12.崩壊

シンバが走り去った後、第二会議室に、フリットとレンダーとデンバーが残った。

その3人が動けないのは、レンダーがデンバーに向けてライフルを構えているからだ。

フリットはレンダーの考えがわからず、フリーズしている。

「レン、どういうつもりだ!? ワタシを裏切るのか!?」

「裏切る? 俺様はシンバとリグドを戦わせる事に同意し、シンバの体に爆弾を仕込む事に頷いただけだ。ジュキト復活には賛成してねぇ。尤も、シンバをお前に渡した時から、俺様は、お前とジュキトの王となるプレジデントを殺すつもりでいたがな」

「なにぃ!?」

「デンバーよぅ、お前、ジュキトが滅びの道を辿ったのを忘れた訳じゃねぇだろう、また同じ過ちを犯してどうなるんだ?」

「ジュキトは我が国だぞ! レン、お前もジュキトの民の一員として、復活を喜ぶべきじゃないのか!」

「LTを使用するジュキトを喜べると思うか? リグドを生み出したのはジュキトだ。またその繰り返しに喜べる訳ないだろう。俺様はリグドが憎い訳じゃねぇ。哀れだと思ってんだよ、ジュキトが生み出した闇として生きなければならなかったリグドが可哀想だ。あんな人間、二度と生み出してはならねぇ。だからこそ、第二のリグドとなるシンバの体に爆弾を仕込むのを賛成した。シンバは遺伝子レベルでリグドと匹敵する為、リグドがレベルファイナルを迎えたなら、シンバも迎えれるだろうと、だが、奴をリグドのような破壊者にする前に、殺してやらなければと思ったからだ。ジュキトの復活の為じゃねぇ、シンバの為だ」

「レン! シンバは死ぬしかないのか!? 今、あんなに普通なのに!?」

フリットが悲しげな顔で、そう聞くと、

「あぁ、殺さなければ、奴を止められない。だが、フリット、お前は爆弾を解除する為にここに来たんだろう?」

レンダーが、そう言うので、なんだと!?と、デンバーはフリットを見る。

「オイラは、只、ラインの悲しむ顔なんて見たくなくて、シンバもオイラにとったら友達だし、どうしても目先の幸せしかわからないから——」

「ガキはそういうもんだ、今と少し先しかわかってねぇ。そして、いつだって、大人の都合で、犠牲になるのはガキだ。だからガキはガキなりに足掻けばいい。なぁ、フリット、爆弾、解除して来い」

「え?」

「まだアイツはレベル5になりきれてない。今、リグドを倒せても、アイツ自身、まだ自我があるだろう。どうせ殺すなら、お前の手で殺してやれ。爆弾より、友に殺される方が数段マシだ。それとも、ラインが悲しむから、そんな事できねぇか? 男なら、好きな女の為に恨まれてみろ」

「勝手な事はさせんぞ!!!!」

デンバーが大声で怒鳴るが、レンダーはライフルを突きつけ、

「お前が勝手に喋るんじゃねぇ」

そう言い放つ。

「フリット、急げ! 爆弾はデンバーの指示なく、スイッチを入れられる!」

と、レンダーが顎で行けと合図する。フリットは頷き、科学班に向かって走り出す。

「さぁて、デンバー、最期に言い残す事はないか?」

「レン、ワタシを殺した所で、LTは終わりじゃない。世界中にLTは流出されてるんだ」

「あぁ、だが、LTを撲滅する為、世界は動いている。ジュキトさえ復活しなければ、いつか、そう、いつか、LTはこの世から無くなる」

「あれはジュキトの成果だぞ! 無くしてなるものか!」

「デンバー、もう認めろ、ジュキトは終わったんだ。ジュキトは、シンバやフリット、それからライン、世界中の若者達にLTというものを流してしまった。それはリグドのせいじゃねぇ。考えてみろ、あの時、リグドをちゃんと殺せていたら、いや、リグドにLTのテストをしなければ、いいや、LTなど作り出さなければ、今だってジュキトは世界の一部だったかもしれねぇ。LTを使う国は滅びるしかないんだ!」

「黙れ! ジュキトはこれからだ!! そうでないと! そうでないと、ワタシが息子を何の為にLTのテストにかけたと思っているんだ! 世界中で英雄になる為だろう!」

「デンバー、お前の息子はもういないんだ」

「いいや! これから英雄として名を残すんだ!」

「違う、アレはお前の息子じゃない。奴の本当の名はクロス・セイト——」

「セイトだと?」

「思い出したか? 確か、お前が配属していた軍の隊長がその名だったな」

「・・・・・・セイト隊長の息子?」

「そうみたいだ、俺様は知らねぇが、お前にとったら、隊長は絶対的存在だったんじゃねぇのか? その絶対的存在の息子を、偽らせられるのか? それだけジュキトを愛してるって事は若かりし頃の恩師は忘れられねぇだろ?」

「・・・・・・」

「なぁ、デンバーよぅ、俺様達は18歳だったよな、ジュキトの為と体を張って生き抜いていた頃、大人達が正しいと言えば、そうなんだと頷いていた。アイツ等もそうなんだよ。でも、アイツ等は流石だよな、俺様達が体を張った年齢より1歳若い17だ。その1歳の差は大きい。なのに、そんなガキが、自分達だけで友達を救おうと、国相手に乗り込んで来やがった。ガキは後先考えねぇからな」

「・・・・・・ガキとは言え、LTリミット超えた連中だ、国相手だろうが、世界相手だろうが、それだけのチカラを持ってるんだ」

「あぁ、それだけ恐ろしいチカラだって事だ。フリットは調子者だが、楽しくて気のいい奴だ、ラインは惚けてるが、男勝りで正義感ある奴だ、そんな二人だから、恐ろしいチカラを持っていても、優しい事の為に使えるんだ。だが、人間は皆、善人だとは限らねぇ。だからこそLTはこの世から消えるべきなんだ。シンバはよぅ・・・・・・感情表現が下手だが、自己犠牲を選べる他人を愛せる奴なんだよ・・・・・・お前の恩師はそんな奴だったんじゃねぇか? シンバは生まれながらにしてLT漬けの赤ん坊だった、それはLTのテストを自ら進んで、シンバの親は行ったんじゃねぇのか? お前達部下が、LTを使わなくても済むようにってな」

黙り込んで、俯くデンバーに、レンダーは、銃口を下ろしてしまった。その隙に、デンバーは自分の銃を抜き、レンダーに構える。

「生憎、ワタシはそんな話に、心打たれ、涙を流すような人間ではない」

「貴様! まだわからねぇのか!」

「レン、人間は善人だとは限らない、確かにそうだ。つまりだ、LTを研究する為に、多くの人間を犠牲にできるワタシは、善人ではないんだよ、今更、過去の感動秘話など、なんとも思わない人間なんだ、ワタシは——」

「貴様ッ!!!!」

「立場逆転のようだね、レン。悪いが、ワタシはレンのように善人ではないので、最期の言葉など、聞きませんよ。それに今はリグドが現れ、緊急事態だ、こんな所で遊んでいる暇はない。さようなら、レン——」


科学班の入り口手前で、発砲音が聞こえ、フリットは足を止め、振り向くが、今、戻ってる暇はないと、再び駆け出す。

うるさいサイレンは鳴りっぱなしで、Cランクのセク部隊全滅と放送が流れる。

——シンバ、お前、今、どこにいるんだ!?

——ラインと一緒なのか?

——クソッ! オイラも早く向かわないと!

今、科学班の自動扉が開くと同時に、スティル・ルーヴに化けたセランと目が合う。

「裏切り者かぁ!」

と、突然、フリットにそう叫び、殴りかかって来る白衣の男。そんな攻撃はスルッと避けれるフリットだが、何故か、皆、殺気立っている。

そんな中、セランが突然、

「皆さん、注意して下さい!」

そう叫び、皆、セランを見た瞬間、セランはスプレーを、皆の顔に向けて放ち、

「催眠スプレーにご注意」

そう言うと、皆、バタバタと倒れるように眠ってしまった。

フリットはスプレーを吸わないよう、口と鼻を腕の部分で隠し、

「お前、自分はマスクしてるからって、撒きすぎ」

少し咳き込みながら、そう言って、セランに近付く。

「シンバの爆弾のスイッチは?」

「まだ解除できてないわ」

「コイツ等、なんでオイラに殺気立ってた訳?」

「セク部隊隊長から、ついさっき、携帯で連絡が入ったの、裏切り者がいるってね」

「デンバーから!? レン、どうなったんだろう・・・・・・」

「そんな事より、逃げた方がいいわ」

「シンバの爆弾の解除、まだなんだろ? 頼む、解除してくれ。お願い!」

「そんな暇ないわ、逃げた方がいい、このキャッスル、全ての部屋に鉄格子が降りるようになってるの。さっきね、LT収容所も全ての窓や扉に鉄格子が落とされ、その後、鉄の扉で密閉状態にされたのよ」

「何の為に?」

「毒ガスで殺す為でしょ」

「え?」

「どうやら、リグドの登場が早すぎたようね。英雄が万全の状態じゃないから、リグドに殺されると判断したのよ。LT収容所の連中は、LTテストのモルモット達。他国に、そのLTの成果を渡さない為に全て抹消するみたい」

「他国?」

「さっき入った情報だけど、国境は全て他国の軍が閉鎖してる。この国の人間は他所の国には避難できない。恐らく、他国から、リグド抹殺の為、この国に爆弾が落とされるのよ」

「・・・・・・そんな事したら、みんな死んじゃうじゃないか」

「ええ、でも他国は自分の国の安全を優先するものでしょ。爆弾が落ちて、万が一、生き残った者がLTテストのモルモットだったら・・・・・・そう考えて、データーだけ小さなチップに入れて、モルモットは全て殺すの」

「・・・・・・アニルも殺されるのか?」

「そうみたいね」

「その毒ガス、止められるんだろう? ここのコンピューターで!」

「先に言っておくわ、ここも閉鎖されるのよ、デンバーがそうしろと命令したの、画面見て、カウントダウンが始まってるでしょ、あれがゼロになったら、ここは鉄格子が降りて、鉄の扉が閉まって、そして、毒ガスが放たれる。英雄の爆弾を解除している暇がないようにでしょうね、英雄の爆弾の解除か、収容所の毒ガスストップか、ここから逃げるか、どれかよ——」

「・・・・・・」

「逃げるって選択はなさそうね」

と、セランはメガネとマスクを外し、メインコンピューターの前に座ると、

「どっちか選んで!」

そう言った。フリットは、迷いながらも、

「シンバの爆弾の解除」

そう答えた。

アニルを選ばなかった訳じゃない。

シンバを選んだのは、ラインの為——。

フリットは心の中で、アニルに何度も謝罪する。

セランはコンピューターのキーボードを打ちながら、

「行っていいわよ、ここにいたら閉鎖されちゃうから」

画面を見ながら言う。

「フリットがいても、できる事ないから」

「・・・・・・逃げるって選択しなかったのは、オイラも逃げないからだ」

「ラインを助けに行かないと、ヤバイんじゃない?」

「・・・・・・」

「行きたいんでしょ? ラインの所へ。爆弾落とされるって言っても、まだ避難できる場所があるみたいよ、地下シェルターとか」

「・・・・・・」

「早く行きなさいよ」

「そんな所へ隠れて、生き残りたいとオイラもラインも思わねぇよ。LTテストの連中、毒ガスで殺されて、シンバとリグドが戦って、なのにオイラ達だけが生きてるなんて滑稽だ」

「あら、滑稽でも人生は生きてこその価値よ」

「だから! 誰も死なせたくねぇんだよ! アニルだって・・・・・・オイラもお前もラインも! シンバも!!」

なのに、死へのカウントダウンが始まっている。

フリットは、携帯を取り出し、見ると、何件ものラインからの着信。

フリットはラインにリダイアル。ラインは直ぐに電話に出た。

『フリット? 今どこにいるの? シンバも一緒?』

「ライン、オイラの言う事をよく聞いて?」

『え?』

「オイラは、今、セランと一緒にシンバの爆弾のスイッチを止めている」

「アタシだけよ、止めてんのは」

横から口出しするセラン。フリットはジロッとセランを見るだけで、ラインとの会話を続ける。

「この部屋は閉鎖されて、毒ガスが放たれるみたいだ」

『え? ちょっと待って、どういう事? 逃げれないの?』 

「シンバの爆弾解除に時間がかかる」

『なんとかならないの!?』

「・・・・・・シンバとオイラ、どっちとってくれる?」

『どっちもに決まってるでしょ!!!!』

そう怒鳴るラインに、フリットは、

「充分、嬉しい答えだ、ありがとう」

と、本当に嬉しそうに笑う。

『何言ってんの、フリット!!』

「よく聞いてライン、オイラはレンからシンバを殺すよう託された」

『え!?』

「爆弾なんかじゃなく、友として、お前がシンバを殺してやれって。でも、オイラ、毒ガスが充満する部屋にセランを置いて、そっちへ行けない。ライン、お前がシンバを殺せ」

『何言ってんの、よくわかんないよ、どうして!?』

「自分で自分をコントロールできないって、シンバ、言ってたよ。レンも、殺さなきゃ、アイツを止められないって。今、幾ら普通でも、アイツは変わってしまう。見たくないだろう? アイツが狂った所なんて。ラインが止めてあげて」

『そんな・・・・・・そんな事! 私できないよ!』

「でもラインしかいない。オイラ、そっちへ行ってあげたいけど」

「行っていいわよ」

またも横から口を出すセラン。だが、フリットは無視。

「ライン、シンバを大事に思うなら、ラインが止めてあげるしかない」

『だ、だって、だって、シンバはどこにいるの? 携帯もわからないよ、シンバ、前とは違う携帯だし! フリット、シンバの携番知ってる?』

「オイラもまだ携番は知らない」

『きゃぁ!』

「ライン!? どうした!?」

『大丈夫』

「お前、今どこにいるんだ?」

『それよりフリット、リグドはね、もうSランク部隊と戦ってるの、シンバ、やられたなんて事ないよね、でもシンバが倒れてないか、私、探してるんだけど、見つからなくて』

泣き喚きながら、そう言って、パニック寸前の声を出すライン。

「シンバがやられた!?」

『戦車とか出てきちゃってて、あちこちで爆発も起こってて、爆風も凄いの! どうしよう、シンバが巻き込まれてたら』

「そうだよな、リグドに負ける、そう考えるのが普通だった、まずいな、だとしたら、ライン、直ぐに逃げろ」

『逃げるってどこへ!? フリットは!?』

「ライン、オイラさ、ラインと違って、LTに手を出したんだ。その罪をちゃんと償わなきゃって思う。だから、ラインと一緒には行けないんだ」

『一緒には行けないって!? どういう意味!? ねぇ!? フリット!?』

パニックで震えた甲高い声を出すライン。

「ライン、落ち着いて、オイラの話をちゃんと聞いて? ラインなら、他国が閉鎖してる国境も越えられるよ、他国の軍はLTなんて使ってない。ラインはレベル1で、オイラの知ってる一番強い女の子だ。国境を越え、他国へ行って・・・・・・普通の女の子として、生きて行くんだ、金は持って来てるだろ? いいか、この国の通貨は使えなくなるかもしれないから直ぐに換金しろ?」

電話の向こうのラインからは、もう泣き声しか聞こえない。

「ライン、オイラ・・・・・・」

ラインが好きだよと言う台詞を飲み込み、

「ライン、オイラはいつだって傍にいるよ、目を閉じたら、思い出して! な? オイラ、ラインの隣で笑ってるだろ? だから幸せになれよ、見てるからな? 近くで!」

と、そして、幸せにしてやりたかったと思いながら、どうかラインの限りある人生、幸せに生きて行けますようにと願い、祈り、フリットは電話を切った。そして、セランに、

「シンバが死んだかも!」

そう言って、コンピューター画面を見る。

「生きてるわ、心音がコンピューターに届いてるもの。リグドと戦うのが怖くて逃げたかしら?」

「シンバは逃げるような奴じゃねぇよ!」

と、また着信が鳴り、思わず、自分の携帯を見るが、着信音が違ったと、フリットは辺りを見ると、倒れている白衣の男の手の中にある携帯が鳴っている。

着信はデンバーからだ。

フリットが出ると、

『おい、今、どこにいる!? ワタシのコンピューターにはLTデーターが送られてないが、どうなっているんだ!? ちゃんとチップにはデーターを保存してあるんだろうな!?』

