11.英雄

頭の中がグルグル廻る。

視界がぼやけて見えるのは、ハッキリと見えすぎるせい?

遠くの声までハッキリ聞こえ、だから近くの音に耳が痛くなる。

神経が高ぶる。

全てがスローモーションに映る世界で、酔ってしまいそうになる。

「シンバ、シンバ、シンバ!」

脳が揺れる——。

「その苦痛に慣れるには1ヶ月、いや、2ヶ月はかかるか。あのリグドがずっと大人しいのも、レベル5の体感に苦悶の日々なんだろう」

吐き気がする——。

「シンバ、お前はリグドに遅れてレベル5になったんだ、悪いが、苦痛に慣れるまで、大人しくしていろと言う訳にはいかない。わかってるね? リグドは今直ぐにでも攻めてくる可能性がある。だから直ぐにでも仕事をしてもらう。キミはSランクのセク部隊リーダーなんだから」

頭痛が止まない——。

「おい、聞こえているか? 意識を集中し、音を聞き分けろ。景色を見分けろ。それぐらいできる筈だ、レベル5なんだから」

気が遠くなる——。

「キミはシンバ・ルーペリック。このワタシ、デンバー・ルーペリックの息子。キミがリグドを倒し、いや、倒せず、例え相打ちになったとしても、ワタシの息子として、英雄の名を、この国に残そう。それがどんな名誉になるか、わかっているね? ワタシも親として、息子が英雄になれる事を誇りに思うよ」

——誰の声だろう?

「今日は即位式。今夜は新しいプレジデントのパーティー。沢山の人が集まり、花火も上がる。そのレベル5の体感には厳しい環境かもしれないが、早く慣れる為にも出席しなさい。Sランク部隊の連中には、キミの今の状況を話しておいてあるから、問題ない」

——この声は・・・・・・誰なんだ・・・・・・?

「Sランクはキミと変わらない程の若い連中が多い。だから直ぐに打ち解けられるだろう」

ごちゃごちゃと喋っているデンバーの声など、只の雑音になる。

今、シンバはどうしても聞きたい声が聴こえ、その声に意識を集中している。

『フリットもSランクって事?』

『デンバーがAランク配属って言ったんだけど、レンがさ、セク部隊の教官として言うなら、フリットのチカラはAランクの部隊の者との差が、かなりあるだろうって。LTリミットレベル1だとバレない為にも、Sランクならば、差があるとしても、その強さだからSなんだと周囲が納得する理由が持てるって。で、デンバーが、それもそうだなって』

『へぇ、直ぐに納得したんだ?』

『シンバは記憶がない、オイラが近付いても、何を言っても、何も問題ないってさ』

『フーン』

『それにしてもセク部隊の教官やってるとはな、レンの奴! じゃあ、オイラ、一旦、廃墟に戻るよ、気絶したピケルを運ばなきゃ』

『セランの方はどうなったの?』

『あぁ、科学班は寮じゃないから、通勤途中で入れ替わったらしく、スティルって人は既に廃墟で監禁状態だよ』

『成る程。でもフリット、そんな大きな箱、持ち出せる? 怪しくない?』

『あぁ、寮に運ぶオイラの荷物を間違えてこっちへ持ってきちゃった言うよ』

『気をつけて運んでよ?』

『任せとけって。でも、コイツ、ピケル・ノーゼンだっけ? 実物、思ってたより小せぇな。デカイ箱とは言え、体折りたたんだら入っちゃうし。女みてぇだよな』

『何を今更! だから私が入れ替われたんじゃないの』

話し声は聞こえても、内容までハッキリ耳に届かなくて、誰かと誰かが会話しているんだろうとしか、わからない。

シンバが意識を集中しても、その声の主が誰かもわからないし、何故、その声を聞きたいのかも、自分自身わかっていない。

だが、

『おっと! 待って、フリット。ピケルの服、脱がしたはいいけど、メガネも外さないと、私、メガネなしピケルになっちゃう、そしたらバレバレ!』

この声が聞きたいのだとハッキリわかる。

——誰だったか・・・・・・思い出せないが、知ってる声の気がしてならない。

突然、バンッと大きな音に、シンバは耳を押さえ、悶えると、

「ワタシの話を聞いているのか、シンバ!」

と、デンバーが机をバンッとまた叩き、怒鳴るが、デンバーの声など、聞こえちゃいない。

只、耳が痛すぎて、苦しいだけ。

「いいか、シンバ、英雄として君臨するんだ、そんな苦痛の表情をずっと浮かべるな。一刻も早く慣れるんだ。今日は我が陸軍、海軍、空軍の基地でも、即位式の映像が流れる。全ての軍に、リグドを倒す英雄だと、納得させるよう、堂々とした振る舞いをしろ」

シンバは、キーンと痛み続ける耳を押さえながら、

「休みたい」

そう言った自分の声でさえも、耳に痛みを感じ、血が出てるんじゃないかと思う程。

「・・・・・・いいだろう、即位式は静かな場だ、お前がいても、いなくても、関係ないし、静かな場所で、体感に慣れる意味もないだろう。パーティーの方は夜からだ。それには出席し、レベル5の体感に慣れる為、少しでも刺激を受けるといい。これはセク部隊の正式制服だ、間違ってもバトルスーツなど着て現れるなよ?」

何を言われたか、よくわからないが、制服を渡されたので、コレを着ろと言う意味だなと、シンバは頷く。

デンバーが部屋から出て行くと、シンバは少しリラックスした表情を浮かべ、ソファーの上、横になる。

ここはSランクセク部隊の控え室。

壁には時計と女のヌードポスター。

大きなテーブルの上には誰かの食べかけの弁当や飲み物、煙草の吸殻、雑誌などが乱雑に置かれ、ソファーや椅子、そしてズラッと並ぶロッカー、シャワー室、仮眠室などがある。

