10.悪夢

ライブ当日、偶然なのか、仕事はオフ。

ラインは髪を切りに美容院に出掛け、フリットは服を買いにショッピングに出掛け、シンバは、ライブの場所へと向かっていた。

ライブは夕方から始まるようで、小さなビルの地下で行われる。

ビルの外壁には落書きが酷く、いや、そのビルだけでなく、あちこちの建物は、落書きだらけで、空き缶やら吸殻のゴミがあちこちに捨てられていて、始めて電車で降り立ったこの街は、見るからに治安が悪い。

外れかけたポスターは、ルーシー・ミストのライブ予告のもの。

まだライブが始まる迄、時間があり、シンバは喫茶店に入り、時間を潰す事にした。

簡単にコーヒーを注文し、携帯をいじり出す。

——俺のアドレス、変えた方がいいな。

——ラインとフリットとアニルの番号は削除しよう。

——いや、削除すると、見られた場合、登録してないと変か?

——デタラメな番号とアドレスを入れとくか。

——フリットのアドレスだけはカードに保存。

——フリットと連絡とれなくなったら、ラインを守れなくなるからな。

——あ、ラインから電話かかって来たらヤバイか。

——ラインの番号は着拒否だな。

——そうすると、アニルのも着拒否しとかないと駄目か。

——いや、フリットのも拒否だな、向こうからかかって来たらヤバイ。

——フリットには、こっちから連絡入れるようにすればいいか。

——レンダーの番号は・・・・・・このままで大丈夫だろ・・・・・・。

——よし! 万が一、この携帯がリグドに見られても、これで問題ないだろう。

——カードはどこへ隠し持っておこうか・・・・・・。

——ていうか、この携帯の契約者ってレンダーだっけ。

——レンダーに解約されるかな。

——でもカードは新しい携帯でも見れるんだよな。

——つーか、俺、リグドと一緒にいたら、携帯って持ってられるのか?

——リグドと一緒にいた頃、俺、どんな生活してたっけ?

コーヒーがテーブルの上に置かれ、シンバは、喫茶店なんて入ったの、初めてだなと思う。

こうして、人として生活をしていく事が、これから先、あるのだろうか。

普通の当たり前が、シンバにとって、特別だったと、今更、改めて思う。

——頼むよ、リグド。

——ルーシーを倒したボロ雑巾のような俺を、拾ってくれよ。

——もう俺はリグドの所しかないんだから。

——そして、もし、デンバーが、リグドを倒すのなら、その時は一緒に戦おう。

——リグドの悪夢になるジュキト復活が、本当に行われるなら、俺は全力で戦う。

——もう見たくないよな、悪夢なんてさ・・・・・・。

ストラップの豚を見つめながら、心の中で独り言を囁き続けるシンバ。

そして、後、数粒しか残っていないLTをテーブルの上に並べ、溜息。

今日までテンションを下げるのは苦労した。

今でさえ、本当は声を叫び上げ、力一杯、拳をどこかにぶつけたい気分を、必死で抑えている。

もうすぐ暴れられる、それまで我慢だと、自分に言い聞かせながら。

よくトリップしなかったと思う。

うまく感情をコントロールできたのは、フリットの御蔭だろう。

フリットがいなかったら、きっと、暴走していた。

それにラインの笑顔を思い出せば、あの笑顔を大事にしたくて、気分を落ち着かせる事ができた。

人は人を想う事ができた時、強くなれる。

その強さは、傷つける強さではなく、守る強さ。

自分が傷付いても、守れる強さ。

剣ではなく、盾となれる強さ。

だからこそ、自分を抑え、辛くても我慢できるものなんだと知った。

だからだろうか、ひとつ、精神的にアップしたようで、

——きっと俺は大丈夫。

——全てうまくいく。

——何も失わない。

LTのせいもあるだろう、そんな意味のない自信が湧きあがっていた。

夕方、ビルの地下に集まり出す若者達。

どう見ても、まだ子供だ。

シンバ自身も大人ではないが、流石に、17歳から見た13歳から15歳は、まだまだ子供に見える。

その程度の子供達が集まって、LTを飲んでいるのだと思うと、この国の未来は恐ろしい。

テレビ局の人だろうか、カメラを持った人と数人の大人達が、何か文句を言っている。

「今日のライブは中継しないって突然の拒否だよ」

「別にこっちはいいんだけどね、テレビ出演してる訳じゃなく、街に流すムービーだから、前のを使ってもさ。そんなのルーシーのCMみたいなもんで、こっちとしては何の利益もない訳だし。只さぁ、ここまで来た以上、金払ってほしいよね」

「そうそう、ドタキャンはないでしょー、最近の若い奴って、こうなんですかねぇ」

「ホントだよ、前もって連絡するって知らないんすかね」

——フゥン。

——今日はカメラ入れないのか。

——そりゃそうか、俺を呼んでおいて、カメラに映せる状況じゃなくなるよな。

シンバは辺りをキョロキョロしながら、リグドが来ていないか、確認する。

——来る訳ないか。

——多分、リグドはルーシーの人気が気に入らないだろうし。

——それでもルーシーをお気に入りにしたのは、なんでだろう?

——忘れても、タレントだから、直ぐにわかるって理由だけじゃないだろうしな。

ビルの地下へ入る前に、チケットの確認が行われる。

シンバはチケットを渡すと、半券だけもらい、中へ入る。

そこは前に仕事で行ったクラブのような場所で、あのクラブよりは規模は小さいが、薄暗く、流行の曲が流れていて、余り落ち着けるような場所ではない。

だが、クラブより、流れている音楽は小さめで、それはまだ始まってはないからだろう。

シンバはステージから一番離れた後ろで、壁に持たれ掛け、腕を組んで、全てを見渡すように立っている。

カウンターで飲み物を注文している者、フロアで音楽に合わせるように、体を揺らしリズムをとっている者、既にステージの前で場所取りしている者——。

——俺が来てる事、ルーシーはどうやって知るんだろう?

——薄暗いけど、ステージからは、よく見えるのか?

——俺がどこにいるとか、わかるのか?

——それに、この規模で、300人って言ったら、詰め込み過ぎだろ。

——後ろになると頭しか見えないんじゃないのか?

——そんなんで俺を見つけられるのか?

——まさか、俺に、本気でライブ見せたかっただけとかじゃないだろうな!?

シンバの周囲にも人が集まり出し、窮屈そうに、身を小さくすると、照明が落とされ、更に暗くなったかと思うと、皆が悲鳴のような奇声を上げ、ステージの方向を見ている。

そろそろ始まるらしい——。

ステージからスモークが溢れ、これでは余計に視界が悪くなるじゃないかと思う。

静かに鳴っていた曲が止まり、途端、最大音量で流れる音楽。

すると、皆、一斉にルーシーコール。

そしてステージに照らされた光の中、現れる男。

ルーシー・ミスト。

一気に熱気が上がり、上下に体をジャンプさせ、両手をあげ、ルーシーへ向けて、手を叩き、声援のような、悲鳴のような、奇声が響く。

ゆっくりスローテンポで踊っていると思ったら、激しいダンスを見せ、更に盛り上がりを見せるので、ボサッと突っ立っているシンバは、周囲から、かなり浮いている。

——なんか、凄いな。

——よくわかんないけど。

だが、やはり、ルーシーを敵だと見ているシンバは、幾らLTをキメていても、この雰囲気にノる気は全くない。

腕を組み、ルーシーを見ているだけ。

一曲、終わったのだろう、ルーシーの動きと音がピタリと止まり、二曲目に入るらしい。

また違うリズムの曲とダンスが始まり、ファンにとったら、更に盛り上がる所なのだろうか、急上昇で、皆のテンションが上がるのがわかる。

ルーシーの声も一曲目より、ハイテンションになる。

三曲目に入ると、バックダンサーまで出てきて、照明も色が変わり、派手なパフォーマンスを見せる。

——おいおい、何曲歌って踊る気だ?

——俺が来てるって、わかってんだよな?

少し、ここに来た事の意味がわからなくなって来ているシンバ。だが、三曲目が終わった所で、ルーシーのMCが入る。

「今日もご機嫌に過ごしたい奴等が集まったようだね、持って来たよ、キミ達が欲しい物。そう、ラストトリップ——」

と、ポケットから、小瓶を取り出すルーシーに、ファン達が手を伸ばし、奇声を上げる。

「だが、残念な事に、この中に裏切り者がいて、これを渡す事はできなくなった」

——裏切り者?

——俺・・・・・・じゃないよな?

眉間に皺を寄せながら、腕を組んだまま突っ立って、シンバはルーシーを見ていると、今、ルーシーがシンバに気付いたのか、目が合ったように思えた。瞬間、ルーシーの口元がニヤリと笑ったようにも見えた。

「ボクの信者達。ボクを裏切ったらどうなるか、見せてあげよう——」

ルーシーがそう言って、指を鳴らすと、ステージの上から何か降りて来た。

それは、十字架に鎖でグルグルに繋がれた・・・・・・

——アニル!?

シンバは、十字架に磔に合い、酷く痛めつけられたアニルの姿に目を疑う。

そして、ルーシーはスタンドからマイクを抜くと、それが長剣になっていて、アニルへと剣先が向けられると同時に、殺せコールが始まる。

ルーシーは静かにと人差し指を立て、

「どうやらこの中にもセク部隊の犬がいるようだ」

などと言い出す。

——セク部隊の犬?

——誰の事だ?

だが、直ぐに、自分の事だとわかった。

ルーシーが、ジッとシンバを見ているからだ。

——なんで俺がセク部隊?

そして、突然、ルーシーはシンバを指差し、

「いたいた、アイツだ、セク部隊の犬。LT中毒を処刑しようと、ボクの聖域に踏み込んで来た勇敢な戦士。アイツを殺さないと、みーんな捕まって、処刑される。そうなったら、もう二度と、トリップできない。最高の気分を味わえないよ?」

と、皆の怒りをシンバに向けさせた。

そして、曲が流れる。

——この曲・・・・・・?

——アニルがバトル中にイヤフォンで聞いてた曲か!?

ルーシーがマイク片手に声を張り上げ、歌い出し、瞬間、そのフロア、全員が戦闘態勢で、殺気立った。

——ヤバイ。

シンバは小刻みに震え出す。

力が全身から抜けていく。

——LTがキレる。

——数秒は無気力になる・・・・・・。


その頃、フリットは街の大きなビルの上に設置されたモニターを見上げていた。

ニュース速報で流れるLT事件。

タレントのルーシー・ミストが、今現在、ライブを行っている最中だが、LTが使用されているとして、ライブ場となるビルをセク部隊が包囲している。

中ではLTがキレた者が大暴れしていて、セク部隊も突入はできない様子。

「フリット?」

その声に振り向くと、

「結構、短めに切っちゃった。ベリーショートって奴? どう?」

と、元々、短い髪が、更に短くなったラインが立っている。

フリットは、何も言わず、呆然とした顔をしているので、ラインは首を傾げ、モニターを見上げ、

「うっそ! ルーシーって、やっぱりLTやってたの!?」

と、驚く。

「・・・・・・ライブって今日だったのか?」

「え? なぁに? フリットもルーシーのライブ行きたかったの?」

その質問には答えず、

「ライン、これ俺の服!」

と、紙袋二つをラインにむりやり持たせると、

「先帰ってて。オイラ、ちょっと行くとこあるから!」

そう言うと、猛ダッシュ。

「ちょっと! フリット! どういう事!? なによ、これ!? 自分で買った物でしょ! 信じらんない! 私に荷物持たせて、しかも運ばせるなんて! 私だってこれからショッピング楽しもうと思ってたのに!」

ラインの叫び声は聞こえていたが、振り向きもせず、フリットはルーシーのライブ場へと急ぐ。

携帯を取り出し、走りながら、アニルにメール。

『お前、なんで嘘ついたんだよ! ライブ、今日じゃねぇかよ!』

送信ボックスには、一週間前にアニルへ送ったメールが残っている。それには、ルーシーのライブの日がいつなのか、尋ねてある。

アニルは、嘘の日にちを、フリットに教えた。

その時、既にアニルはルーシーに捕まっていたのだろう。

そんな事、知らないフリットは、アニルからの返信がなくて、苛立ちながら、シンバに電話をかける。

だが、通話中。

「くそっ! こんな時に、誰と話してるんだよ!」

苛立って、そう怒鳴るが、直ぐに、

「まさか、着拒否!?」

と、通話中の理由に勘付く。

駅に着いたはいいが、長蛇の列になっている切符売り場。

そんな列に並んでる暇はないと、改札を通り抜けると、駅員が追って来るが、フリットのスピードに追いつける筈もなく、しかも駅員はフリットを見失い、諦めたようだ。

人身事故があったらしく、電車が遅れている。

こんな時に、何故なんだと、フリットはホームでウロウロ。

携帯を取り出し、テレビモードにすると、ニュースを確認するが、電波が悪く、映像がうまく入らない。

「くそっ!!!!!」

そう叫んだフリットに、周りにいた人がビックリして、フリットから遠ざかる。

フリットは携帯の只の時計となる待ち受けを見つめながら、その場に座り込み、

「なんでなんだよ、シンバ・・・・・・」

と、深い溜息を吐き、頭を抱えるように、蹲る。

「なんでだよ、なんで一言くらい何か言って行かないんだよ、オイラだって、何か手伝える事があるかもしれねぇじゃん、なんで1人で行っちゃうかなぁ!?」

「そんな所で座り込んで、長い独り言って、かなり怪しいわよ、フリット!」

その声に顔を上げると——・・・・・・

「アンタ・・・・・・クラブでラインに倒された爪の女・・・・・・・?」

「ラインに倒されたとか、余計だわ! 言い訳になるから言いたくないんだけど、でも言っておくわ、アタシ、戦闘タイプじゃないのよね、頭脳タイプ。だからあそこまで戦えたアタシは凄いって事よ」

「頭脳タイプ?」

「LTの御蔭で、分厚い本なんて、パラパラ捲るだけで完璧に全て暗記できるし、計算だって大得意だったのが、一瞬で答え出しちゃう程の大大大得意になったし、後はコンピューターなら任せてって感じかしら?」

「なんだそれ? どうでもいいけど、アンタ、釈放されたのか!? セク部隊に捕まったろ!?」

「釈放っていうか脱走? セキュリティー解除なんて、アタシにとって容易い事だから」

「脱走!? じゃあ、指名手配になってるのか?」

「さぁ? 逃走してるつもりはないわ、アタシ、LTリミットレベル1だけど、中毒中じゃないし」

「でも、LTやってたんだから、死刑だろ!?」

「だったら、この国の殆どの連中、死刑になるんじゃないの? フリット、アナタもね」

と、クスクス笑いながら、フリットの横にしゃがみ込み、フリットの顔を覗き込んで、

「アタシの事、本当に忘れてるの? あのラインって女の手前、忘れたふりしてるんじゃなくて?」

と、尋ねてきた。

「・・・・・・オイラ、アンタみたいなの趣味じゃない」

「酷いわね、敵として現れたからって、そんな言い草しなくてもいいじゃない? あんなに愛し合ったのに」

「愛し合う? 冗談だろ、本当に大事に思っている人じゃないと、愛し合えない」

「・・・・・・変わったわねぇ、フリット」

「は?」

「フリットじゃないみたい。記憶って、人格まで変えちゃうのねぇ。でも着てる服を見ると、相変わらず、リグドに影響されてる感じするけど?」

「・・・・・・なぁ、アンタさぁ、リグドの取り巻きの1人だったのか?」

「さぁ? 覚えてない」

と、目線をずらし、立ち上がる女に、フリットも立ち上がる。

「ルーシー・ミストからLTもらってたよな!? ライブに行ってもらってたのか? あの爪みたいな武器もルーシーから?」

「あの時はもうLTもらってた訳じゃないわよ、中毒中じゃないんだから。LT中毒中の奴等いたでしょ? ほらレベル2の強さを発揮した男達4人。アイツ等がもらってたのを、アタシが見て確認して、ちゃんともらってたって覚えててあげてただけ。中毒中の時って、些細な物忘れ程度だけど、自分が忘れてる癖に、逆ギレして暴れたりする奴もいるからさ」

