9.特別

鼻歌を歌いながら、ご機嫌に帰って来たシンバに、

「お前、何の連絡もなく、仕事終わっても帰って来ないって、レンが怒ってるぞ」

と、廃墟のローカでフリットが、シンバの腕を掴み、小声でそう言った。そして、

「お前・・・・・・びしょ濡れじゃないか、傘どうしたんだよ?」

濡れているシンバに不思議に思い、聞くと、シンバはヘラッと笑い、

「あぁ、傘? ええっと? 持ってたっけ? ちょっと町をぶらぶらしてたからさぁ」

そう言った。その明るい声色とシンバの明るい表情に、フリットは眉間に皺を寄せる。

「・・・・・・お前、まさか、LT飲んだのか?」

「ん? うーん? あはは、何、大丈夫だって!」

言いながら、フリットの手を振り解こうとするシンバを、グイッと引き寄せ、フリットはシンバの懐、ズボンのポケットなどに手を入れ、そして、LTの小瓶を見つけ、取り出した。

「なんで持ち歩いてんだよ! しかも、かなり減ってるし!」

「返せよ!」

突然、大きな声で怒り出し、フリットからLTを奪い取るシンバ。

「・・・・・・思いっきし症状出てんじゃねぇか」

「大丈夫だって! このLTは新しく開発されたLTで、記憶はなくならない。しかもハイテンションなのは慣れる間だけ。慣れたら通常に戻って、LTも徐々に減らしていけばいいだけなんだって。そんで飲まなくなってる頃には、レベル上がってるって言うからさぁ」

「誰から聞いたんだよ?」

「うん? あぁ、えっと・・・・・・」

「デンバーに電話したのか? 会ったのか!?」

「あぁ、えっと、もういいだろ、レンダーに謝ってくるよ、遅くなった事」

「待てよ、シンバ! なんで勝手に行動するんだよ、オイラに何の相談もなくて——」

「相談したらどうなるって言うんだ!」

また大声で怒り出すシンバに、フリットは黙り込む。

「時間がないんだよ、ルーシーのチケットが手に入ったんだ、会うしかない。だからもう俺には時間がないんだよ!」

そう吠えると、シンバは、ヘラッとまた笑い、フリットの肩をぽんぽんと叩き、

「内緒な」

と、レンダーの所へ行く。

「言える訳ないだろ・・・・・・ラインが悲しむ事しないって言った癖に・・・・・・」

と、フリットは俯いて呟く。

とりあえず、レンダーからは、大した小言はなく、これからは連絡するようにと言われただけで、直ぐに食事となり、皆、テーブルを囲み、いつものように食べていると、

「あぁーっ!!!!」

と、突然、シンバは大声を上げ、立ち上がり、自分の部屋へと向かう。

レンダーとラインがビックリした顔で、フリーズしていると、

「あ、アイツ、なんか体調悪いらしくて。頭痛が酷いってイライラしてるみたい。オイラ、ちょっと様子見てくるよ」

と、フリットはシンバを追った。

シンバはベッドの上に座り、LTを飲んでいる。

「おい、本当に大丈夫なのか!?」

「なにが?」

「徐々にやめられるのか?」

「慣れれば」

「本当に慣れるのかよ!? アニルがLT飲んだ後、3日間監禁されたって言ってたよな? 徐々にやめれるなら、監禁必要ないだろ?」

「・・・・・・ウルサイな」

「このまま、レンやラインを騙し通せると思うか?」

そう言われ、シンバはフゥッと溜息を吐くと、荷造りを始めた。

「何してるんだよ」

「出てくよ」

「はぁ!?」

「だってそうするしかないだろ、レンダーやラインに騙し通せる訳ないんだろ? LTやってるなんて知られたら、面倒になる。そうなる前に出てくよ」

「ちょっと待てよ、シンバ! 行く宛なんかないだろ」

「・・・・・・デンバーのとことか」

「そんなのデンバーの思い通りじゃねぇかよ!」

と、フリットが吠えると、シンバは面倒そうに、

「じゃあ、どうしろって言うんだ!?」

そう吠え返した。

「・・・・・・LTやめろよ、今直ぐ。今日、飲み始めたなら、副作用も然程ないだろ、二夜程の下痢や嘔吐、発熱、それなら、ちょっと酷い風邪で騙し通せる」

「・・・・・・それじゃあ、レベルは上がらない。体の隅々までLTを染み込ませないと」

「そんな事したら、3日間、監禁しなければ、LTよこせって暴れるだろ! LTが体に染み付くと、LTなしでは生きられないって思うだろ! 記憶だって、本当に失わないのか!? 

お前、傘をどこで失くしたか、既に覚えてないだろ!? 傘なら別にいい、でも大事な記憶を失ってからだと何もかも遅いんだぞ!? お前、レンやオイラの事も忘れて、ラインの事も忘れるんだぞ!?」

「忘れねぇよ!!!!」

怒鳴るように吠えるシンバ。そして、LTの入った瓶をギュッと握り締め、

「ライブがあるのは、2週間後。LTが体の隅々まで染み付くにはギリギリの日にち。今、飲まなければ、レベル3にはなれない」

そう言った。フリットは眉間に皺を寄せたまま、

「——ギリギリの日にちって、監禁される3日間は入ってないのか?」

と、もうその疑問の答えはわかっているが、口にした。

「あぁ、ライブで、LTはキレるだろう。その時、少しの間は無力になるが、それを超えたら、数十分はレベル3の強さになる」

「それ、落ち着いて考えたのか? その後、お前は完璧にLTが体からなくなり、一気に力を失うぞ? 気絶して、倒れて、目が覚めたら、あの悪夢だぞ? いや、苦痛で気絶して、本当に悪夢を見ていられるなら、その方がいい。目が覚めたら最後、どんなに苦しくても、気絶さえできないんだぞ? その時、お前は何て言うだろうな? オイラにはわかる。お前は、LTをよこせと、叫ぶんだ——」

「・・・・・・いちいちそんな説明しなくても、俺も知っている情報だ、寧ろ、おれ自身が受けた仕打ちだ、ソレ。覚えてるよ、ちゃんと」

「なら、どうして!?」

「どうしてだと!? ルーシーを潰したいんだよ、どうしても!」

「はぁ!?」

「リグドに伝えたい、ルーシーは元ジュキトの連中と繋がってるってな」

「・・・・・・それで? その後は?」

「・・・・・・俺はリグドの信用を取り戻して、リグドの所へ戻る。そしたら、リグドがラインを狙うとしても、直ぐにわかるだろう、その時は、お前に連絡するから、お前はラインを守る」

「・・・・・・そんな事、オイラが頷くと思うのか?」

「なら、他にラインを守れる手段があるのか?」

「・・・・・・ガッカリだよ、シンバ」

「あぁ!?」

「お前がLTに手を出して、レベルを上げるとしても、オイラやラインの傍にいて、レベルを上げるんだと思っていた。いや、そう信じていた。結局、お前はラインを悲しませるんだな。なんでなんだよ? ラインを好きだろ? 好きなんだろ?」

「わからない」

「わからない訳ないだろ、危険を犯し、ラインから離れて、ラインを守ろうとしてるじゃねぇか! ソレ、好きじゃなかったら、できねぇだろ!」

「わからないんだ、本当に! 俺は女と接した事なんて、ラインしか記憶にない! だから特別に思うだけなのかもしれない! リグドの記憶しかないから、リグドだけが特別だと思うように! だけど、ひとつ、ハッキリしている事がある。リグドはジュキトが生み出した闇そのもので、あの闇は、どんな光を持っても、何一つ、照らし出せない。そこにあるものは、真っ黒い闇だけだから。でもそれは誰でも、持っている闇なのかもしれないけど、リグドの闇は大きすぎて、僅かな光さえもないんだよ。俺、ラインだけは、その闇に呑まれてほしくない。いつか、ちゃんとした真面目ないい人と結婚して、子供生んで、最期の時まで笑ってて欲しい。俺はそれを遠くで見ていたい。遠くで——」