今、全てのセク部隊は、即位式が始まる為、このキャッスル内で警備にあたっている。

それが終われば、パーティーの準備で忙しい為、控え室に来る者は当分いないだろう。

さっき、俺にゴチャゴチャ何か言っていた男。

デンバー・ルーペリックと言う名らしく、俺の父親だと言うが、俺は信じちゃいない。

何故って、そんな記憶ないからだ。

寧ろ、トリップしてるって思う方が自然な現状。

よく思い出せないが、俺はLTと言う薬を飲んで、こんなにおかしくなったらしい。

その薬が、どんな効果を齎すのか、俺にはよくわからないが、苦痛を味わっている今、こうまでして、俺はLTに手を出して、何がしたかったのか、知りたいとは思う。

只、今は、父の、いや、デンバーの言う通りに動くしかないだろう。

俺には何一つ、思い出せる事がないからだ。

それでもデンバーが父親ではない事がわかるように、それが本能なのか、直感なのか、それこそ記憶なのか、ハッキリとした根拠も辻褄もないが、俺は、何か感じている。

そう、さっき、いろんな音が混ざり合う中で聞こえた会話の声——。

あの声は誰なんだろう、あの声をもっと聞いていたいと、俺はあの声に何か感じていた。

只の思い過ごしのような気もするが、そうじゃない気もする。

こうして考えている間も、眩暈がして、気が遠くなりそうになる。

何の為に、こんなに苦しい思いをしなければならないのだろうか。

もし、俺がLTに手を出した理由がわかれば、この苦痛も耐え抜けそうだ。

「ったくよぉ、やってらんないよな、なんかフリットって奴も入って来るって言うぜ? なんで初っ端からSランク配属できるんだよ!」

と、ドアが開き、控え室に、ぞろぞろと数人の男達が入って来た。

Sランクセク部隊の連中だろう。

寝ているシンバに気付き、

「おい、英雄様だぜ?」

と、聞こえるように大きな声で、好感のない口調で言う男。

だが、シンバの耳に入って来るのは雑音ばかり。

それ所か、部下達となるだろう者達が来たと言うのに、シンバは、ソファーに寝転がったまま、起きる気さえない。

その態度がまた気に入らないのだろう、連中は文句を言い始める。

「英雄って言うか化け物だろ、オレ達は化け物の下で働かなきゃならねぇのかよ」

「全くだ。この国のセク部隊Sランクって言ったら、どの配属の軍人より階級は高いって言うのに、Cランクの奴がSランク配属になったと思ったら、新人まで入って来るって言うし、リーダーはLTリミットレベル5の化け物。ムカツク事ばかりだ、仕事なんてやってられるか」

「おい、ピケル! お前の事言ってんだよ、何ボサッと化け物見てんだ!」

「す、すいません」

そう言った声に、シンバはガバッと起き上がった。

ビクッとする連中。

だが、歪む視界で、人の気配はビシビシと肌に痛いぐらい感じているのに、近くにいても、その声の主が誰かわからない。

だから、起き上がったとしても、何をするでもないシンバに、連中は、

「英雄様はいいよな、仕事しないで休んでられて!」

嫌味を言う。

「デンバーさんが言ってたじゃないですか、今、レベル5の体感に慣れるのに厳しい状態だって! 誰だって体調悪い時は休むもんです! そんな言い方やめましょうよ! それに、キミ達だって、今、サボってるじゃないですか! 仕事、ちゃんとやったらどうです?」

ピケルが叫んだ。

そのピケルの声だけはハッキリと捉えるシンバ。

「黙れ、ピケル! Cランクのお前が、どういう手を使ってSランクに来れたのか知らないが、オレ達を怒らせない方がいい。殴られたくないだろう?」

シンバは、神経を集中させ、だんだんと、ここにいる者達の会話が聞こえるようになる。

「それにしてもピケル、お前、風邪ひいてるからって、なんだ、その声? 普通は声が低くなるもんじゃないのか? 随分、女みたいな高い声になったなぁ」

「元々女みたいな奴だしな」

「ははは、違ぇねぇ、ピケル、お前、脱げよ、本当に男か確かめてやるよ」

「ストリップショーか、こりゃいいな」

シンバは、視界もハッキリ見えるように、意識を目に集中する。

ぼんやりしていた景色が、見え始める。

背の低い男、あれがピケルかと、シンバがジッと見ていると、黙って突っ立っているピケルに、一人の男が近寄り、

「早く脱げよ、脱がしてやろうか?」

と、ピケルの上着のボタンに手をかけようとして、その手を、ピケルが掴んだ。

「ボクはゲイじゃない。だから男の前で裸になるような行為をしたくない。それとも、キミ達がゲイで、男の裸を好んで見るのか? なら、そういう店へ行けよ、ボクをそういう対象で見られても、気持ち悪いだけだ」

そう言って、男達を見据えている。

小さい癖に大した度胸だと、シンバはクックックッと笑みを零し、だが、自分の喉から鳴る笑い声に頭痛がして、直ぐに笑うのを止めたが、シンバに笑われた事と、ピケルに生意気な事を言われた男達は舌打ちをし、部屋から出て行った。

ピケルはホッと安堵の溜息。そして、シンバに近寄り、

「仮眠室なら防音だし、ここより休めるんじゃない?」

そう言うので、シンバは首を振り、

「早くレベル5に慣れる為に、少しでも刺激がある方がいいらしい」

多分、そんな事をデンバーが言っていたなと、そう言った。

「・・・・・・思ったより、普通だね」

と、ピケルはメガネとマスクをしているので、笑顔になったか、どうかは、わかり辛いが、目を細めたので笑顔なんだろうと、シンバは思う。

それに、普通と言われ、そういえば、ピケルと普通に会話できているし、普通にピケルが見えていると、シンバは思う。

「聞いたよ、キミ、あのリグドを倒すんだってな?」

「リグド? あぁ、そういえば、そんな事、言われたな」

「リグドもキミと同じレベル5らしいね」

「へぇ」

「キミはキミと同じ人間を倒せる?」

「は?」

「だって、レベル5なんて人間、世界中でキミとリグドだけだ。倒したら、キミは孤独にならない? だったら、共に手を取り合う方が自然だよ」

「・・・・・・まるで倒すなって言ってるみたいに聞こえる」

「そうは言ってないけど、でも、キミはリグドを倒す為にレベル5になったの?」

「・・・・・・考えてるとこだ」

「え? 考えてるって?」

「何の為にLTを飲んだのか、それさえわかれば、この苦痛も楽になれる気がするって考えてたとこ。リグドって奴を倒す為だけに飲んだとは思えないからな」

「そっか。その考えの答えが出るといいね」

答えかと、シンバは考え込み、そのせいか、頭痛が酷くなって、表情が歪んだ。すると、

「ごめん、シンバ、あ、いや、違った、英雄は少し休んだ方がいいかも。今は無理せず、体がレベル5に慣れるのが先だよね!」

と、ピケルは慌てて、そう言った。そんなピケルを見て、

「シンバでいい、英雄じゃない。誰も救ってないし、救おうともしていない。只、デンバーの言いなりに動いてるだけだから」

シンバは、そう言った。

「・・・・・・救おうとしたのかもしれないよ」

「え?」

「誰かを救おうとして、レベル5になったのかも」

シンバは有り得ないだろと、ハッと笑みを零し、

「不思議だな、お前と話してると落ち着く。歪んで見えた世界も、お前の事はハッキリ見えるし、お前の声は一番に耳に届く。相性がいいというか、気が合うというか、きっと、波長みたいなもんが合うんだろうな、俺達」

と、ずっと苦痛で耐えれなかった表情から、明るい表情へとなっていくシンバ。

「お前、Sランクの部隊の奴等とうまくいってないのか? イジメられてるっぽいからさ」

「あ、ボクね、Cランクだったんだ、でもレンダー教官が、Sランクに移動って言って、最近、ここに配属されたんだよ。でも、レベルの違いについて行けなくて、それで、みんなから反感受けてて。レンダー教官も変だよね、どうしてボクなんかをSランクに配属させたんだろう。シンバもそう思うだろう?」

