幕間 七海白兎は思い出す
「変わった、ねぇ……」
配信を終わってすぐ、布団にダイブして思い出すのは、いつか見たのと同じ顔をした今日の琴羽。
「少しでも違う結果を出せたと取るべきか、またあの顔をさせてしまったと取るべきか……」
悩んだところでもう変わりようのない事実で、それに対してしょげてる自分がいるんだから、僕は後者なんだろうな。
「僕があの時、逃げなかったら結果は変わってたのかな」
当たり前の問いに、答える人はいない。
──────────
「だーれだ?」
鈴の音のように綺麗な声と同時に、僕の視界が塞がれた。
「琴羽でしょ?待っててって言ったのは琴羽なんだから」
「正解だけど、一言余計!」
視界を塞いでいた手を退け振り向くと琴羽がほっぺたをぱんぱんに膨らませて立っている。
「ごめんね、でもちょっと分かりやすすぎるって」
絶対声でバレるんだよ。しかも卒業式終わり、教室に来て欲しいなんて頼んできたのも琴羽しかいないし、あなた以外ありえないんだよね。
……まぁ、そこまで言ったらほんとに怒りそうだし言わないけども。まだこうやって撫でたら許される程度でやめないと。
「撫でたら許されると思ってるでしょ」
まだほっぺたを膨らませたまま、ジトーっとこっちを見上げてくる。でもこれは僕からしたら、後ちょっとで許してくれる時の合図でしかない。
「許してくれないの?」
「……許す」
ほら、許してくれた。
「それで、話って?」
「わかってて聞いてるでしょ」
「さぁなんの事だかさっぱり」
本当は気付いてるけど、あえてとぼける。卒業式の後に人のいない教室とかベッタベタのベタすぎて気づかない方がおかしい。
またほっぺたを膨らませて琴羽は怒ってるけど、可愛いだけなんだよね。
「はぁ……まぁいいや、こんなんじゃ埒があかないよ」
リラックスはできたけどね、と言って琴羽が笑い、深呼吸する。
そろそろって事か……僕まで緊張してきた……!
「七海、白兎くん」
いつにも増して真剣な表情で、琴羽が僕を見る。
「ずっと、ずっとあなたが好きでした!どうか私と、付き合ってください!」
琴羽の一世一代の告白。僕はもちろん「はい」と答える。──はずだった。でもここで、僕はその言葉を言えない。
琴羽には聞こえていないみたいだけれど、廊下側にたまたま立ってしまった僕にはうっすらと聞こえてしまった。本来なら聞こえることのなかった声が。
「なんで白兎なんだよ」
「ホントな、俺達の告白断っといてさぁ」
「琴羽も琴羽だよね、誰にでもいい顔して」
「気持ち悪いよね」
それは、普段琴羽の周りにいる、いわゆる陽キャと呼ばれるような奴らの声だった。そして、僕が一度だけ琴羽とクラスが離れた時に、僕をいじめていた奴らの声でもある。
このままじゃ、今度は僕だけじゃなく琴羽までが傷つくことになる。そうならないために、僕ができるのは……。
「ごめんなさい」
琴羽の手を、取らないこと。
「……ぇ?」
こうすることで、琴羽が不自由なく過ごせるなら、僕は、この辛さにも、耐えてみせる。
「僕は、琴羽の告白を、受けることはできません」
言う事は言った。これ以上はもう耐えられない。
「さようなら」
「待っ──」
顔は見ちゃいけない。声も聞かない。そのために、走って教室から出た。入れ違いで何人かが教室に入って行くのが見えたけど、僕にそんなことはもう関係ない。
「琴羽、琴羽ぁ……!」
幸い今日は卒業式。このまま泣きながら玄関に行ってもなんとも思われない。
この選択はきっと間違ってはいない。僕は僕の友人といつも通りの日々を送るだろうし、琴羽もそれはきっと同じ。
お互いの生活から、お互いが消えるだけ。ただそれだけ。
さようなら、大好きな人。
──────────
琴羽の部屋はまだ明かりがついていて、ついさっき電気を消した僕の部屋に光が差し込む。
「琴羽も起きてるなら、同じこと思い出してたり……なわけないか」
琴羽はあの時の僕が思った通り、楽しい学校生活を送ってるしね。
僕はゆっくりと目を閉じて、意識を手放した。
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