第8話 祓い屋見習いと半妖の雪女(8)
「雪乃ちゃん? 随分遅かったわね……」
玄関ドアの開閉の音が聞こえて、雪子は本屋に行ってくるとだけ言って出かけた娘が帰って来たことに気がついた。
しかし、玄関には入ったようだがそこから一向に、リビングにも、自室のある2階にも向かう音が聞こえてこない。
不審に思って廊下に出ると、水色の髪に、白い着物の女が立っていた。
女は下駄箱のすぐ横にある大きな姿見の前で、じっと自分の姿を見ている。
雪子の位置からは長い水色の髪のせいで顔がよく見えなかったが、その背格好は明らかに、娘のもので————
「ママ……どうしよう……」
————悲愴感漂うその声も、娘の声だった。
「雪乃ちゃん……」
娘の変化した姿に、全てを察した雪子は駆け寄り、雪乃のその冷たい身体を抱きしめた。
「ママ、私、雪女になったみたい…………」
* * *
雪女へ変化した雪乃の姿は、帰宅するまでの間、普通の人間には見えていなかった。
偶然すれ違った元クラスメイトも、いつも外で庭いじりをしている近所のおばさんも、雪乃の姿は見えない。
その代わり、人間じゃないモノから声をかけられた。
「雪女じゃないか!! こんなところで珍しい」
「お嬢さん、ちょっと遊んで行かない?」
「ねぇ、アタイの左目見なかった?」
この姿になる前から、見えてはいたけど、見えないフリをしていた妖怪や霊が普通に声をかけてくる。
(うるさい!! うるさい!!)
急に怖くなって、両手で耳を塞ぎながら、なんとか家までたどり着いた。
日が沈み始めたことで、姿を現し始める妖怪達や幽霊からの視線も無視をして、家のドアを開ける。
姿見に映った自分の姿に、改めて絶句し、立ち尽くしていた。
「雪乃ちゃん……」
全てを察した母親の優しい声に、張り詰めていたものが一気にゆるんで、涙が流れる。
リビングのソファーで、泣きながら、今日起きたことの全てを母に話そうとした。
しかし、ふと顔を上げると、視線に入ったのは、レンレンの写真だった。
数日前、活動休止前に注文したのをすっかり忘れていたレンレンの写真集が届いて、リビングのテーブルに置いたままだったのだ。
(レンレン…………!!)
雪乃は、蓮が祓い屋である話をしてはいけない気がした。
蓮は雪乃の姿が見えない……妖怪が見えないとはいえ、祓い屋であることに間違いはない。
このままでは、雪乃は転校させられるのではないかと思った。
そもそも、この姿のまま今まで通り学校に通えるわけもないのだが、それでも、せっかく直接話すことができて、ますます好きになってしまった相手と会えなくなるのは雪乃にはもう、耐えられない。
「……人がね、鬼みたいな姿のやつに襲われそうになっていたの。このままじゃ危ないと思って、助けようと思ったら、この姿になってて」
雪乃は蓮のことは伏せて、起きたことを伝えた。
その時、ちょうど父親が帰宅。
明日から父も連休になると浮かれ気分でいたものだから、まさかの状況に手に持っていたコンビニ袋を全部落とし、買ったばかりの缶ビールが2本衝撃で袋から飛び出て床に転がった。
「雪乃!? どうしたんだ、その姿は!!」
雪乃の父・
子供の頃は、見えすぎてそれが人間かそうでないかの区別はできなかったが、大人になった今ならすぐにわかった。
半妖ではあったが、生まれた時から人間の姿をしていた雪乃が、いつの間にか妖怪になっている。
「パパ、落ち着いて。一番戸惑っているのは雪乃ちゃんよ。これからちゃんと説明するから…………あ、あと、明日からの家族旅行はキャンセルしておいて。旅行どころじゃないわ」
「そ、そうだな……わ、わかった!!」
智が宿泊予定だったホテルにキャンセルの連絡を入れている間に、雪子は雪乃にこれからの話をした。
「力をコントロールできるように練習すれば、人間の姿に戻れるわ。大丈夫よ……雪乃ちゃん————」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます