黄色スイセンの花言葉

木風麦

黄色スイセンの花言葉

 とある放課後の、常と異なる帰路を歩いていた日のこと。

 路地の一角を彩る花屋にて、オレンジ色の花を手にしながら微笑していた女子高生に、俺は心奪われてしまった。


 その後帰宅ルートを変えて花屋の前を通るたびに彼女への想いは募っていき、片想いでは満足できなくなった。

 だから俺は、近々訪れるバレンタインデーに告白することを決心した。彼女の家が花屋ということもあり、チョコレートではなく、花で思いを伝えることにした。


 当日、彼女は真っ赤なバラをきれいに包装してくれた。

 そのバラを彼女に渡し返し、

「あなたの隣で、あなたの笑顔が見たいです!付き合ってください!」

 と、頭を下げる。

 見ず知らずの中学生からの告白に、当然彼女は戸惑っていたが、「友達からなら」と頷いてくれた。


 その日を境に俺と彼女との距離は一気に近づき、友達宣言された日から一か月が経つ頃には、「ゆいさん」「しょうくん」と呼び合う仲になっていた。


 ただ、そんな穏やかな日々は長く続かなかった。


 経済が不況に陥り、俺の親が経営する店は大きな赤字を出してしまった。結果、店を畳まなければならなくなってしまい、引っ越すこととなる。


 何の関係にもなれなかった俺たちは、一年も経たないうちに連絡が途絶えてしまった。



 そして現在、そんな純粋だった時期からもう八年が経とうとしている。


 パティシエの道を諦めた俺は一般企業への就職が決まり、忙しい毎日を送っている。


 そんな俺は自作ケーキの箱を手に、あの花屋まで来ていた。


 中を覗くと、髪は伸びていたが間違いなく彼女だという人と、間違いなく恋人だという男がいた。

 そんな中に足を踏み入れられるほど、俺の心臓は強くない。


 踵を返し駅に向かい、改札が見えてきたというところでスーツの裾を後ろから掴まれた。


 その手の主は、彼女だった。


「忘れられてなくてよかった」

 と、彼女は息を切らしながらも笑顔で、花束を俺に差し出した。

 

 月光を浴びる黄色いスイセンが、花束の中でひときわ輝いていた。

 



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