「・・・・・・」

フリットは言葉を失う。何故なら、フリット自身も、ラインの幸せを願うなら、ラインから離れた方が良くなってしまうからだ。

「なぁ、フリット、それにはまず、ルーシーを消さなければならないんだよ。リグドの隣にいるルーシーを。わかるだろ? アイツがいたら、俺がリグドの隣にいられない」

「・・・・・・それでLTなのかよ、レベル3じゃねぇと倒せないのかよ!?」

「ルーシーのファンを調べた。アニルの言う事は嘘じゃない。確かにルーシーのライブは小規模で行われていて、200から300人程、毎月、集まっている。だが、ルーシーは架空人物として有名ではあるが、実在人物としての知名度は低い。街のモニターに流れているのを見た人も、あれが本当のルーシーなのか、知らずに、好きだと言っている者ばかりだ。だから、毎月のライブに集まるファンの面子は同じに等しい。そして、その300人程のファン、殆どがLTを飲んで生き残っている」

「い!? 生き残って!?」

「あぁ、少なくとも、この国の若者300人はLT中毒者だと言う事だ」

「・・・・・・その情報はどこからなんだよ? どうやってルーシーのファンを調べた?」

疑わしそうな顔で、フリットはシンバを見る。シンバはそんなフリットを見て、

「知ってるか? 今、セク部隊の方に通報されている問題のひとつで、この国の子供の行方不明者が、月に、1人から3人程度、出ているって事——」

そう聞いた。

「え? いや、知らないけど?」

「セク部隊のホームページなどで公開されている事件だ、子供達の顔写真を載せ、お心当たりのある方は連絡して下さいと言う文句が書かれている」

「それがどうかしたのか?」

「ルーシーのファンは13歳から16歳の子供ばかりだ。そして、LTが体に合わず、死んだとしても、1人から3人程度で、毎月、その程度の入れ替わりがあるだけなんだ」

「つまり、その行方不明者はLTが体に合わずに死んだ奴等って事か?」

「あぁ。そして生き残った奴等、みんな、揃いも揃って、何故、毎月、ライブに行くかと言うと、LTをもらいたい為。つまり、レベル1になった者達にも、再びLTを渡し、中毒中にさせているんだ。アニルには、レベル1になった後、繋がりを絶つ事はせず、だが、LTを渡すのをやめたんだ、理由は、恐らく、アニルの友達が死んでしまって、アニルが大騒ぎするんじゃないかと思ったんだろう。まだ子供だからな、結局は頼るのは親や大人になる。万が一、親になんかバレてみろ、それで大事になったら、折角の300人のレベル1中毒中の奴等は、国、いや、世界が全て葬るだろうからな。実際に、行方不明者の友達は、アニルのようにレベル1で、中毒中ではなく、だが、ルーシーと繋がっている」

「・・・・・・」

「つまり、俺は、行方不明者からルーシーへと辿り着き、この情報を得たんだ。帰りが遅くなったのは、ネットカフェに寄っていた」

「・・・・・・よく考え付いたな、行方不明者からなんて——」

「実はデンバーにLTの副作用などについて、会って聞いたんだ、その時、今、子供が毎月、2、3人いなくなるって、親は只の家出かと、数ヶ月も通報しない場合があり、捜査が行き詰っているんだと言う話を聞いたんだ。只の愚痴だったが、なんとなく気になって・・・・・・」

「・・・・・・態とお前にそんな愚痴を聞かせたんじゃねぇのか?」

「・・・・・・かもな」

「ルーシーがジュキトの紋章入りの武器を配っている以上はデンバーと繋がっている可能性は高いんだぞ?」

「わかってる」

「リグドだって、ルーシーをお気に入りだと可愛がってるとしたら、一番の曲者はルーシーだぞ!?」

「わかってる」

「しかもレベル1とは言え、300人だぞ!? 300人の手下がいるようなもんだぞ!?」

「あぁ」

まるで、わかってなさそうに、普通に頷くシンバに、フリットはイライラする。

「300人と戦うから、レベル上げなのかよ?」

「そうじゃない。その300人はレベル1で、中毒中。つまり、LTがキレて、数十分はレベル2の強さになる。どうして、その強さで留めているのか、何故、レベル2へ上げさせないのか、考えたんだ。多分、ルーシーのレベルは3なんだよ」

「成る程ね、手下は自分より弱くないと意味ないか。で、お前はレベル3に上がれるのか? ルーシーと戦い、勝ったとして、その後、お前は苦しみを乗り越え、生き残れると思うのか? たまたまレベル2まで、うまく上がれたが、次も上がれると思うのか?」

黙り込むシンバに、フリットは苛立った顔から、呆れ顔になる。

「そこまで考えなかったってか?」

「・・・・・・」

「相手の事は調べても、自分の事は見抜けなかったってか?」

「・・・・・・」

「LTがどんなものなのか、オイラ達が一番わかってんじゃないのか? 只のレベル上げの道具じゃない、中毒になったら飲み続けなければ、死ぬかもしれない薬なんだぞ、中毒中はどんなに思考がハッキリしてても、通常の人間から見たら、異常者だぞ。上機嫌だと思ったら、急にキレ出して、人を殺しかねない人間になるんだぞ。それだけじゃない、LT欲しさに、なんでもするようになるぞ。人を殺しても何も思わなくなるんだ!」

「・・・・・・レベルは必ず上がる。中毒中の間も大人しく、自分を保てる」

「デンバーがそう言ったのか? お前にLTを飲ませたくて、都合のいい嘘を並べ立てたんだよ、LTを飲んでくれさえすれば、後はデンバーの言いなりだろ、LT欲しさにさ」

「・・・・・・そうかもしれない。でも、他に、道はない」

「そんな事ない! 今ならやめれるって! まだ間に合うって! LTを全部、オイラによこせ! な? 頼むよ、シンバ。お前がもし死んだら、それこそ、オイラ一人でラインを守る事なんてできねぇよ、だからシンバの今のレベル2の強さが充分必要なんだって!」

「・・・・・・今の強さで、ルーシーにも勝てないのに、どうやって守れるんだ」

シンバはそう呟くと、直ぐに、

「俺は死なない、絶対に」

そう言い放つので、フリットは、呆れて、

「ソレ、LTの影響で自信満々で言ってるだけだろ。確かに生き残る可能性はあるだろう、でも死ぬ可能性だってある」

そう言った。

「300人、生き残ってるんだぞ」

「だから?」

「俺はレベル1も2も超えて、今、こうして生きている」

「それが根拠になるとでも?」

「あぁ」

「・・・・・・わかったよ、もう何も言わない」

これ以上、話しても平行線だと、フリットは諦めた。

「だが、今日、出て行くな。明日も明後日も、ライブがある2週間まで、ここにいろ」

フリットはそう言うと、シンバから目を逸らし、俯いて、

「オイラにも心の準備っつーのがあるだろ、2週間ぐらい、時間くれよ。お前がいなくても、オイラ1人で大丈夫だって、ラインはオイラが守っていくってさ」

そう言った。シンバは黙ってフリットを見ていると、フリットは顔を上げ、

「とりあえず、いつものように過ごせよ、LTはオイラも小分けにして、持ってるようにして、キレそうになったら、さりげなく渡すから、ラインにだけはバレないようにしろ。ガムと一緒に食うとかしてさ。わかったか?」

と、笑顔で言うから、シンバは、益々、無言になってしまう。

「・・・・・・」

「わかったか!?」

返事のないシンバに、念を押すように、もう一度聞くと、

「・・・・・・あぁ」

シンバは小さく頷き、フリットも頷く。

「せめて、後2週間、お前が死ぬのか、それとも、リグドの所へ戻るのか、オイラには、わかんねぇけど、お前が、ここを離れる直前までは、ラインと一緒に、楽しい時間を過ごそう。オイラだって、お前と離れるのは、ちょっとだけ寂しいからな、最後の時まで笑顔で過ごそうぜ、嫌な事なんて考えずにさ」

