13.幸せ

ジュキトと言う国は国境で他国から閉鎖されたまま、5年の月日が流れた。

生存者は結構いたが、皆、未だジュキトから出れないまま、他国の救助も得れず、只、食べ物や飲み水を支給されて、生きているようだ。

LTを使用してなかった人まで、閉鎖された国の中、取り残されている事が、私は、とても心が痛くて、苦しくなる。

私は、LTリミットレベル1でありながら、一人、国境を越えた人間——。

「ラインちゃん? タイムカード押したまま、突っ立てるけど、気分でも悪い?」

仕事を終え、タイムカードを押した後、少し眩暈がして、その場で立ち尽くしていた。

「スイマセン・・・・・・大丈夫です——」

「ならいいけど。先に更衣室に行くわね」

「ハイ」

世界中で、閉鎖されたジュキトの事は、情報として常にニュースになって流れている。

当時、ソルク・プレジデントの死が確認された事よりも、リグドの死体発見のニュースの方が、世界を賑わせた。

レンはどうしてるのだろうか。

フリットはどうなったのだろうか。

セランはフリットと一緒にいたのだろうか。

シンバは——・・・・・・。

私は、ジュキトから出て、暫くは放心状態が続き、駅や公園で野宿していたけど、今は一人でアパートに住んでいて、ケーキショップでパティシエになる為の修行中。

まだ見習いだから、卵を割ったり、果物の皮向きをしたり、鍋を洗ったり、在庫の整理だったり、雑用ばかりの仕事だけど、何でも屋よりは充実している。

でも、LTを使用していない人と接するのが、とても難しい。

何でも屋だった時は、客として、普通の人と接する事があったが、他に普通の人と言うと、レンぐらいだった。

レンは軍人だったせいもあり、それにLTを使用した人間の扱いは慣れていた。

だが、ここにはそんな人はいない。

皆、LTなど、聞いた事はあっても、見た事はない、普通の人達。

その普通の人と、私は、少し感覚がズレる事がある。

時折、私は本当に人間なんだろうかと、わからなくなって、自傷行為に走り、痛さで、自分の存在を確認したりする。

刃物で腕などを傷つけると、赤い血が出てくる事にホッとする。

痛いと思える事に安堵して、夜は眠りにつく。

でもそれだけでは安心できてない。

人間には本当に赤い血が流れてるのか、本当に痛いと思うのか、試さなければと恐ろしい考えが浮かんでしまい、震えだしてしまう。

レベル1の私でさえ、違和感を感じているのに、シンバはもっと感じていただろう。

勿論、リグドも——。

あの二人は、深い孤独を抱え、お互いを求め合っていたのだろう。

それはきっと、私では、到底、埋めることのできない深い深い闇だったに違いない。

今、その孤独感が、私にはわかる。

私の心の中には闇が生まれ、その深い闇は、人と接していても、光が照らし出される事も、埋る事もなく、只、寂しくて、苦しくて、悲しくて、更に深い闇へとなっていくだけ。

先のない闇の渦の中、気が狂いそうになって、何かに縋りたくなる。

それでもLTには絶対に手を出したくない。

どんなに孤独になっても、もう、あんな怖い思いは嫌だ。

街角や駅前で、LTを売る人、買う人を見かける事もある。

完全にLTキメてる人が、公園で酔っ払っているかのように、騒いでいる事もある。

そしてLT関連のニュースが流れる度、私は、早くLTが世界から無くなればいいと願う。

最早、LTはジュキトだけの問題ではなく、世界中の闇の部分で、LTは蠢いていて、こうしている今も、誰かがハイテンションで気分上昇しながら、いつか苦しむ。

そして、いつか、また現れるかもしれない。

リグドのような人が——。

あの頃、私は17歳だった。

もし私がLTとは無関係の人間だったら・・・・・・。

シンバとフリットも、LTとは関係のない人だったら・・・・・・。

それでも私達は出会っていたら・・・・・・。

そんな夢を見てしまう。

でも、私は、LTリミットレベル1という人間でありながら、幸せだろう。

例え、どんな苦しみを背負っていても、私は幸せだ。

幸せにならなければならない。

そうでなければ・・・・・・

『——幸せになれよ』

その台詞が脳裏を掠めた瞬間、私はフラッシュバックに襲われ、気が遠くなりそうになる。

もうLTは飲んでないし、体にも残ってない。

だが、あれ以来、私はPTSD、つまり、心的外傷後ストレス障害になってしまったようだ。

しかもLTリミットレベル1というチカラが、障害を促進させ、今更、幻覚も、幻聴も、幻触も、私に与え、トリップが酷い・・・・・・。

流石にハイテンションにはならず、精神的には落ち着いている。

でも動悸が激しく、嘔吐もあり、眩暈も続く日々。

病院には行けない。

血液検査や尿検査など、簡単な検査で、過去、LTを飲んでいた事がバレてしまうからだ。

それでも、私は、この体調不良に、とても感謝している。

キミに会えるから——。

今、酷い眩暈に倒れそうになるが、いる筈のないキミが私を支えた。

このトリップは、キミに会える最後の私の生きる理由。

キミに会える時は私がトリップする時だけだから。

心配しないで、私なら大丈夫。

ほら、私、幸せに笑ってるよ——。

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LAST TRIP ソメイヨシノ @my_story_collection

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