慌しく、電話の向こう、そう叫んでいる。

「LTの知識のある連中は、ここで毒ガスにより、死んでもらう」

『なんだと!? 貴様、フリットか!?』 

「データーもここで排除する」

『ま、待て! やめないか! そうだ、キミも一緒に来ないか!? ここにいてもリグドに殺されるだけだろう、ソルク様とワタシとで——』

そこまで言うと、デンバーは無言になり、そして、激しい物音が鳴り響いた。

「おい!? どうしたんだ!? デンバーさん!?」

電波が悪いかと思ったが、

『・・・・・・フリットか』

その声はレンダーだった。

「レン! 大丈夫なのか!?」

『・・・・・・デンバーと・・・・・・ソルクの事は俺様に任せろ』

呼吸が乱れているレンダーに、

「おい、声が変だぞ!? もしかしてやられたのか!?」

フリットが叫ぶ。

『心配ねぇ、掠り傷だ。それより、お前の方は・・・・・・』

「・・・・・・シンバを殺すのはラインに託した。オイラは、LTの始末をするよ。これ以上、LTが出回らないように、データーや研究員を・・・・・・始末する」

『ラインにシンバが殺せるのか!?』

「わからねぇけど、もし、ラインがシンバを本当に好きなら・・・・・・シンバがラインを本当に好きなら、リグドを倒すのと同じぐらい、ラインがシンバを殺すのは難しいかもな。でも、本当に好きだから、きっとリグドを倒すよ、本当に好きだから、きっとシンバを殺すよ。オイラはそう思うんだ」

『そうか・・・・・・その後、ラインはどうするって——?』

「ラインは他国へ逃げる。そう指示を出した」

『そうか。フリット、お前は生き残れそうか?』

「レンは?」

お互い、電話の向こう、無言になり、フッと笑みを零し、

『あの世で会おう』

「あぁ」

と、電話を切る。

今、セランが爆弾のスイッチを解除したと同時に、鉄格子が下りて来て、ドアを塞いだ。

セランはフゥッと溜息を吐くと、

「アタシの任務はこれで終わりね」

と、フリットを見た。

「次はLTのデーターを排除! チップは誰が持ってるんだ?」

「アタシがやるわ」

そうかと、なら鉄格子はどうにかならないかと、フリットは蹴ったり殴ったり、だが、逆に殴った手が痛くて、しゃがみ込む。

それを見てセランがクスクス笑うので、

「お前、死ぬって時に随分落ち着いてんな」

と、セランを見て、そう言った。

「フリットと一緒だから」

「・・・・・・お前、そんなにオイラの事、好きなのか?」

「ええ、フリットがラインを好きなぐらい」

「・・・・・・そりゃ、相当だな」

「ムカツク」

セランが頬を膨らませ、フンッと横を向くと、今度は鉄の扉が落ちてきて——。

もう完璧に終わりだと、フリットはセランを見た瞬間、ラインとした会話を思い出す。

『いいじゃない、フリット、かっこいいんだし』

『今、なんて言った?』

『え? 言ってあげてもいいんじゃない? フリット、かっこいいんだしって』

『・・・・・・カッコイイ?』

『うん、カッコイイと思うよ』

『そ、それは服が?』

『そうじゃなくて、フリットなら、この男の子の台詞を言っても許されるって意味』

かっこよくなりたかった。

リグドのように。

せめて服だけでも真似ようとしていた。

でも、服じゃない、フリット自身をかっこいいと言ってくれたライン。

——本当か? ライン? 信じるぞ?

「ハイ、チップも壊したし、毒ガスで充満して、研究員が死ぬのも後少し。アタシの任務は完璧に終りね、後はアタシもフリットも死ぬだけ」

明るく言うなぁと、フリットは苦笑いしながら、

「報酬払わないとな」

そう言った。

「報酬? アタシの事、思い出してくれたの?」

「いや、思い出してないけど・・・・・・別の事で報酬払うよ」

「別の事?」

「ほら、お前の持ってた漫画、あの主人公の相手役の男の台詞だっけ?」

「言ってくれるの!? あんなに嫌がってたのに!?」

「大サービスだかんな! 次はないぞ!」

セランは微笑んで、頷く。

フリットはコホンと咳払いし、恥ずかしそうにセランを見た——。


その頃、レンダーは屋上へ辿り着き、ヘリコプターで逃げようとしているソルクにライフルを向けていた。

デンバーと苦戦した結果だろうが、レンダーの体は血塗れの傷だらけで、動いて生きているのが不思議なぐらいだ。

数人の護衛にあたっていたセク部隊。

だが、レンは有無を言わさず、ライフルを連射し、セク部隊を退かせると、走り出した。

肩と足には銃弾が入っていると言うのに、レンダーはまるで気にしないかのように走り、ソルクをライフルで殴り倒す。

「貴様さえ、大人しくしていれば!」

と、倒れたソルクの上に乗り、大きな拳をソルクの顔面に向けて何度も振り落とす。

「大人しく国家から退いてれば良かったものを! ジュキトを復活させ、リグドを刺激し、リグドにLTリミットを更に越えさせ、リグドにファイナルを迎えさせた! デンバーの口車に乗ったか、それともお前自身の考えか! 今更どうでもいいが、お前は死んでも許されない! この国の若者達に絶望や苦痛を与え、最終的には死を覚悟させたんだ、お前が只死ぬだけで許される訳ないだろう!! ソルク・プレジデント!!」