「・・・・・・アンタって、オイラの事、覚えてるみたいだけど、オイラ達って、リグドの取り巻きだったよな? オイラ、アンタの事は覚えてないけど、自分が取り巻きだった記憶は少しあるんだ。ルーシーは、リグドの取り巻きの1人だったのか? それとも、リグドからルーシーに接触したのか?」

「そんな事知ってどうするの?」

「どうもしないけど! 知りたいんだよ!」

「じゃあ、アタシとエッチする?」

「は?」

「ご休憩しましょ? そしたら教えてあげてもいいわよ」

「・・・・・・そういうの、やめた方がいいよ」

フリットが悲しそうな顔で、そう言うので、

「どうして? 今を楽しみましょうよ、なんなら、LTやっちゃう? 一応、持ってるのよね。LTキメて、エッチしたら、最高、気持ち良かったでしょ?」

と、小さなポシェットから、LTの入った小瓶を見せる女。だが、フリットの顔がどんどん悲しくなるので、女は溜息を吐いて、小瓶をポシェットに仕舞った。

「つまんない男になったわね」

「・・・・・・オイラ、そういう男だったんだな」

「え?」

「・・・・・・かっこわりぃ」

「は?」

「・・・・・・かっこいい服で、かっこわりぃ自分隠しても、かっこよくないなぁ」

「フリット?」

「アンタもさぁ、今、中毒中じゃないなら、レベル1になった頃の記憶からはハッキリとあるんだろ? もっと普通に女の子として生きた方がいいよ」

「普通って?」

「もっと、普通に・・・・・・自分を大事にした方がいい」

「何それ? ダッサ! オヤジっぽいよ?」

「・・・・・・ダサい方がカッコイイって思えるようになったんだよ」

「フーン、それって、あのラインって女の影響? リグドより影響力あるのね、その女」

「どうでもいいだろ、それより、俺の質問に答えないなら、どっか行けよ」

「どっか行けって酷いわね、質問ってなんだっけ? ルーシーはリグドの取り巻きだったのか?って話だっけ? 元々、アタシ達って、リグドからLTもらってたじゃない? で、リグドはルーシーからもらってたのよ、リグドって、どこにいるのか、わからないじゃない? 突然、現れるから。だから、アタシは、リグドより確実に会えるルーシーにLTをもらうようになったの。ルーシーはどこからLTを手に入れてるのか、アタシは知らない。でもライブに行くともらえるのよ、で、監禁されて、リミット越えちゃったの、アタシ——」

アニルと同じだと、フリットは思う。

「リミット超えてからLTは必要なくなったんだけど、ルーシーから連絡が来て、LTやってた事がセク部隊にバレた場合、バトルになるだろうって。戦闘を学んだ方がいいって言われて、武器ももらったわ。その代わり、ルーシーのパシリみたいな事させられてるけど」

やっぱりアニルと同じだと、フリットは思う。

「フリットとアタシが出会ったのは、アタシがレベル1になってからで、フリットはまだ中毒中だったわね。でもある日、突然、フリットがいなくなって、リグドにLTもらえなくて、どこかでLTキレて、死んじゃったのかもって思ってたわ。だからルーシーになら確実にもらえるわよって伝えたかった。その頃はまだルーシーも、今より有名じゃなかったし、ルーシー自身、LTに手を出してなかったんじゃないかしら? そのまま、フリットとは会えなくて、数年後、やっと会えたと思ったら、レベル1だし、アタシを忘れてるし、敵だし、ラインなんて女を好きになってるし!」

「オイラとアンタの事なんて、どうでもいいよ」

「寂しい事言うわね」

「それより、ルーシーとリグドの関係を話せよ」

「ルーシーとリグドの関係? そんなの知らないわ。お互い似てるから知り会ったんじゃないかしら? リグドのカリスマ性、ルーシーのタレント性、どちらも人を惹き付けるチカラを持ってる二人だったから、二人が接触するのは自然だったのかも。でも、何故かリグドの方が上回るのよね、それはやっぱりLTリミットレベルが高いからかしら」

「・・・・・・リグドって、今、レベル4?」

「さぁ? 知らない。会ってないし。リグドは気まぐれだから、どこに現れるのかも、わからないし、付き纏っても、相手にされる訳でもないし、よっぽどじゃないと、気に入ってもらえないし。LT頂戴って言えば、飴をくれるようにくれるけど、只、それだけ。彼は誰の事も気にとめないし、誰の事も見ていない」

「・・・・・・」

「その点、ルーシーは、気にかけてくれるし、人をちゃんと見てるわ。ファンは大事にしないとね、タレントはやっていけないでしょ。多分、見ていないのは、リグドの事だけ。自分がリグドになれないから、目を逸らすのよ」

「・・・・・・リグドになれない——?」

「一番、リグドに近い人間はルーシーだって、ルーシーは思ってる。でも、なれない事をよく理解してる。ルーシーは自分が好き。自分の歌が好き、自分のダンスが好き、そして、それを支持してくれるファンが大事。そこがリグドとルーシーの決定的な違いよ。どんなに人が集まっても、どんなに人から好かれても、支持されても、リグドはそれに応えない。常に孤独だし、何も持ってないし、持たないし、自分の事もどうでも良さそう。でもそれがリグドの強さの理由だわ、孤独だから、誰も悲しませないし、何も持ってないから失うモノはないし、自分が今直ぐ死んでも、何の後悔もない。ルーシーは、そんなリグドになりたいんだと思うわ、でも、なれない。なれっこない、大事なものがある限りね」

「・・・・・・大事なのにLTを使ってライブか?」

「LTがなきゃ、ルーシーなんて、無名よ」

と、女はケタケタ笑う。

「ダンスがうまいのも、歌がうまいのも、LTの御蔭。そして、ファンが必ず集まるのは、LTの御蔭でしょ? そうやってファンをゲットしてんのよ、大事なものって言ってもね、世の中、そんなもんでしょ、フリットだって、LTやって、いろんなもの、手に入れたでしょ? 強さもそうだし、お金だって、女だって、欲しいものは、なんだって手に入る。LTって、そんなご機嫌な薬だったじゃない? でしょ?」

「・・・・・・帰ったら、ラインに、お前も相当、男の趣味悪いって言ってやる」

フリットはそう呟くと、

「ルーシーって奴、バカだよな。LTやってて、リグドと接触ある奴なんて、みんな、自分をリグドに一番近い人間だって思ってる、オイラもな」

と、自分の服を親指で差して言う。そして、

「折角、歌もダンスも、恵まれた才能があるのにさ、努力じゃなく、LTなんかで誤魔化して、トリップして、折角の大事なもん、台無し。欲しい物が、なんだって手に入ったら、残るのは要らない物ばかりだ。LTはさ、何でも手に入る凄くいい夢なんだ、でもその夢は、全てを壊す悪夢なんだ、オイラはそんな悪夢、二度とごめんだ。大事なもん、壊されたくない、自分で、自分の力で守りたい。あ、電車、来た、オイラ、行かなきゃ」

遅れていた電車が来る。

電車の扉が止まる場所に並ぶフリット。

女はその電車には乗らないのだろう、フリットに続いて並ばないが、

「どこへ行くの?」

そう聞いた。

フリットは振り向いて女を見た。

シンバの台詞が脳裏に浮かぶ。

『お前に会えたし、ラインに会えた。それは俺にとって、多分、一生分のラッキーだ。LTやってて良かったと思える瞬間——』

「友達を助けに。トリップさせたくないんだ、この現実世界で一緒に生きたい仲間だから」

「仲間? どうせLTやってるんでしょ?」

「だからソイツに会えた」

「出会いなんて、忘れられたら終わりよ、フリットだってアタシを見ても何も思い出さないじゃない? アタシの名前さえ覚えてないんでしょ? それに、LTやってるなら、その人もルーシーと変わらないわ、そんな人を助けるって言うの? さっきルーシーをバカだって言った癖に」

「でもソイツは自分をリグドに近い人間だとは思ってない」

「え?」

「リグドを助けたいと思ってる。大事な人を救えると思ってる。LTのチカラで守れると思ってる。ソイツも相当バカだから、オイラが気付かせてやんないとさ! バカだって」

フリットは笑いながら、そう言うと、ラッシュ時以上に、ギュウギュウ詰めの電車に乗り込んだ。

「・・・・・・人に押し潰されて、カッコ悪い去り方するのね」

と、クスッと笑う女に、苦笑いしながら、動かせない手を振ろうとして、振れなくて、指でバイバイと振ってみるフリットに、女は更にクスッと笑い、

「でも昔より、カッコイイかも」

と、呟いた——。


シンバは、数秒の脱力の後、殴られ蹴られしたが、それを耐え抜き、そしてレベル3の強さを纏い、300人程のファンをぶっ潰していた。

もう倒れて気絶している最後の男を、まだボコボコに殴り飛ばすシンバに、ルーシーはステージ上で、歌を止め、驚いている。

「・・・・・・これはどういう事だ? ボクの歌で戦闘法マニュアルを、理解してる連中を、1人で潰したなんて、有り得ない。ボクはトリップしてるのか?」

目の前で起きている現実が飲み込めないルーシー。

そして、今、シンバは、ルーシーを見ると、

「ひゃーっはっはっはっはっはぁ!!!!」

と、気が違えた笑いを遠吠えのように吠えた。

ずっと気分を抑え、大人しく過ごしていたシンバはストレスが溜まっていたのだろう、そのストレスが一気に発散され、気分上昇で、ハイテンション過ぎるシンバ。

「・・・・・・有り得ない。ボクより強いのはリグドだけだ」

ルーシーはそう呟きながら、それでも認めなければならない現実に、最後の手段だろう、マイクの剣をアニルへと向け、

「コイツを殺す! いいのか?」

そう叫んだ。

首をコテンと横に倒し、わからないと言った態度のシンバ。

「コイツはお前の友達だろう!? いいのか!?」

アニルは薄っすらと目を開け、シンバを見て、

「助けて・・・・・・シンバさん・・・・・・」

そう囁くが、シンバはそんな事、どうでもいいのか、一歩一歩、ステージへと近付く。

「おい、止まれ! 勝手に動くな! コイツを殺すぞ!」

その台詞にか、シンバは足を止めた。いや、ステージ横から出てきたリグドに足を止めた。

ルーシーもリグドの存在に気付き、

「・・・・・・どう・・・・・・して・・・・・・ここに——?」

驚愕の表情でそう聞いた。

「オレは毎月、お前のライブ、楽しみに見に来てるだけだよ」

「・・・・・・嘘だ」

「あぁ、嘘だ、楽しみではない。しょぼいライブだなぁってさ、特に今日のは最低だな」

と、十字架に鎖で縛られたアニルを見て、

「自分のファンを吊るし上げて何がしたい? 吊るし上げる人間、間違ってるだろ」

そう言った。

「ま、間違ってる? そんなバカな! ソイツはボクを裏切って、アイツと仲良くしてるんだよ! メールも繋がってる!」

「でも間違ってるから最低のライブなんだよ。男なんて吊るすな、パフォーマンス的にもつまんないだろ。吊るすなら女でしょ?」

と、リグドはシンバを見るので、シンバの鼓動が早くなる。

——ラインの事、言ってるのか?

そう思ったのが聞こえたかのように、リグドがフッと笑う。

ゴクリと喉を鳴らし、唾を飲み込むシンバと、威圧的な微笑を浮かべるリグド。

二人の視線が繋がっているのが、気に入らないルーシーは、

「・・・・・・い、今から、最高になる!」

そう叫んだ。リグドは、シンバから目を離し、ルーシーを見る。

ルーシーはリグドが自分を見てくれた事に笑みを浮かべ、

「アイツをボクが殺す。見たいだろう? 元お気に入りがどんな顔で死に行くのか! 今直ぐに最高に楽しませてあげるよ!」

喜々として、そう言うと、剣先をアニルから、シンバへと向けた。

リグドはクックックッと笑い、

「元?」

と、尋ねる。

「・・・・・・元お気に入りじゃないの? あの男——」

違うのか?と、焦った顔で、ルーシーはリグドを見る。

リグドは、笑いを止め、一気に不機嫌なオーラを身に纏い、

「今も気に入っている」

そう言うので、ルーシーは驚愕の表情で怯え出し、急いで剣を下ろす。

「ご、ごめっ、リグド、ごめん、ボク、知らなくて! もう気に入ってないのかと! だって手放してるようだったから! じゃあ、じゃあさ、アイツを殺すのはやめるよ!」

「殺して見せろ」

「え?」

「殺して見せろ、そしたら、許してやる。でも、お前のレベルじゃ無理かな」

ルーシーはコクコク頷き、

「僕のレベルは3だよ? 見てて! 今直ぐ、コイツを殺してやるから!」

と、シンバに再び剣先を向ける。

さっきまで気分上昇していた明るい表情のシンバは、リグド登場でテンションが下がったのか、それとも平常心に戻ったのか、無表情。

だが、その瞳はもうルーシーではなく、ずっとリグドだけを映し見ている。

その瞳が気に入らないルーシーは、

「どこ見てるんだよ、ボクが直々に相手してやろうって言うんだ、有り難く思え!」

と、ステージから飛び降り、マイクの剣を構えたまま、シンバに近付いて行く。

今、リグドの唇が、殺せと、シンバを見て動いた。

シンバはリグドの唇を読み間違えたのかと、リグドを見つめるが、リグドは不敵な笑みを浮かべているだけ。

——殺せって言ったのか?

——ルーシーを気に入っているんじゃないのか?

リグドの考えが、全くわからない。

ルーシーには、殺して見せろと言い、シンバには、殺せと命令。

——俺達を本気で戦わせたいだけ?

——これもリグドの遊びか?