そう言うと、フリットはドアを開け、部屋を出て行こうとしたが、ドアの前、レンダーが立っていて、シンバもフリットもフリーズする。だが、レンダーは、来たばかりなのか、

「気分はどうだ?」

と、シンバに、普通に尋ねてきた。

「気分?」

と、眉間に皺を寄せ、それはどういう意味で聞いているんだ?とばかりのシンバに、

「あ、あぁ、オイラが、シンバは体調が悪いって言ったから・・・・・・あぁ、えっと、だいぶいいみたい?」

と、シンバを見て、そう言うので、シンバも、

「あ、あぁ、うん、まぁ、風邪かな」

と、頷いて答える。

「そうか、うつすなよ」

それだけ言うと、レンダーは行ってしまった。

「・・・・・・聞かれてなかった・・・・・・みたい・・・・・・?」

小声で、呟くように、フリットがそう言うと、シンバは溜息混じりに、

「どうかな、聞いてて、あの態度かもな。一番の曲者はレンダーかも」

と、ベッドに寝転がった。

誰が敵で、誰が味方で、それさえわからない中、それでも動き出したシンバに、フリットは自分も何かしなければと、少し焦りを感じていた。

「・・・・・・なぁ、シンバ」

「え?」

まだ部屋を出て行かず、そこにいるフリットに、シンバは顔だけ起き上がらせ、見ると、

「お前が信じれる味方はリグドとラインだけなのか?」

そう聞いた。

「・・・・・・リグドは味方とも敵とも言えない。信じれるのかと聞かれても、よくわからない。厄介だよな、LTの症状の記憶障害ってさ。別に他の人だっていたかもしれない。でも、その人しかいないから、どうしても、その人にしがみ付きたくなる。たった一つの、俺の記憶だから——」

シンバはそう言うと、

「悪い、少し寝る」

と、布団の中に潜り込んだ。

フリットが部屋から出て行くと、シンバはムクッと起き上がり、小瓶の中からLTを出し、口へ入れる。そして、溜息——。

「やっぱ、騙されたかなぁ。記憶もなくならない、慣れたらハイテンションも治まり、通常に戻って、LTも徐々に減らしていけばいいだけなんて、そんな都合よくないよなぁ。でもアニルと300人は記憶を失っていない。記憶がなくならないと言う事だけは本当の事だったら、それでいいか・・・・・・」

ラインを覚えておける。

ラインを守っていける。

ラインを想っていられる。

例え、遠くからでも——。

二度と目が合う事も、声を聞く事も、触れる事もなくても——。

それだけで救われるような気になり、おかしくもないのに、笑いが込み出して、天にも昇る気分になれるのは、LTのせいだろうか。

次の日、午前中の仕事が終わると、シンバは仕事場の近くにあったスーパーで、昼飯を買い、ついでにガムを買おうとして、いろんな種類の飴玉がたくさん入った大きな袋が目に入り、ガムはやめて、ソレにした。

午後の仕事が終わると、まだ日も明るく、シンバは公園に寄り、ベンチで、飴玉を取り出し、軽快なリズムの口笛を吹きながら、くるんと巻いて包装された飴玉だけを分けていく。

ラインがくれた飴玉に似ていて、とても可愛らしいと、シンバは飴玉を見ながら思う。

そして、ひとつひとつ、包装を丁寧に外し、LTを一粒、飴の中に入れると、またくるんと巻いていく。

その作業を繰り返してやっていると、小さな男の子が、シンバの傍に来て、さっきから、ずーっと見ているので、シンバは、LTの入っていない飴玉を差し出してみる。

すると、男の子はパァッと明るい笑顔になり、その飴玉を受け取った。

バイバイと手を振るので、シンバもバイバイと手を振ってみる。

暫くして、同じ作業を繰り返していると、さっきの男の子が、女の子を連れて来た。

手を繋いで、一緒にこちらをジッと見ているので、シンバはハッと笑いを零し、また飴玉を二人に差し出すと、二人は笑顔で、受け取り、バイバイと去っていく。

遠ざかって行く小さな二人の背中を見ながら、シンバは、自分もあんな頃があったのだろうかと思う。

仲良く手を繋いで、駆けて行く二人。

シンバは自分の手の平を見つめ、女の子と手を繋いだりした事ってあるのだろうかと、考えるが、考えてもわかる訳もなく。

そして、すっかり空が暗くなって、シンバは帰ろうと歩き出し、公園を出て、駅へと向かい、携帯にメールが幾つか来ているのを確認する。

アドレスはライン。タイトルはリターン。

『何してるの? 仕事はもう終わったんでしょ? 体調、まだ悪いの?』

アドレスはフリット。タイトルはなし。

『おい、頼むよ、いつも通りにして、仕事終わったら即効で帰って来いよ』

またもアドレスはフリット。タイトルはなし。

『どっかで暴れてんじゃねぇだろうなぁ!?』

アドレスはアニル。タイトルはこんにちわ。

『ルーシーに、チケット、うまく渡せたと報告しました』

駅のホーム。

まだ電車が来ない。

その間、シンバは、まずラインに返信。

『悪い、もうすぐ帰るから、飯、みんなで先に食ってていいよ』

そして、フリットに返信。

『暴れてない。そんな言う程、まだハイテンションではない。気分は落ち着いている方だ』

最後にアニルに返信。

『そうか。もう余りルーシーに関わるのはやめた方がいい。LTを必要としてないなら、関わる必要もないだろう。後は俺に任せて』

調度、送信が終わると、電車が来た。

携帯をズボンのポケットに入れ、電車に乗り込む。

ラッシュ時ではないのか、電車の中は人が疎らで、席は空いているが、扉付近に立って、流れる景色を見つめる。

ザーッと流れる景色は、街のネオンが光っていて、夜も明るいなぁと思う。

街や店などで、よく流れる歌を、知りもしないが、鼻歌交じりに、口ずさみ、景色を見ていると、トンネルに入り、景色が真っ黒になった瞬間、自分の背後に立っている男の顔が窓に浮かび上がり、シンバは鼻歌を止めて、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「ご機嫌だね」

男の口がそう動いた。

——リグド・・・・・・。

シンバは動けなくて、窓に映るリグドを見つめているが、トンネルを抜けると、景色が浮かび上がり、一瞬、リグドを見失い、トリップしたかと思う。

直ぐに振り向くと、リグドの姿がなくて、やはりトリップだったかと思うが、気配を感じていて、直ぐ隣の席にドカッと座るリグドに、ハッとして、また動けなくなる。

「ご機嫌の理由はLT? キメてんの?」

リグドのその声も割りと弾んでいて、明るく、ご機嫌だ。

足を組み、その太股の上に肘を立て、顎を手で支えて、シンバを見上げるリグド。

シンバはゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと顔を横に向けて、リグドの視線に応えるように、合わせる。

