第3話 祓い屋見習いと半妖の雪女(3)


 1冊しかない新刊をどちらが買うか譲りあった二人。

 このままでは埒があかないと、店員にもう1冊ないかと尋ねると、在庫はなく次の入荷まで1週間以上かかると言われてしまった。

 仕方がなくその場でじゃんけんをして、買ったのは蓮の方だった。

 しかし、1週間も待つのかと思うと、楽しみにしていただけにそれはそれで辛い。


 書店を出ると、複雑な表情をしている雪乃を見て、蓮は提案した。


「小泉さん、先に読む?」

「え、でも、それじゃあ、返すの遅くなるよ?」

「あ……そうか、今日からゴールデンウイークだったね。読むの、早い方?」

「うん……まぁそうね」

「それじゃぁさ————ウチ来る?」

「えっ?」


 雪乃は蓮の提案に動揺を隠せなかった。

 密かに見守るだけにしようと、心に誓った相手との距離が、急に近づいていく。

 もしかして、自分がレンレンのファンであることが、バレてしまったのではないかと、不安になる。


「嫌だったら別に、いいんだけど……。この漫画読んでる人にリアルであったの初めてだからさ……なんかその——」

 

 小さく咳をしてから、一拍置いて



「————嬉しくて」


 そう言った彼の言葉に嘘はない。

 自分の発言が恥ずかしかったのか、少し下を向いてしまったが、彼の表情に雪乃はそう感じ取った。


 そして、この漫画がレンレンを知るきっかけだった事を、雪乃は思い出した。

 雪乃が初めて見たレンレンのコスプレは、この漫画のキャラクターだった事を。

 それがきっかけで、ファンになった事を。


 照れくさそうに、首の後ろを掻く蓮。

 画面の向こうでしか会えなかった存在が、今目の前にいる。

 実際に見た素顔の彼は、少しだけ、イメージが違ったけれど、それでもやっぱり、雪乃は————


( ————やっぱり、この人が好きだ)



 「————行く!!」



 二人はまばらに咲き始めた桜の木の下を歩いて、好きな漫画やゲームの話をしながら、蓮の家へ向かった。




 * * *




「ここだよ……」



 蓮の家は、現代風の一軒家でもマンションでもなく、とても和風で古風な大きな門構えの家だった。


「え? お寺?」


 どこからどう見ても、雪乃の目にはそうとしか思えなかった。

 田舎とはいえ住宅街だが、家の作りもここまで和風なものは滅多に見たことがない。


「お寺っていうか、道場なんだよね……」

「道場? なんの?」

「…………うーん、そうだなぁ」


 蓮は言葉を濁した。


(そういえば、レンレンは家業を継ぐために活動休止したんだった……家業って、この道場のことなのかな? 剣道とか? 柔道とかかな?)



 蓮はまた首の後ろを掻きながら、不思議そうな顔をしている雪乃をちらっと見ると、一度大きく深呼吸をしてから、言った。



「……はらって、知ってる?」


「え?」


「悪霊とか妖怪とか、退治する仕事なんだけど…………」


「……え?」



 ポカンと口を開けて、驚く雪乃は、そのまま動かない。


「あ、やっぱり信じられないよね!? 妖怪なんて、現実にいるわけないし!! 今のなし、忘れて!」


「…………。」


 つい同じ趣味の人を見つけて、テンションが上がってしまい、余計な事を言ってしまったと、蓮は後悔しながら、必死にそう言ったが、雪乃は無言だった。


「いや、俺もさ、見た事ないし、信じてないんだよ? でもさ、じいちゃんがそういうの見えるらしくて………————」


 この空気をどうにかしようと、普段の倍は喋り続ける蓮。

 しかし、残念なことに、雪乃にその言葉は全然届いていなかった。


(祓い屋……? はらいや? はらいや……? ハライヤってなんだっけ? なんだかものすごく、嫌なものだった気がする…………絶対に関わっちゃいけないものだった気がする…………)




『雪乃ちゃん、もしもママのいないところで、祓い屋に出会ったら、絶対に逃げなさい』


 幼い日の、母の言葉を思い出す。



『今は見た目は普通の人間でも、何が起きるかわからないわ。あなたは————』



 どんなに普通の生活を送っていても、それは消えない事実。


『半妖なのだから————』



 小泉雪乃は、半妖の娘だ。



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