今、ルーシーの剣がシンバの目の前、振り上げられ、シンバは素早く背中のノーザンファングを抜いて、ルーシーの剣を弾いた。

マイクの下に忍ばせるようなオモチャみたいな剣と、ノーザンファングの一振りの威力は、相当な差がある。

同じチカラで剣を振るったとしても、ノーザンファングは元ジュキトの本格的な武器のひとつだ。

それこそ、LTを使用した軍人が扱う為に仕入れた武器。

大きなチカラに応える事のできる武器なのだ。

ルーシーの剣は、そのたったの一振りで、刃が折れてしまい、ルーシーの剣の柄を握っている手は、ノーザンファングに弾き返された衝撃で、ビリビリと痛みが伝わり震えている。

ルーシーが焦った顔をしているのに、リグドは楽しそうにクスクス笑っている。

その笑い声に振り向いて、ルーシーは、リグドに助けを求めるような表情だが、リグドは笑っているだけ。

歯を食いしばり、体に力を入れて、雄叫びを上げながら、折れた剣でシンバに向かって行くルーシー。

だが、折れた剣も、弾き返され、しかも余りの衝撃に、ルーシーは手から剣を離してしまった。

滑稽に床に転がる折れた剣と同時に、ルーシーも床にガクンと膝から落ちる。

だが、シンバはノーザンファングを鞘に仕舞うと、ルーシーの胸倉を持ち、立ち上がらせ、無言で殴り飛ばす。

タレントだから顔なんて殴られた事はないだろう、それだけでショックも大きいのか、ルーシーからは一気に闘争心が消えている。

だが、シンバはルーシーを突き飛ばすように放すと、その場に跪いた。

どうやら、そろそろLTが完璧にキレるようだ。

体から力が抜けていくのがわかり、気を失いそうになる。

気がつけば、すぐ目の前に、ルーシーが立っていて、折れた剣を振り上げていて——。

だが、

「もう逃げた方がいいんじゃない?」

と、リグドの声に、ルーシーは、剣を振り上げたまま、振り向いて、リグドを見る。

シンバもまだ意識があるので、歪んで見える視界の中、リグドがどこにいるのか、声のする方を見て、探している。

「LTが完璧にキレる頃だって、そろそろセク部隊が乗り込んで来るんじゃないかな」

「セク部隊?」

「あれ? 知らないの? このビル、セク部隊に包囲されてるよ」

「どういう事!?」

「どういう事? それはね、1つの間違いは、1つの敗因」

と、リグドは吊るし上げられたアニルを見て言う。そして、またルーシーを見て、

「お前の敗因はシンバの大事なものを間違えた事。それさえ間違えなければ、俺はお前を褒めてやったのに。そしてシンバの敗因は——」

と、フロア全てを眺め、

「俺の命令を聞かず、レンを殺さなかった事。そして今このフロアにいる全員が生きてるって事。レンに飼い慣らされて甘くなったんじゃないか? それとも、お前を変えたのは、大事な大事なラインちゃん?」

と、シンバを見て、そう聞くが、シンバの視界は既にぼんやりとしていて、リグドの存在は捉えているものの、リグドの表情まで見えない。

それどころか、シンバは、レンって誰だ?とまで思っている。

薄れていく意識の中で、シンバは記憶が消えて行くのを感じている。

「ま、待って、リグド! 敗因って、今、これから止め刺すから!」

と、ルーシーはシンバを見下ろすが、

「ルーシー、お前、もう終わりだよ、自分の立場忘れてないか? お前はタレントだろ? セク部隊が動いているって事はさ、ニュースで流れちゃってるよ」

リグドがそう言うから、ルーシーは、震えながら、剣を下ろし、そして、振り向いて、リグドを見ると、

「ボ、ボクがLT所有で捕まったら、LTはもう手に入らない!」

と、震える声ながらも、しっかりとした口調で叫んだ。

リグドは一瞬、困った顔になったと思ったら、直ぐに大笑いし、

「何か勘違いしてる? オレ、もうLTいらないから」

と、ポケットの中に手を入れて、持っているLTをバラバラバラと床に落とし、

「超えるんだ、ラストを——」

そう言った。

「・・・・・・でも! ボクは捕まらない! 捕まえられないさ! ボクにLTを渡していたのはセク部隊隊長だ!」

「知ってるよ、知らないのは、お前の方だ、俺もお前も奴等の手の中で転がされているって事に。で、俺の目的は何か教えてやろうか?」

リグドは、そう言うと、ステージから飛び降りて、ツカツカと歩み寄ってくる。

シンバはもう視界が暗くて、何も見えなかったが、リグドの気配が強くなるのと足音で、近付いて来ているのがわかった。

「オレの目的はジュキト復活。奇遇だね、セク部隊隊長と同じだ。と言うか、ソイツの手の中に入り込んでみた。その方が、俺にとっても好都合。バラバラになったジュキトをひとつに纏めた方が、簡単に潰せるから。それこそ記憶がなくても、大きな存在ってのは邪魔だから潰す事になるだろう。ルーシー、オレに隠れて、コソコソとファンに武器を渡したり、元ジュキトの連中とコンタクトとったり、そして、オレにたくさんのLTを運んでくれて、ご苦労様」

今、どうなっているのか、わからないが、ルーシーの怯えている空気がシンバに伝わり、シンバも跪いたまま、その恐怖心に呑まれそうになる。

「あぁ、でもまだ、ご苦労様には早いか、仕事が残ってるからね。LTリミット越えたタレントがセク部隊に捕まるって言う、セク部隊の強さを世界にアピールする為の仕事が——」

ルーシーは、リグドからも、デンバーからも、利用されていたって事かと、シンバは思うが、ルーシーはまだ諦められないのだろう、

「ボクは捕まらない! リグド、お願いだよ、ボクを一緒に連れて行って!」

と、必死な声を出している。恐らくリグドに縋っているのだろうと思うが、その後、ルーシーの嗚咽が聞こえ、その音で、殴られたなとシンバは悟る。

「ゲームオーバー」

リグドがそう囁くのが聞こえたのと同時に、シンバは誰かが自分を呼ぶ声を耳にする。

だが、その声が誰なのか、もう思い出せない。

シンバと叫ぶ声を聞きながら、シンバは気を失った——。


「シンバ! シンバ! シンバァ!!!!」

ルーシーのライブ場となる周囲には、KEEP OUTと書かれた黄色いテープが張られ、セク部隊が立っている。

そのテープの向こう側は、野次馬の人込み。

その人込みを掻き分け、フリットがシンバの名を叫んでいる。

今、ビルの中から、タンカで運ばれてくる人。

どれもこれも、重症っぽいが、シンバではない。

報道人も結構来ていて、フリットは裏側へ回り、ビルの中へ入れないか考える。

裏側の方がセク部隊が結構多く、だが、野次馬も報道人もいない。

フリットが通ろうとすると、セク部隊に、今は立ち入り禁止だと止められるが、無理矢理、突破すると、セク部隊に銃を構えられ、直ぐに、手をあげ、フリットは立ち止まる。

今、裏口からタンカで運ばれて来たシンバに、

「シンバァ!!!!」

そう叫び、フリットは走り出した。

その場のセク部隊全員が、フリットに銃口を向ける。だが、

「やぁ! 確か・・・・・・フリット君だったね、キミも来てたのか」

と、デンバーが現れ、フリットに声をかけたので、セク部隊達は銃口を下ろした。

「あの、シンバは!?」

「あぁ、今のところは大丈夫、気を失っているだけですから」

「オイラが連れて帰ります!」

「それはできません」

「どうしてですか!?」

「・・・・・・彼はもうリミットを越える時が来ているんです」

「知ってます、だからオイラ達の方で引き取ります」

「・・・・・・キミ、レンから何も聞いてないんですか?」

「え?」

「彼はね、セク部隊に入る事になったんですよ」

「は!?」

「レンはその事に承諾しています」

「・・・・・・ちょっ、ちょっと待って下さい、話が読めません」

「ワタシは説明しましたよね? ここ最近、ジュキトの紋章入りの武器が出回り、その武器を装備して、喧嘩ではなく、まるで戦闘方法を知っているかのような若者が増えている事、そしてLTリミットを越えている事など。こうなったら、セク部隊のチカラではどうしようもなく、シンバ君とフリット君を我が部隊に招き入れたいと言う事を」

「そ、それは聞きましたけど、レンが承諾しているって言うのは?」

「ええ、承諾してくれています、帰って、直接、レンから聞くといいでしょう」

そう言うと、デンバーは背を向けて、行ってしまおうとするので、

「あの!」

フリットは走って行って、デンバーの前に立ち、

「新しく開発されたLTは記憶がなくならいって本当なんですか!?」

そう尋ねた。

デンバーはフリットを見て、

「・・・・・・ええ、リミットレベル1を超えても記憶はなくなりません」

そう答えた。

フリットはホッとして、アニルの記憶がなくなってない事を思い出し、納得するが、直ぐにハッと気付き、

「リミットレベル1って? じゃあ、リミットレベル2を超えてる者は!?」

大声で叫び返し、尋ねた。

「・・・・・・フリット君」

デンバーは、フリットに近付き、小さな声で、

「我々が知っている人物でLTリミットレベル2を超えたのはリグドと、それからシンバ君だけだ」

そう言った。フリットは眉間に皺を寄せ、

「え? 二人だけ? だってルーシーは? というか、それってどういう意味ですか?」

再び、尋ねる。

「フリット君、どうして我々が新しいLTならば、リミットレベル1を超えても記憶を失わないと言い切れると思っているのですか?」

「え? それは・・・・・・レベル1を超えても記憶を失ってない奴等がいるから?」

「それは誰なんですか?」

「誰って?」

「つまりですよ、LTを新しく開発しても、その効果は理論だけでは言い切れない。多分、恐らくなどと言っている訳ではなく、必ず、絶対と言い切れる自信があるのは、どうしてだと思っているんですか?」

「・・・・・・え? あの? どうしてなんですか?」

「わかりませんか? 言い切れるのは100パーセントの実証済みだからですよ」

「実証・・・・・・済み・・・・・・?」

「我々は、この国の一員です、実験室も研究室も全て国の許可がいる。だが、許可なしでLTを研究し続ける事は密かに行えるが、実験は難しい。新たな風邪の予防薬だと嘘を吐いて、モルモットなどで試して、万が一、そのモルモットが凶暴になり、研究員を襲うような事があったら、どうなると思います?」

「・・・・・・え? すいません・・・・・・言っている意味がよく——」

わからなくてと言おうとしたフリットの言葉を遮り、

「だから我々は隔離できる人のモルモットを手に入れる為に、ルーシーをつくりあげたんですよ」

デンバーはそう言って、言葉を失うフリットを見る。

「フリット君、隠していても仕方ないので話しますが、内密にしておいて下さい。我々はこの国を乗っ取るつもりです、ジュキトとして」

「・・・・・・」

「その為に強大な武力が必要なんです、この国を乗っ取る為に、全ての国を支配する為に、そして、リグドを倒す為に——」

「・・・・・・」

「だから我々はLTを研究し続け、リグドを追い続けた。今でさえ、リグドもルーシーも、二人がどうやって知り合ったのか、記憶にさえないでしょうが、全ては我々の手の中で動いているのです。人というのはね、記憶で作られている。才能さえ、記憶で左右される。実にルーシーという人間がそうだ。歌もダンスも流行も、全てこちらが与えた記憶でつくられた人物。そうして、狭い部屋に300人の人間を閉じ込めておける事に成功。外でLTを渡すだけでは、確保するにも大変だ。それにね、モルモットと言うのは決まった日に薬を服用するものだ。ルーシーのライブの日、時間、こちらの設定で、皆、一斉に薬を飲み始める」

「・・・・・・」

「キミもそうだろうが、ルーシーもね、昔のLTを服用していて、レベル1になったが、記憶を失っている部分が多々あるんですよ、だから、我々が彼にレベル3だと思い込ませているだけ。それだけでルーシーはレベル3に成り切って、レベル1の連中をうまく動かしてくれていましたよ」

「・・・・・・アニルは・・・・・・アニル・セイファンも、アンタ等のモルモットなのか? オイラ達にアニルと出会わせ、記憶を失っていない事を見せたのか? それでシンバは安心してLTを飲んだんじゃないのか!? ちゃんとシンバに説明してくれたのか!? レベル2以降は記憶を失わない保証はないって話してくれたのか!?」

「・・・・・・フリット君、シンバ君が服用していたLTはまた違うものだ」

「え?」

「確実に記憶を全て失うものなんですよ」

「は?」

「レンも承諾された事です」

「なんで!? どういう事!? シンバの記憶って全部なくなるの!? ラインやオイラの事も忘れて、アイツ、これからどうなる訳!?」

「・・・・・・セク部隊として働いてもらいます、そういう記憶を与えますから」

「何言ってんだよ、シンバはなぁ、シンバはラインを守りたくてLTを飲んでたんだよ、リグドを救えるかもってLTを飲んでたんだよ! セク部隊になる為じゃねぇんだよぉ!」

フリットは興奮の余り、デンバーの胸倉を掴み、そう怒鳴るので、周囲にいたセク部隊が全員、銃口をフリットに向けた。

デンバーは落ち着けと、周囲に両手で合図し、胸倉を掴んでいるフリットの手を持ち、

「結果、そうなるでしょう、何も心配いりませんよ」

そう言った。

「結果?」

「シンバ君は、リグドを倒す、そうすれば、ラインという方は守られる。でしょう?」

そんなんじゃないと、フリットはデンバーの胸倉を強く握るが、

「キミもセク部隊に入りませんか? 歓迎しますよ」

デンバーが、そんな事を言うので、フリットは力を失うように、胸倉から手を離し、只、呆然と突っ立って、どこを見ているのか、わからない瞳をし始める。

「・・・・・・シンバがリグドを倒したら・・・・・・シンバは誰に倒される訳——?」

ぼんやりと呟いたフリットの質問に、デンバーはフッと鼻で笑みを零すと、その場を立ち去った。

慌しく動く周囲の中、ずっと、立ち尽くしたままのフリット。

体の中から冷えていくのがわかり、ふと、ラインの笑顔が思い浮かび、そこへ帰れば、温かくなれると、トボトボ歩き出したが、途中、このままラインと一緒にレンダーの傍にはいられないと、急いで帰る為、走り出した。

廃墟に着くと、すっかり夜も遅く、

「フリット、どこへ行ってたの? シンバとも全然、連絡とれないんだけど」

と、ラインが、走り寄ってきたが、何も言わず、フリットは自分の部屋に向かうと、大きな鞄に自分の荷物を詰め始め、

「ラインも、早くここを出て行く準備しろ」

そう言った。ラインは、なんで?と首を傾げ、

「何かあったの? ここを出て行くってレンに話した? シンバも一緒?」

そう聞いた。シンバも一緒かと聞かれ、フリットは手を止め、ラインを見る。

ラインは首を傾げたまま。

「おい、帰って来たのか、フリット。帰ったなら遅くなった理由を話せ」

と、レンダーが現れ、フリットは怒りで拳を握り締め、キッとレンダーを睨むと、

「シンバは!? もう帰って来たのか!?」

大声でそう叫んだ。

「・・・・・・まだだが——」

「帰って来るのか?」

「知らねぇよ、俺様に聞く事じゃねぇだろ」

「知らない訳ねぇだろ!!!!」

フリットはまた大声で叫び、ラインはビクッと体を小さくする。

「レン、アンタさぁ、シンバに何をしたんだよ」

「何の話だ」

「とぼけんなよ!!!!」

「何の話だと言ってるだろう、俺様にはサッパリわからんが?」

「言わなきゃわかんねぇか、ああ、そうかよ、なら言ってやるよ、シンバがLT飲んでた事、知ってやがっただろう!!!」

そう叫ぶフリットに、ラインは驚いて、フリットを見る。

フリットはレンダーを怒りの表情で見つめたまま、レンダーは無表情でフリットを見つめたまま。

「・・・・・・LT飲んでたって・・・・・・どういう事・・・・・・?」

シーンと静まり返る部屋で、ラインが小さな声で聞いた。

だが、フリットは、レンダーを憎しむ目で見つめたまま、

「シンバが飲んでたLTは全ての記憶が消えるって、知ってて、止めなかっただろう」

そう言った。

レンダーは無言で、無表情のまま、フリットを見ている。

「なんとか言えよ!!!!」

そう吠えながら、フリットは鞄に詰めようと持っていた服を思いっきり床に叩きつける。

「・・・・・・他にどうしろと言うんだ、シンバはレベル2だ。もうアイツしかいないだろう、リグドを止めれる奴は——」

「だからって、遣り方が卑怯だろ! オイラ達を騙してたんだぞ! LTやって、レベルを超えても、これはオイラ達の体だ、シンバの体はシンバのもんだろ、その強さをどう使うか、決めるのは、シンバ自身だろ!」