今、バチッと目と目が完璧に合った。

「・・・・・・リグド。この前のクラブで一緒にいたタレントのルーシーって男——」

そこまで言うと、シンバはまた黙り込んだ。

ジッと見つめるリグドに、何か話さなければと、

「——どうして電車に乗ってるんだ?」

そう聞いた。

ルーシーの事を何か言えば、きっと、リグドは気に入らない。

リグドが気に入っているものを貶す事は許されない。

それは、なんとなく覚えている感覚。

今、リグドが、ルーシー・ミストを気に入っているのならば、シンバがルーシーについて、何か言う事は、リグドに怒りを与えるだけだろう。

こんな所で、殺されては意味がない。

だが、ルーシーがいなくなれば、リグドのお気に入りは、また変わる筈。

「オレだって電車ぐらい乗るさ。楽しいよな、電車に乗ってさ、知らない街に降りて、探検とかしたりして。でもさ、どこの街も変わらないんだよね、ある物は——」

と、リグドは振り向いて、窓を眺め、

「24時間明るい街の影にあるのは、ゴミと死体とLTと——」

そう呟き、シンバを見て、

「要らないって言われるものばかりだ」

と、笑う。

「・・・・・・でも、必要なものもあるよ」

「例えば?」

「・・・・・・わからないけど」

「わからないってなんだよ、相変わらずだなぁ」

と、笑うリグドに、シンバは切なくなる。

リグドの記憶に、自分がちゃんと存在していると知ったからだ。

そして、リグドは、ポケットから飴を取り出し、ソレを口の中に入れた。

「その飴!?」

「あぁ、ラインって女からもらったんだ。この前、食事したから」

——ライン・・・・・・リグドにも、飴、あげたんだ・・・・・・。

「でさ、その女に電話もメールも届かないんだよね、着拒否されてるっぽい」

「・・・・・・」

「向こうからも、連絡一切なし。こんなの初めて。このオレがだよ? ショック!」

「・・・・・・」

黙っているシンバに、ショックとは思えないニコニコ笑顔で話すリグド。

「どう思う? ふられたのかな?」

「・・・・・・」

「なぁ?」

「・・・・・・わからない」

「そっか。オレの話とか出ない訳?」

「・・・・・・特には」

そう答えたシンバにリグドはクックックッと笑い、

「やっぱり、一緒にいるんだ、あの女と」

そう言うから、シンバはハッと自分の口を押さえる。

「わかりやすい態度とるなよ、そういう所、可愛いけどね」

と、更に笑うリグド。

「で、彼女の携帯いじって、オレの番号やアドレスを着拒否したのって、お前?」

さっきまで笑っていたのに、突然、笑顔が消え、シンバを見るリグドのダークレッドの瞳。

シンバは怖くて、何も答えられない。

リグドは立ち上がり、シンバの真正面に立ったかと思うと、思いっきり腹部に拳を入れた。

ガハッと口から唾が吐き出され、前のめりになるシンバの額を人差し指で支え、そして、元の姿勢になるよう、その人差し指でシンバを押し上げる。

「オレの邪魔を二度とするな」

ご機嫌だった口調はどこへやら。

空気が重く、流れない怖い声で、そう囁かれ、シンバが小さくコクコク頷くと、電車は停まり、ドアが開いた。

リグドはそのまま、電車から降りて、シンバはリグドの背を見つめるが、リグドは振り向きもせず、行ってしまった。

リグドが見えなくなり、電車のドアも閉まると、シンバは緊張を一気に解き、その場に座り込み、呼吸を乱す。

汗も一気に溢れ出てくる。

そして少し震える手で、LTを口の中に入れた。

——くっそぉ、思いっきり怯えてしまう。

——情けない。

——こんなんじゃ、ルーシーを倒しても、リグドの傍にいられないじゃないか。

LTを飲んでも気分が晴れなくて、考えれば考える程、苛立ってしまうシンバ。

しかも、殴られた腹部がかなり痛いと、一発のダメージがでかすぎると苦痛の顔。

廃墟に戻った頃には、痛みはなくなっていたが、それでも、気分はどん底。

「シンバ、レンが怒ってるよ、遅くなるなら、なるで連絡入れないと!」

調度、風呂上りのラインが髪を拭きながら歩いていて、バッタリ会った。

「・・・・・・あぁ」

「どうしたの? 顔色悪いよ?」

「あ、いや」

「まだ体調悪いの? それでどこかで休んでたとか?」

「いや、大丈夫」

「そう? 夕飯、キッチンにシンバの分置いてあるよ、温めてあげようか?」

「自分でやるからいいよ、先にレンに謝ってくる」

シンバはそう言うと、レンダーの部屋へ向かった。

ノックをして入ると、レンダーは酒を飲んでて、

「シンバか。昨日、言ったよな、遅くなる時は連絡を入れろと」

怒っているのか、ないのか、いつも通りの口調で、淡々とそう言われ、シンバが頷くと、

「わかればいい。仕事はちゃんと終わってるみたいだからな、他に問題はない」

昨日と同じく、そう言われただけで、特に説教はない。

ラインと違い、男だから、遅くなっても問題ないと思っているのか、それとも——。

シンバは、レンダーの部屋から出て、キッチンへ向かう。

テーブルの上には、オムライス。

ケチャップで、シンバと名前が描かれていて、ハートも付いている。

「・・・・・・可愛いな」

思わず、そう呟いて、オムライスを見つめる。

「オイラにはハートはなかったけど」

いつの間にか、背後に立っていたフリットがそう言ったので、思わず、

「嘘!?」

と、振り向いて聞き返すと、

「フリットって、4文字で、ハート入らないってさ」

そう言いながら、冷蔵庫を開けて、缶ジュースを取り出し、それを飲み始めるフリット。

「なんだ、そんな理由か」

「残念そうだな」

「・・・・・・まさか。只、これはちょっと、嬉しいだけ。こういうの作ってもらった事ないと思う。多分——」

と、携帯を取り出し、オムライスの画像を撮るシンバ。

「オイラが描いたんだよ、それ」

「嘘!?」

画像を撮った後で、そんな事を言うフリットに、思わず振り向いて、また聞き返す。

「嘘に決まってんだろ、気持ち悪ぃよ、お前にハートなんて」

「・・・・・・あぁ、だよな」

ホッとするシンバに、フリットは、

「あんまり帰り遅くなるなよ、ラインと一緒にいられるのも、後少しなんだろ」

急に、深刻な話をするから、シンバは黙って頷くしかできなくて。

そして、座って、オムライスを食べ始めるシンバに、

「おやすみ」

それだけ言うと、フリットはキッチンから出て行った。

シンバはオムライスを食べながら、もうすぐラインの手料理も食べれなくなるのかと溜息。

次の日、仕事へ向かう前に、フリットが、

「今日こそ、午後から仕事ないんだから、3人で映画行こうぜ! この前のリベンジ!」

と、言い出した。

「とか言って、またフリットが仕事遅くなって来れなくなるんじゃないの?」

と、ラインは呆れ顔。

「大丈夫だって! 今日の仕事は午前中だけ頼まれた事務仕事。シンバも午前中だけのバイト代理だったよな? ラインも午前中に終わる老人の介護だろ? 全員、確実に午前で終わる仕事だろ?」