「Cランクでも凄いじゃないか。そんなに小柄なのに、セク部隊に入れたんだ、自信持っていいんじゃないか、きっと教官はお前の潜在能力みたいなものに気付いたのかもよ?」

「ははっ、そうかな、それならいいけど。じゃあ、そろそろ、戻らないと。みんな、サボる為にここに来て、ボクもパシリ扱いで連れて来られただけだから、みんな、仕事に戻ったなら、戻らないと、また怒られちゃうから」

「そうか」

「うん、じゃあ、ゆっくり休んで」

「あ! お前さ——」

「はい?」

「名前は?」

「・・・・・・ピケル・ノーゼン」

その名前に、シンバはピンッと来ないなと思っている。

勿論、そんなの記憶にないからピンッと来るも何もないだろうが——。

ピケルはじゃあと手を上げ、駆け足で行ってしまった。

——何か感じたから、アイツの声が気になったと思ったが、名前を聞いても何も感じない。

——俺の勘違いか?

——勘なんて、そんなもんか。

と、またソファーに寝転がろうとした時、再び、ドアが開いた。

ツカツカとシンバに近寄る大きな影。

そして、突然、シンバの胸倉をガシッと掴み、

「シンバ、お前、俺様との約束、忘れんじゃねぇぞ」

そう言われ、この声はレンダー教官だと、シンバは思い、歪んだ世界で見える、目の前にいるレンダーに視線を向ける。

だが、レンダーの表情はぼやけてて、怒っているのか、笑っているのか、わからない。

どうやら、声の方は聞き分けができるようになったのか、レンダーの声も台詞もハッキリと聞きとれた。その口調からは、怒っているように思え、だが、約束の意味がわからず、

「約束?」

聞き返した。

「お前はラインを守ると言った! その約束、記憶がないからと破棄はさせねぇぞ! こうなったら、絶対に守れ! じゃなければ、お前をデンバーに手渡した意味がねぇ!」

「・・・・・・ラインって?」

「チッ! 記憶ねぇからって、聞き返す事じゃねぇだろ! 今のお前はレベル5の感覚に慣れてない為、レベル1そこそこの強さだろう、だが、リグドは待ってくれねぇぞ、もういつ攻めて来てもおかしくねぇ。いいか、前にも話した事があるが、記憶にないだろうから、もう一度、話してやる。レベル5になると、理論的には、記憶は全てなくなり、肉体も増大なパワーについていけず崩壊し、食する事も寝る事もなく、只、死ぬ迄、目の前にある全てを破壊し続けるんだ。お前は、今、レベル5になったとしても、まだその感覚を自分のものにしていない。だから、思考もあれば、感情もあり、まだ破壊者になってないだけだ、だが、その内、完璧にレベル5になれば、お前は変わる」

「・・・・・・俺は破壊者になるのか?」

「あぁ」

「理論的にはだろ?」

「理論的? 今だって人間から程遠いって気付いてないのか? お前は英雄と言う名の化け物だ、リグドと共にな」

「・・・・・・リグドって奴はなんでレベル5になる迄、LTを飲んだんだ?」

そう聞いたシンバに、レンダーはシンバの胸倉を離した。そして、

「ジュキトを潰すんだろうよ。レベル5なんて脅威的な存在、どの国からも恐れられる。そして、動き出すのは、LTを使うジュキトだと、リグドはわかっている。そして、ジュキトは必ずリグドを倒す宣言を世界中に向けて放つ事もリグドはわかっている。だから記憶を失くしても、リグドは自分の敵を知る事ができる。その為にレベル5になったんだろう」

そう話し、レンダーは俯く。そして、再び、シンバの胸倉を掴み、

「お前は俺様にこう言ったんだ、無意識の内にラインを守ろうとする俺がいるってな。その台詞、今更だが、信じるぞ。いいか、化け物に堕ちるか、英雄のままいるのか、もうこうなったら、どちらかだ。忘れるな、どんなに意識がとんでも、俺様にとって英雄でいろ。その為には、絶対に逃げるなよ」

と、そう言うと、レンダーはシンバから離れ、行ってしまった。

シンバはソファーに寝転がり、よくわからない事に、余計頭痛がすると、額に手をやる。

——化け物か。

——見た目、人間なのにな。

——そうまでして、俺は何故LTに手を出したんだろう?

——ラインを守る?

——リグドを倒す?

——どっちもよく知らないのに?

シンバは携帯を取り出し、ストラップのブタを見る。

——お前と同じくらい、よくわからないよ。

——お前、なんで俺のストラップなんだ?

——記憶を失うと、趣味も変わるのか?

シンバはブルーの星を持っている青いブタをジッと見つめた後、よくわからないと、携帯をお腹の上に置いたまま、目を閉じた。

雑音が常に頭の中に響き、眠る事は全くできないが、気がついたら、夜になっていて、携帯から目覚ましの音が鳴った。

シンバはゆっくり起き上がり、そろそろ着替えないとと思った所、S部隊の連中がやって来て、やはり制服に着替えるのだろう、皆、ロッカーを開け、バトルスーツを脱ぎ始める。