「黙れ! お前達はまだ子供だ、力の使い方など、わかってないだろう!」

「は!? 子供? だったら子供に危険な事さすんじゃねぇ!」

「だから危険じゃないよう、俺様が仕事を選んで来たんだろう、黙って与えられた仕事をやってればいいんだ」

「もううんざりなんだよ!!!!」

フリットはそう怒鳴ると、

「出てく。ラインも連れて行く」

そう言った。レンダーは、ラインを見て、そしてフリットを見ると、

「出て行くなら、お前だけにしろ。ラインを巻き込むな」

と、ラインを自分の背後に引っ張ろうとするから、

「テメェの傍にいたから、シンバは巻き込まれたんじゃねぇのかよ!」

フリットはまた大声で叫んだ。

「レン、アンタさぁ、オイラを助けてくれたんだよな? LTのキレたオイラを拾ってくれて、ここでレベルを超えた後、オイラはここで生きて来た。アンタを信用して。でもさ、今更、オイラ、アンタの事、信用できないんだよ。もしオイラがレベル2だったら? そしたら、アンタ、オイラをどうした?」

「・・・・・・」

「なんでLT中毒中のオイラを助けた?」

「・・・・・・」

「リグドを倒せそうかもしれないと思ったからオイラを助けたのか?」

「・・・・・・」

「アンタにとって、オイラもシンバも、なんだった?」

「・・・・・・」

「レン、アンタが守りたいのはラインだけだろ? それは別にいい。只、守る方法が違うんじゃねぇか? オイラだってシンバだって、ラインを守って行きたいって思ってたさ、なのに、どうして、こんな犠牲を払う方法で守る事を決めたんだよ?」

「・・・・・・他にどんな方法があった?」

「ないよ! ないに決まってんじゃん! リグドと戦って勝てる方法なんて、LT使うしかねぇよ! でもさ、どうしてそれを嘘で固めて、シンバに全て押し付けたんだよ! せめて真実を話してくれていたら、シンバは、それでも受け入れただろうよ、でも結果じゃないだろう? その過程が大事なんだろ? だってオイラ達・・・・・・人間なんだぜ?」

「・・・・・・少しここで待ってろ」

レンダーはそう言うと、どこかへ行くので、フリットは、苛立って、ベッドに拳を沈める。

「フリット、どういう事? ねぇ、シンバがLTやってるって、いつから? 今、シンバはどこにいるの?」

ラインが、フリットに駆け寄り、不安な顔で、尋ねる。

「シンバはLTがキレてセク部隊に確保されてる。LTを飲み始めたのは2週間前ぐらいから。記憶がなくならないと言われたんだ。シンバはどうしても強さが欲しかった。リグドが・・・・・・ラインに何かする前に——」

「私に何かするって?」

「ラインが猫探しの仕事をした時があっただろう? その時、その客と食事したよな? その後、シンバに画像を送って来ただろ、客の友人って奴と二人で——」

「クロス?」

「そう、そのクロスって名乗った男・・・・・・リグドなんだ——」

「え!?」

その時、レンダーが、

「おい、テーブルの上開けろ」

と、大きな箱のような古いコンピューターを抱え、持って来て、フリットがテーブルの上を片付けると、それをドンッと置き、電源を入れた。

「これはな、この廃墟にそのまま残っていたコンピューターだ。中に入っているデーターも残っていた。雨風にやられちまってるかと思ったが、意外に丈夫だな」

言いながら、レンダーは画面に映ったパスワード入力画面に、パスワードを入れていく。

そして開いた画面の端に並ぶフォルダの中から、LTテストと書かれたフォルダを選び、それを開くと、実験中のLT漬けの子供達のデーターが出てきた。

ズラッと並ぶ名前の中から、ライン・ポートリーと書かれたものがあり、

「私?」

と、ラインが指を差し、レンダーは頷くと、ラインの名前を選んだ。

するとラインのデーターが詳しく出てきた。

「指紋も一致している。間違いない、これはお前だ。この写真でもわかる通り、白い肌、黒い髪、アクアの瞳。成長しても変わらないものが一致しているからな」

ラインはフーンと頷き、レンダーは、その画面を閉じて、またズラッと並ぶ名前の画面に戻した。そして、シンバ・ルーペリックと書かれた名前を選んだ。

「これはデンバー・ルーペリックの息子だ。見てわかるだろう、お前達の知っているシンバではない」

確かに、画面に映るシンバは、赤茶色の髪と瞳で、シンバとは異なる。

「このシンバこそが当時第二のリグドと言われ、リミットレベル3となった少年だ。だが、このデーターを見る限り、この少年は肉体の膨張と精神の安定さが一致してねぇ。今でこそ言える事だが、LTリミットレベル4になる為、更に服用中だったが、恐らくレベル4になる前に、中毒中で死んだだろう。リグドにくっ付いて行ってしまったが、どこかで死んで、そのままだな。確率的には低いが、生きているとしても廃人になっているか・・・・・・。只、リグドにとって、コイツは只1人の仲間だったのかもしれねぇな。同じレベルに達した奴なんて、早々いないだろう、最早、人間じゃねぇ。だからこそ、リグドは常に独りなんだろうしな」

言いながら、またズラッと名前が並ぶ画面に切り替える。瞬間、ラインが、ひとつの名前を指差した。

「この人、クロス・セイト!」

「クロス・セイトって・・・・・・」

フリットがそう言うと、ラインはフリットにコクンと頷くので、リグドが名乗った偽名かと悟る。

レンダーは、

「よくわかったな」

そう言うと、その名前を選び、クロス・セイトのデーターを出した。

蒼い髪と瞳の少年。

「そう、これが、お前達のよく知っているシンバだろう。指紋が一致した」

「・・・・・・このデーターって、リグドも持ってるのか?」

フリットが尋ねると、レンダーは頷き、

「持ってるかもな、当時、ここを襲撃した時に、持って行ったかもしれん」

そう言うと、その画面のまま、蒼い髪と瞳の少年を見つめ、

「この少年の事は、よく覚えてるんだよ」

呟くように、そう言った。

「クロスはな、ラインと同じ牢屋に入れられていた。ラインは俺様のよく知っている軍人であった友の子だったが、クロスもやはり軍人の子だったが、俺様の知らない奴の子だった。只、両親がLT漬けで中毒中だったから、妊娠したまま服用していた為、ラインは生まれながらのLT中毒症だった。このクロスもな。そう言った意味で、同じ牢屋に入れられていたんだ。まだ子供だったから、男も女も関係なかったしな」

「・・・・・・私がシンバと一緒にいたの? 小さい頃?」

「あぁ」

「・・・・・・それで?」

「俺様がクロスを気にかけてやる事はなかったが、ラインは、いつもクロスを気にかけていた。俺様が毎日、飴玉をやるんだが、それをクロスに渡しちまうんだ。クロスも、その飴玉を食わねぇで、全部、取っておくんだよ、まるで大事な宝物みてぇによ」

レンダーは昔を思い出しながら、遠い目をする。

「開け晒しの空気穴みてぇな窓があってな、雪が降ると、そこから2人で外を覗き込んで、手を伸ばして、雪を掴もうとしていたな。寒いから一枚の毛布に2人で身を包んで。冷たい手足をしながら、雪がそんなに嬉しいのか、それともLTのせいか、2人で声を出して笑っていたっけな」

「・・・・・・そっか、だからか。なんとなくシンバを見ると雪を思い出すのは——」

ラインはそう言うと、

「記憶はないんだけどね、なんとなく連想されるの。それに最初に会った時から、どっかで会ってるような気がしてた」

と、悲しげな笑顔で言った後、涙をポロポロ落とし、

「どうして記憶をなくしちゃうLTなんて作ったの」

誰に責めていいのか、わからず、レンダーに責めるように言い放つ。

「想い出って人から聞くものじゃない。なのにレンから想い出を聞いても、何も想い出せない。なんとなく、どこかで納得してるだけで、鮮明さも懐かしさも何もない。どうしてそんな薬・・・・・・未だあるのよ!」

そう言うと、ワァッと泣き出し、しゃがみ込むライン。

フリットはラインの肩を抱き、

「なんで、そんなデーター、オイラ達に見せた?」

そう聞いた。

「・・・・・・リグドの子供の頃のデーターと、このクロスのデーター。恐ろしい程、一致するんだよ、肉体の膨張も、精神の安定さも。だから、もうシンバに託すしかねぇと思った。だが、LTを服用し、俺様達の事を覚えている保証などない。リグドも、昔の事を覚えているのか、それとも、記録を取り、それを毎日読んで確認しての事なのか、わからねぇ。大体、レベルファイナルを迎えた人間の感情がどうなっているのかも、わからねぇ。理論的には無理な話だ、肉体が悲鳴をあげ、記憶もない、只の殺戮を繰り返す化け物となる筈。だが、もうすぐリグドはファイナルを迎えるらしい。今となっては各国にLTは流出してしまい、どこの国もLT撲滅キャンペーンをしているが、リグドを止めるには、LTしかない。しかも同じファイナルを迎える事ができる人間しか、世界に希望の光を与えられない。リグドは直ぐに世界を滅亡へと変えていくだろうから——」

言いながら、レンダーは深い溜息を吐いた。

「記憶を忘れないと言えば、LTを飲むと思った。だが、LTを服用し、中途半端に俺様達の事を覚えていたら、愛情であれ、憎悪であれ、何かしらの感情の矛先がこちらに向かって来る。シンバは、あくまでもリグドを倒す兵器。だからデンバーから、いっその事全て記憶を消そうと、そう申し出があり、俺様は頷いた」

「シンバをなんだと思ってるんだ」

そう呟いたフリットは、震えるラインの肩を強く抱き締める。

レンダーはコンピューター画面に映る幼いシンバを見つめながら、また溜息。そして、

「シンバはヒーローになるんだ」

そう言った。

「ヒーロー!?」

聞き返すフリット。

「言ったろ、各国にLTは流出してるんだ、LTの恐ろしさは、どこの国も知っている事だ。つまりリグドの強さは全世界が恐怖に思っている。今迄、リグドは世界中を適当に彷徨っていた。だが、ここ最近、この国に留まっている。他国から閉鎖され、この国に爆弾が落とされてもいいのか? リグドが死ぬならと、攻撃に出る国は少なくないだろう、寧ろ、遣りかねない国ばかりだ。だから、そうならねぇ為に、シンバが、セク部隊というヒーローになって、リグドを倒すんだ。シナリオ的には悪くねぇだろ」

「それでセク部隊は、力を見せつけ、この国を乗っ取って、ジュキトにするんだぞ、それがヒーローだってのか? 今のプレジデントが退き、ソルク・モルザが即位する。その手伝いをシンバがするんだぞ!?」

「仕方ないだろう、リグドを倒せるのはシンバしかいねぇ。そして、リグドを倒せるシンバを作れるのはデンバーしかいねぇ。LTを所持しているのはデンバーだからな」

「・・・・・・そうか、だったら、オイラもセク部隊に入る」

そう言ったフリットを驚いて見るレンダーとライン。

「シンバがファイナルを迎えても、リグドに勝てる確立は五分五分。だろ? 恐らく、相打ち。それをデンバー達も狙ってんだろうな。その後、この国がどうなろうと、セク部隊に逆らう奴はいないだろうし、シンバもいなければ、文句を言う奴もいない。そこまで勝手な事させてたまるかよ。筋書き通りになんてさせやしねぇ。オイラ、少しでもシンバに加勢して、リグドを倒し、シンバを生き残らせる!」

「私も! セク部隊に入る! 男に化ければ問題ないでしょ?」

「何言ってやがる! 駄目に決まってんだろ!」

レンダーが怒鳴るが、ラインも、

「私達は国なんてどうでもいいの! シンバを助けたいだけ!」

そう怒鳴り返した。

「アイツはもうお前等の記憶なんてないんだぞ!」

更に怒鳴り返すレンダーに、

「また初めから出会えばいいんだよ! 記憶なんて、今からでも作れる!」

怒鳴り返すフリット。

「ラインは駄目だ!」

もっと怒鳴り出すレンダーに、

「レンの友達想いの所が好きだったのに!」

ラインは大声で、そう叫び、レンダーを無言にさせた。

「私のお父さんとお母さんの事、今も大事に思ってくれて、私を大事にしてくれてるのは嬉しい。レンのそういう所、大好きだから。だから、レンのそういう所を私もフリットも受け継ぎたい。戦う事を教えてくれたのはレンだけど、それだけじゃない、レンの想いも、ちゃんと私達、わかってる。何にもわかんないような、そんな子供じゃないよ、私達。だから、私達もレンのように友達を想いたい。裏切ったりしたくない。信じていたい。シンバを助けたい」

「・・・・・・こんな事になるとは、まるで悪夢だな」

レンダーはそうポツリと呟き、俯く。

「悪い事の後は、いい事が待ってるから! 絶対!」

ラインは信じている、シンバを助けられると——。

「本当に言いたくねぇ事があるんだ」

レンダーは俯いたまま、囁くように、そう言うので、ラインもフリットも黙り込み、レンダーを見つめる。

レンダーは静かになった間で、大きく溜息を吐くと、俯いたまま、話し出した。

「シンバは助けられねぇ。無理なんだ。フリットの言った通り、もしシンバがレベルファイナルになれたとしても、リグドとは五分だろう。そんな事、デンバーだって、わかっている。そして、デンバーが欲しいのは強い武力だが、それは手に負えなくなるようなレベルファイナルの戦士じゃない。それはあくまでリグドを倒す為だけの道具——」

「道具?」

フリットが聞き返すと、レンダーはコクンと頷き、

「シンバの心臓付近に爆弾を入れるそうだ・・・・・・」

それは本当に小さな小さな声で囁かれた。

だが、フリットもラインも、ちゃんと聞こえていて、驚愕の表情を浮かべる。

「シンバがリグドに勝利したら、シンバの中の爆弾のスイッチが入る。戦いが五分で、しかもリグド優勢なら、接近戦の時に、爆弾のスイッチを入れ、リグドと共にドカーン。LTやってたと言っても、直接攻撃を避けれなければ、お陀仏だ」

「嘘でしょ・・・・・・?」

ラインが信じたくないと、首を振り、

「そこまでするか・・・・・・?」

フリットも信じられないと、首を振る。

「お前達がセク部隊に入ったとしても、シンバには記憶がない。お前達が何したって、もう意味のない事だ。諦めろ」

「待てよ、諦めるには早いだろ、だって、その爆弾って、止める事もできんだろ? 安全装置みたいなものが付いてないと危険だよな?」

フリットの質問に、レンダーは馬鹿にしたように笑い、

「そりゃあな、爆弾を止める装置もあるだろう、だがそんなの巧妙につくられたコンピューターシステムによって管理されてるんだ。お前達は携帯ぐらいしかいじった事がないだろう、それを無理にいじってみろ、それこそ爆発しちまう可能性がある」