「・・・・・・そうだけど、観たい映画とかある?」

ラインは余り乗り気じゃないのか、頷いたものの、シンバに尋ねる。

「俺? 俺はなんでもいい。任せる」

「映画館に行ってから決めればいいじゃん、観たいのあるって、きっと!」

フリットはそう言いながら、靴を履き、

「映画館の前で12時な」

と、走って出て行った。ラインはやれやれと溜息。

シンバも靴を履きながら、

「観たくないなら、観たくないと断れば?」

余り乗り気じゃないラインにそう言うと、

「観たくないんじゃなくて、シンバ、具合悪いんじゃないの? 折角、仕事休みなんだし、体を休ませた方がいいんじゃないかと思って」

と、ラインが言うので、

「俺の事は気にしないでいい。気分は悪くないんだ、本当に」

シンバはいつもの口調で、普通にそう答えたが、内心、気にかけてもらっているのが、とても嬉しくて、テンションが高くなるのを必死で抑えている。

「本当に?」

「あぁ、それに、楽しみだ。3人で映画なんて、初めてで」

「そうだね」

と、クスッと笑うラインに、シンバも少し微笑んでみるが、

「これから休日とかは、3人で出かけてもいいかもね、ここでゴロゴロして過ごすよりは」

などとラインが言うから、シンバの笑みは薄れていく。

「どうかした?」

「あぁ、いや、じゃあ、お先」

と、シンバは先に外に出た。

街に出て、依頼者と会い、バイトの代理を引き受け、仕事が終わったのは12時ジャスト。

映画館の前に着くと、フリットもラインもとっくに来ていた。

「遅れるならメールしろよ」

フリットがそう言って、シンバを睨む。

「仕事してた所が、ここから近かったから、メールするより走った方が早いと思って」

「15分の遅刻だ」

「悪い、途中で・・・・・・」

途中でLT飲んでたとは、ラインの前で言えず、黙り込むシンバに、フリットは察して、

「まぁ、いいや、早く中に入ろうぜ」

と、映画館の中へ入る。

初めての映画館に、シンバは少し戸惑いながら、フリットを追う。

今、上映されている映画のポスターの前に立ち、どれにするかと、フリットは腕組み。

ラインもポスターをあれこれ見ている。

「これがいいや」

と、フリットが選んだのはヒーローもの。

頷くシンバ。

「ねぇ、これにしよ?」

と、ラインが選んだものはラブストーリー。

フリットもシンバも嫌な顔をして、ラインを見ると、ラインは、

「なによ、こういう場合、女の子の意見優先なんじゃないの!?」

と、頬を膨らませ、

「じゃあ、間をとって、これ」

と、ラインがまた選んだものはホラー。

「ちょ、ちょっと待てよ、俺、多分、映画とか初めてで、そういうの大事にしたいような気がする」

「気がするってなんだよ」

と、シンバの意見に笑うフリット。

「いや、だからさ、ほら、折角、ラインと・・・・・・フリットと観るものだから、それも最初に。だからホラーはやめよう」

そう言ったシンバに、ラインは笑いながら、わかったと頷き、フリットも笑いながら頷く。

「じゃあさぁ、これにしようぜ、ヒューマンドラマ系の感動作!」

フリットがそう言って、ポスターを指差し、シンバもラインも、そのポスターを見て、頷いた。

そして、ポップコーンとコーラを買い、上映時間まで少し待機。

「このポップコーン美味しい、メープルの味がする」

と、ラインがシンバとフリットに自分の持っているポップコーンを差し出し、シンバは幾つか手に取り、口に入れると、ふんわりとメープルの甘い香りが、口の中に広がった。

「俺の、普通の塩だけど」

と、ラインとフリットに差し出すと、ラインは笑いながら、幾つか、シンバの持っているポップコーンを手に取った。

「オイラのキャラメルだから、甘いぞ」

と、フリットが言うと、ラインは嬉しそうに手を伸ばすが、シンバはいらないと拒否。

「なんだよ、お前、オイラのポップコーンが食えねぇっつーのか!?」

「甘いの苦手なんだって」

「ラインのメープルは食った癖に」

「・・・・・・なんとなくだろ」

「じゃあ、なんとなくキャラメルも食えよ」

「なんとなくで食えない。もう口の中はメープルで甘さ限界だから」

「限界ってどんだけ苦手なんだよ」

「なんか映画始まる前に食べ終えちゃいそうだよね」

ラインがそう言うと、フリットは頷き、

「昼飯食ってないからな。映画観たら、なんか食いに行こうぜ」

と、言いながら、ポップコーンを頬張る。

案の定、映画が始まる前にポップコーンは食べ終えてしまい、結局、上映が始まる頃、手に持っていたのはコーラだけの3人。

平日の昼間と言う事もあり、いい席に座れた。

ラインを真ん中にして、シンバ、ライン、フリットの順番に座り、映画が始まると、室内が暗闇になる事に、シンバは少し驚く。

しかも大画面じゃないかと、スクリーンの大きさにも驚くシンバ。

映画の内容は、家族の絆を題材にしていて、シンバには、よくわからなかったが、フリットが鼻を啜る音がして、泣いてるのかと、チラッと横を見ると、ラインが、無言で涙を流していたので、思わず、そのラインの横顔に見惚れてしまっていた。

暗闇の中、僅かな光で浮かび上がるラインの顔は、初めて見る表情。

柔らかそうな頬に流れて止まない涙が、小さな顎の先で、滴になって落ちている。

涙で濡れた瞳はキラキラに光って見える。

そして、シンバの視線にも気付かない程、映画に集中している。

そのラインの横で、フリットがズズッと鼻を啜る音を立てるから、きっとアイツも泣いてんだろうなぁとシンバは思いながら、ラインを見つめ続ける。

映画よりも、ラインの、初めて見る表情の方が、見ていて飽きない。

携帯でラインの横顔を撮りたいなぁと思うが、流石に、ここでは無理だろうなぁと思う。

ふと、記憶がなくなるかもしれないと言う不安が急に大きく圧し掛かり、シンバは溜息。

映画が終わった後、ラインとフリットは映画について語り出す。

どのシーンが良かっただの、あのシーンは泣けただの、そのシーンはムカついただの。

「でね、あの女の人! あの人がさぁ、どうして迷っちゃったかって事だよねぇ」

「そうそう! あれさぁ、迷わなければ間に合ったよなぁ! 主人公もさぁ、幸せになれよって、いなくなるなんて、悲しすぎるだろう! そう思うだろ? シンバも」

そう言われても、何の話かサッパリわからないシンバ。

だが、とりあえず、コクコク頷くと、だよなと、フリットは、またラインに向き直り、映画について、二人話し出す。

「俺、トイレ」

と、シンバは映画館のトイレへ走った。

そして、個室に入り、LTを飲む。

一応、ラインの前でも飲めるように、飴と一緒に入っているLTも持っているが、こうして、ラインのいない所で飲めれば、その方がいい。

トイレから出ると、

「飯食いに行こうぜ、何がいい?」

と、フリットが聞くから、ラインの手料理がいいとは言えず、

「なんでもいい、任せる」

そう答えると、

「お前、いっつもソレな。任せる任せるって、お前が食いたいもん言えよ、オイラが、お前の意見、聞いてやるなんて、絶対にない事なんだぞ?」

フリットなりに、2週間後にいなくなるだろうシンバを気遣っての事だとは思うが、そう言われても、シンバは逆に困ってしまう。

「ねぇ、軽めにホットドッグでも買ってさ、公園で食べない? もう夕方だし、帰って、夕飯の支度しないと、レンが待ってるしさ」

そうしようと直ぐに頷くシンバに、フリットは舌打ち。

「お前、ちゃんとした店で食った事ないだろ」

フリットはシンバにそう言うが、別にレストランとか行きたいと思わないシンバは無言。

「また今度でいいじゃない?」

ラインはそう言うが、フリットは、今度なんてない事を知っている。

だから、余計にフリットは今日という日を、シンバに残してあげたいのだ。

例え、忘れてしまうとしても——。

それがフリットの優しさなんだと言う事を、シンバはわかっている。だから、

「じゃあさ、ラインの手料理で・・・・・・まだ俺が食ってないものとかあったら、食ってみたい」

ワガママを言ってみた。

「私の手料理で? いいけど・・・・・・殆ど食べてると思うよ?」

と、ラインは考えながら、そう言うと、何か閃いたように、笑顔になり、

「なら、初めての料理に挑戦したら? シンバとフリットが!」

そう言った。

「俺とフリットが?」

「うん、そう! 二人で料理作って、私に食べさせて?」

そんな事を言われても、シンバもフリットも、料理は本当に初挑戦で、しかも自信がない為、嫌な顔をするが、

「どっちが料理上手か競争! 今時、料理もできない男なんてモテないぞ!」

そう言われては、料理上手だと思われたいフリットは、

「オイラはいいぜ、シンバ相手に楽勝だっつーの」

と、不敵に笑う。

何故こうなったんだろうと、シンバはラインの手料理が食べたかった筈なのにと落胆。

だが、あんまりラインが楽しそうに笑顔を見せるので、シンバは頷くしかなく。

そして買い出しの為、スーパーへ。

毎月の食費からの予算でと、ラインは二人にお金を渡すが、一日の食費って、こんな少ないの!?と、二人は手の中のお金を見つめて驚く。

「毎日、頑張って、節約してるのよ、少しは私の有り難さ、わかった?」

シンバもフリットもコクコク頷く事しかできず、だが、二人がこの予算内で、料理を作るなど無理な話で、結局、かなりの量の食材を買ったが、全て自分の金で負担した。

帰りの電車の中、

「ねぇ、何作ってくれるの?」

ラインはシンバとフリットの顔を覗き込むように見て、聞くが、二人共、口を閉ざし、シンバとフリットはお互い見合うと、プイッとそっぽを向いた。

ラインはそんな二人にふふふと笑い、夕飯が楽しみだと呟く。

——ていうか、野菜も肉も調味料も、いろいろ買ったけど、何作ればいいんだ?