「あの、オイラのロッカーってどこっすか?」

そう言って制服を持って現れた男に、皆、無視。

「あの! 聞こえてます?」

誰も、その男に声をかけない。

「チッ、Sランクとか言う割りに心狭すぎ・・・・・・かっこわりぃ」

男が小さい声で、そう言うと、

「なんだと!?」

と、一人の男が怒り出し、ロッカーの扉をバンッと力一杯閉めた。

シンバは、直ぐ傍で突然大きな音を出すなと、頭痛に苦しむ。

「お前、今、何て言った!?」

「何も?」

「かっこわりぃって言ったろ!?」

「聞こえてんじゃん」

「聞こえてるさ! 新人がそんな態度で許されると思うのか!?」

「その新人がロッカーがわからなくて困ってるのを無視するのは、どうなんすか?」

「その生意気な口、今直ぐ塞いでやる!」

と、Sランク部隊の連中が、男を囲んだ。

「やめろ」

シンバが立ち上がり、そう言うと、連中は、皆、シンバを見る。

「くだらない事するな」

「はぁ!? 起きて来たと思ったら、偉そうに何様だぁ!?」

「俺はお前達のリーダーだろ、それが気に入らないなら、デンバーに直接文句を言え」

連中は悔しそう。

男は、連中を掻き分け、出てくると、

「リーダーは話わかりそうじゃん」

と、弾んだ声で言うと、軽快な足取りで、シンバに近寄り、

「オイラ、フリット・ディーグレイ。噂は聞いてるよ、LTリミットレベル5の英雄様」

と、手を出してきた。シンバはその手を見る。

「なんすか、その顔? 握手は初めてっすか?」

「・・・・・・俺と握手したいのか?」

「だから手を出したんじゃん。面白ぇな、相変わらず」

「相変わらず?」

「いや、オイラが相変わらず面白いなって」

と、フリットは誤魔化すように笑いながら、シンバの手を掴み、縦にブンブン振ると、

「よろしく! 英雄」

そう言うので、

「・・・・・・あぁ」

シンバは、とりあえず頷いた。そんなシンバに、

「フゥン、ちょっと安心した、結構、普通だから」

フリットはそう言って、笑う。

「・・・・・・普通?」

「あ、いや、気に触った? 英雄とか言われてる人って、どんなかなって思ったから」

「そうじゃない、今日、普通と言われたのは二回目だ」

少し嬉しそうなシンバに、フリットは笑う。

そんなシンバとフリットに、Sランクの連中は苛立ち、制服を着たらサッサと行こうとするので、

「あ、オイラのロッカーどこっすか!?」

と、フリットが尋ねると同時に、ピケルが部屋に入って来て、

「ピケル、アイツの世話係やってやれ」

連中の一人がそう言うと、ピケルはチラッとフリットを見て、頷いた。

皆が出て行くと、

「オイラのロッカーどこ?」

フリットがピケルに尋ね、

「新人のロッカーはここ」

と、ピケルはロッカーをフリットに教える。そして、

「ここで着替えんの? ピケルくん?」

ニヤニヤ笑いながら言うフリットに、

「キミも男の裸に興味あるゲイなのか?」

と、ピケルが言うので、首を傾げるフリット。

「ボクに服を脱げって、アイツ等が言うからさ」

「なにぃ!? どいつに言われたんだ!? オイラがぶん殴ってやる!」

「キミがやらなくても自分で殴るよ。それより、これからのパーティーの警備どこになってる?」

「オイラ、東通路。ライ・・・・・・ピケルくんは?」

「ボクは中庭」

そう言うと、ピケルはシンバを見て、

「シンバは?」

そう尋ねた。

「俺は・・・・・・まだ知らない。デンバーには出席しろとしか言われてないから。ていうか、お前達、仲いいんだな」

シンバにそう言われ、ピケルとフリットは見合い、そして、ピケルはシンバを見て、

「シンバも仲良しだよ」

なんて言うから、シンバは妙な感じで、頭を掻くと、

「ホントに英雄って割りに普通で、良かったな」

と、フリットが言う。

だが、シンバは、レンダーが、破壊者と言った事を思い出し、その時は普通ではなくなるのだろうかと思う。

「シンバ、気分はどう?」

ピケルが聞くので、シンバは頷き、

「頭痛も慣れた」

そう言うと、

「慣れるのは頭痛じゃないでしょ?」

と、ピケルは笑う。

「英雄、早く着替えちゃえよ、オイラと一緒に出ようぜ?」

「ピケルは?」

「コイツは仕度が遅ぇんだよ」

「なんで新人がそんな事わかるんだ?」

「・・・・・・勘?」

苦笑いでそう答えるフリットに、シンバは成る程と頷き、着ている服を脱いで、デンバーが置いていった制服を手に取る。

「その胸の傷・・・・・・」

「え?」

「その胸の傷、どうしたの?」

ピケルがシンバの胸の傷を見て、尋ねる。

シンバは首を傾げ、

「さぁ? 覚えてない」

そう答える。フリットが、

「手術とか受けた記憶は?」

そう尋ね、シンバは首を傾げながら、

「どうでもいい」

と、制服に着替えた。

堅苦しい制服姿になると、シンバとフリットは、ピケルを置いて、先に控え室を出る。

すると、直ぐにデンバーが来て、

「迎えに行こうと思ってたんだ、似合うじゃないか、二人共! その制服!」

と、手を叩く。

「シンバ、具合も良さそうだが、これから花火がパンパン鳴るから覚悟しなさい。フリット君の警備は東通路だったね、シンバ、キミは好きな所にいていい。今は刺激に慣れる事だ、そうだな、パーティーの会場はブッフェスタイルで食事ができる。今朝から何も食べてないだろう?」

デンバーがそう言うが、シンバは食欲がない。

それでも、またソファーで寝ているとは言えない為、パーティー会場をうろつく事にする。

フリットは東通路に向かう。

ソルク・モルザがこの国のプレジデントになる為の即位式が、どんなものだったのか知らないが、パーティーを見る限りでは、かなり盛大に行われたのだろう、明日はパレードまであるそうで、セク部隊達は護衛に忙しくなりそうだ。

