第2話 祓い屋見習いと半妖の雪女(2)



「フフフっ……フフっ……ふ……」


 学校から連絡が来て、迎えに行ってみれば、ここ数ヶ月ずっと落ち込んでいた娘の様子がおかしい。

 帰宅する為に車に乗せたが、娘は後部座席でずっと嬉しそうにニヤニヤと笑っている。


「雪乃ちゃん、どうしたの? 何があったの?」

「聞いて、ママ!! レンレンがね、レンレンが……!!」

「レンレン? あぁ、雪乃ちゃんが大好きだったあの可愛らしい男の子ね……!! 活動休止したって言ってなかった? まさか、復帰したの?」


 ルームミラー越しにそう尋ねると、雪乃は大きく首を左右に降った。


「違うの!! いたのよ……!! 同じクラスに!!」

「えっ!?」


 雪乃の母・雪子ゆきこは驚いてブレーキを踏んだ。


「どういうこと? レンレンって、確か内地ないちの子よね? どうしてこんな田舎に!?」

「それは知らないけど……あ、でも、北海道に親戚がいるって、動画で言ってた…………って、問題はそこじゃないのよ。髪色が変わってたの…………黒髪よ? あのレンレンが黒髪になってるの!!」


 雪子はあきれるしかない。

 同じクラスにいることより、髪の色の方が気になるなんて、自分の娘ながら、なんとも残念な気持ちになった。

 雪乃は父親と同じで頭が良く、母親譲りの美しい容姿と運動神経をもった、完璧な娘で、ご近所からも才色兼備だと羨ましがられるほどだ。


 しかし、誰もこの子が実はとてもオタク気質で、ただのコスプレイヤーではなく、女装専門コスプレイヤー男子の大ファンだなんて、堂々と言えることじゃない。

 さらに、そのせいで第一志望校だった有名な進学校に落ちたなんて、恥ずかしくて誰にも言えなかった。


 あの日、活動休止を知ってから、ずっと暗い顔をしていた雪乃が、嬉しそうにしている表情を見たのは久しぶりで、ホッとした反面、雪子にはとても心配なことがある。


「雪乃ちゃん……迷惑なファンにだけは、ならないでね」

「……え?」

「いくら同じクラスにいるとしても、絶対に、放課後に尾行して家を特定したり、勝手に写真撮ったりしたらダメよ? いくら未成年でも、犯罪は犯罪だからね? もし警察のお世話になんてなるようなことがあれば……わかってるわね?」

「……もう、何言ってるのママったら! 私をそこらのファンと一緒にしないでくれる? しないわよ!」


 雪乃は笑いながら否定した。


(やっば……明日尾行する気満々だった)


「このまま普通の人間として生きていきたいなら、犯罪なんて絶対にダメよ?」


 それは母からの忠告というより、警告だった。


「わかってるってば!! 普通に、ただのクラスメイトとして接する分には、問題ないでしょ?」



 もしも、自分が普通の人間ではないことがバレてしまったら、また別の土地へ引っ越さなければならなくなる。

 下手な真似はできない。


 雪乃は密かに見守るだけにしようと、心に誓った。



(どうして、私は普通の家に生まれることができなかったんだろう————)



 * * *



 幸いなことに、雪乃と蓮の席は離れており、直接会話をすることもなく、翌日から雪乃は蓮のことを密かに見つめる程度で、いつもの雪乃に戻った。


 数人いた中学からの同級生も、入学して早々に目の前で倒れたことで、入学式では具合が悪かっただけだということになっている。

 一方の蓮は、明るく華やかな雪乃とは違い、クラス内では地味な存在だった。


 雪乃が蓮のファンであることも、蓮がレンレンであることも誰も気づかないまま、ゴールデンウィークを迎える。


 初日の午後、いつもより遅く起きた雪乃が向かったのは、田舎で数少ない書店だった。

 多くの場合、この町の書店でコミック本を買うには、発売日より2日後でないと入荷していない。

 それを見越して来たのだが、新刊コーナーにはもともと入荷数が少なかったこともあり、1冊しか残っていなかった。


 雪乃が目当ての本に手を伸ばしたとき、偶然にも、反対側から同時に伸びた手に触れてしまう。



「あ……」

「……え?」


 驚いて、謝ろうと反射的にその手の人物を見ると、その人もこちらを見ていて目があった。



「小泉さん?」

「れ……っ、氷川くん?」


 二人が初めて言葉を交わしたのは、桜が開花しはじめた暖かい春だった。


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