レンダーは既に気絶しているソルクを殴り続ける。

拳が振り上がる限り、永遠に殴り続ける。

片目しかないその右目から涙が溢れ出し、泣きながら、拳を振り上げる。

今、ライフルの弾を掠っただけのセク部隊の一人が、苦痛の顔をしながら、起き上がり、ライフルを構え、レンダーを射殺。

だが、ソルクはとっくに殴り殺されている——。


Sランクのセク部隊達はリグドに応戦中。

空には空軍の攻撃ヘリコプターが何機かあり、戦車はどこを狙っているのか、ドカンドカン大砲を撃ちまくり、海軍も陸に降り立ち、セク部隊同様、戦ってくれているが、肝心のリグドには、攻撃ひとつ当たっていない。

爆風ですら、リグドには、只の風のよう。

大砲など、当たらなければ、意味がない。

空からの攻撃も全て避けられ、寧ろ、リグドの動きが全く捉えられず、苦戦状態。

パニック状態の戦場は、味方同士の攻撃が当たり、余計にパニックを招く始末。

そんな中、ラインはシンバの名を叫び続ける。

シンバは——・・・・・・

シンバは初っ端からリグドと剣を交えていたが、直ぐに薙ぎ払われ、滅多打ちにあった後、気絶していた。

気がついた時、少し離れた場所で爆発音は聞こえるが、シンバの周囲は静かだった。

死体だらけの中で、死体のように存在する自分に、仰向けになって青空を見上げた。

——あれがリグド・・・・・・。

——全く歯が立たない。

——幾ら俺の体がもう駄目だとしても同じレベルなのに。

——というか、剣を向けるのが怖いと本能的に防御だけになるのは、なんでだ?

戦っても無駄という事が実感できたのだろう、シンバは戦闘喪失で、このまま、ここに転がっていようと思っていた。

——せめて英雄として死にたい、か。

——英雄というより腰抜け?

——剣を向けれないんだ、戦っても無駄だ。

——無駄と言えば、無駄にレベル5なだけあって、なかなか死ねないもんだな。

——もう俺の体、駄目だろう?

——レベル5になった崩壊が始まろうとしている。

——どうやら、俺はレベル5になったはいいが、体が持たない。

——リグドを目の前にし、本当のレベル5ってものに出会って、思い知らされた。

——それにしても、まだ生きてるなんてな・・・・・・。

あれだけ打撃を食らわされたにも関わらず、気絶だけで済んでいると、シンバは自分の手の平を空に掲げるように上げて、光に赤く透けるような手を見つめる。

シンバは寝転がったまま、携帯を取り出し、ブタのストラップを空に掲げるようにして、

「お前も俺を腰抜けだって、そう思うか?」

と、ブタに尋ねてみる。

ふと、ブタが持っている星が取れかけている事に気付き、シンバはムクッと起き上がると、その星を付け直そうとするが、ペリッと外れてしまい、その星の裏にカードが貼り付けられている事に気付く。

「・・・・・・なんだ、これ? 携帯メモリーカード?」

シンバはそのカードを携帯に入れて見る。

そして、カードに保存されているデーターを見ると画像が幾つかと、メモが一件。

「・・・・・・ピース・ラバー?」

画面に映るラインを見て、そう呟く。

画像はラインの後姿や横顔、不意打ちの表情のもの、遠くの方にいるものばかりで、どれもこれも、撮ってもいいと確認を得た上で、撮ったものではない感じだ。

後は、靴と衣類、シンバとケチャップで書かれたオムライス、それから青いブタのストラップ——。

メモに記されている事は——。

レンダー・バミッシュ。

信用できないオッサン。

酒好き。

ラインが宝物。

剣を教わった。

仕事をくれた。

ラインを守ると約束した。


フリット・ディーグレイ。

友達。

いい奴。

ラインに夢中。

それ、俺以上?

いや、俺と同じぐらい夢中。

携帯番号XXX-XXXXXX。

アドレスXXXXXXX@XXX.XX.XXX


リグド・カッツェル。

敵?

味方?

ラインを殺そうとしている?

それは絶対阻止。

リグドと共にいる事。

ラインを狙うような事があれば、フリットに連絡。

共にいるのは、ラインの為?

いや、俺の為。

もう孤独は嫌だ。


ライン・ポートリー。

画像の女の子。

ライン以外の画像は、全部ラインからもらったもの。

ラインからもらったものは沢山。

美味しい、楽しい、嬉しい、優しさ、安らぎ、愛おしい、守りたい、恋?


「・・・・・・俺の失くした記憶の部分か」

——今更こんなもの・・・・・・。

——大体、俺も馬鹿だ。

——こんなブタにカード貼り付けて、このストラップ、取り上げられてたら・・・・・・。

ふと、フリットとの会話を思い出す。

『相変わらずそのストラップ付けてるって辺り、オイラに嘘吐くの下手なんだよ、お前』

『嘘?』

『嘘だろ、だって、お前、本当はラインの事、めちゃくちゃ好きな癖にさ、そうでもないって顔して、バレバレだっつーの!』

『なんだそれ? このブタとどう関係ある話だ? 大体、俺はラインって奴の事——』

『今、一番、気になってる女、いねぇとは言わせねぇぞ!』

——今、一番、気になっている女?