シンバは人が集まる会場で、うろうろしていたが、頭痛に吐きそうになり、とりあえず、人気のない場所へ移動する。

静かな裏庭。

天使の銅像が持つ水瓶から流れる水の泉があり、広い場所だが、人はいない。

「おい、英雄」

その声に振り向くと、Sランクの連中5人がバスケットボールを持って、近づいて来る。

その中にピケルもいる。

そして、バスケットボールを持った一人が、

「3on3やろうぜ」

そう言うと、シンバにボールをパスして来た。

シンバがボールを受け取ると、男は、

「こっちはピケルを受け持ってやる。それで、もし、英雄が俺達に負けるような事があれば、リーダーとは言っても、二度と偉そうな事を俺達に言うな!」

そう言った。

——成る程。

——ピケルを受け持つとは言え、こっちの男二人は俺の味方ではないな。

——確かに今の俺は意識を集中しなければ、視界も音も、全てが危うい。

——だが、コイツ等はわかっているのだろうか。

——それでも俺は普通の人間以上、つまり、化け物だって事を。

「ゴールはあの木と、こっちの木でいいよな」

そう言った男に、まだやるとは言っていないしと、

「バスケのルールとか、余り知らないんだけど?」

シンバはそう言うが、男達はシンバの意見を聞く気はないようだ。

仕方がないので、バスケについて、知っている事をやればいいかと溜息。

どうせ、どいつもこいつも、大したプレイはできないだろうと、シンバはそう思っていた。

ジャンプボールで、シンバが弾いたボールが、仲間のチームの男が取り損ね、ピケルの手の中に入る。

ピケルはその場で、まさかのジャンプシュート。

木にボールが引っ掛かる。

皆、シーンとその場でフリーズ。

「・・・・・・マグレ?」

誰かが、そう呟くが、

「やるからには、本気で」

そう言ったピケルに、シンバはピケルを見る。

そして、再び、偶然か、奇跡か、マグレか、ピケルがスティールを決める。

ボールはパスされ、ピケルに再びパス、ピケルはドリブルしながら、男にパス、男はまたピケルにパス。

ピケルはシュートするふりをしてドリブルで抜き、フェイント。

更にドリブルで抜くと見せかけてシュートを決める。

イェイ!とピケルが手を上げ、喜ぶ。

思いの他、ピケルが凄いので、男達は驚いている。

シンバは、ピケルに狙いを決める。

ピッタリとピケルに張り付くが、そうなると、4人の男はノーマーク。

あっという間に、またシュートを決められる。

「ハッ! 英雄様! オレ達の勝ちは決まったも同然だな!」

そう言われ、シンバは、

「それはどうかな」

と、今、パスされるボールを奪い取った。

ドリブルで男達を抜いていく。

ピケルが立ちはだかるが、その身長でカットしてみるかと、シンバはダンクシュートを決める。

そこからがシンバの反撃が始まり、男達はシンバの動きが全く見えなくて、ボールを手にする機会がなくなり、気がつけば、ピケルとシンバの1on1になっている。

「・・・・・・ピケルってSランクへ来るだけの実力はあるって事か?」

ピケルの動きも目で追えなくて、男達はそう呟く。

「・・・・・・しかもピケル、風邪ひいてて、体調いまいちなんだろ、それであの動きか?」

「・・・・・・レンダー教官の目に狂いはなかったって事か」

「・・・・・・もう行こうぜ、あんな動きについて行けない」

「そうだな、ピケルが活躍したなんてのも認めたくないし、ここは見なかった事にしよう」

と、男達は行ってしまった。

シンバとピケルのバスケは続き、今、シンバの携帯が鳴った事で、ボールはピケルが奪い、ゴールを決める。

これでピケルが一点リード。

シンバは携帯を取り出し、

「デンバーからだ。会場にいろって言われたからな。もう行かないと」

そう呟いた。そしてピケルを見て、

「俺の負けだな、偉そうな事言うなだっけ?」

そう聞くと、

「それはアイツ等が勝手に言った事で、ボクは只、シンバと楽しく過ごしたかっただけ」

と、ボールをドリブルしながら駆けて来る。

「バスケ、うまいんだな、御蔭でかなり感覚が掴めた。レベル5になってから、体が固くなったようで、動くのもダルかったんだけど、体が一気に解れた感じするし、視覚や聴覚の感覚も掴めてきてる。お前の御蔭だ、ありがとう。俺、デンバーから連絡入ったから、もう行くけど——」

シンバがそう言うと、ピケルは、シンバが持っている携帯を見て、自分の携帯を取り出し、

「——機種は違うけど・・・・・・ストラップは一緒だ」

と、ピンクのブタのストラップを見せた。

シンバはそのストラップをジッと見る。

そして、ピケルをジッと見ると、ピケルは目を逸らしたので、シンバはピケルの頬に触れるようにして、マスクを外した。

「・・・・・・お前・・・・・・女か——?」

マスクが外されたピケルの顔は、頬や唇や顎の辺り、どう見ても女だ。

シンバとピケルは見つめ合ったまま、硬直するように二人、立ち尽くしていると、空に花火が上がった。

ピケルは空を見上げ、パーンッと大きく広がる炎の花を見ている。

ゆっくりと空に落ちる火の粉。

それがまるで雪みたいで——。

「・・・・・・どこかで会ってる?」

シンバからその台詞をまた聞く事になるとは——。

ピケルは黙ったまま、シンバを見つめている。

「・・・・・・お前、名前は?」

「ピケル・ノーゼン」

「・・・・・・本当の名は?」

そう聞かれ、今、ピケルは俯いて、メガネを外し、コンタクトを取ると、ゆっくりと顔を上げ、シンバを見た。

そのシンバを見る瞳がアクアで、

「・・・・・・カラーコンタクト——?」

と、何故、ブラックコンタクトをしていたのかと思う。

また花火が空に上がる。

だが、ピケルは、いや、ラインはシンバを見つめ続ける。シンバもラインから目が離せない。そして、

「・・・・・・何者なんだ、お前?」

シンバはそう呟くように問う。ラインは、やっぱり思い出さないかと、

「私が何者か知りたい? 平和と愛を願う戦士だよ、名前はピース・ラバー」

悪戯っぽい表情を浮かべ、笑顔で、そう答えた。

「・・・・・・ピース・ラバー? 俺、お前に負けたのか?」

「え?」

「・・・・・・バスケのように、前にも、お前に何か負けたんじゃないのか?」

——負けたから、俺は、お前に拘るように、声を聞き分けられたりできるのか?

「どうしてそう思うの?」

「そんな気がするから」

「負けたかどうかは、わからないけど・・・・・・」

そこまで言うと、優しい微笑みを浮かべ、

「どこかで会ってる?って、そんな気がするのは、正解かも」

と、ラインがそう言うと、またシンバの携帯が鳴る。

デンバーからだ。

ラインは、メガネとマスクを握り締め、

「コンタクト入れに行かなきゃ。バイバイ」

と、手を振る。

「待てよ、なんで、そんな変装!?」

「私の得意分野だよ、ある時は罪人、ある時はDJ、ある時はセク部隊、しかしてその実態は?」

「ふざけるな! 黙って見過ごせると思うのか?」

「・・・・・・」

「何を企んでる?」

「・・・・・・」

「あのフリットって奴も仲間か?」

「・・・・・・そんな顔して怒らないで? シンバも仲間なんだから」

「え?」

「シンバも仲間。信じて? 私は只、シンバと楽しく過ごしたいだけなんだよ」

「・・・・・・俺の失くした記憶に、お前は存在する。そうだな?」

「・・・・・・」

「俺はどんな記憶を失くしてるんだ? 大事なものだったのか?」

「失くしたものは仕方ないよ。それが大事なものでも、もう戻ってこない。だから、これから失くした所を埋めて行けばいいし、大事なものをつくっていけばいいよ」

「大事なものを——?」

「うん、楽しかったよね、バスケ。まず、ひとつ、シンバとの楽しい想い出できたね、きっと大事なものになる気がする」

「・・・・・・だったら、なんでそんな悲しい顔するんだよ!?」

「違うよ、シンバとこうして話してるのが嬉しいから。二度と話せないかもしれないって、二度と会えないかもしれないって、二度と触れられないかもしれないって、思った時もあったから、こうして会えて、話せて——」

ラインはそっとシンバの手を持ち、

「触れられる事が嬉しくて、悲しくなっちゃう」

ギュッと強く握り締めた。

パーンッと花火が上がり、空に大きく広がる火花。

パーンパーンパーンと連続花火に、ラインは顔を上げ、空を見て、指を差し、

「綺麗」

そう言った。

どうしても思い出さなきゃと、シンバの鼓動が速くなる。

ラインはシンバを見て、

「見た?」

そう聞いたが、シンバは何も答えず、ジッとラインを見つめる。

ラインもシンバをジッと見つめる。

ラインは恥ずかしそうに目を逸らすと、ポケットに手を入れて、その手をグーにして出すと、シンバに向けて差し出し、

「いいものあげる、手、出して?」

そう言った。シンバは少し斜めに顔を傾け、なんだろう?と、手を出してみると、飴玉がシンバの手の中に転がった。

「あげる」

可愛らしい笑顔で、そう言ったラインに、思い出さなきゃと急く気持ちが、シンバの鼓動を速くする。

「ねぇ、シンバ? 私達の仲間はもう一人いて、その人は科学班の方に行っててね、その人の任務が完了したら、私達と一緒にここを出ない?」

「は?」

「考えてみて? こうして一緒に楽しく過ごしたいから」

「・・・・・・俺はリグドを倒すよう命じられてる、ここを出て行く訳には——」

「無理する事ない」

「無理?」

「シンバ、過去は幾ら考えてもわからないなら、これから先、シンバがどうしたいか、考えてみて? 本当にリグドを倒したい? それなら、私は一緒に戦うから。その後でもいいの、一緒に、ここを出よう?」