——参ったなぁ。

——不味いもの作って、今更、好感度、下がるの、嫌なんだけど。

フリットも同じ事を考えているのか、難しい顔で、大きな袋を2つ抱えている。

ラインも大きな袋2つ、シンバとフリットが買ったものを持ってくれていて、シンバは3つも。

電車が混雑していなくて良かったと思う。

それよりリグドが電車に乗ってないか、シンバは辺りを念入りにさっきから確認。

フリットが、それに気付き、LTのせいで落ち着きがないと思って、

「電車酔いか? 飴かガムでも食えば?」

と言うが、そうではない為、首を振るシンバ。

廃墟に無事に辿り着くと、シンバはホッと安堵の溜息を吐いた。そんなシンバに、

「疲れた?」

ラインが、そう言って、心配そうな顔をするから、ううんと首を振り、シンバは荷物をキッチンに運び、袖を捲り上げ、

「何作ろうか」

と、まるで手馴れた感じで言ってみる。

「何作ろうかと言える程、作れるものがあるのか?」

嫌味ったらしく言うフリットは、シンバを見て、ニヤリと笑い、その表情は、もう何を作るのか決めているようだ。

「何か手伝う?」

そう聞いたラインに、本当は手伝ってもらいたいが、

「いいや、俺は大丈夫」

と、シンバは余裕の台詞を吐く。勿論、シンバがそう言うなら、フリットも、

「ラインは向こうでゆっくりしてて。オイラに任せてくれて大丈夫だから」

と、余裕を見せる。

二人揃って、大丈夫と言うのならと、ラインは頷く。

シンバとフリットはお互い睨み合い、キッチンの奪い合い。

「オイラが先に使う!」

「ジャンケンだろ」

「つーか、お前、まず野菜とか切ってろよ、向こうのテーブルで出来るだろ」

「そっちこそ、狭いんだから、突っ立ってるだけなら、あっち行けよ」

声のトーンは下がらずも上がらず、淡々と言い合う二人に、

「仲良くね!?」

と、少し怒った声で、ラインが注意すると、二人は、にこやかな表情を作り、

「はぁい」

素直に頷いて見せるが、ラインが見てないと、ぶつくさと言い合いが続く。

「何の騒ぎだ?」

と、レンダーが、キッチンへやって来て、

「今日の夕飯は二人が作ってくれるんだって」

ラインがそう言うと、レンダーは如何わしそうな顔で、

「食えるんだろうな?」

と、シンバとフリットを睨む。

「大丈夫だって!」

二人揃って、同じ事を言うので、更にレンダーの表情は歪む。

「なんか、ここ最近、シンバ明るいよね、体調を崩してるって言ってたけど、そうは思えない程、声のトーンも上がってるし、いい事でもあったのかな?」

レンダーに小声で、ラインが囁いた。

「ここの暮らしにも慣れたんだろうよ」

レンダーはそう言うと、キッチンを出て行き、ラインも、

「じゃあ、お二人さん、仲良くやってね? 私、洗濯物、取り込んでくるから」

と、行ってしまった。

「見よ! この包丁さばき!!」

フリットが白菜を千切りにしている。

「・・・・・・ダガー装備する奴は包丁もうまいな。ていうか、それキャベツじゃないのに、千切りか?」

「細かく切って、餃子にしようと思って! ニラも買ったし! あ、後、酢豚も!」

「二品!?」

「ライン、好きだろ? 杏仁豆腐付きだぞ!」

「デザートも!?」

「お前どうするんだよ?」

「・・・・・・俺、簡単に肉焼いて、サラダだけにしようと思ってたけど」

「ははは、そうしろそうしろ、所詮、長剣装備する奴に短い刃物は扱えねぇって!」

「ハンバーグにする」

「は!?」

「いや、やっぱ、キャベツ買ったし、ロールキャベツにする。ライン好きだし」

「何ライン基準で考えてんだよ! オイラだって食べるんだぞ!」

「フリットも、ライン基準じゃないか。審査するのはラインだろ? だったらラインの好みに合わせる方がいいだろ」

そう言われたら、フリットは言い返せず、ムッとするだけ。

「で、ロールキャベツってどうやって作るんだ?」

「はぁ!?」

「デザートはラインの好きなクレープ・・・・・・って、どうやって作るんだ?」

「・・・・・・ライバルのオイラに聞くなよ!」

「・・・・・・なぁ」

「なんだよ?」

「飯物がないと、ライン、怒りそうじゃないか? 白い飯炊くか? 餃子には白飯だろ、俺、米の準備しようか?」

「つーか、お前、オイラの料理に便乗しようとしてんじゃねぇだろうな!?」

「・・・・・・バレた?」

と、笑うシンバに、フリットはその笑顔はLTのせいだと知っている為、少し、胸の奥が痛くなる。

元々、シンバは、そんなに笑顔で人と話すような人間じゃなかった。

確かにここの暮らしには慣れて来ただろう。

だが、いつもどこか思い詰めていて、何を考えているのか、わからなくて、うまく言葉で表現しなくて、こっちがイライラする事ばかりの連続で、なのに、ラインを想っている事は伝わってしまうから、余計にフリットはイライラする日々だった訳で。

だが、シンバは男だから、勿論、恋愛なんて関係なく、傍にいる存在で、それはフリットに初めてできた友達と言うもの。

「・・・・・・なぁ、シンバ、オイラ達、違った生き方してたら、もっと仲良くなれたと思うか?」

「何の質問だ、それ?」

眉間に皺を寄せ、不思議そうな顔をするシンバに、笑いながら、

「いや、ほら、今日観た映画みたいな主人公だったらさ、オイラ達、LTなんてやってなくてさ、想ってくれる両親がいて、学校とか行っちゃってたりして、そういう所で知り合ってたら、オイラ達、もっと仲良かったかな? あの主人公と・・・・・・親友いたじゃん、アイツ等みたいにさ・・・・・・」

フリットは、そんな例え話をする。

今日観た映画は、シンバは殆ど観てない為、首を傾げ、考え込むから、

「そんな考えるならいいよ、別に、どうでもいい話に真剣になるなよ」

と、即答しないシンバにフリットは苦笑いで、そう言った。

「LTやってなかったら、お前とは仲良く所か、知り合いでもないと思う」

「・・・・・・だよな」

「そう思わなきゃ、LTの意味がなくなるから」

「え?」

「だってそうだろう? 俺達、LTで繋がったようなもんだ。LT中毒者だったから、お前はここへ連れて来られ、リミットを越え、レベル1となった。俺も。レンダーは疑わしいオッサンだけど、その辺は感謝してる。お前に会えたし、ラインに会えた。それは俺にとって、多分、一生分のラッキーだ。LTやってて良かったと思える瞬間——」

「なんか、メチャクチャ、やられた気分」

「は?」

「何か心にガツンと残るような事、言ってやりたいのにさ、逆に言われた感じ」

「・・・・・・フリット、充分だ」

「充分?」

「お前が俺にしてくれた事、充分、嬉しかった。今日は多分、俺が生まれて初めて、楽しいと感じた一日だったと思う。充分、幸せだなぁって思えたよ」

「バカだな、幸せに上限なんてないんだぜ? もっともっと幸せだと思える事、これから沢山あるかもしれねぇだろ・・・・・・きっと、あるよ、多分、絶対——」

「そうだな」

「あぁ! LTだってオイラ達を会わせてくれたんだ、悪い事がいい事になる事もあるさ」

フリットはそう言って、笑顔で頷く。

だが、大事な人に引き合わせてくれた、そのLTが、繋がりを解き放とうとしている。

フリットは複雑な胸の内を隠すように、

「お前、ソレ、キャベツじゃなくてレタスだぞ!」

明るい声を出し、いつも以上のテンションで、後少しの間、シンバの傍にいようと思う。

シンバのテンションがおかしいと思われないように——。

そして、数時間後、テーブルの上に並んだ料理は・・・・・・。

「・・・・・・コレ、食べられるの?」

不安そうに尋ねるライン。

そりゃそうだ、餃子はカチカチに硬くなって、まるで石ころのよう。

酢豚も酸っぱ過ぎるニオイが漂い、杏仁豆腐に至っては、只の白い牛乳のように液体のままで、挙げ句、ロールキャベツは、キャベツと肉の炒め物のようになっていて、見た目が酷いし、クレープも、なんだかドロドロに溶けた果物が、まるで皿に乗った生ゴミ。