シンバに脳裏に浮かんだのはピース・ラバー。

つまりラインだ。

『どこかで会ってる?って、そんな気がするのは、正解かも』

『・・・・・・そんな顔して怒らないで? シンバも仲間なんだから』

『シンバも仲間。信じて? 私は只、シンバと楽しく過ごしたいだけなんだよ』

『失くしたものは仕方ないよ。それが大事なものでも、もう戻ってこない。だから、これから失くした所を埋めて行けばいいし、大事なものをつくっていけばいいよ』

『違うよ、シンバとこうして話してるのが嬉しいから。二度と話せないかもしれないって、二度と会えないかもしれないって、二度と触れられないかもしれないって、思った時もあったから、こうして会えて、話せて——』

『触れられる事が嬉しくて、悲しくなっちゃう』

そう言ったラインが、ギュッと強く手を握り締めたなと、シンバは自分の手を見る。

『いいものあげる、手、出して?』

『あげる』

もらった飴玉はどこへやったっけ?と、あぁ、正式制服のズボンポケットの中だと溜息。

あの時、思い出さなきゃと急く気持ちがあった。

あれは、ラインを守らなきゃという記憶があった頃の俺の強い気持ち?と、考える。

『シンバ、過去は幾ら考えてもわからないなら、これから先、シンバがどうしたいか、考えてみて? 本当にリグドを倒したい? それなら、私は一緒に戦うから。その後でもいいの、一緒に、ここを出よう?』

「・・・・・・」

無言でラインの画像を見つめるシンバ。

そして、立ち上がり、

「リグドと戦ってんじゃないだろうな、あの女!」

と、爆発音のする方向を見て、走り出した。

気絶していただけあって、結構、ボロボロの体。それに咥え、レベル5のエネルギーに体が悲鳴を上げている。

——クソッ!

——やっぱり俺、安らかに死ぬなんて無理そうだ。

——どうせ死ぬんだ、それは避けられない。

——レベル5になっても、体が付いて行けてない。

——リグドと戦ってハッキリと確信した。

——これは体感に慣れる以前の問題だ、俺の体はもう持たない。

——せめてリグドを倒し、英雄としてなんて甘い考えだった。

——リグドには逆らえないと本能が勝手に働くし、リグドの強さは半端ない。

——だからもう腰抜けでもいいやって、眠るように死んでいこうって思ったのに。

「リグドぉ!!!!」

爆発の中、リグドを見つけ、シンバは大声で呼んだ。

ゆっくりと炎の中、振り向くリグドは、ダークレッドの髪を爆風で揺らし、ダークレッドの瞳の中、シンバが映っているが、まるで何も映ってないような瞳。

シンバは背中の剣、ノーザンファングを抜き、

「共に死んでくれ」

そう囁くように言う。

黙ったままのリグドに、ノーザンファングを振り上げ、走り寄るシンバだが、ノーザンファングを振り落とすと、目の前からリグドが消えた。

左右を見て、背後だと気付き、シンバはノーザンファングを振り切る。

リグドが左へ消える。

シンバの目は左を見ていて、リグドの動きを捉え始める。

身体中が痛み出すが、シンバはパワー全開で挑む。

シンバの体では無理だろう、でもレベル5のパワーを全身に纏い、今、リグドの頬をノーザンファングが掠めた!

リグドは避けたつもりだったが、避けきれず、頬から流れる血を親指で拭うと、

「・・・・・・お前がシンバ・ルーペリックか?」

そう言ってシンバを見る。

さっきまでは何を見ても、何も見てないような瞳だったが、今、リグドの瞳にハッキリとシンバという姿が映ったようだ。

トリップ世界から、覚醒したような目だ。

だが、攻撃ヘリからの連射を回避する為、二人は一旦、場所を離れた。

リグドも剣を抜き、シンバを追い、シンバは剣を構え、リグドを迎え撃つ。

パワーもスピードも互角。

だが、二人の表情は全く別。

さっきまで無表情だったリグドはシンバと戦いながら笑っている。

さっきから苦痛の表情のシンバは更に苦痛で顔を歪める。

シンバの右肩に、リグドの左肩に、同時に剣が入る。

だが、リグドは痛みに何の反応もせず、直ぐに剣を振り上げ、シンバは右肩から剣を抜かれた衝撃で、体のバランスを崩しながらも、再び降りて来る剣を剣で受け止める。

「・・・・・・その剣、オレの剣と似ている」

「ノーザンファング。元ジュキトの武器らしい」

元ジュキト、その言葉にリグドの表情がピクリと少し動いた。

「・・・・・・剣を扱う動きもオレと似ている」

「レンダー仕込らしい」

レンダー、その言葉にもリグドは表情をピクリと動かした。

記憶はないが、何か感じるのだろう。

「・・・・・・シンバ・ルーペリック。お前も似ている」

それは誰にだろう、リグドにだろうか、それとも、デンバーの息子のシンバ・ルーペリックにだろうか、いや、リグドの記憶に微かに残るシンバ自身とシンバが重なったのか——。

「リグド、アンタも似てるよ、俺が夢で見た怖い影に——」

影がリグドだともうシンバは気付いている。だが、影はリグドではないんだと自分に言い聞かせ、只、似ているだけと恐怖から逃れようとしている。

爆発音と爆風、そして燃える大地の中、シンバとリグドは互角の戦いを繰り広げる。

剣と剣が何度も交わり、何度も剣がお互いの体に入るが、何度もお互い立ち上がる。

「シンバ!」

今、シンバを見つけ、駆け寄ってくるライン。

シンバがラインを見る一瞬の隙で、リグドは笑いながら、シンバの胸を貫こうと剣を差し込んで来た!