再び、デンバーからの着信。

「そろそろ電話、出ないと怒られるよ? 私も行かなきゃ」

そう言うと、ラインは背を向け、駆けて行く。

シンバはラインを見送ると、電話には出ずに、会場へ向かう。

勿論、会場の人込みの中、シンバを見つけたデンバーが、どこへ行っていたんだと聞くが、頭痛がする素振りをして、聞こえてないふりをした。

本当は頭痛もだいぶ和らいでいたし、花火の音にも大して反応はなかった。

レベル5の体感に慣れるには2ヶ月は必要だと聞いていたが、ラインに出会ってから、ラインと話がしたい、見ていたい、触れてみたいという欲求のせいか、体のコントロールが完全とは言えないが、それなりにできている。

尤も、今のシンバはラインではなく、ピース・ラバーと言う名だと思っているが——。

彼女の事をデンバーに報告した方がいいのだろうか、それとも、彼女とここを出て行くのか、シンバは考えてもわからなくて、只、花火が上がる夜空をずっと見上げていた。

——これからの事を考える?

——それは俺がレベル5になった意味に繋がるのか?

——俺は大事なものがあったのかもしれない。

——その大事なものを忘れたままで、新しい大事なものを作っていくのか?

——俺が手に入れたかったものは何だろう?

——化け物みたいなチカラ?

——英雄という地位?

——英雄・・・・・・か・・・・・・。

花火も終わり、パーティーもお開きとなり、ソルク・モルザも奥へと引っ込むと、セク部隊も仕事を終えて、寮へと帰る。

シンバは寮へは行かず、科学班の方へ向かい、暫くの間は、心電図の付いたベッドで眠る事になっている。

「これは英雄様、どうですか、気分の方は?」

科学ルームの自動扉の前、白衣を着た者達が尋ねてくるが、シンバは無言で奥へと進む。

ここはバトルスーツを来たセク部隊の領域とは違い、白衣を身に纏った連中がウロウロしていて、壁一面に大きな画面のメインコンピューターが機械的な音声を出している。

「英雄様が来られた、誰か、ベッドルームへ付き添ってくれないか?」

そう言うと、ハイと立ち上がった女。そして、赤い縁のメガネをクイッと上げると、

「もうお休みですか?」

シンバにそう尋ねて来た。マスクをしていて、顔の表情は解り難いが、『私達の仲間はもう一人いて、その人は科学班の方に行っててね』と、ピースが言っていたなと思い出す。

だが、この女がそうとは限らないので、シンバは、いつも通りに、頷くだけ。

女は、ヒールの靴をカツカツと鳴らし、ベッドルームへ向かう。

自動扉を幾つか潜り、いつものベッドルーム。

シンバは上着を脱ぐと、女は、シンバの上半身の心臓部分に幾つかの線を引っ付かせ、心電図に繋げる。

心電図が正常に動くのを確認すると、

「トイレや飲み物などが欲しい場合、そこのボタンでコールして下さい」

女はいつも通りの台詞を言うので、

「俺の担当だろ、名前は名乗らないのか? いつも名乗るだろう」

そう聞くと、

「そ、そうでしたね、申し訳御座いません。スティル・ルーヴです」

と、女は名乗った。シンバはクックックッと笑い、

「嘘だよ、いつも誰も名乗らない」

そう言って、スティルを見る。そして、

「ピースって女と仲間なんだろ?」

そう聞いた。

「へ? ピース?」

「もう知ってるんだ、誤魔化さなくていい」

「あ、いえ、その・・・・・・本当に知らないわ」

と、嘘ではなさそうな顔で言うので、シンバは眉間に皺を寄せ、

「・・・・・・ピース・ラバーやフリット・ディーグレイの仲間じゃないのか?」

再び、尋ねる。

「フリットは・・・・・・仲間よ。ピースって誰?」

「は?」

「・・・・・・アナタ、トリップが酷いの? レベル5にもなると、相当、幻覚症状が激しいのかしら」

そう言われると、今日の出来事は幻覚のようなものに思えてきた。

「でもフリットの事は知ってるのね、明日とか、会う?」

「会うんじゃないか、アイツの存在が俺のトリップじゃなければ、同じ部隊にいる筈だ」

「そう、あのね、アナタの胸に入れられた爆弾の事なんだけど——」

「え?」

「解除する為のメインコンピューター、まだ触れてないの。今日はパーティーがあって、全員が残業だったけど、明日からは夜残る人も少ない筈。だから、明日以降、任務決行になると思うから、今日の所は何も動いてないの、もしフリットに会ったら、そう伝えて?」

「・・・・・・爆弾って?」

そう聞き返すシンバに、知らないの!?と、しまったとマスクの上から口を押さえるスティルに、

「なんだよ、爆弾って!」

再び聞き返す。

「怖い顔しないで。アタシはアナタの中にある爆弾のスイッチを止める為に動いてるんだから。敵じゃないってわかるでしょ!?」

「爆弾って・・・・・・俺の中に爆弾があるのか!?」

「そうよ、だってアナタ、レベル5、つまりファイナルだから」

「・・・・・・ファイナルだから?」

「普通の人とは全く違うの、こうして、今、アタシと話してるのも、まだレベル5のチカラを得てないから。チカラを得て、完全に最終トリップを迎えたら、アナタは・・・・・・どうなるのかしらね? アタシにはわからないわ。でも、爆弾を入れておけば、いつだって、アナタを殺せる。それには、まずリグドを倒してからじゃないと、リグドは爆弾付きじゃないから、誰の手にも負えないから。つまり、人の手ひとつで、生死を決める事ができる爆弾のあるアナタは英雄。人の手から離れた爆弾のないリグドは悪魔・・・・・・って所かしらね——」

「・・・・・・じゃあ、爆弾のスイッチ止めたら駄目だろ」

「でも止めたいんだって。アタシは世界がどうなろうが、誰が死のうが、全然、興味ない。只、フリットと一緒にいたいだけ。限りある時間を一緒に過ごしたいだけ」

「・・・・・・誰が俺の爆弾を止めたいって?」

「まだ会ってないなら、これから会えるんじゃない? アタシが言えるのはここまで」

「・・・・・・俺はどうしたらいいんだ?」

「知らないわよ、そんな事。でも応援してるから頑張ってほしいわ」

「頑張れって、リグドを倒す事をか?」

「違うわよ、フリットに負けないで、頑張って、彼女とうまく行ってほしいから」

「は?」

「アナタと彼女がうまく行けば、フリットも諦めるでしょ」

「何の話だ?」

「アタシの個人的な話。じゃ、ゆっくり休んで?」

スティルが出て行くと、この部屋は本当に静かで、静かな音が耳に痛いくらいで、シンバは自分の体の中の音に耳を澄ますが、爆弾なんて本当に入っているのか、わからない。

布団に潜り込むと、目を閉じて、何も考えないようにしようとしているのに、夢を見る。

誰もいない暗闇。

膝を抱え、孤独に耐えていると、現れる影。

でも、遠ざかる。

——待って!