そう言って、更に、追い討ちをかけるように、

「お前達はLTを強くなる為の薬だと思っているようだが、LTというのは覚醒の意味があるんだ、軍人だけじゃない、ジュキトには優秀な科学班もいた、だからLTという薬が開発されたんだ。その科学班がLTを飲めば、頭脳明晰だった人間達が更にレベルアップするんだ。そんな奴等がいた事を俺様が知っていると言う事は、デンバーもよく知っていると言う事だ。そしてデンバーは、その元ジュキトの科学力を手にしているんだろう、だからこそLTの開発が続けられて、新しいLTを生み出している。そんな所で、お前等がシンバの爆弾を止められると思うか? 多少、コンピューターができますってだけのお前等が!」

止めを刺すかのような言い草で、レンダーはそう言った。

ラインが諦めたのか、黙ったまま、悲しそうに俯く。

そんなラインを見たら、諦められないと、フリットは、何かいい案がないか考える。

レンダーは、これで諦めてくれるだろうとホッとするが、

「コンピューターに詳しい奴がいる!」

突然、フリットが喜々として声を上げるので、レンダーは、まさかと、眉間に皺を寄せる。

ラインは顔を上げ、フリットの明るい表情に、自分もにこやかになる。

「ライン、覚えてるか? クラブで戦った爪の女」

「フリットの元カノ?」

「元カノは余計だっつーの。その女さぁ、コンピューターに詳しいっぽい! 今日、駅で会ったんだ。でもなぁ、あの女、どこにいるんだろう、携番、聞いとくんだったなぁ」

と、困ったなぁと言う顔で、フリットはまた考え込み、レンダーはホッとするが、

「あの駅を利用してんのかな、暫く、張り込んでみるか」

フリットが前向きな提案をするので、レンダーは首を振るが、ラインはコクコク頷く。

「シンバのレベルは3だろ、ファイナルまで2ヶ月はかかる。その間に、こっちも準備しよう、どうせさ、シンバがファイナルになる迄、厳重警備の場所にいるだろうし、そんな所、セク部隊に入団しても、直ぐには配属されないだろうからな、だったら、こっちはこっちで、準備しよう」

ラインは嬉しそうに頷き、

「流石、フリット! なんだかんだ頼りになるよね!」

と、大喜び。

ラインが喜んでくれるだけで、フリットは嬉しくて、やる気が出てくる。

「後、オイラが気になってんのは、アニルだ」

「アニル?」

アニルを知らないラインは首を傾げる。

「あぁ、ソイツの家に行ってみる。名前は知ってるから、なんとか家は調べられると思う。オイラ、ちょっと今回の事で、アニルにメールしたんだけど、嘘吐かれてさ。嘘吐くって事は何かあるからだろ? だからアニルに聞き出せる事、まだありそうなんだよね。情報は力なりってね、些細な事でも手に入れといた方がいいだろ?」

「・・・・・・フリットって、私の知らない所で、結構、いろんな人と関わってんのね」

「え? あ、そう? かな?」

「なんかショック」

「え? なんでショック?」

「なんとなく、私がクロスと知り合った時、フリットが携帯を見せろって怒って来たの、ちょっとだけ、わかる気がした」

「・・・・・・それってヤキモチ!?」

「かもね。シンバもそうだったのかなぁ、可愛い女の子と知り合ってデートとかしてたのかなぁ。なんか嫌だなぁ」

「・・・・・・そっちのがヤキモチじゃん」

フリットは落胆しながらも、とりあえずは今は恋愛よりも友情!と、自分に言い聞かす。

「お前等、本気でシンバを助けるのか?」

「レンは協力してくれないの?」

この期に及んで、その質問はないだろうと、フリットはラインを見るが、ラインにしてみたら、レンダーは親のようなもの。

事実、レンダーはラインだけは大事にしていて、それは認めてもいいとフリットは思い、

「オイラ達を二度と裏切らないって約束しろよ」

レンダーにそう言い放つ。

レンダーはフリットとラインを見て、

「俺様はお前等の計画を阻止する」

言い切った。黙るフリットとライン。

「お前等にとって、シンバがそんなに大事になるとは計算外だった。考えたら、友達になるのに当然の環境を与えてしまったんだな。だがな、俺様にとってもデンバーは友人だ。それに、デンバーの考えは正しいと思う。世界をリグドから、そしてLTレベルファイナルから守るには、シンバが犠牲になる他ないんだ」

そう言うと、レンダーは、部屋を出て行こうとして、

「この廃墟は好きに使え。俺様はデンバーの所へ行く」

そう言うから、フリットとラインは焦るが、

「心配するな、お前等が今話した計画はデンバーには言わん。だがな、やれるもんならやってみろ、ガキのお前等が大人の指示もなく、どこまでやれるのか、そして、ジュキト相手にどこまで足掻くのか、やってみたらいい。所詮、辿るのは破滅だ」

レンダーはそう言うと、部屋から出て行った。

暫く、フリットもラインも出て行ったレンダーを見つめたまま、黙って立ち尽くしていたが、お互い、見合い、お互いが凄く不安な顔をしているので、お互い苦笑いする。

「じゃあさぁ、オイラはアニルを探すから、ラインは爪の女を張り込んでくれるか?」

「うん」

「そんな顔すんなよ、大丈夫だって!」

「フリットこそ、そんな顔すんなよ」

「あー! もー! 辛気臭ぇなぁ! こんなんじゃうまく行くもんも行かねぇよ!」

言いながら、フリットは、部屋の隅に置いてある、今日買った紙袋2つを持ち、紙袋の中の服を全部ベッドの上に出すと、

「オイラのファッションショー、見る?」

と、ラインに笑顔で聞いた。ラインはプイッと横を向くと、

「見ない。ていうか、ご飯、食べちゃってね、キッチンに用意してあるから」

そう言って、部屋から出て行くので、フリットはハイハイと頷く。

次の日の朝、レンダーの姿はなく、レンダーの部屋はそのままだったが、ある程度の荷物がなくなっていた。

テーブルの上には、大金と手紙が置かれていて、手紙には、今迄、働いた金を少しずつ貯金していたから、渡しておくと書かれていた。

まるで本当の親みたいだとラインもフリットも思っている。

それに寂しいのはラインだけではない、フリットだって、それなりにレンダーに対し情は持っている。

18歳とは言え、まだ大人と子供の間。

寧ろ、子供をやっていた期間の方が長い為、大人にはなりきれていない年齢。

だから大人がいなくなると言う事が、こんなに心細い事だと、二人は初めて知る。

だが、フリットは、いつも以上に明るく振舞い、アニルを探す為に、朝早くから出て行き、ラインもフリットに釣られながら、明るく過ごし、張り込みに出掛けた。

フリットは駅に向かって歩きながら、

「さて、どうすっかな、電話してみるか。出ねぇだろうけど」

言いながら、携帯で、アニルに電話してみる。

プルルルルル・・・・・・プルルルルル・・・・・・

『はい』

電話に出たのが女の声で、フリットは予想外過ぎて、無言になってしまう。

『もしもし?』

「あ、す、すいません、アニルの携帯じゃないですか?」

『そうですけど』

「あ、え? あ、そうですか、あのアニルは?」

『・・・・・・あの子の友達?』

「はい」

『そう、今、あの子、出られないの、伝言があるなら伝えておくわ』

「・・・・・・そうっすか。あの、貸してた本、返してもらいたくて——」

こういう時の嘘はうまいと自分でも思うフリット。

携帯に出たのはアニルの姉だった。

貸していた本を返してもらう為、住所を教えてもらい、これから伺う事になり、ラッキーだとフリットは思う。

「ていうか、なんでねぇちゃんが出んの? 弟の携帯に?」

まぁ、そんな疑問はどうでもいいやと、アニルの家に向かった。

アニルの家は、静かな住宅街で、結構な豪邸。

「予想はしてたけどね。アイツ、ブランドの服だったし」

そう呟きながら、インターフォンを鳴らすフリット。

出てきたのは、携帯で話をしたアニルの姉。

家に招かれると、

「悪いけど、あの子の部屋に行って、勝手に本持って帰って?」

と、部屋に案内されるが、肝心のアニルの姿が見当たらない。

「アニルは?」

そう尋ねると、姉は、首を傾げるだけ。

広い豪邸、どこかにいるのだろうかと、フリットはキョロキョロ。

アニルの部屋はルーシーのポスターで一杯だ。

モノトーンを基調とした、いかにも男の子の部屋。

片付けてないから、あちこちに、いろんなものが乱雑に置かれている。

カラカラカラと音を立て、輪の中を走っているハムスター。

小さな鳥かごのようなものに入っている。

ふと、思い出す、アニルとの会話——。

『家族構成は?』

『父と母と姉。それからハムスター』

『ハムスター!? それペットだろ』

『ペットも家族だよ!』

フリットがぼんやりとハムスターを見つめていると、

「本、探さないの?」

ドアの所で、煙草を吸っている姉に、そう聞かれ、慌てて、本を探すふりをする。

「アナタ、本当にアニルの友達?」

「ええ、まぁ」

「あの子、友達なんていたのね」

「そりゃいるでしょ」

「昔はね、結構いたみたいよ。でも、名門校へ行き始めてから変になったのよね、どこで手に入れたのか、ブランドの服なんて着るようになっちゃうし。こんな訳のわからないポスター張り出した頃からは、友達なんていなかったんじゃないかしら。何が不満なのか、家に殆ど帰って来なくなって、そしたら——」

「そしたら?」

「・・・・・・昨日のニュース知らない? あの子も、ライブに行ってたのよ」

「え? ライブって、ルーシー・ミストの!?」

「名前なんて知らないわ、そのポスターの奴よ」

嘘だろと、フリットは驚く。

「うちはさぁ、裕福な家に見えるでしょうけど、本当は借金だらけで、この家のローンも残ってるのよねぇ。父がアニルの事で会社クビになるかもしれないって、昨夜、慌ててたわ。母もパートに出てるんだけど、アニルがこんな事になって、辞めさせられちゃうんじゃない? 私なんて、今朝、会社から電話かかってきて、退職願出してくれって頼まれたわ、この就職難の時代に、何やってくれちゃってんのかしら、アニルの奴! ねぇ、いい仕事先があったら紹介してよ」

「オイラも無職ですから」

「あっそ」

と、フーッと煙草の白い煙を吐く姉。

「あの、アニルは? アニルはどうなったんですか!?」

「・・・・・・LT収容所の病院施設で入院中。まさか薬物に手を出してたなんてね」

「アニルは無事なんですよね!?」

「今の所はね、でも、確かLTに手を出したら死刑でしょ? 死刑日が決まるまで、収容所で過ごせるみたいだけど」

「面会ってできますか?」

「家族はね」

「そうですか」

「死ねばいいのよ、さっさと。父も母もそう言ってたわ、こんな事件起こすなら、死んでてくれた方が良かったって」

そんな事を呟く姉に、フリットは悲しく思う。

「名門校に入れたのよ、将来も安定して、この家を支えていく筈だったのに、迷惑な話よ。あの子も親に似て、見栄っ張りだから、名門校の友達に合わせて、ブランドの服、万引きでもして、着飾ってたんだろうけど、結局さ、お坊ちゃん相手に友達できなくて、変なオカルト集団みたいなタレント好きになったと思ったら、薬になんて手を出して、家族巻き込んで、ホント、迷惑!」

『電話しなくても大丈夫。いつも帰りは遅いし、一ヶ月帰らなくても平気だから』

『・・・・・・わからないよ、家族ってどんなものなのか』

アニルがどんな気持ちで、そういう台詞を吐いたのか、フリットは今更、気付く。

「・・・・・・友達になろうって言ったら、仲良くしようねって嬉しそうに言うから、かなりの演技力だって思ったけど、アレ、本気だったんだな」

そう呟くフリットに、姉は、何の独り言?と、フリットを睨む。

カラカラと音を鳴らし、走り続けるハムスター。

アニルにとって、家族はこのハムスターだけだったのかもしれない。

「LTって・・・・・・人の心の隙間に入り込むんだよなぁ・・・・・・」

シンバがLTを飲んだ事、アニルがLTを手にした事、そして、自分もそうだったのかなとフリットは無い記憶の中、考えてみる。

昨夜見たジュキトのLTテストの子供達のデーターの中に、フリット・ディーグレイという名はなかった。

つまり、フリットは自分自身でLTを飲み始めたのだろう。

それはどういう理由があって、LTという薬物に手を出したのだろうか。

自分にも家族がいたのだろうかとか、友達がいたのだろうかとか、守りたい人はいたのだろうかとか、自分の弱さはなんだったのだろうかとか——。

フリットは無い記憶を考える。

「ねぇ、本、探さないの?」

「あ、本、見当たらないので、もういいです、アニルによろしく」

そう言うと、フリットは、ペコリとお辞儀をして、その豪邸を後にした。

サンドイッチとジュースを買い、張り込みをしているラインの所へ向かうと、ラインはホーム全体を見渡せる場所で、立っていた。

フリットが近付くと、ラインは、ニッコリ笑って、

「アニルって人の家はわかった?」

そう聞いた。フリットは頷き、

「差し入れ」

と、サンドイッチとジュースを渡すと、ラインは嬉しそうに受け取り、早速食べ始める。

「家はわかったんだけど、アニルは、LT収容所って所にいるみたいなんだ、爪の女もそこにいたんじゃねぇかな。だから爪の女に収容所の事も聞いてみなきゃな」

「爪の女って、なんだか、カニみたい。名前、覚えてないの? 元カノでしょ?」

「だから元カノって、爪の女が勝手にそう言ってるだけで、オイラは認めてねぇって!」

言いながら、フリットも、自分の分のサンドイッチを食べ始まる。

「ねぇ、今頃、シンバ、爆弾とか入れられてるのかな」

「・・・・・・かもな」

「もし爪の女が協力してくれなかったらどうする?」

「・・・・・・大丈夫だよ、うまくいくって」

「もしセク部隊に入団できなかったら?」

「・・・・・・オイラはデンバーから誘われてるから、入団できるよ」

「私は!?」

「ラインも入団できるように、デンバーに頼んでみるよ」

「でもさ、デンバーって人の所にレンは行っちゃったんだよ? レンが私を入団させるかな? 絶対にさせないよね」

「マイナス方向に考えんのやめようぜ、今、できる事をやるしかねぇんだからさ!」

フリットがそう言うので、ラインはコクンと頷くしかない。

その日は、終電まで張り込んだが、爪の女は現れなかった。

次の日も次の日も次の日も、爪の女は現れず——。

「ライン、今日はオイラ一人で張り込むから、少し息抜きして来たら?」

「・・・・・・やる事ないもん、一緒に張り込むよ、それに一人より二人の方が、トイレ行きたくなった時とか、お腹すいた時の買出しとか、使えるでしょ?」

フリットは、そうかと笑顔で頷いたが、このまま爪の女が現れなかったらと不安が過ぎる。

大体、収容所を抜け出した者が、同じ駅を利用するだろうか。

とりあえずは逃亡の身。

同じ場所にずっといるとは考え難い。

だが、爪の女が変装していた訳もなく、逃げてる雰囲気があった訳でもない。

いつものように、フリットとラインはホームが見渡せる場所で、張り込んでいた。

「なんか、今日、やけにセク部隊、多くねぇか?」

あちこちにセク部隊が配置されている。その時、

「・・・・・・嘘、あれ、シンバじゃない?」

ラインが指差した先に、シンバらしい男が電車に乗ろうとしている。

腕時計を見て、時間を確認しているようだ。

「・・・・・・あれから3日以上経ってる」

フリットはそう呟くと、走り出そうとするラインの腕を掴んだ。

「待てよ、セク部隊も多く配置されてるって事は、シンバを見張ってんだろ、多分、3日の監禁が解けて、自由になったんだろうけど、今、シンバがどうなっているのか、わかんねぇ以上、オイラ達がシンバに接触するのは、今後の計画に支障が出るかもしんねぇだろ」