シンバは避けたが、避けきれず、剣は左肩へ突き刺さる。

リグドは的は外れたが、突き刺さった事に、ニィッと笑いながら、ゆっくりと剣を引き抜いた。その痛みで、シンバは声にならない悲鳴を上げ、冷や汗ダラダラの顔を背ける。

シンバは、もう右も左も肩を負傷し、剣を振り上げる事が難しくなるが、今、リグドが再び剣を振り上げ、シンバはそれでも剣を上にあげ、リグドの剣を受け止めた。

身体中が悲鳴を上げているのだ、今更、剣が肩を貫いても、身体中の痛みが消える訳でもなく、寧ろ、痛みが増してもわからないぐらい、身体中が麻痺し始めている。

ヘリの射撃が、土を舞い上がらせ、爆撃が辺りを更に炎上させ、シンバはリグドの剣を強く強く弾き返し、リグドが少し後退した瞬間、ラインへ向かって走った。

ヘリの攻撃が続き、舞い上がった土と煙で、リグドはシンバを見失う。

それに苛立ったリグドは、さっきから上空をぐるぐるとウルサイ蝿だと、ヘリへ向かって、剣を、まるで槍投げのように投げた。

一機のヘリがその剣により、上空で大爆発。

近くを飛んでいた別のヘリも爆発に巻き込まれ、爆発を起こし、更に別のヘリもと、連続で爆発が続く。

シンバはラインを抱き締め、落ちてくる炎と爆発風から、ラインを守る。

シンバの胸に顔を埋めるようにしているライン。

ラインの温もりが、今、起こっている出来事、全て、トリップじゃないと感じる。

シンバはラインをギュッと強く抱き締め、

「ライン」

そう呼んでみた。顔を上げ、シンバを見るラインに、

「やっぱりお前がラインなんだな」

そう言った。

「思い出したの?」

「いいや、でも、思い出せる想い出もある」

「思い出せる想い出?」

「一緒にバスケしたな、ストラップが一緒だった、花火を見た、それから飴をくれたな」

「・・・・・・シンバ、一緒にいられるよね? これからもっと想い出つくれるよね?」

「一緒にいなくても、もう忘れない、この想い出は」

空から堕ちて来る灰が雪のようで、シンバもラインも、ふと、懐かしい気持ちになる。

だが、お互い、何の記憶もない。

どうしてLTという薬はこんなにも残酷なのだろう。

全てを引き離すだけでなく、記憶さえも奪い去る。

今、ラインの背後にフッと現れるリグドに、シンバはラインの腕を引っ張り、自分の後ろへと回り込ませ、リグドの剣を腹部へと招き入れてしまった。

リグドはクックックッと喉で笑うと、剣を引き抜き、シンバはガクンと膝から落ちる。

「シンバァ!!」

泣き喚くラインの声。

リグドは不愉快そうにラインを見ると、ラインへ向かって剣を振り上げようと、その手をシンバが掴んだ!

「・・・・・・何のつもりだ? 離せ」

「・・・・・・い・・・・・・やだ・・・・・・」

「・・・・・・聞こえないのか? 離せと言ってるだろ」

「いやだ・・・・・・」

リグドは自分の手を掴むシンバの顔面に膝をぶつけた。

シンバは後ろへ倒れ、一気に視界が闇になる。

瞬間、シンバの脳裏に、リグドが背を向けて行ってしまう映像が浮かんだ。

何故か、シンバは追い駆けなければと言う気持ちが込み上げて来る。

今、悲鳴を上げるラインに、リグドが一歩、近付こうと踏み出した、その足を、シンバが這い上がり、しがみ付いて、

「待って・・・・・・リグド・・・・・・俺を置いていかないで・・・・・・俺を一人にしないで・・・・・・」

真っ暗な視界の中、シンバは必死になって、リグドに訴える。

何故、そんな台詞が出てくるのか、シンバには、わからない。

それはまるで夢の続き——。

さっきまで現実だと感じていたが、これは全て幻で、トリップした世界かもしれない。

ラインが呼んでいる声が聞こえるが、目が見えなくて闇の中にいるシンバは、ラインの姿が見えない。

だが、目蓋の向こう、ラインが立っていて、『いいものあげるよ、手を出して』と、『あげる』と、飴玉をくれる。

だが、その優しい幻は、

『リグドを殺すんだ』

と、レンダーの繰り返す声が頭の中で響き、掻き消されていく。

もう今が、現実なのか、幻なのか、全くわからないが、無意識の内に、小刻みに痙攣している手で、シンバはノーザンファングを握り締める。

だが、うまく掴めず、ノーザンファングはシンバの手から離れて、地に落ちた。

リグドは、仕方ないなぁと、自分の剣をシンバの手に持たせ、

「その剣でオレを殺すのか?」

リグドの足にしがみ付いているシンバに囁くように、リグドが問いかけた。

「ちが・・・・・・リグド・・・・・・話を聞いて・・・・・・俺がリグドを殺す訳・・・・・・ない・・・・・・只、ラインを守りたいんだ・・・・・・俺は・・・・・・」

言いながら、シンバは、ゆっくりと、精一杯、残ったチカラを振り絞り立ち上がった。

そんな台詞、夢の中で聞いただけで、そのせいで、口走っているだけ。

無意識の内に喋っているシンバの視界は回復しつつあり、リグドも見え始め、意識も現実の中、ハッキリし始めるが、もう限界だ。

「お前にオレは殺せない。オレもお前を殺すつもりはない。だから、その証明にオレの剣を持たせてやったんだ。シンバ・ルーペリック、お前がオレの剣で殺すのは、そこで泣きじゃくっている女だ」

