第6話 祓い屋見習いと半妖の雪女(6)


 依頼人、坂崎家は新興住宅地の中にあり、最近完成したばかりの一軒家だった。

 庭の花壇では、北海道に春の訪れを告げる花のうちのひとつであるチューリップがあと数日で咲くのだろう、蕾をつけている。

 雑草もなく、よく手入れのされている庭は、その家の主人がガーデニング好きであることを示していた。

 玄関前に駐車されていた車も、洗車したばかりなのか、太陽の光を反射して、輝いて見える。


「2階が娘夫婦の家でして————引っ越してからまだ、半年も経っていないのに、こんなことになってしまって……」


 仏壇に手を合わせてから、蓮は家の中を見て回った。

 蓮の目には、ごく普通の新築の家にしか見えない。


 しかし、雪乃には見えていた。

 赤ん坊の周りにいるのは、仏壇の写真と同じ顔をした母親の霊。

 それともう一つ——


(鬼……?)


 ——白装束に、頭にツノを生やした女の鬼のような姿が見える。

 母親の霊は、子供を守ろうとしているのだが、母親の霊はこの鬼に阻まれて、自分の子供を助けることができないようだ。


(何? 何を言っているかわからない……)


 母親の霊は、雪乃が見えていることに気がついて、何かを語りかけいるのだが、残念ながらその声は雪乃には聞こえない。

 おそらくこの霊は、声帯を潰されて死んだようだ。


 一方、鬼の方は、雪乃が見えていることには気がついていないようで、赤ん坊を抱いている坂崎の周りをぐるぐるしている。


(多分、この子供の中にも、何か入ってるわね……)


 半妖ではあるが、殆ど人間として育ってきたため、雪乃は妖怪について詳しいわけではない。

 呪いや悪霊との関わりも薄いし、知っているのは、母と同じ雪女である親族ぐらいで、他の妖怪たちとも距離を置いていた。



「うーん、何か変わったものを買ったとか、そういうことはないですか?」


 だが、この全然見えていない祓い屋見習いよりはマシである。

 知識どうこうの問題じゃない、見えないのにどうやって祓うというのか……雪乃は不安で仕方がない。


 目の前に鬼の顔があるのに、なんの気配も感じず、頓珍漢なことをする。


(こんな状態で、祓い屋なんて無理よ…………すごい危険な妖怪が襲ってきたら、死ぬんじゃないのかしら……?)


 レンレンが死ぬなんて考えたくない。

 想像しただけで泣きそうになりながら、雪乃は何ができるわけでもないけれど、頼りない祓い屋と依頼人の後を付いて回った。



 しばらくして、坂崎家に来客があった。


「こんにちは、坂崎さん」

「あら、今井いまいさん……早かったのね」


 今井は婿の母親だった。

 つまりは、母親の霊の姑に当たる。

 赤ん坊にとっては二人とも祖母なのだが、上品な坂崎とは違い、身なりにあまり気を使っていないような感じだった。


「この子たちは?」

「祓い屋に依頼したのよ……主人の知り合いから、紹介されてね」

「祓い屋?」


 ちょうど玄関先にいた、家の中を調べ回っていた蓮と雪乃をじっと見て、ニヤリと笑う。


「祓い屋……そう、そんなものがあるのね…………」


 その表情を見て、雪乃は気がついてしまった。

 今井の顔は、鬼と同じ顔をしていたのだ。


(この人————!!)



 しかし、雪乃一人が気がついたところで、どうにかなるわけではない。

 どうやってこの事を蓮に伝えるべきか……というか、今すぐここから逃げた方がいいと、雪乃は感じていた。


(どうしよう……どうしたら……)


 横目で蓮を見るが、もちろん何も見えても感じてもいない。


(横顔も素敵……って、そうじゃなくて!! こんな時に何を考えてる私!! どうにかしなきゃ、レンレンが死んじゃうかもしれない)


 この頼りない祓い屋見習いがなんとかできる案件ではない。

 除霊するのであれば、本物を呼ぶべきだ。


(どうにかして、ここから逃げなきゃ……)


「あなたも何か気がついたこととかありますか? お嫁さんの様子とか、この子の周りに変なものがあるとか……」


 そんな雪乃の心配をよそに、のんきに元凶に聞き取りを始めだす蓮。


「そうねぇ……」


 今井は少し首を傾げ、顎に手を当てて考えるフリをする。

 その時だった。

 赤ん坊の周りをぐるぐるしていた鬼が、方向を変えて、蓮に近づいた。


「危ないっ!!!」


 雪乃は鬼から蓮を守ろうと、とっさに手を伸ばす。

 その手から、冷たい風が流れ、鬼が蓮に触れるすんでのところで、氷が鬼を覆い、ピタリと動きが止まった。



「え……?」



 春の日差しを浴びて、暖かかった玄関の気温が、一気に下がる。

 小窓から見える空は青いのに、雪が降っていた。

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