「でも・・・・・・近くにいるのに——」

泣きそうな顔をするライン。

フリットはラインの腕をギュッと強く握り締めると、

「ここで待ってろ、様子だけ伺ってくるから」

そう言って、ラインの腕を離すと、シンバへと近付いていく。

今、シンバの近くに立ち、電車を待っているかのような態度のフリット。

フリットは、シンバをチラッと見るが、シンバはフリットを気にも留めない。

「・・・・・・マジかよ、本当に記憶ねぇじゃん、トリップしてる訳じゃねぇよな!?」

そう呟いた瞬間、電車がホームに入って来る。

皆、電車に乗るが、フリットは立ち尽くし、シンバを見送る。

シンバは空いている席に座り、ふと、ホームを見るが、フリットと目が合っても、他人を見るような目で、直ぐに別の方向を見ている。

このまま電車に乗らなければ、セク部隊に怪しまれるかもしれない、だが、足が動かない。

シンバが余りに他人過ぎて、フリットはフリーズする。

「フリット?」

その声と、電車が発車した事で、フリットは我に返り、振り向くと——。

「また会ったわね」

と、爪の女が立っていて、フリットは安堵の溜息を深く吐いた。

「どうしたの?」

「いや、ナイスタイミングだよ、これで待ち合わせしてるように見えるからさ」

「え?」

「今日、やたらセク部隊多いだろ、今、電車乗らなかったからさ、怪しまれる所だった」

「怪しまれるって、何かしたの?」

「これからするの」

「また悪い悪戯でも考えてるの?」

女がそう言ってる最中に、ラインにメールをする。

『先に廃墟へ帰ってて。直ぐにこの女も連れて行くから』

速攻で返事が来る。

『わかった、シンバの様子もどうだったのか、後でちゃんと教えてね』

フリットはラインからのメールを確認すると、直ぐに携帯をポケットに仕舞い、

「これから暇?」

女にそう尋ねた。

「あら、デートのお誘い?」

「そんなとこ」

「どういう風の吹き回し?」

「まず、名前聞いとこうかな」

苦笑いしながら、そう言ったフリットに、女はクスッと笑い、

「どうも初めまして、アタシ、セラン・リーザ。よろしくね」

と、初対面のような挨拶をした。フリットも笑いながら、

「フリット・ディーグレイ。これからよろしく」

そう、これから、どうしてもよろしくしたいフリットは、笑顔で対応。

「で、どこに連れて行ってくれるの?」

「いいとこ」

「エッチする?」

「そんなしたい!?」

「したくない!?」

「そう聞かれたらしたいって言うに決まってんじゃん! アンタさぁ、ホント、もっと自分を大事にしなよ。オイラが、ここでアンタと寝ても、オイラ、アンタの事、好きじゃないからね!? エッチしたからって付き纏っても、エッチしたいって言ったのはアンタだろって言われちゃうよ?」

「いいよ」

「いいの!?」

「いいよ、別に。それにさ、アタシ、あのラインって女に会う訳でもないんだし、告げ口なんてできないからバレないでしょ、だからフリットもエッチしたっていいじゃん!」

と、腕を絡ませるから、腕を振り解き、

「よくない!」

と、フリットは何故か戦闘態勢!

「なにその近寄るな的ポーズとオーラ! アタシ、帰る!」

「ちょっ、ちょっと待って! 飯食おう! 飯! うまい飯食わせてやっから!」

「あら嬉しい。でも本当に美味しいんでしょうね!? ジャンクフードとか嫌よ?」

飯と交尾で釣れるって野生的だなぁとフリットは思う。

だが、セランの見た目は野生的には見えない。

くるりんと綺麗に巻かれた長い髪は栗色で、瞳はヘーゼルの可愛らしい色を放ち、ふんわりしたワンピースに白いスラッとした長い足——。

これでエッチしようと言われ、しないと断る男は、絶対に自分だけだとフリットは思う。

「・・・・・・ラインにオイラの誠実さを知ってもらいたい」

溜息混じりにそう呟くフリットに、

「何か言った?」

と、セランが聞くので、

「いいや、じゃあ、歩きながら、オイラの話、聞いてもらいたいんだけど、いいかな?」

「いいわよ」

二人は、廃墟へ向けて歩き出した。

フリットはシンバについて話し出す。

この前、会った時、友達を助けに行くと言った友達を、まだ助け出せていない事。

その友達がLTに手を出し、レベル3になった事。

そして、リグドを倒す道具としてセク部隊に入団させられた事。

だが、友達はリグドを救いたいと思っていて、ラインを助けたいと思っていたと言う事。

だけど友達の記憶は何もなくなったと言う事。

そして、爆弾を体に入れられる事——。

廃墟に着く頃には、全て話し終えていた。

「ねぇ、こんな薄暗い場所にアタシを連れてきて、どうしようって言うの!?」

「嬉しそうに聞くなよ」

「だって・・・・・・こんな廃墟に連れて来て、男と女がやる事と言ったら・・・・・・」

「あのさぁ、オイラの深刻な話、聞いてくれてた?」

「聞いてたわよ、でも美味しいご飯食べさせてくれるって約束だったじゃない? それがこんな場所に連れて来るなんて・・・・・・あら? いいニオイする・・・・・・」

「ラインが飯作ってんだよ、夕飯。アンタを連れて帰るって言ったから、アンタの分もあると思うからさ」

「え!? どういう事!? ラインって・・・・・・アタシ会いたくないし!!」

そう言った女の腕を掴み、

「そう言うなって! 折角だから飯食おうよ、な!?」

と、フリットはむりやり廃墟の奥へとセランを引っ張り込んだ。

廃墟で飯なんか食えるかとセランは嫌がっていたが、キッチンの扉を開けると、そこが普通のキッチンで、普通のリビングで、しかも、割りと綺麗な部屋作りに、セランは驚いて、中へ入った。

「いらっしゃい、カニちゃん」

キッチンから、ひょこっと顔を出したラインが笑顔で、セランに言う。

「カ、カニちゃん?」

「私を子猫ちゃんって言ってたでしょ? だからキミはカニちゃん! 爪を武器としてるから」

と、両手をピースにし、チョキチョキと手を動かすラインに、セランは、不愉快そう。

「あ、あのさ、とりあえず、座って?」

フリットは、セランの不機嫌そうな雰囲気を悟り、ご機嫌をとるように、テーブルの椅子を引いて、セランを座らせる。

テーブルに並んだ料理は、どれもこれも美味しそうだが、セランはムッとした顔のまま。

「なんか私の事、嫌ってる?」

ラインが直球で尋ねるので、フリットはオロオロ。

セランはラインを睨み、

「嫌ってないと思うの?」

と、尋ね返す。

「えっと・・・・・・倒しちゃったから?」

「倒したとか言わないでくれる? アタシ、戦闘タイプじゃないって言った筈よ、そうでしょ、フリット!?」

「あ、あぁ、そうだよ、そうだよな、セランは頭脳タイプ!」

頷きながら、フリットがそう言うので、セランも頷くと、

「セランって名前なの? 綺麗な名前だね、私、ライン。よろしくね」

と、ラインはニッコリ笑って、握手を求めて手を出すが、セランがツンと横を向くので、

「戦闘タイプじゃないから、手榴弾とか反則技ばっか使って来たんだね、それでも私が勝っちゃったけど、頭脳タイプだから、反則しても負けたんだ?」

なんてラインが言うから、余計にセランは苛立って、ラインをキッと睨む。

「あのね、一人で勝ったような言い草やめてくれない? 一対一だったら、勝負はわかんなかったわよ! あの長剣の男が最終的にアタシの手榴弾を邪魔したから!」

「でもトドメは私が決めたよ?」

「ウルサイ! もう帰る!」

そう吠えたセランに、落ち着いてと、フリットは、肩に手を置き、ラインに、

「ライン、怒らせてどうするんだっつーの! 協力してもらえないだろ!?」

と、怒ってみせる。これで少しはセランが落ち着けばいいが、逆にラインが、拗ねて、

「だって仲良くしてくれないのは、この人だよ、私の事、嫌ってるんだもん」

などと言い出すから、フリットは勘弁してよと、

「頼むよ、二人共、もう少し大人になろうぜ」

と、溜息。

「フリット、協力してもらえないってどういう事?」

セランがフリットを見て、聞いた。

「・・・・・・あのさ、友達が体に爆弾を入れられるって話したろ? その爆弾、コンピューターで管理されてるんだと思うんだけど・・・・・・」

そこまでフリットが言うと、セランは、

「その爆弾のスイッチを解除してほしいって事?」

察しが良くて、そう尋ねた。

「頼むよ、オイラ達に協力してほしい!」

「なんでアタシが!?」

「他に頼める人がいないんだ」

「アタシに何のメリットがあるの!?」

「それは——」

「大体セク部隊相手に何ができるって言うの? しかもその友達はLTリミットレベル3なんでしょ? リグドも関わって来るんでしょ? この国がジュキトになるとか、ならないとか、事が大きすぎて、アタシ達に何ができて、何を助けられるって?」

「・・・・・・」

「LTリミットレベル1ってだけで、アタシ、まだ19歳なんだよ? フリットは確か2つ下だったから17よね? 子供もいいとこ!」

「・・・・・・」

「同じ危険を犯すなら、LT飲んで、遊んでた方がいい」

と、セランは立ち上がり、バイバイとフリットに手を振る。

ラインが俯いてしまうし、セランは行ってしまうし、フリットは焦る。そして、

「協力してくれたら、オイラ、アンタの事、思い出すから!!!!」

無茶な事を言い出すフリットに、セランは足を止め、振り向いた。

「・・・・・・思い出すってどうやって?」

「わからないけど、思い出すよ」

「・・・・・・思い出したら、フリットはアタシを愛していたと気付くわね」

「かもな」

「何度もベッドの中で愛してるって言ってくれたもの」

「そうなんだ」

「いいの? アタシを愛してるって気付くのよ?」

「いいよ」

「いいの?」

「いいよ」

「だって、そしたら、その女の事は?」

私の事?と、首を傾げるライン。だが、そんなラインを他所に二人の会話は進む。

「そんなの、セランには関係ないだろ、オイラがセランを愛してたって気付いたら、それでいいんだろ?」

「その時は、その女より、アタシを選んでくれるって事になるわよ!」

「あぁ、頑張って思い出すよ」

そう言ったフリットに、セランは余計に怒り出し、

「そんなにその女が大事!?」

そう吠えた。

そして、ツカツカとラインの傍に行くと、

「アタシ、アンタみたいな女、大ッ嫌い!」

そう言い放ち、更に、

「短い髪して、メイクもしてなくて、男の子に守ってもらわなくても平気って面して、シャツにジーンズのお洒落も知らないって格好で、手の込んだ料理作っちゃって、女からしたら一番、厄介な女よね。天真爛漫が売りみたいな女に限って計算高いのよ! 絶対にアタシより、男に守ってもらう回数、多いから!!」

そう怒鳴った。オロオロするフリットにも、

「引っ掛かってんじゃないわよ、女見る目ないんじゃないの!?」

と、吠えるから、何故か、フリットは、すいませんと謝る。

「女を見る目ないから、キミと付き合ったんでしょ」

余計な事を言うラインに、

「なんですってぇ!?」

と、綺麗に巻かれた髪を振り乱し怒るセラン。

「なんでアタシがこの女の為に危険な橋を渡らなきゃいけないのよ」

「私の為?」

「ほーら、気付いてもない。そういう所が計算高いって言うのよ。でもいいわ、協力してあげる。どうせやる事なかったし。毎日、LT売って金を作るのも、やりたいだけのオッサンとホテルで寝泊りするのも面倒だったし。ここなら雨風ぐらいは凌げそうだしね。だから協力してもいいわ、でもその代わり、絶対にフリットはアタシの事、思い出してね!!」

フリットは無言で頷き、そして、

「交渉成立」

と、フリットとセランは手を握り合う。私は?とラインも手を握りたそうにするが、セランが嫌がり、ラインは仕方なく、手を引っ込める。

「フリットはセク部隊隊長からスカウトされてるのよね? じゃあ、アタシとこの女はセク部隊の誰かと入れ替わった方がいいわね」

「入れ替わる?」

難しい顔で尋ねるフリット。

「ええ、入団は難しいわ、それにレンダーって奴もいるんでしょ? なら確実に中に入る方法は、今いるセク部隊の誰かと入れ替わる事。後、セク部隊隊長の支持で動いてる科学班がある筈よ、アタシはその科学班の誰かと入れ替わった方がいいわね、そしたら向こうのコンピューターを使えるわ。その為には、向こうにいる人間を把握しなきゃならない。アタシやその女と、なるべく体格や見た目が似てる人と入れ替わらないとならないでしょ? 身長や顔の輪郭など、服やメガネなどで誤魔化せる程度で済む人間を見つけるの」

「・・・・・・でも、そんなのどうやって見つけるんだ?」

フリットが再び尋ねた。

「向こうのコンピューターにハッキングして、職員は健康診察データーがある筈だから、それを盗むの。セキュリティーが厳しいから、うまくいくかはわからないけど」

「ハッキングってなに?」

くだらない質問をするラインに、

「コンピューターへの不法アクセス!」

と、ラインには厳しい口調で答えるセラン。

「ねぇ、フリット、コンピューターってある?」

「・・・・・・でっかいのがある。相当昔の——」

と、LTテストの子供達のデーターを見たコンピューターが、まだフリットの部屋に置かれたままあるので、フリットは、そう答えるが、

「ダメダメ、相当昔のなんて、最新のじゃないと、国が保管しているデーターを盗むのよ、わかってる? 国の中枢部になる所よ! こっちの守備は相当昔のコンピューター? 有り得ないでしょ」

と、呆れた声で言われ、フリットとラインは困った顔になる。

「ちょっと本気? 最新のコンピューター持ってないの? それでよく友達助けようとするわね、ビックリだわ! 明日にでも最新のコンピューター買いに行った方がいいわね、言っとくけど、アタシ、お金は出さないわよ!」

フリットとラインはコクコク頷くしかできない。

「お腹空いたから食べるわ、食事しながら話しましょ」

セランはそう言うと、椅子に座り直し、フリットもラインも頷きながら、椅子に座る。

話はセランの御蔭でサクサク進み、明日、コンピューターを購入したら、とりあえずLT収容所に設置されてあるカメラの映像を保存してあるコンピューターにアクセスし、アニルが本当に収容所にいるか確認する事になった。

態々、収容所に行かなくても、アニルの安否を確認できるなんて、凄いなぁとフリットは感心する。

そして、食事後は、フリットはセランに、

「この部屋使っていいよ、オイラ、リビングで寝るから」

と、自分の部屋に案内していた。

セランは部屋をぐるりと見回し、フーンと頷くと、テーブルの上にドカッと置かれた大きなコンピューターを見て、相当昔のコンピューターってコレかと、笑いながら、

「一緒に寝てもいいわよ、アタシは」

と、フリットを見る。

「冗談だろ、ラインもいるんだぞ、ここには!」

「あら、記憶を思い出してくれるんじゃないの? そしたら、フリットはアタシのもの」

「・・・・・・報酬は全て終わってからってのが基本だろ?」

「つまんないわね、まぁ、いいわ」

と、ミュールを脱ぎ捨て、直ぐにベッドにゴロンと転がり、鞄の中から分厚い本のような、ノートのようなものを取り出すと、セランは寝転がったまま、何か書き始めた。

「何してんの?」

フリットが覗き込むと、分厚い本みたいな、ノートのようなものをパタンと閉じて、

「見ないでくれる? 日記だから」

そう言われ、日記!?と眉間に皺を寄せるフリット。

「収容所にいた頃は荷物を取られちゃったから書けなかったけど、なるべく、毎日、書いてるのよ、もう中毒中じゃないから、記憶はなくなったりしないってわかってても、中毒中の時の習慣かな」

