第7話 七海白兎は(社会的に)殺される

「……ねむ」


 空は明るくなり始めてるけど……五時か、まだ寝れるな……。なんか暖かいし、寝るにはちょうどいいけど、これなんだ……?


「あ、七海くんおはよう」


 琴羽か……じゃあこれは夢だな、ここにいるはずもないし。どうせ現実では毛布抱き枕にしてるんだろうけど、夢の中でぐらい琴羽の事抱き枕にしても怒られないでしょ。


「おやすみ琴羽」


 なんかめちゃくちゃ暖かいし、モゾモゾ動いてるけどまぁいいや。夢の中で寝れるとか最高……。



 ──────────



「──きてー、朝だよー!」


 んー……誰だ幸せな土曜日の朝の眠りを邪魔するのは……。


 母さんと父さんはこの時間は多分もう仕事いってるし暁乃は普段僕より遅く起きてくる……。


 え、じゃあ誰!?


「七海くん! もう九時過ぎだよ! 起きて! 朝ご飯食べて!」

「琴羽ぁ!?」

「ぴゃう!?」


 あれぇ、いない!? 結構近くで声聞こえたはずなんだけど!?


「ご、ごめんね起こしちゃって、でも、朝ご飯食べて欲しくて……」


 声がした方を見ればドアの影から顔だけ出してこっちを覗く琴羽。涙目でプルプル震えている姿は申し訳ないけどかなりかわいい。


 ていうかよくよく思い出してみれば昨日の夜から家に琴羽いたんだからここにいるのは不思議じゃないか。


 それに琴羽の手作りの朝食は食べたい。どれだけメシマズだったとしても完食できる自信があるくらい食べたい。よし、起きよ。


「着替えてから降りるから下で待ってて。あと暁乃はもう起きてる?」

「うん、暁乃ちゃんはちょっと前に出掛けるって家出てったよ」


 あー、確かに土曜日みんなで遊び行ってくるー! って言ってたな……。なぜこの兄に対してあんな陽キャな妹ができたのか。


 じゃあ下で待ってるね、と言って琴羽が階段を降りていき、部屋には僕一人。


 ……さて、何着ようか──って思ってたんだけど、いつも洗濯が終わった服が置いてあるゾーンに服がない。というか、よくよく見たら適当に置いてた漫画とか空箱とかがない。


「ッスー……」


 この部屋にある収納は広めのクローゼットのみ。半分は服、もう半分はPC関連の空箱とか漫画とか。


 漫画って言ったってジャンルは様々、僕だって健全な男子高校生だ。隠し場所に選んだのはクローゼットの中にある本棚の奥、他の漫画の更に奥だ。


 そう、まだ見られてない可能性もあるけど、その逆だってある。


 ……クローゼットの戸がこんなに重く感じたのは初めてだよ……。開けなきゃ着替えも出来ないから開けるけどさ。


 それじゃ、一気に!!


「……おぉう」


 クローゼットの戸を開けると、服はきちんとハンガーにかけられて、箱はわざわざ機器ごとに分類されて積まれている。


 で、問題の漫画。出版社、作者名、作品名があいうえお順になって並んでいる。


 うーん、ヤバそうな気配しかしない。


「琴羽には申し訳ないけど、一旦取り出させて貰って……」


 出てくるのはパッと見背板にしか見えない板。でも実は右下の角に指を掛ける隙間があって、そこから板を引き抜くと裏に思春期男子の夢が詰まってる。


「ここも、一気に……!」


 そこにあったのは、表の漫画と同じように綺麗に並べられた漫画。こっちはご親切にジャンル分けまでしてあった。そしてその漫画の中心に、付箋に可愛らしい丸文字で一言


『七海くんの幼馴染みとしては、幼馴染みモノが多いのは複雑な気分かな……笑』


「………………神は死んだ」


 もう生きていける気がしない……。



 ──────────



「もー、遅いよ七海くん」

「ご、ごめん」


 キッチンで味噌汁を盛ってくれている琴羽が頬を膨らませる。


 しばらく本棚の前で固まってしまっていせいで琴羽を待たせてしまったため、少しご立腹なようだ。


「せっかく頑張って作ったのに全然起きてこないし、起きても降りてこないし、何してたの?」

「いや、その……」


 さすがに正直に成人向け漫画確認してましたなんて言えるわけないし、どうしよ……ってこの服周年記念配信の時に着てたやつじゃん。これは言い訳に使える!


「その、『ハク』っぽい服着るか『七海白兎』っぽい服にするかで悩んでたんだよ!」


 配信者『ハク』としての僕は、徹底して白い服を着ている。パーカーでもTシャツでも、基本は白地、それに多少柄が入るぐらい。


 それに対して『七海白兎』は黒い服を着ることが多い。まぁ軽い身バレ予防みたいなものと、単純に昔から着てた服が黒が多かったってだけではあるんだけど。


 でも、『ハク』のファンである琴羽には嬉しいんじゃないかなと! 我ながらナイスアドリブだと思う!


「そ、そうなんだ……てっきりその……え、えっちな漫画の確認とかしてたのかと……」

「………………………………」

「あ、あれ? 七海くん? もしかして図星……?」


 いや、違うじゃん琴羽さんや、それには触れないのが優しさってものじゃん。なんでわざわざ誤魔化したのに触れちゃうの。今うまく濁せたじゃん。これからどうやって向かい合って朝食食べろって言うのさ……!!


「ほ、ほんとにごめんね? 偶然見つけちゃって……その、幼馴染みがヒロインのが多かったから、幼馴染みが好きなのかぁ……とか私がいるのになんでよ……とか……。えと、聞いてる?」

「ん? 何? 僕みたいな変態はもう推せないって?」

「言ってないよ!? 一言も言ってないよ!? ……確かに違う意味でショックではあったけど……」


 はぁ……これで僕の初恋が叶うことはもうなくなりましたと。後半の方何言ってるか聞こえなかったけどあの苦笑いは絶対引いてる。きっと「さすがにハクさんでもきびしいかなこれは……」とか言ってたに違いない。


「はぁぁぁぁ……」


 ため息をつくと、いつの間にか向かいの席に座っていた琴羽に頬を掴まれる。


「な、七海くん!」

「は、はい!」


 久しぶりに喋って、前よりもかなり弱気になっている琴羽にしては強い口調と真剣な目に僕もシャキッとせざるを得ない。


「いい? 七海くん、私は、別にあの本達に関して何も思って……ない訳ではないけど!」


 あ、ない訳ではないのね……。


「でも、それぐらいで嫌いになったりしないから! ……むしろ私の事好きかもしれないってわかってちょっと嬉しい気持ちもあるし」


 また途中から聞こえなかった……。でも嫌いになったりはしない、ですか。


 やば、めっちゃ嬉しい。我ながらチョロすぎやしないかとは思うけど、もう表情筋ゆるゆるになってる。


 琴羽は、そんな僕の表情を確認して「よしっ」と呟くと、頬を掴んでいた手を戻して、にこっと笑う。


「じゃ、食べよ?」


 琴羽と久しぶりに食べる朝食はめちゃくちゃ美味しかった。










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