——俺を置いて行かないで!

——俺を一人にしないで!

追いかけても、追いつけない。

わかっている、その影に追いつき、追い越す事など、絶対に不可能だ。

それは俺にとって、崇拝する絶対神そのもの。

『シンバ』

——誰かが、俺を呼んでいる。

——この声は、知ってる。

『シンバ』

振り向くと、あの女が立っている。

ピース・ラバー。

『いいものあげるよ、手を出して』

彼女がそう言うので、手を出すと、手の中に飴玉を落とし、

『あげる』

と、彼女はニッコリ笑う。

『シンバ』

また誰かが名を呼ぶ。

振り向くと、今度はレンダーが立っている。

『ラインを守れ』

そう言って、剣を差し出して来るが、ラインが誰かわからず、首を左右に振り続ける。

なのに無理矢理、剣を持たせ、

『守れ』

と、レンダーは繰り返す。

『シンバ』

再び、名を呼ばれ、振り向くと、影が、

『その剣でオレを殺すのか?』

そう尋ねる。

——違う!

——殺す訳ないだろう?

——只、守って欲しいって言われただけで殺せとは言われてない!

——嘘じゃない!

——レンダー、頼むよ、レンダーからも説明して?

——俺は守るよう言われただけだ! そうだろう?

『もういい、わかったよ、シンバ』

——わかってくれたのか!? 本当に!?

『あぁ、わかるよ、お前がラインを殺せばね』

——ラインを・・・・・・!?

影が喉を鳴らしながら笑い、耳元で囁く。

『大丈夫大丈夫、お前ならできるって』

俺は手に持った大きな剣を見つめていると、ふと目の前にピースが現れる。

『・・・・・・ラインって・・・・・・お前の事なのか、ピース——?』

影の声が耳元から離れない。

『大丈夫大丈夫、お前ならできるって』

何度も、耳元でそう囁かれているようで、俺は自分でも言ってみる。

——大丈夫大丈夫、俺ならできるって。

ラインがニッコリ笑う。

なんだか、とても懐かしい笑顔で、だけど、その懐かしさを守りたいと思う程、俺には何もない記憶過ぎて、剣を振り上げた——。

ガバッと起き上がると、

「あ、お目覚めですか? 心音が異常数値になる程、魘されていましたね、悪い夢でも?」

白衣を着た男が、シンバを覗き込み、そう言った。

汗だくのシンバは、呼吸を乱し、

「影が・・・・・・誰か・・・・・・わからない・・・・・・」

そう呟き、白衣の男はハイ?と聞き返したが、シンバは首を振り、シャワーを浴びる為、その部屋を出た——。

シャワーを浴びながら、あの影が誰なのか、考える。

——誰かわからないのに、なんで俺、言いなりなんだ?

——記憶がないのに、なんで、怖いと思うんだ?

——本能?

シンバは、シャワーを終えると、着替えて、直ぐに仕事に向かうが、Sランク部隊の控え室に着く前に、デンバーに捉まった。

「シンバ、今日はこの国がジュキトとなった祭りで、パレードがある。新プレジデントのソルク様が大衆に手を振りながら、パレードの先頭を行く。お前の配置はソルク様の隣だ。何が起こるか、わからないからな、いざと言う時は、その命に代えて、お守りしろ」

爆弾が入っている体で、命に代えても守れと命令するデンバーに、シンバは苛立ち、俺をなんだと思っているんだと怒鳴りたくなるが、

「はい」

素直に頷いた。

「私の声が届いているのか? ちゃんと聞こえているのか?」

「はい」

「凄いじゃないか! こんな短時間で聞き分けができるなど、素晴らしいよ、やはり、キミは英雄に相応しい人材だったんだな!」

と、デンバーは、そう言うと、期待しているとシンバの肩を叩いた。

シンバは一礼すると、控え室へ向かう。

Sランクの連中も、寮から仕事へ向かい、調度、シンバと同時刻に控え室に入る。

勿論、ライン、いや、今はピケル、そして、フリットもいる。

「新人は早く来て掃除しとくもんだろ」

Sランクの連中がフリットに絡む。

「聞いてないっすよ」

「聞かなくてもわかるだろ!」

「じゃあ、明日から——」

「今直ぐだ!」

そう吠えた男に、

「掃除はお前達がしろ」

と、シンバが言い放った。勿論、連中は、

「はぁ!?」

と、怒り露わ。だが、シンバはバトルスーツに着替えると、

「お前は話がある、着替えたら来い」

と、フリットに言い、控え室から出て行く。

フリットはピケルを見て、ピケルは首を傾げ、フリットもなんだろう?と、首を傾げながら、バトルスーツに着替える。

連中はフリットよりもシンバの態度に怒っているが、シンバ相手にどうしようもない。

フリットはバトルスーツに着替え、メットとライフルを片手で持ち、控え室を出た。

シンバが壁に持たれ掛けた体勢で、腕を組んで待っている。

「いいのか? あんな態度とって? そりゃアイツ等は気に食わねぇけど・・・・・・」

「人気のない所へ行くぞ」

「え? あ、あぁ」

シンバは使ってないだろう第二会議室の扉を開け、その中に入り、

「幾つか聞きたい事がある」

そう言って、フリットを見た。

「お前達と俺は知り合いだったのか?」

「・・・・・・あぁ、まぁ・・・・・・」

「俺の体の中に爆弾があるって本当か?」

「え!? そんな事、誰から聞いたんだ!?」

「昨夜、科学班にいる、お前達の仲間だろう女からだ」

フリットはなんで喋るかなぁと、額を押さえ、溜息。そして、

「あぁ、隠してもしょうがねぇから言うよ、爆弾が入ってる」

と、頷いた。

「お前達の目的は、爆弾を止める事なのか?」

「あぁ」

「わざわざセク部隊に入団して、女が男の変装までして、そこまでして?」

「そこまでして、お前を死なせたくない」

「・・・・・・その理由は?」

「友達だからだよ!」

「友達? たったそれだけの理由で?」

「あぁ、たったそれだけだ。でも、オイラの人生でデカイ事だ。確かに、お前はオイラの一番じゃねぇけど、でも一番に近い。それ程、オイラも誰も知らないんだ」

「え?」

「親も知らないし、兄弟がいたのかどうかもわからない。家がどこにあったのかも、学校に行った事があるのかも、全て記憶にない」

「それってLT——!?」

「あぁ、そうだ、オイラもLTやってたんだ。人生の半分以上、記憶が余りない。記憶があってこそ、人生始まるってもんだ。そのオイラの人生の中で、お前は唯一、オイラに近い存在だった。つまり初めてできた友達って奴だ」