「・・・・・・あのさ、もしかしてセランって、スッゴイ真面目?」

「もしかしてってどういう意味よ?」

「いや、だってさ、頭いいし、記録もちゃんと付けてるしさ」

「そうかもね、真面目ちゃんだったのかも。中毒中だった頃の日記を見ると、そう思うわ。今のアタシとは大違い。凄いわよね、記憶って、本当に人を変える」

「・・・・・・あのさ、その日記にオイラと出会った時の事とか書いてある訳?」

「あるわよ」

「オイラって、なんでLTに手を出したのか、知ってる? どうやってLTを手に入れたのかとか、オイラの家族とか——」

「フリットはね——」

「わぁ! やっぱやめて! 言わなくていい!」

と、突然、フリットは自分の耳を押さえて、叫ぶから、セランは体を起こし、

「なによ?」

驚いて聞いた。

「なんか知るのが怖いんだ。自分が弱かった事、後悔しそうで」

「・・・・・・」

「オイラってさ、シンバやラインとは違うんだよ。シンバやラインは本当にLTの被害者って感じでさ、親が中毒中で、妊娠してたから、生まれた時に、もうLT中毒中だったって。それってシンバやラインのせいじゃない」

言いながら、リグドもそうだと思う。

リグドも、LTを作り出した大人達の被害者だ。

「そりゃシンバは今回、LTに手を出したけど、それも仕方なくで・・・・・・仕方なかったら手を出していいのかって言われたら、そりゃ駄目だろうけど・・・・・・でもオイラより、絶対にマシな理由だと思うんだ——」

「・・・・・・LTに手を出した事、後悔してるんだ?」

そう聞いたセランに、フリットはコクンと頷く。

「でもLTやってなかったらシンバやラインに会えなかったのかなって思うと、LTに感謝してる部分もある。でもさ、今更だけど、怖い薬だなって思ってる・・・・・・」

フリットは駅のホームで、他人の目をしたシンバを思い出している。

もしかしたら、自分もそうやって、誰かを傷つけて来たかもしれない。

現にこうして、セランを何も思い出せない自分がいる。

「世の中の人間はLTに手を出す人間は悪い奴だって言うけど、オイラは、当事者だから、どうしてもLTに手を出す人間を悪だとは思いたくない。どうして死刑にならなきゃならないのか、中毒中じゃなければ、力だって抑える事ができるし、普通の人と生きていけると思うんだ。勿論、レベル1に限りかもしれねぇけど・・・・・・」

「・・・・・・レベル1を許したら、レベル2も3も許さなきゃならなくなるからでしょ」

「でもシンバはレベル2だったけど、別にそう変わりなかったよ」

「レベル1のアタシ達から見たらって意味でしょ? LTをやってない普通の人から見たら、超人どころか、化け物?」

黙り込むフリット。

「だから軍として使うか、死刑か、どっちかでしょ。尤も、今は国同士が争うより、平和を唱える時代だから、そんな大きな武力はあるだけ内乱の心配が大きくなって、どの国でもLTを撲滅させる為に動いているみたいだけど。この国だけじゃない? LTの取り締まりが緩いのは。尤も、固そうに見せて、緩いんだけどね」

「・・・・・・だったらオイラ達が行き着く未来は破滅だな」

「そうね、だから、今を楽しむ方が利口だって言ってるのよ」

「・・・・・・セランは夢とかないのか?」

「夢? そんなのLT中毒中の時に、とっくに捨てたわ」

「・・・・・・オイラもそうだったのかな。夢があったけど、LTを手にして、夢が要らないものになったのかな」

「夢が叶えられないからLTに手を出して、LTで夢を捨てるのよ。なんでも手に入るLTだから夢なんてバカらしくなる。実際は夢が手に入らない言い訳をLTのせいにして、溺れるのかもね。ねぇ、知りたい? フリットの夢。日記に書いてあるわよ、アタシ達、ラブラブだったんだから、フリットは何でもアタシに話してくれたの。アタシはソレを書き留めてあるわ」

「・・・・・・セランさぁ、凄いよな、オイラもラインも現場直行タイプだから、指揮官がいないと、どうも駄目で」

「は? 何の話よ、突然——?」

「いや、だから、今日の話だよ、食事の時にこれからの事、どんどん決めてくれてさ。助かったよ。こういうのも悪くないよな?」

「こういうのって?」

「だから、セランが総務。情報収集から通信、広報とかやっちゃってさ、オイラやラインや・・・・・・シンバ、それからアニルは現場で戦う! まるで戦隊ものヒーロー! ほら、子供の頃、テレビで見なかったか? 記憶にないか! でもさ、子供の頃は、みんな好きだったろ? そういうもんだろ?」

活き活きとした口調で話すフリットに、セランはクスクス笑い、

「フリットはレッド?」

と、戦隊ものには欠かせない色を聞いて来た。

「そう! オイラ、リーダーだから! 一番かっこいいレッド! シンバはブルーだな、クールなブルー。感情表現乏しいアイツには調度いい! イエローはアニル。イエローってカレー食ってるってイメージあるの、オイラだけ? でもってピンクはライン! 優しくて強くて、メンバーのアイドル!」

「リグドも救うんじゃなかったっけ?」

「あぁ! リグドは最終秘密兵器ブラック!」

「長官はだぁれ?」

「うーん、しょうがねぇから、それはレンかな?」

「敵は?」

「そりゃ、犯罪科学組織だろ! 戦闘員いるじゃん、セク部隊みたいな同じ格好した奴等がウジャウジャ出てくる雑魚キャラ、アイツ等を引き連れて怪人が現れて、街を荒らすんだよ、それをオイラ達がやっつけんの!」

「楽しそうね」

「だろ? 今のオイラの夢だ」

「え?」

「LTやってた過去があって、普通の人とは違っても、正義だって言われる事がしたい」

「グリーンに、ホワイトに、オレンジに・・・・・・LTリミット越えた奴等、結構いるから、どんどん増えそうね」

「そっか、逆にオイラ達が戦闘員みてぇか」

「・・・・・・アタシは総務なのね」

「あ、別に一緒に戦ってもいいけど、戦闘タイプじゃないって言うから——」

「そうじゃなくて、フリットの夢にアタシも存在できて嬉しいわ」

そんな事を言われると、照れてしまうフリットは、毛布を持つと、

「じゃあ、オイラ、リビングで寝るから」

と、そそくさと部屋を出た。

キッチンで、紅茶を淹れているラインが、茶葉がジャンピングしているのを、ぼんやりと見つめている。

「ライン?」

声をかけると、ハッとして、

「あ、もうすぐ紅茶入るから、フリットとセランにも持って行こうと思ってて」

と、慌てて動き出そうとするので、シンバの事を考えていたなとわかってしまう。

「・・・・・・あの、フリット、まだシンバの事、聞いてないんだけど——」

「あぁ、えっと、まぁ、ラインも見てたと思うけど・・・・・・」

「見たまんま?」

「・・・・・・うん、まぁ、そうだな・・・・・・」

「そう、見たまんまなのね。そっか、シンバ、フリット見ても無関心だったけど、そのまんまの意味なんだね、そっか、うん、わかった」

無理に頷いて理解しようとするライン。

「とりあえずさ、死なずにレベル超えできたんだぜ、アイツ! それだけでも喜ぼうぜ!」

「うん、そうだね」

無理に笑顔で頷くライン。そして、無理に、

「そういえば、買い置きのクッキーがあったから、折角の紅茶だし、開けちゃおうか」

と、関係のない話をするラインを、フリットは抱き締めたいと思う。

無理しなくていいよって、泣いてもいいんだよって、いつも傍にいるって、抱き締めたい。

だが、それをした所で、ラインは泣かないだろうし、傍にいてほしいと願わないだろうし、無理はするだろう。

ねぇ、もしオイラがシンバと同じようになったら、ラインは今と同じくらい悲しんでくれる? なんて、そんな嫌な台詞が脳裏を巡る。

「やっべぇ、オイラ女々しい・・・・・・」

自分の脳裏を駆け巡る台詞に、嫌気が差し、フリットは額を押さえ、最悪とまで呟く。

「何が?」

「え? あぁ、別に。クッキーはいいよ、オイラの部屋、セランが使うから、オイラ、ここで寝るから、紅茶もここでもらう」

「・・・・・・ねぇ、フリットはシンバがLT飲んでた事、いつ頃、気付いたの?」

「へ?」

「私、全然、気付かなくて。今思えば、シンバ、明るかったし、少し妙だなって思ってたのに、何にも気付かなくて・・・・・・幸せになれとか変な事、口走ってたのに、私、ホント、鈍くて、鈍感過ぎて・・・・・・フリットはちゃんとシンバを見てたんだね、私、何やってたんだろう、どうして気付かなかったんだろう」

気付いてた訳じゃないと、言おうとするが、フリットは黙り込んでしまう。

そんなフリットを見て、ラインは、

「ごめん、私・・・・・・」

と、言葉を失う。

謝る事など、何もない。だが、

「私・・・・・・セランの言う通り、守られてばっか——」

下唇を噛み締め、そう呟いた。

シンバがラインをリグドから守る為、LTを飲んだ。

だが、それだけじゃない、シンバはリグドも救いたかったんだ。

せめて、その信念が通るのならば、フリットも、シンバを助け出そうと思わなかったかもしれない。

だが、シンバが余りに理不尽に使われる。

それが許せない。

そして、何より、ラインが悲しんでいる事が辛い。

「・・・・・・フリットは、セランの事、思い出せそう?」

「え? あ、あぁ、無理だろ」

笑うフリット。

「無理なのはセランもわかってると思う。でも、思い出すって言ってくれた事、嬉しいと思うよ。シンバも、そう言ってくれたら、きっと、思い出せなくても、嬉しいだろうな」

「・・・・・・シンバは思い出すよ」

「無理でしょ」

「オイラだったら無理じゃない。思い出す。絶対に! だからシンバも思い出すよ」

「・・・・・・ありがとう、フリット」

と、ラインはテーブルに温かい紅茶の入ったマグカップを置くと、

「じゃあ、私、セランにシャワー室の場所、教えとくね。おやすみ」

と、セランの紅茶と自分の紅茶を持って、行ってしまった。

「ちくしょ、何言っても口説きじゃなく慰めになってしまう」

フリットはそう呟くと、毛布に包まって、床にゴロンと横になった。

次の日、朝からいい天気で、フリットはラインと洗濯物を干していた。

目を擦りながら、セランが起きて来ると、

「ねぇ、セラン、自分のものは自分で洗って、干してよ」

と、ラインが早々に怒り出す。

「アタシ、そういうの苦手。家事全般はマニュキアもとれちゃうから、やりたくないの。それよりコーヒー淹れてよ」

「苦手とかやりたくないとか、こんな小さなヒラヒラのパンツ、他人に洗わせていいの!? フリットがまじまじ見てたよ!」

「ライン! 違うって! ソレ、パンツの機能果たしてんのかなって思っただけだよ!」

「まじまじ見てたには変わりないでしょ!」

「・・・・・・はい」

頷くしかないフリットに、

「いいのよ、見せる為の下着なんだから。存分に見ていいわよ、フリット」

と、セランは欠伸をしながら言った後、ラインを見て、

「流石、男と暮らしても何もない女だけの事はあるわね、そのメンズのボクサーパンツ、温かそう」

と、ラインが干した下着を見て言う。

「動きやすいもん!!!!」

そう吠えるラインに、

「ハイハイ、コーヒーはブラックでお願いね」

と、キッチンに向かって歩いて行くので、ラインはムッとして、フリットを睨むから、何故オイラを睨む訳!?と、フリットは苦笑いする。

朝御飯を食べながら、フリットは、コンピューターの購入はラインとセランの二人で行ってきてくれと頼む。

最初はシンバと余り仲良くできなかったフリット。

だが、男という共通点で、お互いを理解する部分は多々あったし、隣にいて、年齢も近ければ、少なからず言葉を交わす事もあり、接点を持てば、友達になれない相手ではない。

それはラインもセランも同じだろうと考え、だから二人に時間を与えようという考えだ。

ラインとセランはブツブツ文句を言い合いながらも、出掛けて行った。

気の強い二人がどこまで仲良くなれるか不安もあったが、帰って来ると、二人は、甘いものが好きという共通点を見つけ、一緒にクレープを食べてきたらしく、それなりに普通に会話をするようになっていた。

早速、セランはコンピューターを繋げ、セッティングを始める。

黙って見ているフリットとライン。

暫く、セランはコンピューターの配線をいじり、それが終えると、細い10本の指全部がキーボードをリズミカルに叩き、そして、画面に、LT収容所の内部の映像を映し出した。

「すげぇ!」

と、フリットが画面を覗き込み、セランは、どんなもんよと笑顔。

画面は4つに分けられ、入り口付近、病院内、入院施設、牢獄となっている。

今、右下の病院内の画面が切り替わり、結構な患者の数に驚くが、一番驚く事は、

「なんだよ、ここ、セク部隊がすっげぇ配置されてんじゃん」

と、セク部隊の多さだ。

「LT患者を扱ってる国の施設だからね。でも、この国の軍を手にしているのはソルク・モルザなんでしょ? つまり軍のひとつであるセク部隊がこれだけ配置され、そしてLT患者の収容所って事は国とは言っても、ソルク・モルザのテリトリーのひとつって言ってもいいわね」

「これ、いつの映像?」

そう聞いたラインに、

「昨日よ、昨日の日にちと時間が出てるでしょ」

と、セランが画面を指差した瞬間、ラインもフリットも声を上げ、

「シンバ!」

と、右上の入り口付近を映された画面を指差した。

フリットは時間を見て、

「アイツ、電車に乗って、収容所に行ったんだ・・・・・・なんで——?」

と、疑問を口にするが、右下の画面の病院内の映像に、再び、シンバが映り、

「受診?」

と、フリットは、誰に問いかける訳でもないが、問うように、言うと、

「爆弾の手術を受けるんじゃないかしら?」

と、セランが答えた。

「は? なにそれ? 自分で爆弾を入れてくれって?」

「バカね、フリット! そんな訳ないでしょ? 3日の監禁後、恐らく、LTの服用をしていた事の説明は受けた筈よ、だから念の為、病院に行った方がいいと言われたんじゃないかしら? 彼を一人で行かせたのは、記憶をどれだけ無くしているのか知る為でもあったんじゃない? 後、一人で電車やお金の使い方など、どこまで常識を理解できているか。LTって脳への刺激が強いから記憶が壊れちゃう訳でしょ? 万が一、知的に障害が出たら、リグドどころか、セク部隊の下っ端だってできないでしょ。彼はレベル3だっけ? そんなにレベルを超える人間、そうはいないんだから、彼は大事なサンプルでもあるでしょ、ここで変な刺激を咥え、使い物にならなくなるより、彼の意思を尊重し、人としての扱いをして、彼を調査する筈よ。だから彼は自由の身でありながら、自由ではない。自分の足で収容所に来ても、籠の中の鳥よ」

