第7話 祓い屋見習いと半妖の雪女(7)


 蓮の目の前で氷の塊になった鬼は、パリンという音とともに、粉々に崩れ散った。

 鬼だったモノが、鬼と同じ顔をした姑の中に戻って行く。


「なっ……貴様っ!!」


 蓮の後ろにいる雪乃を睨みつけながら、途端に今井は苦しみ出した。

 首のあたりを両手で押さえながら、膝をつく。


「今井さん!?」

「どうしたんですか!?」



「もう少しだったのに…………もう少しで……っ……」


 鬼の姿が見えていなかった蓮と坂崎は、わけがわからずに焦る。

 坂崎は慌てて救急車を呼んだ。


「しっかりしてください!! まさか……悪霊の仕業!?」



 蓮は習ったばかりの祓いの術を使おうと、ポケットから数珠と小さな紫色の巾着袋を出して、今井の体に巾着の中身に入っていた謎の粉をふりかける。

 そして、スマホを取り出して、画面を見ながら、お経を唱える。


仏説摩訶般若波羅蜜多心経ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう……」


 覚えてないのかよ!、とツッコミたくなる状況だったが、効果があったようで今井の体から黒い靄のようなものが浮かび上がり、消えて行った。

 それと同時に、赤ん坊に取り憑いていたものが抜ける。


「ちっ……もう少し楽しみたかったが、これまでか。余計な事をしよって…………雪女め」


 赤ん坊に取り憑いていた妖怪は、雪乃に向かってそう言うと、壁を通り抜けて逃げて行った。


(雪女…………?)


 雪乃は、何が起きたのか理解ができずにいた。


(どうして急に……凍ったの?)


 自分の手のひらをじっと見つめるが、何もおかしなところはないように見えた。

 強いて言えば、少し爪が伸びたような気がするぐらいだった。



「あ、痣が!!」


 蓮がお経を唱え終わると、取り憑いていたものが抜けた赤ん坊は、苦しそうな鳴き声ではなく、楽しそうにキャッキャと声をあげる。

 その声に気がついて、坂崎が赤ん坊の顔を見ると、痣がなくなっていた。


 救急隊も到着し、これで一安心だと、蓮は胸をなでおろす。



「よかった!! 除霊が成功したみたいです!!」

「ありがとう、ありがとう……」


 坂崎は泣きながら蓮に礼を言うと、病院から戻ったら改めて連絡すると言って、救急車に同乗して行った。

 救急車を見送る時には雪は止んでいたが、綺麗に整えられた庭と車の上に、うっすらと白く残っている。


「これで一件落着したみたい。小泉さんごめんね、びっくりしたよね……?」


 蓮は振り返った。


「そ……そうだね。びっくりしたけど、解決できてよかった」


「あれ……?」


 蓮はきょろきょろと周りを見渡す。


「小泉さん……どこ?」


「え?」


「帰っちゃったのかな?」


「何言ってるの? 私、ここにいるよ?」


 雪乃はそう言ったが、蓮は全く違う方向を向いてしまう。


「……連絡先聞いておけばよかったな」


「ねぇ、ここにいるってば!!」


 話しかけても、蓮は全く雪乃を見ない。

 正確には、見えていないのだ。


(……なんで? 私が見えないの?)


 ショックで下を向くと、視界に入ったのは、水色の髪。


「え……?」


 そして、着替えた覚えのない、白い着物。


「は……?」


 止まっていた車の窓に、反射して映る自分の姿……


 確認のために、サイドミラーを覗き込むと、はっきりと映ったその姿に雪乃は驚いて目を見開いた。



 落ち着いた茶色だったはずの髪の毛が、コスプレ用のカツラのような水色になり、着ていた服も、どこにでも売ってるような無難な服だったはずが、いつの間にか白い着物になっていた。


(何これ…………どっからどう見ても、雪女じゃん!!?)



 ほとんど人間として育って来た雪乃は、この日初めて、雪女になった。

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