「初めて・・・・・・」

「記憶がない部分で、友達はいたかもしれねぇけど、今、オイラを作り上げているオイラ自身の記憶がある限りの人生では、お前が初めての友達」

「・・・・・・」

「その友達が、記憶を失う事はないと騙されてLTを飲んじまった。お前はオイラ達から離れ、リグドと共にいる事を決断し、そうする事でラインを守ろうとした」

「ライン、それは誰なんだ?」

「は? 誰って——」

「レンダー教官からも守れと言われた。だが、リグドと言う人でさえ、俺は知らない」

「リグドもわかんねぇのか・・・・・・」

「勿論、デンバーから倒せと言われている人物だとはわかっている。でも、どんな人か、どういう存在だったのか、俺はわからないんだ」

「・・・・・・」

「こうして、目の前にいるお前の事も、全く知らない人だ。お前達が俺を知っていても、俺は他人に見える。それに、お前達が知っている俺は、今の俺じゃないだろう?」

「いや、でも、そう変わりない、レベル5とか英雄とか言われてるが、シンバはシンバだ。多分、基本性格は変わらないんじゃねぇか?」

そう言ったフリットに、シンバはフッと笑みを零し、

「そんな事が言えるぐらい、お前は俺を知らない」

と、フリットを見て、

「俺の孤独と苦悩の日々は明日の為にある訳じゃない」

そう言った。

「・・・・・・どういう意味だよ?」

「俺は英雄なんだよ、その邪魔をするな」

「邪魔って! だって、爆弾止めねぇと、幾らレベル5でも英雄でも爆発したら——!」

「どうせ死ぬんだ、わかるんだよ、体が悲鳴を上げてるって。俺は、自分の体を自分でコントロールできなくなり、俺自身、自分がわからなくなるだろう。お前達がやろうとしてる事は無駄で終わる。なら、何もするな、俺もどうせ死ぬなら英雄として死にたい」

「孤独と苦悩の日々は死ぬ為にあるって言うのか? それでいいのか?」

「あぁ、全てを破壊し続けるより、世を救った英雄として死ねるんだ、最高だろう?」

「最高か!? 最高なのか!?」

「だったら俺に殺されたいか?」

そう言ったシンバに、フリットは黙り込む。

「・・・・・・俺に・・・・・・殺させたいのか?」

誰を?と聞くまでもない、ラインの事だろうと、フリットは思うが、シンバはラインを知らない。それでも、その問いに、フリットは、

「・・・・・・殺したくないからか? だからここまで来たオイラ達に退けと?」

そう問い返した。何も答えないシンバ。

「LTなんてなければ・・・・・・もっと別の生き方・・・・・・あったかもしれねぇのに」

フリットはそう呟くと、

「破滅型ヒーローなんて、かっこわりぃぞ!」

そう言い放ち、

「悪いけどな、オイラ達もそう簡単に引けない。オイラもお前を救う英雄になりたいから」

そう言った時だった、サイレンが鳴り響き、シンバの携帯が鳴った。

何事だと、うろたえるフリット。

シンバが携帯に出ると、

『シンバ、今、どこにいる!?』

デンバーが怒鳴った。

「第二会議室」

『何故そんな所に!? まぁ、いい、今直ぐそっちに行くから待ってなさい!』

そう言うと、デンバーは電話を切った。

シンバは、やれやれと携帯を仕舞おうとした時、

「相変わらずそのストラップ付けてるって辺り、オイラに嘘吐くの下手なんだよ、お前」

フリットが携帯のブタのストラップを見て、言った。

「嘘?」

「嘘だろ、だって、お前、本当はラインの事、めちゃくちゃ好きな癖にさ、そうでもないって顔して、バレバレだっつーの!」

「なんだそれ? このブタとどう関係ある話だ? 大体、俺はラインって奴の事——」

「今、一番、気になってる女、いねぇとは言わせねぇぞ!」

そう吠えたフリットに、シンバは黙り込む。

そこへデンバーが入って来て、

「何をやってるんだ! フリット君もここにいたのか!」

そう叫んだ。

「シンバ、リグドが来た」

そのデンバーの台詞に驚いたのはフリットの方。

「早くないっすか!? 話だと、まだ攻めては来ないだろうって言ってたじゃないっすか!? だからパーティーやパレードの華やかな場面にプレジデントが出ても大丈夫って言ってたっすよね!?」

「あぁ、だが、来てしまったんだ、こっちも予想外で、シンバが本調子じゃない事に勝機を感じていない。だが、プレジデントは先にヘリで避難する事になった。プレジデントさえ無事ならジュキトは大丈夫だ」

デンバーはそう言うと、シンバの肩を強く持ち、

「シンバ、キミが、英雄になれるかって時が来たんだ、早すぎる展開だが、現実は思わぬハプニングが当然。わかってくれるな?」

何をわかれと言うのか、それはシンバの体がリグドを巻き添えにして爆発する事に聞こえ、

「シンバ一人で戦うのは無理ですよ、シンバはまだレベル5に付いて行けてない!」

フリットがそう叫ぶ。デンバーはジロリとフリットを見て、

「レベル5のリグドにシンバ以外、誰が敵う?」

そう言った。そう言われると、フリットは黙るしかない。

「シンバ、わかるね?」

デンバーは諭すように、シンバに言う。

「シンバ、キミは英雄なんだ、その為の辛い日々だっただろう? 今迄の苦しみは今日の為だったんだ、全て終われば、楽になれる——」

シンバが頷こうとした時、

「ソイツはお前の息子のシンバじゃねぇぞ、デンバー」

と、レンダーがドアをノックもせず、勢い良くバンッと開け、

「英雄に仕立て上げても、お前の息子が英雄になる訳じゃねぇ。ソイツ自身が英雄になるんだ、そこんとこ、ハッキリしてくれねぇと、報われねぇだろ」

そう言って、ソードを持ち、現れた。そして、シンバに、そのソードを渡し、

「元ジュキトの武器だが、今は、お前の剣ノーザンファングだ。お前と共に英雄として活躍させろ」

と、シンバを見る。

シンバはその剣を手に取り、懐かしいような、久しいような、そんな気分になるが、記憶にはなく——・・・・・・。

「剣の扱いは俺様がよぉく教えてやっただろ、仕込んでやったからな。いいか、考えなくてもいい、体が覚えてるもんだ」

レンダーがそう言うので、シンバはコクンと頷き、ノーザンファングの柄を強く握った。

これから英雄になる為、死を覚悟した戦いに挑む為——。

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