立っているのがやっとのシンバを嘲笑いながら、そう言った。そして、シンバの耳元で、

「大丈夫大丈夫、お前ならできるって」

そう囁く。

——大丈夫大丈夫、俺ならできるって。

シンバは自己暗示をかけるように、何度も心の中でそう呟くと、リグドの方へ向き直り、剣を振り上げた。

——リグド、俺、前の俺はどうだったか知らないけど、今の俺はリグドを知らないんだ。

——ラインとリグド、どっちかって聞かれたら、幻でも、現実でも迷いなく答えれるんだ。

——ラインって。

——それぐらい、俺はリグドを恐れてても、何も知らない。

まだ立ち向かってくる力があったのかと、だが、そんな攻撃、簡単に避けたリグドは、今、ノーザンファングにより、胸を貫かれた。

自分の背後から胸に向かって突き刺さるノーザンファングの刃を見ながら、ゆっくりと振り向くと、ラインがノーザンファングを持ち、立っている。

「・・・・・・くっ・・・・・・このっ! ふざけるなぁ!!!!」

リグドはラインに体ごと向くと、拳を振り上げ、ラインが目を閉じるが、その振り上げられた拳はシンバが全身の体重をかけるように、ぶら下がるように、掴み、

「・・・・・・リグド・・・・・・アンタ・・・・・・探してたんじゃないのか・・・・・・? 自分と同じ人間のシンバ・ルーペリックを・・・・・・それ俺だろう・・・・・・?」

そう言うと、リグドの剣で、リグドの胸を貫くシンバ。

再び胸を貫かれ、ごふっと吐息と共に血を吐いて、倒れるリグド。

シンバもリグドに体重を預けていた為、一緒に倒れ込む。

「・・・・・・なんで・・・・・・シンバ・・・・・・なんでオレを・・・・・・そうか・・・・・・わかった・・・・・・これはトリップだ——」

「リグド・・・・・・」

「・・・・・・シンバ・・・・・・変なんだよ・・・・・・トリップしてるのに・・・・・・全然・・・・・・気分が良くない・・・・・・」

「・・・・・・終わったからだ」

「そうか・・・・・・終わったのか・・・・・・ジュキトが終わったのか?」

「あぁ・・・・・・終わったよ・・・・・・」

「そうか・・・・・・なぁ、見ろよ、シンバ・・・・・・」

虚ろな目で空を見つめるリグドは何を見ているのだろう。

そのまま、リグドは動かなくなり、呼吸を止めた。

シンバは震えながら、体を起き上がらせ、仰向けとなり、リグドと同じ空を見つめる。

「・・・・・・リグド・・・・・・最期・・・・・・どんな景色を見た・・・・・・?」

その質問に、リグドが答えれる訳もなく、今、ラインが、シンバに駆け寄り、シンバの手を握り締め、泣き喚く。

「・・・・・・ライン・・・・・・お前・・・・・・そのノーザンファングで・・・・・・リグドを刺したみたいに・・・・・・俺を殺してくれ・・・・・・」

首を振るライン。

「そのつもりで来たんだろう・・・・・・? このまま放っておいても死ぬだろうけど・・・・・・レベル5のパワーを持ってるんだから・・・・・・この死に掛けの体で・・・・・・生き残るかもしれないだろ・・・・・・俺はお前に・・・・・・殺されたい・・・・・・」

「殺せない・・・・・・殺したくない・・・・・・! シンバ・・・・・・シンバがいなくなったら、私・・・・・・独りぼっちだよ」

涙が流れ続けるラインの頬を、シンバは手を伸ばし、ソッと触れ、

「傍にいるよ・・・・・・俺はラインの事・・・・・・大切に思ってるからさ・・・・・・どこにいても、どんな時も、見守ってる・・・・・・だから幸せになれよ——」

涙を流し続けるライン。

「なぁ・・・・・・笑って・・・・・・? 笑った顔・・・・・・見せて・・・・・・」

涙を流しながら首を振るライン。

だが、シンバの伸ばした手がスタンッと地に落ちた。

まだ少し呼吸があるが、ラインは泣きながら、笑顔をつくり、そして首を振りながらも、ノーザンファングを高く掲げる。

薄っすらと開いた目で、ラインの笑顔に、シンバは忘れないと誓う。

そして、ラインが剣を振り上げるのを見て、シンバはそれでいいんだと、安心するように、目を閉じた——。

ラインが生き残れた事、たったそれだけでも、シンバは充分だった。

思い出せる記憶を思い出しながら、そして、ラインの笑顔を思い浮かべながら、シンバは、満足そうな笑みを浮かべ、願う。

どうか、これがトリップした世界じゃありませんように——。


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