食べなくてもわかる、不味そうな料理に、レンダーは恐ろしい顔をヒクつかせている。

だが、シンバとフリットは遣り遂げた感で一杯の爽やかな表情で、ラインを見ている。

「・・・・・・そんな瞳で見ないでくれる? 食べたくないって言えなくなるから」

ラインも、顔をヒクつかせ、そう言うと、

「おい、ライン、インスタントとか、買い置きないのか!?」

と、レンダーが言うと、フリットが、

「なんでだよ! オイラ達の料理、食ってくれって! 見た目はちょっとだけヤバイけど、味は美味いって! な?」

そう言ってシンバに同意見を求め、シンバも、その意見に頷くので、レンダーは、冗談だろと、額を押さえ、ラインを睨み、

「ライン、何故、お前が作らないんだ、これはお前のせいだぞ、ライン!」

と、ラインに叱り出した。

「ちょっと待ってよ! 私のせい!?」

「でもさ、言われてみれば、オイラ達に料理させようと提案したのはラインだよな」

フリットがそう言うと、シンバも頷き、

「俺は・・・・・・ラインの手料理が食べたかったのに——」

なんて言い出し、みんなで、ラインを責めるような目で見る。

「ちょっ! ちょっと! 酷くない!? 料理失敗したのはシンバとフリットでしょ!」

「食ってもないのに失敗って言うな!」

そう言ったフリットに、なら食べてみろと、ラインが、餃子を鷲掴み、フリットの口の中に入れようとするが、フリットは必死で抵抗する。

「フリット、往生際が悪いぞ、自分で作ったもの、食ってみせろ」

「それを言うなら、シンバも、この得体の知れない残飯みてぇなの食え!!!!」

「俺は・・・・・・ラインの為に作ったから——」

「なっ!? 何泣きそうに言ってんの、シンバ!? キャラ変わってない!? そんな悲しそうな仔犬みたいな顔しても、私、食べないから! これ、どう見ても食べれそうじゃないもん! お腹壊したら、明日、仕事できなくなるし!!」

「そんな毒みてぇな言い方すんな! 一口でも食えよ、オイラ達、折角、作ったんだぞ!」

「そうだ、折角作ったんだ、俺達」

「ていうか、シンバ、さっきからズルくない!? フリットと私に食べさそうとばかりして! 自分はどうなの!?」

「そうだぞ、シンバ、お前が手本になって最初に食え!」

「俺・・・・・・甘いの苦手だから——」

「甘くねぇだろ!!!!」

「甘くないでしょ!!!!」

フリットとラインが同時にシンバに突っ込み、レンダーは呆れて、酒だけ持ってキッチンから出て行ったが、3人の言い合いは続き、結局、料理は誰も手を付けず、ご飯は炊けていたので、ラインの指示に従い、3人でおにぎりを作った。

「大体、なんであんな生ゴミみたいなもの作るのに、これだけキッチン汚すかなぁ!? こんなにフライパンやら鍋やら、何に使ったわけ!? お皿も無駄に・・・・・・汚してるだけじゃなく、割れてるのもあるし・・・・・・」

キッチンを片付けながら、ぶつぶつ文句を言うライン。

これなら自分で作った方が良かったとまで言われ、シンバとフリットは床に正座させられ、反省中——。

やっとキッチンが綺麗になると、ラインはシンバとフリットのおにぎりを、正座している二人の前に置き、そこで食べろとばかりに、見下ろし、無言でレンダーの分のおにぎりを持って、出て行った。

「・・・・・・相当、怒ってるな、アレ。俺達、大丈夫って言い切ったしな」

シンバがそう言うと、フリットも頷き、

「つーか、オイラ達、床で食えって事? 犬みたいに? そしていつまで正座?」

目の前に置かれたおにぎりを見ながら呟く。

「とりあえず、ラインが戻って来るまでは、このままがいいだろう、ラインの分のおにぎり、置いたままだし、レンダーに渡したら、多分、直ぐに戻ってくる。その時、正座してなかったら、ブチギレられそうだ」

「・・・・・・だな、ラインが食うまで、このおにぎりも手をつけない方がいいな」

そう言ったフリットを見ると、フリットもシンバを見て、二人、笑いを堪えきれず、クッと喉で笑いが漏れると、一気に笑いが溢れ出し、だが、笑い声がラインに聞こえるとマズイだろうと、笑い声を必死で堪えながら、笑う。

「シンバのロールキャベツ、アレはないだろう」

「フリットの餃子もアリかナシかで言うとナイ」

俯いて、笑いを堪えながら、そう言った後、二人揃って、

「料理下手過ぎ」

声を揃えて、お互いに向けて、そう言った。

「楽しそうね」

その声に、二人、ギクッとして、顔をソッと上げると、ラインが立っている。

「ラインって凄いなぁって話してたんだよ、毎日、あんな美味い飯作ってくれるなんて、感謝しなきゃだよな、オイラ達!」

コクコク頷くシンバ。

「やっぱ料理上手の女の子って最高!」

コクコク頷くシンバ。

「片付け上手の女の子も最高!」

コクコク頷くシンバ。

「オイラ達が、毎日、幸せなのはライン様の御蔭!」

コクコク頷くシンバ。

「流石ライン様、オイラ達のアイドル!」

コクコク頷くシンバ。

ネタがなくなったのか、フリットは、次はお前が何か言えとばかりに、肘でシンバを突く。

だが、それ以上、何を言っていいのか、わからないシンバはコクコク頷き続けるだけ。

駄目だこりゃと、フリットは、苦笑いで、ラインを見ると、ラインは怒った顔で二人を見下ろしているので、黙って俯き、シンバもラインの表情に、黙って俯いた。だが、

「料理下手過ぎ!」

ラインが、そう言ったので、自分達が言った台詞と同じだと、何故か笑いが込み上げて、

シンバはフリットを、フリットはシンバを指差し、

「ほーら! 料理下手過ぎだって!」

お互いを笑いながら言うから、

「二人共よ!」

ラインが怒って、そう言った。

「あ・・・・・・オイラ達、二人共ね・・・・・・」

と、フリットは呟き、シンバも笑いを止め、二人共、再び、反省のポーズで俯く。

「私、部屋に戻るから、自分達が食べたお皿はちゃんと洗っといてね!」

ラインはそう言うと、おにぎりを持って、行ってしまった。

シンバとフリットは、立ち上がり、床に置かれたおにぎりをテーブルの上に置いて、体を伸ばし、腕を上にあげたり、指をポキポキ鳴らしたり。

「これ食べたら、後は風呂入って寝るだけか」

フリットは少し寂しげにそう言った。

「・・・・・・そうだな」

シンバも今日という終わりに、少し寂しそうに頷く。

「テレビ、なんか、面白ぇのあったっけ? 今日」

「さぁ?」

「ライン呼んで来て、ゲームでもすっか?」

「フリット」

「うん?」

「別に無理に何かしなくていい。本当に、もう充分なんだ、そりゃ、少し寂しい気もするけど、いつも通りでいいんだ、そうじゃないと、これ以上は、ラインが、変に思う・・・・・・」

