第12話 七海白兎はきっと『ハク』に負けている

 『ハク』のおさがりのPCを貰えると聞いて、テンションが戻った琴羽に連れられて帰宅。そして昔のように階段を駆け上がって僕の部屋へ。遅れて僕が部屋に入ると、目をキラキラさせて、部屋の真ん中で正座。その状態で、急かすように僕の動きを見てくる。


「……そんなじっとみててもすぐになんて出ないから。着替えとかあるし一回出て」

「あ、うん。そうだね。着替えとかあるし……」

「うん。だから、一回下降りてリビングでも行ってて」

「……うん」


 寂しそうに、部屋を出ていく琴羽。


 ……言ってることは間違ってない。でも、ちょっときつい言い方になったかもしれない。


「あぁ、クソ……」


 いつも言わないような汚い言葉がこぼれる。こんなんで毒づいてたらキリがないって分かってる。でも、悔しいものは悔しいし、嫌なものは嫌なんだよ。


「僕じゃ、『ハク』に勝てないって言われてるみたいだな、ほんと」


 ずっと、琴羽は『七海白兎』を見ていない。琴羽が見ているのは『ハク』であって僕じゃない。


 ……折角久しぶりに話せたのに、琴羽の目に映っているのは僕であって僕じゃない。


『七海白兎』にできないことを、『ハク』はできて、『ハク』ができないことは『七海白兎』もできない。僕は、完全にハクの劣化コピーに成り下がった。


「……結構へこむな」


 少し前、琴羽が整理したクローゼットの中を眺めて、使えそうなPCを引っ張り出す。


 配信する訳でもないし、これぐらいのスペックで十分なはず。……で、『ハク』のサインでも書いておけば琴羽は喜ぶでしょ。


 着替えを終えて、琴羽に声をかけると、ドタドタと音を立てて階段を昇って部屋に戻ってくる。


「ふ、ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 そして、部屋の真ん中に置かれたPCを見て、目を輝かせる。


「これがハクさんが使ってたPC! しかもサイン付き!?」

「……喜んでもらえてよかったよ」


『ハク』のもので。


 これから自分で使うというのに、そんな写真撮らなくても……。ハクとしては嬉しい以上に恥ずかしいわ。


「あーでも、モニターとかキーボードとかは自分で買ってね? モニターは使ってる分しかないし、キーボードは……ねぇ?」


 好みがあるのもそうだし、僕のじゃ汚れとかが付きすぎてる。……配信中にエナドリ倒したり配信で寝落ちしてヨダレ垂らしたりしてるから。さすがに拭いてはいるけど、そんなキーボードをはいどうぞ、なんて言えるわけが無い。


「うん、分かった。あ、でも、それならそっちこそおそろいのやつ買いたい!」


 品名とか分かんないけど、と琴羽が困ったように笑って、僕を見る。これはまた、着いてきてって言われるのかな……?


「……てことで、ハクさんの使ってるの、教えて? 七海くん」

「え?」

「え? わ、私、おかしなこと言ったかな……?」

「い、いや、言ってない、けど」


 てっきりまた連れ出されるものだと……。


 そんな僕の様子に気づいたのか、慌てたように琴羽は付け足す。


「あ! えっと、七海くんとのデ──お買い物が楽しくなかった訳じゃなくてね!? ……その逆で、七海くんが、楽しくなかったんじゃないかな、って」


 段々と声が弱々しくなって、最後の方はかろうじて聞き取れるぐらい。それぐらい、琴羽は沈んでる。


 ……見透かされてた、か……。いや、僕が態度に出すぎてただけだ、多分。その原因が『ハク』だなんてきっと気づかないだろうけど。


 ここで本当のことを言うべきか、否か。『ハク』ならどうするんだろうね。周りが見てる、周りの理想像である僕なら。


 ……多分、そんなことないよ、って笑って誤魔化すんだろう。相手を傷つけないように、当たり障りがないように。きっとそれが最適解で、一番平和な解決法だから。


 でもきっと、それは、今回だけは不正解。……のはず。ここで言わなきゃ、変わらない、変われない。


「……確かに、ちょっと楽しくなかったかな」

「っ! ごめ──」


 謝罪が欲しいんじゃない。ただ、気づいて欲しいだけ。


「一緒にいたのは、『ハク』じゃなくて七海白兎なんだよ」


 今はもう、琴羽の憧れは『ハク』なんだとしても、


「面と向かって話す時ぐらい、七海白兎を見て話してよ」


 琴羽は、無言。否定も肯定もなし。これでダメなら、もう僕にできることはない。チャンスだと思ってたものは、幻だったってだけ。


 まぁ細い糸の上を渡るみたいなことをやってるんだから、ダメならしょうがない。


「……七海くん」


 しばらく黙っていた琴羽が、ゆっくりと正座をして、口を開いた。いつもは見せない真剣な顔で。


「ごめんなさい!」


 ──そして、頭を思いっきり床に打ち付けた。


「七海くんって誘ったのに、ハクさんハクさんって……ほんとごめんなさい!」

「えっと──」


 うん、気づいて欲しかったのはそこなんだけど、そんな頭打ち付けるほどの事じゃなくない!?


「七海くんとお話したくて誘ったのに、話すことが思いつかなくて、ハクさんハクさんってそればっかり──」


 もう一度顔を上げた琴羽のおでこは真っ赤で、目には痛みなのか謝罪なのか分からない涙が溜まっている。しかもなんとなくもう一回頭打ち付ける気がする。なんか、この後思いっきりやる気がする……!


「待って落ち着いて、今回のやつは次から気をつけてくれると嬉しいぐらいで──」


 ダメだ聞いてない! このままだと琴羽の頭が!?


「本当に──」


「ごめんなさい!!」


 ゴリッ


「っ!! ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 何とか琴羽の頭を守って、僕の手は犠牲になりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

縁を切ってしまった幼馴染みが配信者としての僕のファンらしい 白音(しらおと) @shiloneko-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