第4話 祓い屋見習いと半妖の雪女(4)


「蓮、話がある」

「何? 父さん」

「おじいちゃんの家に、行きなさい」

「は?」


 それは去年の終わり頃だった。

 氷川蓮は、その持ち前の男にしては可愛らしい顔つきで女装を中心としたコスプレイヤーとしてSNSや動画配信サイトで活動をしていて、登録者数が破竹の勢いで増え続けていた頃だ。


 両親はそれを黙認していたが、理解のない祖父が偶然にも女装をしている孫の存在を知り、一族の恥だと激怒。


 蓮を後継として育てると言い張り、やりたいことがあるなら、家業を継いでからにしろと言っていたのだった。

 祖父の怒りは相当で、散々話し合った結果、蓮は活動を休止。

 祓い屋や陰陽師などの妖怪や悪霊退治の専門家が通う大学に合格して資格を取れば、そのあとは何をしてもいいということになった。


 しかし、その大学に入る為には、ある程度修行を積まなければならない。

 かくして、蓮は北海道にある祖父の運営する祓い屋道場で修行を積むことになり、道場から一番近い高校に入学した。



「いいか、蓮。じいちゃんはな、お前がこの祓い屋という家業をついでくれれば、それでいいんだ。そして、この立派な氷川家の跡取りとして、あんなわけのわからんヒラヒラした服など認めん。男らしくいなさい」


「わかったよ……」


 それは、氷川家が途絶えると考えてのことだった。

 蓮は別にコスプレが趣味なだけで、恋愛対象は女なのだが、祖父である氷川鏡明きょうめいにそれは理解されない概念だった。


 鏡明は、ゲームやアニメにも理解がなく、もちろんインターネットのこともわかっていない。

 どんなに世の中が変わっていようと、時代に流されない古風な人だ。


 自分の好きなものを否定されることは、蓮にとってとても辛いことだったが、3年我慢すれば、あとは自由が待っている。


 まだ少し雪が残っている北の大地で、蓮の新しい生活がスタートした。



 * * *





「ごめん、普通に引くよね? こんな話……」


 祓い屋なんて怪しい仕事、普通の人間なら信じられないだろう。

 胡散臭いと思って、引くだろう。

 そう思っていたのに、蓮はつい、話が合う雪乃に祓い屋の話をしてしまった。


 もちろん、自分がレンレンであることは伏せてだが、門の前で蓮の話を聞いて、驚愕の表情で目を見開いたまま雪乃は固まっている。


「小泉さん? 聞いてる? 大丈夫?」


 あまりに反応がないので、雪乃の前で手を振ってみる。

 そこでやっと、ハッとして、雪乃はやっと口を開いた、


「……れっ……ひ、氷川くんは、見えるの?」


「何を?」


「その、霊とか……妖怪とか」



 雪乃は、落ち着いて考えようと思った。

 ここまで来るまでの道すがら、蓮が自分にとって敵である祓い屋である感じはしなかった。

 彼の言葉に嘘はないように思えた。


 雪乃が半妖であることがわかって、自分を退治する為におびき寄せられたという最悪な考えも頭をよぎったが、彼からそんな感じは微塵もない。

 危険な感じが全くしないのだ。


 過去に一度だけ、幼い頃に祓い屋と遭遇した時は、本能的に感じた恐怖があったが、彼からその恐怖を感じられない。



「それは————」


 雪乃の問いに、蓮が答えようとした時、雪乃の背後から、遮るように突然声をかけられる。


「すみません、こちら祓い屋さんで間違いないでしょうか?」



 振り返ると、赤ん坊を抱いた上品そうな中年女性が立っていた。



「お祓いをお願いしたいのですが…………」




 赤ん坊の顔には、まだらな赤い痣。


 そして、その赤ん坊の首は、ゆっくりとこちらを向き、ニヤリと笑った。

 体は背を向けているのに。


 その首の動きは、人間のものではなく、フクロウのようだった。




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