第2話 七海白兎は幼馴染みに呼び出される

「白兎ー、今日の配信って何するんだ?」


 一周年配信から一夜明けた今日は金曜日。授業が終わり土日の予定の話でクラスが盛り上がっている中、僕にそんな事を聞くのは僕の小学校の頃からの親友のユイこと手塚唯我。


 派手な金髪や着崩した制服とパッと見……というかそのまんまクラスカーストトップに君臨するキングオブ陽キャ。そして僕の配信の相棒。なんだけど……。


「昨日の配信で言ったんだけど、見てなかった?」

「おう、その時間友達とゲームしてたわ」

「そうか……」


 一応、一周年配信だから先に伝えておいたんだけどな……。そのことも忘れてるみたいだし。

 こういう忘れっぽいところがよくなれば完璧なんだけど……残念なんだよなぁ……ユイは。


 学校だと全く似合わない黒の縁の太いメガネをかけてる僕が、よくあるラブコメの主人公みたいにぼっちになってないのだってユイのおかげだし、なんならうちのクラスで所謂陰キャと呼ばれる僕達みたいな人種と陽キャを繋いでいるのがユイだし、すごいやつなんだけど、物忘れが酷すぎる。


 予定は忘れて連絡を入れなきゃ来ない。


 提出物は本当に完璧にやり遂げてるのに持ってくるのを忘れる。


 三秒前まで使っていたものをどこにやったか忘れる。


 なんかもう怒る気も失せてきている今日この頃。


「今日の配信はランク回す予定だよ。もちろんユイが来るんだったらだけど」

「今日は……うん、予定ないから大丈夫だ。八時ぐらいからでいいか?」

「おっけー、じゃああとでまた──」

「あ、あの……ちょっといいかな?」


 あとで連絡する。と繋がるはずだった言葉は、僕がもう絶対に聞くことはないと思っていた声に遮られて、無意識に肩が跳ねた。


 身バレをしてはいけない、というのもあったけど、それよりも、声をかけてきた人物に驚いて。


「お、おう……大丈夫だと思うぞ俺の方の用事は済んだから。でも俺らに何の用だ、橘サン」


 たちばな琴羽ことは、明るめの茶髪のショートボブに昔から変わらない可愛く整った顔。見た目の通り活発で愛嬌があり、更に勉強と運動もできるハイスペックさ。我が家のお隣さんに住む神に愛された少女。

 ……ついでに、僕が十七年片想いを続けている相手でもある。多分この恋は実らないだろうけど。


「えっと、七海くんに用があって……」

「え!? ぼ、僕!?」

「うん、そうだけど……」


 僕だけでなく、僕やユイ達を中学の頃から知っている人達も、驚くようにこっちを見てきた。

 その理由は簡単。。そうなってしまった理由はあまり気分のいいものじゃないから触れないけど……。


「……ダメかな?」

「い、いや! 全然ダメじゃないよ! ごめん、ちょっと驚いて……」

「そっか……。じゃあ七海くん借りてくね、唯我くん」

「あ、あぁ……。じゃあ白兎、俺先帰ってるから!」


 え!? 待て待て僕一人で琴羽相手とか無理だよ!? 普通に何も喋れないよ!?


「あ! ちょっと待ってよ!!」


 置いて帰らないでよ……。見たことないぐらい支度早いし、こういう時に限って忘れ物がない……。


「ごめんね……。私といるのが嫌なら、全然大丈夫だよ?」

「い、いや! 全然! これっぽっちもそんなこと思ってないから!」


 寧ろ久しぶりに話せるのは嬉しい! という言葉はきっと琴羽を困らせるだろうから言わない。でもちょっと琴羽が悲しそうにしただけで慌てすぎだとは自分でも思う。


「それで、その話ってここでも大丈夫なやつ?」

「あんまり、聞かれたくないかも……」

「じ、じゃあ屋上か……先行って待ってる」


 耳打ちして、さっきのユイと同じぐらいの速さで支度をして屋上に向けて歩き出す。

 ……耳打ちだけで心臓バクバクなんで、ちょっと心を落ち着かせる時間をください。



 ──────────



「ごめんね、遅くなって……待ったよね……」


 僕が屋上に上がってから少し経ってから上がってきた琴羽は、またさっきと同じように自信なさげに俯く。


「いや、全然大丈夫だから、もうちょっと明るく話してくれると嬉しいんだけど……」


 僕も落ち着く時間できて割と普通に話せる気がするし、そもそも元気がない琴羽はあんまり見たくない。


「ご、ごめんね……じゃあ……」


 すー、はー、と声に出るぐらい大きな深呼吸をして、琴羽はまっすぐ僕を見た。正直すごいドキドキして、今すぐ目を逸らしたい。


「七海くん」

「は、はい」


 やばいすごい緊張してきた……! よくよく考えたらあんまり人がいない所で二人きりで何言われるんだ!? 告白は絶対ないんだから……えーと、何!?


「『ハク』っていう配信者さん、知ってる?」


 …………………………うん?


「うんまぁ……知ってるけど……」


 知ってるも何も僕がハクだし。にしても、世間って案外狭いなぁ……。


「そ、そっか、よかったぁ……。そ、それでね! 私、ハクさんとゲームがしたいから、七海くんに教えて貰えたらなぁ……って!」

「なるほど……そういう事なら──」



 ──カシャン



「あ」

「え!?」


 どこからか飛んできたボールがメガネにクリーンヒット。叩き落として転がっていく。

 壊れたメガネに思考が持っていかれていた僕の耳に、琴羽の声が響いた。


「ハク……さん?」


 はっとして琴羽を見ると、目尻には大粒の涙が溜まっていて、何か呟いているけど、それも聞こえない。


「琴羽……?」

「え……? あ、ち、ちょっと、驚いちゃって……私、お琴って名前で、一番最初からハクさんの配信見てたから」


 うっそぉ……そんなことある? 自分の周りに配信のことを知ってる人がいるのはまだわかるけど、よりによってお琴さんが琴羽だなんてことある? まぁあったんだけどさ。


「「あれ……でも、てことは……!?」」


 結構やばいこと言ってる気がするんだけど、それ全部聞かれてた……?


 琴羽はずっと顔隠してチラチラこっちみてるし……。


「「し、死にたい……!」」

「七海くんってわかってたら言わなかったのにばかばかばか……!」


 なんか琴羽はごにょごにょしてるけど全然聞こえないし……、この生き地獄から脱出するなら今しかない……!


「ぼ、僕配信の準備もあるし帰るね!?」

「ちょっと待って!!」


 後ろから大声で呼び止められる。


「えっと、ごめんね、最後に……ゲームは教えてくれますか……?」

「ゲームぐらいならいつでも教えてあげるよ! 今日は配信あるから! その後でもいいし、好きなときに連絡して!」


 ちらりと後ろに見えた顔は、真っ赤だけど、どこか満足したように笑っていて。


「あの顔は反則だってー!」


 呻きながら、僕はダッシュで家に帰った。






───────────────────────

次回かそのさらに次ぐらいから旧版とストーリーが変わるかも……?


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