気がつく。
雪乃の部屋はもちろんだが、それだけには飽き足らず、この家の色んなところにレンレングッズはさりげなく置かれていた。
それも、ファン登録していないと入手できない公式グッズ。
(やばっ!!)
そこに置かれていることが当たり前すぎて、雪乃はうっかりしていた。
本人が見たら、一瞬で気がつく。
雪乃は食べかけのトーストをくわえたまま、玄関とリビングにあったグッズを隠した。
雪乃は迷惑なファンにはなりたくない。
蓮自身が周りに隠して生活している今、何も知らない、ただのクラスメイトとして接した方がいいと、今まで蓮にはバレないようにして来ていた。
しかし、その本人がそのファンの巣窟に来てしまったのだ。
とりあえず大急ぎで全部回収し終わると、雪乃はドアを開けて蓮を迎え入れた。
「お、おはよう……小泉さん」
額に汗をかき、若干息が上がっている雪乃。
「雪乃!! エリもきたよー! おはよー!!」
「なんふぇいるのひょ!?」
トーストをくわえたままだった。
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