「・・・・・・そっか、わかった」

「俺も部屋で、おにぎり食べてくる」

「おう」

「フリット・・・・・・・ありがとな」

シンバは、そう言うと、フリットに見送られ、おにぎりを持って、部屋に行く。

幾ら、楽しい事をしても、想い出にすらならなければ、今日という日が無駄に終わってしまうから、どうか、記憶がなくなりませんようにと祈るばかり。

それに、今日という日が、どんなに楽しくても、シンバにとって、特別な日という訳ではない。

只、楽しいというだけの日——。

おにぎりを食べ終わり、お皿を片付けにキッチンへ戻り、また部屋へ戻ろうとした時、外の瓦礫にランプの灯りが見える。

ラインが瓦礫の上に座り、空を見上げている。

ここへ来た、最初の日の夜のようだ。

外へ出ると、直ぐにシンバの気配に、ラインは振り向き、

「結構、虫が来るね」

と、ランプの灯りにつられて飛んできた蛾を見て、そう言った。

「・・・・・・虫、平気だっけ?」

「まぁ、ね、ゴキブリも悲鳴あげる事なく、ぶっ叩いて殺せるタイプですから」

笑いながら言うラインに、シンバも笑う。

「今日、どこかで祭りとかやってて、花火が上がるとか?」

「別に花火が見たいだけで空を見上げてる訳じゃないよ、星が綺麗だから」

「そっか」

「シンバは?」

「・・・・・・ラインがいるのが見えたから、何してるのかなって思って」

「冬になるとさ、寒くて、部屋から出られなくなるのね、ここら辺は雪とか降っちゃうから。そしたら、こうして、のんびり、なかなか夜空を見られないから、暖かい今の内に、のんびり、星空を堪能しとこうかなって思って」

「・・・・・・雪が降るのか?」

「そうだよ。ねぇ、シンバって、雪を連想させるんだよね、雪の日に、私と会ってたりしたのかも」

「・・・・・・雪——?」

確かに、空から降る白いものをラインと見たような気がすると、シンバは思う。

だが、それが雪だったのか、思い出せる記憶がない。

「あぁ、いいの、別に、私もちゃんと思い出せたりしてる訳じゃないから」

「・・・・・・」

「フリットも雪のイメージなんだ。フリットはね、雪が凄い降った日に、レンが連れて来たの、LTがキレて倒れてたから、そのままにしといたら凍え死ぬだろうからってね」

「・・・・・・そうか」

「凍え死ぬ方がマシだったって程の苦痛を味わって3日後、フリットは生きて、レベル1となったんだよ。雪が降ると、その事を思い出して、フリットに話すんだけど、フリットは余りいい思い出じゃないから話すなって」

笑いながら話すラインに、シンバは微笑んでみる。そして、雪が降るのかと、シンバは空を見上げる。

寒くなる頃、もうここにはシンバはいない。

こうしてラインと共に空を見上げる事もない。

きっと、これが最後だ。

だから、シンバは、星に手を伸ばし、

「あの一番、光っている奴、手に取れたらいいな、そしたらラインにあげるのに」

柄にもなく、ロマンチックな事を口走る。

「成る程、だから男性は女性に、キラキラの宝石のついたアクセサリーをプレゼントするのね、そういう時の男性って、きっと、今のシンバの心理に近いんだわ、絶対に怪しい!」

照れ隠しか、そんな事を言うラインに、シンバは、

「下心あるって?」

と、眉間に皺を寄せて聞いてみた。

「そうそう、大体、男性って言うのは、そういうもんでしょ」

「否定はしないが、今の俺は純粋だったと思うけど?」

「純粋に私を口説いたって、何にも出ないから」

「下心あって口説いても何もない癖に」

「鋭い!」

「ラインを口説く時は宝石より食いものでしょ」

と、笑うシンバ。

ラインは、シンバをジッと見つめるから、シンバも笑うのをやめて、ラインを見つめた。

「シンバ、明るくなったよね」

「え?」

「ここ最近、凄く明るい。フリットと笑い合ったりとか、そうやって、よく笑顔見せてくれたりとか、表情があるから」

これでも結構テンションを抑えているシンバ。

それでもテンションが上がっているのを抑え切れてないんだと、ヤバイかなと俯く。

「なんかシンバとフリットが仲いいと、妬けちゃう」

「は?」

「だって、シンバは私に懐いてたのに、フリットにも懐いちゃって」

「懐くって、犬かよ」

「シンバは狼かな、フリットが犬、この前、会ったイケメンさんはライオンかな」

「そのイケメンって、一緒に食事した・・・・・・えっと、なんだっけ、名前——?」

リグドの事だろうが、確か、リグドとは名乗ってなかった筈。

「クロス」

「あぁ! そうだ、クロス。その人と・・・・・・メールとかしてんの?」

「ううん、だって、メール来ないもん、電話も」

「ラインからしてみたりした?」

「してない」

「・・・・・・どうして?」

「どうしてって?」

「もう一度、会いたいとか、そういうのないの?」

「ないよ」

「・・・・・・イケメンなのに?」

「うーん、好みではないかな」

「そうなのか?」

「あの人って、男女関係なく好かれそうな雰囲気持ってて、多分、自信家で、余裕があって、何でも軽くこなしちゃう感じ。シンバとは逆だよね」

「え、俺、逆?」

「うん、パッと見た目、悪くないのに、表情暗いから取っ付き難いし、男女関係なく余り関わりたくないって思われそうで、強い癖に、自信なくて、なんかギリギリ頑張ってます感凄いし、何でも必死っぽい。ね? 逆でしょ?」

——俺、そんななんだ・・・・・・。

しかもラインに言われると、とても落ち込んでしまう。

「でも本当は優しいし、人がダイスキよね、もっと人と関わりたいって思ってて、自信がないのは、人にちゃんと応えられるチカラがないからで、それでも必死に応えようと頑張ってるだけなんだよね。そういうの、私だけ、知ってて、シンバが誰にも相手にされなければいいのにって、だからフリットに妬けちゃうんだよね。だって、フリットも、シンバのそういう所に、気付いて、シンバに笑顔で話してるんだと思うから」

「・・・・・・」

「私は、シンバの方が好きだよ、あのイケメンさんより」

「・・・・・・」

——初めて、俺は、リグドに勝った気がした。

——それは許されない事で、どこかで、凄く怯えている自分がいるのに・・・・・・

——そんな自分より、大はしゃぎしたい自分の方が勝る。

——それはラインだから。ラインが、俺を選んでくれたから。

——だから今日という日が、今、この瞬間に、俺にとって特別になる。

「夢だといいな」

「え?」

「後、数分で今日が終わってしまう。でも、夢ならいい。そしたら、絶対に起きないで、この夢を見続けるのに。今日という特別な日がまだずっと続くんだ、ずっと——」

「ずっと?」

「あぁ、トリップでもいい、ずっと」

「そんなに楽しかった? 今日」

「あぁ、そうだな、楽しかったよ、トリップしてるんじゃないかって、現実か、夢か、わからなくなるくらいに」

「私も」

頷くシンバに、

「また行こうね、映画」

と、笑顔で言うライン。

「・・・・・・また行こうね」

そう答えるシンバ。

「あ、見た? 流れ星!」

空を指差し、見上げるライン。

シンバも空を見上げるが、キラキラ光る綺麗な満天の星空よりも、その綺麗な空を見ているラインの瞳を見ていたくて、ラインの横顔を見つめる。

「俺も、ラインの方が好きだよ、どんな美人より」

「ソレ、本当に美人が現れた時に言ってみせてよ、どうせ美人選ぶ癖に!」

「そうかもな」

「ひどっ!」

イーッと歯を見せるラインに、シンバは忘れたくないと願う。

どうか、ラインだけは覚えていますようにと、星に願い、祈る。

「ライン、幸せになれよ」

「え?」

「絶対に幸せになれ」

「何? 突然?」

「俺は、ラインの笑顔が好きだから。お前が笑ってれば、どんな美人が現れても、俺はラインしか見えない。どんなに遠くても、あの星のように、輝いて見えるから、ずっと笑っててほしい。ラインの横に俺の知らない男が立ってても、それでも、俺は見ていたい、ラインの幸せそうな笑顔を——」

「・・・・・・?」

「俺にとって特別なんだよ、ラインは」

「特別って?」

「・・・・・・だから幸せになれよ」

シンバは言いたい事だけ言うと、背を向けて、廃墟へと戻っていく。

シンバの言動がわからなくて、ラインは首を傾げる。

0時ジャスト、今日が終わった——。


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