黙り込んでしまうフリットとラインに、セランは言い過ぎたかしらと、咳払い。

「えっと、アニルって人だっけ? その人は多分、入院施設か牢獄にいる筈よ。怪我とかしてるなら、入院施設で治療受けてるんじゃないかしら? アタシもそうだったの、怪我が治れば牢獄へ行って、LTを飲まされて、レベルを更に上げられる。でも、誰も上がらないまま、次の日には死体になるって聞いたわ。どうせ死刑になる連中だから問題ないって、脱走した時に、配置されてるセク部隊の会話を耳にしたの」

「ここからどうやって脱走したの?」

ラインが厳重な警備に、不思議そうに尋ねる。

「セク部隊は、LTやってる訳じゃないでしょ、だから、どんなに多くの部隊を配置させてても、LTリミットを越えた連中相手に無理があるでしょ、だからここはね、コンピューターシステムで、赤外線センサーが張り巡らされてたりするのよ。でもそれを解除しちゃえば、簡単。看護婦のふりして、病院内、堂々と歩いて、コンピューター管理室に潜り込んじゃったって訳」

「あ、いた、コイツだよ、コイツがアニル。重症っぽいな」

フリットが、そう言って、左上の入院施設の映像を指差した。

ベッドの上で、呼吸器を付けて眠っているアニルが映し出され、だが、その映像は直ぐに違う映像になり、アニルが映っていたのは一瞬だけだった。

「アニルって人はLT中毒中なのかしら?」

「いや、レベル1で、その後、LTは飲んでない。オイラ達と同じだ」

「なら、このまま怪我が治るまでは入院してると思うわ、特にLTを欲しがらないだろうし。暫くは牢獄へ行く事も、LTを飲まされる事もないから、安心よ」

セランがそう説明し、そうかと、フリットはホッとする。

「さて、アニルって人の無事も確認できたし、この国のセク部隊組織のコンピューターへアクセスして、手に入れるもの、入れちゃいましょ」

セランは指をマッサージするように、両手で擦り、深く深呼吸。

そして、行き成り、立ち上がるので、フリットもラインも何が始まるのかと思っていたら、

「うまくいったら、ご褒美くれる?」

と、セランはフリットを見る。

フリットは、嫌な顔で、

「セクハラ関係抜きで」

そう言った。

「何よ、セクハラって! 失礼しちゃうわ! あのね、アタシのバイブルなんだけど」

バイブルと言いながら、出してきたのは、一冊の少女漫画。

「この漫画の主人公の相手役の男の子が大好きなの。でね、このシーンの、この台詞、大好きで、フリットに言ってもらいたいの」

そう言われ、開かれたページを見るフリットは、その漫画の台詞を目で読み、赤面したかと思うと、

「アホだろ! 言える訳ねぇだろ!」

と、その漫画を床に叩きつけた。

「何するのよ、アタシのバイブルって言ったでしょ!」

「アホか! 何がバイブルだ、只の漫画だろ!」

「カッコイイじゃない!」

「マジでついていけねぇ! わっけわかんねぇ! お前、トリップしすぎだろ! だって男を理想で語る女じゃないだろ、男の全て理解してそうじゃん! なのになんで漫画!? 空想世界じゃん! トリップじゃん!」

「理解してるから、空想に走るのよ!」

フリットとセランが言い合いをしてる中、ラインは、その漫画を拾って読み始める。

「いいか、あんな台詞言える奴は自分をカッコイイと思ってる自信家だけだぞ! あんなの女の理想だ! しかも見た目がカッコイイ男に与えられた有り得ねぇ特権だっつーの! 勿論、容姿がカッコイイと自分で理解してる男だぞ! オイラはそんなナルシストじゃねぇからな! 絶対に言うか!!!!」

フリットがそう吠えると、

「いいじゃない、フリット、かっこいいんだし」

ラインが、そう言うので、フリットの動きが止まった。そしてゆっくりとラインを見て、

「今、なんて言った?」

聞き返す。

「え? 言ってあげてもいいんじゃない? フリット、かっこいいんだしって」

「・・・・・・カッコイイ?」

「うん、カッコイイと思うよ」

「そ、それは服が?」

「そうじゃなくて、フリットなら、この男の子の台詞を言っても許されるって意味」

マジで!?と、思いっきり嬉しそうな表情のフリットに、セランはラインからバイブルとなる漫画を奪い取ると、

「もういい! なんかムカツク!」

と、椅子に座り、ムッとした顔で、コンピューター画面を見つめる。

怒ったのかと、フリットはゴクリと唾を飲み込むと、セランは画面を見据え、

「ご褒美は後で考えるわ。とりあえず、先に仕事片付けましょ。失敗した場合だけど、アクセスしてるのバレたら、逃げても追跡されちゃうかも。トラップもあるだろうし、このコンピューター自体、壊されると思うわ、折角、買ったばかりなのに、ごめんね。それに、何のデーターも盗めないまま終わる事の方が確率的に高いって思ってて」

そんなに難しい事なんだと、フリットとラインはゴクリと唾を飲み込む。

「やっぱり、ご褒美、先に何か約束した方が良かったんじゃない? 頑張る度合い違うと思うよ? でも漫画の台詞って、ご褒美になるの? キスとかの方が良くない? 恋する乙女の気持ちって、よくわからないね」

ラインがフリットに耳打ちで、そう言うから、フリットはキスしてもいいんですかと落ち込みながら、

「キスはセクハラだから!」

と、突っ込む。ラインは成る程!とポンッと手を叩いた。

カッコイイと言われても、余りに気がなさ過ぎて、フリットは更に落ち込む。

そんな二人を無視して、セランはコンピューターに集中している。

キーボードを打ち始め、画面には、文字が流れ出るが、フリットとラインには、わからない文字で、どうなっているのか、サッパリわからないが、状況を聞ける雰囲気ではない。

セランは呼吸を止めるかのように、瞬きさえせず、鋭い目で画面を見つめ、10本の指だけが動いている状態。

暫く、その状態が続いた後、フゥッと息を吐き出し、セランは伸ばしていた背筋を背もたれに置き、少し汗ばんだ手を見て、更にフゥッと、もう一呼吸。

「ど、どうなったの?」

ラインが尋ねると、

「途中で無理そうって思ったんだけど・・・・・・誰かがセキュリティを解いたみたい、途中からアクセスが簡単に行えたから。向こうに誰か味方でもいる?」

そう聞かれ、ラインもフリットも顔を見合わせ、二人揃って、

「レン?」

そう呟いた。

「レンダーって言う人? でも、その人、敵っぽくなかった?」

セランはそう言うが、他に心当たりはない。

「まぁ、いいわ、兎に角、欲しい物は手に入ったから。セク部隊の健康診断データーと名簿と半年分のスケジュール!」

と、コンピューターに新しく出来ているフォルダを見て、セランはそう言った。

「スケジュール?」

そんなのどうするんだとフリットが不思議そうに問う。

「入れ替わるのよ、スケジュール知っておかないと意味ないでしょ。それに、入れ替わる人物の休日を調べて、その人物の休日は徹底的にストーカー! いい? 健康診断にはプライベートの事は書かれてないのよ、趣味が何か、右利きか左利きか、食べ物の好き嫌い、仇名もあるかもしれない。そういうの、全部、調査して、その人になりきらないと!」

「そこまでするのか?」

「フリット、国相手に、中途半端で挑む気? いい? 勝つか負けるかじゃないわ、友達を救えるかどうかは、アタシ達が死ぬか、生き残れるかで決まるのよ! 途中で計画台無しになったら、死ぬのよ、友達も救えないままね」

確かにセランの言う通りだと、ラインは頷き、

「じゃあ、時間もないし、早く私に似てそうな人、探して?」

と、ラインとセランの体格などを似てる人物を探し始める為、データーを開いた。

数時間かけて、データーを一通り見ていく。

すっかり辺りは暗くて、コンピューターの光だけだと気付いたフリットは、電気を点けた。

そして、何か食べないかと言おうとした時、

「コイツがいいわね」

と、セランが呟き、ラインは画面を覗き込む。

名前はピケル・ノーゼン。

セク部隊Sランクに配属。

身長165センチ、体重55キロ。

肌の色は白。

黒髪で、黒い瞳。

メガネ着用。

「この画像、見る限りだと、Sランクに配属されるような人じゃなさそうなのに」

「そうね、見た目が女性的。可愛い顔してるわ、それに背も低いし、体重だって、男の割りにはナイ方よね。待って、ほら、ここ読んで? 最近、配属になったみたいね。どうしてかしら?」

「・・・・・・レンの仕業だったりして」

ラインがそう言うから、フリットも、画面を覗き込んだ。

「確かに、コレならラインでもバレないかもな。レンが気を利かせて、わざわざコイツをSランクに配属させたとでも? 有り得ない話じゃないだろうけど、でもさ、ライン、身長、155ぐらいしかねぇじゃん? 10センチの差はデカイぞ」

「厚底にすればいいのよ、後は少し猫背にして、風邪気味だとか言ってマスクして、ブラックのカラーコンタクトすれば、完璧でしょ」

セランがそう言うと、ラインはウンウンと頷く。

「よし、じゃあ、とりあえず飯にしようぜ!」

と、フリットがそう言って、腹ペコだとお腹を押さえ、ラインが笑った時、セランもコンピューター画面をテレビモードにして、

「じゃあ、少し休憩しましょ」

そう言ったが、その画面に映ったニュースに、ラインもフリットもフリーズする。

なに?と、セランも画面を見ると——・・・・・・

ついさっき、プレジデントが暗殺されたと言うニュース。

ソルク・モルザが記者達に質問責めに合っている。

『プレジデントとは腹違いの兄弟にあたると言う話ですが、では、次のプレジデントはソルクさん、アナタがなるのでしょうか?』

『——まだわかりません』

『病院に運ばれた時には、もう亡くなられていたらしいですね?』

『——はい』

『ソルクさん、アナタは、この国の軍や部隊をまとめる大元帥という称号を持っていますが、その立場で、プレジデントを守れなかった守備については、どうお考えですか?』

『——ノーコメント』

『犯人の心当たりは?』

『——いいえ』

『国民達の不安をどう解決してくれますか?』

『——今はまだ何とも』

質問には、一言二言で済ませる回答をするソルク。

「・・・・・・ジュキトのピンバッチ付けてる」

ラインが、ソルクの襟元を見て、呟いた。

『ソルクさん、最後に何かメッセージは?』

記者にそう言われ、ソルクは、目の前にあるマイクを持ち、

『我が国は近々、方針を変えるでしょう。全ての国が脅威に思っているリグド・カッツェルと言う人物を、我が国の武力が倒してみせるからです』

プレジデント暗殺事件とは全く関係のないコメントを述べた。

記者達がシーンとする中、ソルクは怪しげに笑い、マイクを握り締める。

『今、この国は他国から、弱者だと言われている。いや、この国を知らない者も世界には大勢いるだろう、それ程に小さな国だ。それは今までのプレジデントが生温い方針を貫いたせいだ。だが、もうすぐです、我が国は誰もが知っている名を持ち、国々を脅かすモンスターを倒す力を持ってして、蘇ります。それこそが亡くなったプレジデントへ贈る我が武力の敬意ですよ、守れなかったんじゃない、国がこうなるべきだと、その時が来ただけの事。プレジデントも天国で、理解してくれる事でしょう』

それはどういう意味だと、記者達が詰め寄るが、ソルクはクルリと背を向け、セク部隊達に守られるようにして姿を消した。

ニュースはスタジオに戻り、このソルクの意見に対し、賛否両論の言い合いが始まる。

「・・・・・・ソルクも動き出したっつー訳か」

フリットが腕を組んだまま、画面を見つめ、そう呟く。

「大胆だね、ジュキトのピンバッチ、見逃さないジャーナリストもいる筈だよ、暫くはソルクの周りは記者達が張り込んでるだろうね、真相を暴く人もいるかも」

ラインも画面を見たまま、そう言うと、

「まぁ、国が暗殺されたと言い切る以上、雑誌で、ソルクが黒幕か!?ってタイトルで真相を載せたとしても、あんま意味ないだろうな。ぶっちゃけ、国民の事なんて、どうでもいいだろ、奴等はこの国をジュキトにして、最強にして、全ての国を支配したいだけだろうから。そして、その邪魔となるプレジデントはいなくなった——」

フリットが、そう言った。

セランは、溜息をひとつ。そして、

「すっごい厄介な事に足を突っ込んじゃったのね、アタシ」

と、呟いた。

とりあえず、3人は休憩に入り、食事をした後、直ぐにセランと入れ替わる人間を探し出し、科学班のスティル・ルーヴと言う女性と入れ替わる事に決定した。

そして、ピケル・ノーゼンとスティル・ルーヴのスケジュールを確認。

「この日って、即位パーティーって書かれてるけど、もしかして、ソルクがプレジデントになる日って事かしら?」

セランがそう言って、確認した日は、今から約2ヵ月後。

「・・・・・・シンバがファイナルを迎える日だ」

フリットが計算しながら、呟く。

「盛大に行われそうね」

セランも呟く。

「なら、その日に入れ替わろうか」

ラインが、そう提案し、フリットもセランも頷く。

「そうね、パーティーなら、酔ったふりして歩き回れるかも。そしたら組織の内部も確認できそうだし。いいかもね。じゃあ、この日の為に、ピケル・ノーゼンとスティル・ルーヴを徹底的に調査。どうする? 当日、入れ替わったら、コイツ等、殺しとく?」

いやいやいやとフリットもラインも首を振るので、殺さないの?とセランは聞き返す。

「オイラは、普通にデンバーにセク部隊に入れてもらえると思うんだけど、パーティーに出席できるか、わかんねぇだろ? だから、コイツ等は気絶させて、オイラが、この廃墟に連れ込んでおく。コイツ等の毎日の食事とか、どうしようか。ずっと監禁しとく訳にいかねぇだろうし——」

「スケジュール見てると、科学班は残業さえなければ、定時には終わるみたい。セク部隊と違って寮生活でもないし、アタシが、ここへ帰って来るわ、その時に食事を与えればいいでしょ」

フリットもラインも頷いた。

全てうまくいっているように思えた。

フリットはもうすぐシンバを助けられると信じ、ラインが悲しまなくて済むんだと思っていた。

——シンバ、お前もLTを飲んだ時、うまくいくと信じたのかな。

——オイラ達はまだ若くて、夢を見る年頃なんだよな。

——叶わない夢はない。

——悪夢なんて知らなくて、動き出せるのは、若さ故。

——そんな事、すっかり忘れて、オイラは戦おうとしていた。

——LTを飲んだ時に夢は捨てたのに、夢はまた見てしまう。

——そして、その夢が叶うと信じてしまう年齢なんだ。

——オイラ達は、危険を察知できる大人でもないし、恐怖を知らない子供でもない。

——でも、何かに立ち向かえる大人で、過ちを犯してしまう子供なんだ。

——シンバ、オイラ達、間違ってるって、気付いてても、自分を止められなかったな。

——大事なモノ、守れるって信じてたよな。

——既に悪夢の中を走ってるのに、オイラは、夢を叶えようと、必死だったよ。

——オイラの全ての悪夢はLTに手を出した時から始まったんだな・・・・・・。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る